魔導士ユーリ
「三日後」
「三日後…ノワルドで新エリアが発表される日か」
「へ~、そうなの? もしオーデション受かったら、そのアバターでいっちゃおうかな」
「あははは。事務所の許可が下りたら、それもいいかもね」
僕はそんな軽口をたたいた。
*
「――で、そいつは誰だ?」
俺は傍らのケイトに訊ねた。
ケイトの傍に男がいる。銀髪の長い髪に白のロングコート。細い顎で切れ長の瞳の、嫌味なくらいに美形の魔導士だ。
「あ、こちらは公安の国枝さんよ」
ぶ。
「…何故、此処に?」
「日本の警察としても実体調査が必要でしてね。ケイトさんに同行させてもらった訳です。まあ、そういう世界に入るからには、それなりの姿でないとと思いましてね。こちらではグラードと呼ばなきゃいけないんですよね?」
「そうだ」
「じゃあそうだな…わたしは此処ではユーリと呼んでください」
そう言うと、ユーリは嫌味なくらいの美形な笑顔を見せた。
「……勝手にしろ」
俺はそれだけ言うと背を向けた。ケイトの声がする。
「それじゃあ、それまではアイテム集めでも――」
そう言いかけた直後、ケイトから緊急コール音が鳴り響いた。
「――してる場合じゃなさそうね」
ケイトは俺とユーリにフックを飛ばすと、すぐに移動した。俺もそれに続く。
移動先は21エリアの街中だった。石敷きの道路に、石造りの建物が並ぶ、交流用の街である。此処にはモンスターはいない。
「こんな街中?」
ケイトが声をあげる。全くだ。だが、既にバグ・ビーストは現れていた。
「な、なんだこいつら?」
「いや、やめてっ!」
あちこちで悲鳴が上がっていた。バグ・ビーストの数が異常だった。今までの出現数からは、考えられないほどのバグ・ビーストが、街に出現している。通りは幾つもの黒い影の獣が走り回り、商店のアイテムを貪り食っていた。別の獣は、魔導士らしい奴に顔を四つに開いて襲いかかる。
「く、来るな!」
魔導士が手からブラストを放つ。が、バグ・ビーストの身体はただそれを吸収する。技が効かないのを悟り、魔導士が悲鳴を上げた。
「うっ、うわぁっ!」
魔導士の頭が呑み込まれた。頭が無くなった魔導士が、逃げるように後退する。横のショーウィンドウに映る自分を見て、また悲鳴をあげた。
「お、おれの顔がぁっ!」
頭が無くなっても死んだり活動停止になることはないし、眼も見えている。アバターなので脳はもちろん、目や耳といった器官も見かけ上のものだ。だから頭部を喰われても、プレイヤーの視点はそのまま残っているらしい。
「これがバグ・ビーストという奴ですね」
ユーリが目の前の惨状を見て口を開いた。その背後に迫るバグ・ビーストに気付き、ケイトが声をあげる。
「危ない!」
バグ・ビーストが跳躍してユーリに襲いかかった。
瞬間、ユーリは振り向きざまにデリート・ガンを放つ。
一発、二発。空中でデリート・ガンの弾丸がバグ・ビーストの身体に穴を開け、バグ・ビーストを消滅させる。が、横から別のバグ・ビーストがユーリに襲いかかった。
ユーリは瞬時に左手でデリート・ソードを抜き放ち、襲いかかる黒い影を、下から両断した。かなりの早業だ。
「ユーリ、貴方やるのね」
ケイトが感心した声をあげた。
「剣士の方がよかったようだな」
「剣士三人じゃ、見栄えがどうかと思いましてね」
俺の言葉に、ユーリは微笑んで答える。俺は別の事を口にした。
「『ノワルド』をやったことがあるようだな」
「いいえ、昨日までは全く。ただ知り合いにゲーマーがいまして。昨夜の内にアイテムを大分譲ってもらってもらったんです。それで少し練習プレイをしてみました。大体、感触は掴めたと思います」
「そのようだな」
嫌味なほどに優秀で抜かりのない男だ。ケイトが声をあげた。
「あたし達もしばらくバグ・ビースト狩りをしましょう。アンジェラを待つのが目的だから、グラードは時壊魔法は使わないで」
「判った」
俺はクロノス・ブレイカーを引き抜いた。