桜月ぽめら……さん?
「ぽ、ぽめら…さん?」
「へへー、ビックリしたぁ? オーディションに受かって、桜月ぽめらちゃんに成ることになりました! うふ」
そう言うと、桜月ぽめらは両手を握って顎の下に当てた。有紗なら、絶対にしない仕草だ。
「あの…有紗だよね?」
「ナカノヒトはそうだけど、あたしはぽめらだよ」
「そ、そう」
ぴょん、と跳んでぽめらが傍に来る。僕は思わず下がって、ソファに腰かけた。
「あたし、判っちゃったの」
「…何が?」
首をかしげる僕の傍に、ソファに膝で乗るようにしてぽめらが寄ってくる。
「あたし、ずっと可愛い子に憧れていたの」
「いや…有紗は可愛いよ」
僕の言葉に、ぽめらはぶんぶんと首を振る。
「そうじゃないの! 有紗は昔から女の子の中では背が高くて、並ぶ時はいつも後ろの方。顔もしっかりしすぎて、いつも年上に見られてたし、褒め言葉はいつも『美人』。なんとなく、そういう自分を受け入れていたけど、そうじゃなかったの」
「そうじゃなかったんだ」
「本当は…前の方にいる小ちゃくて可愛い女の子に憧れてたの。みんなに可愛がられるマスコットみたいな女の子に。ぽめらになってみて、初めてそれが叶った! あたし可愛い女の子になったでしょ?」
ぽめらが微笑む。まあ、確かに可愛いとは思うが……僕は有紗の方が可愛いと思う。絵柄は美少女キャラだし、そんなに僕は好みじゃない。
…とか思うけど、有紗には言わない。
「うん、ぽめらちゃんは可愛いね」
「ね、そうでしょ。あたし、女の子が好きだけど、それは自分がなりたい気持ちだったんだね」
「そこは変わんないわけね」
「明くんも好きだよ」
ぽめらが近づいてくる。眼を閉じて、唇を近づけてくる。
え? これは有紗とキスするって事だけど…なんか、別の子とするような背徳感が――。
「ちょ、ちょっと待って! なんか、ぽめらとキスするのは、ちょっといけない気がするんだけど」
「え~、このまま、いい事してみたかったのにぃ」
ぽめらの言葉を聞いて、僕は冷静さを取り戻した。
「多分できないと思うよ。確かめてごらん」
ぽめらは驚いた顔をした後、背中を向けて座る。手をスカートの中に入れてるらしい。すぐに振り返った。
「ホントだ! ないわ! なんで?」
「ミラリアは本人をスキャンして造るから、細部の構造が再現されるけど、普通のアバターは人が造ったものだから、見えないところまで作らないんだよ」
「え~、そうなのお? けど、アバターの風俗とかあるじゃない」
「あれは、そういう事できるように、わざわざ造ったアバターなの。美少女のアバターも、箱のロボットとか鳥のアバターと基本は同じなんだから」
「なんだあ、つまんな~い」
ぽめらはふくれっ面だ。絵的には可愛いけど、その内容は可愛らしいという次元じゃない。
「それに、そのぽめらのアバターは会社か事務所から借りてる形になるんじゃないかな。あんまり勝手に使わない方がいいと思うよ」
「そっか。そういえば明日、契約上の打ち合わせとかするんだった。けどね、基本的には、会社の用意したスケジュールさえこなしてれば、あとは自由に出ていってPR活動していいって言われてるんだよ」
「ふうん、そうなんだ」
ぽめらは人差し指を唇にあてる。
「そうだ、明くん、今からノワルド行くんだよね?」
「そうだけど」
嫌な予感が。
「あたしも行く!」
「え、いや…けど絵柄がちょっと合わないんじゃないかな。世界観が違うというか……」
ノワルドはリアルCGアニメで、ぽめらは美少女アニメ風だ。ちょっと世界観が違う。けど、ぽめらは元気に言った。
「あ、ぽめらは複数バージョンあるんだよ。もちろん、衣装も沢山あるし。今まで明くんの趣味に付き合ったことなかったけど、あたしも、もっとレナルテのこと知りたくなっちゃった」
ぽめらは無邪気な笑顔を見せた。この可愛らしさは……見かけは違うけど、確かに有紗なのかもしれない。と、密かに思った。