Vドル、オーディション
僕の問いに、有紗は首を振った。
「ううん。今のところは、まだみんな可愛いなあって感じ。…けど、あたし自分が、本気で女の子を好きになるなんて思ってなかったの。だって、男の子も好きだし。けど、明くんはちょっと女の子っぽいから好きになったのかなあ」
「一応、僕の事もまだ好きなのね?」
「もちろんよ。けど、明くん一人、って事じゃあなくなってしまうわ。……明くん、怒るよね?」
そんな愛らしい涙目で訊かれて、怒れる訳がない。僕は思わず苦笑を洩らした。
「怒らないよ。ちょっと残念なだけ」
「明くん、本当に優しいのね。じゃあ、友達でいてくれる?」
友達かあ、残念な響きだ。僕はため息をつきながらも笑ってみせた。
「いいよ、友達ね」
「本当? ありがとう明くん。じゃあ、あたしたちセックス・フレンドね」
え?
「え? そこはするの?」
「…いやなの?」
「嫌じゃないけど……ああ…そういう感じ…」
混乱だ。これって男の方がよく言うような事なんじゃ? まあけど、有紗が可愛いので、とにかく認める。
そこで落ち着く間もなく、有紗はわっと僕に寄ってきた。
「ね、聴いて明くん!」
「き、聴いてるよ」
「マネージャーがひどいの!」
有紗は憤慨した顔で、僕のすぐ傍まで迫ってきた。
「どうしたの?」
「もう、あたしがタレントとして市場価値がないって」
「…それは酷い。そんな事はないよ。本当にそんな事言われたの?」
有紗は少し膨れると、下を向いた。
「そう、直接あからさまに言われたわけじゃないんだけど…。もう年齢が結構いってるから…とか、他にも沢山モデルはいるとか……そういう事言うの」
ま、そうかもなあ。有紗は僕より一つ年上の26歳。これから売り出すとなると、中々に難しいだろう。
「それで…なんて? もう辞め時だとか言われた?」
「なんかね…オーディションを受けろって」
「オーディション? いいじゃない。つまり、まだ可能性がある場所なんでしょ?」
「それが――Vドルのオーディションなのよ!」
有紗は真顔で僕に訴えた。
Vドル。それはバーチャル・アイドルの略。美少女アバターでアイドル活動をしてる人たちの事だ。
「い…いいんじゃないかな」
「どうしてなのよ! あたしはスタイルもいいし、顔だって結構いい方だと思うの。なのに、わざわざそれを隠して美少女のアバターでアイドルやれっていうのよ? どうしてなのよ!」
有紗は憤りを僕にぶつけてくる。僕が困っていると、上目遣いの有紗の瞳に、じわっと涙が滲んできた。
「ひどいわ…。あたしのプライドはボロボロだよ」
わっと有紗が、僕に抱き着いてきた。胸で顔を埋めて泣く有紗の頭を、僕は優しく撫でる。
「大丈夫。有紗が魅力的な事は僕が一番よく知ってるよ。いいんじゃないかな、オーディション。受けてみれば?」
「えぇ?」
涙顔の有紗が顔を上げた。僕は頬笑んで見せる。
「有名なVドルになったら、正体を明かせばいいんじゃない? そうしたらみんな驚くよ。売れたり有名になったりするのにさ、入り口は一つじゃないんだから、何処でもまず挑戦してみたらいいんじゃないかな」
「明くん……」
有紗は鼻をすすって、僕から離れた。
「そうだね。入り口は一つじゃないよね。ありがと、明くん。あたし頑張ってみる」
「うん。Vドルってのも、きっと大変なんだと思うよ」
「そっか、そうだよね」
有紗が涙が乾いた笑顔を見せた。やっぱり可愛い。この笑顔は独り占めで、僕は構わないのだが。
「そのアバターって、もうお披露目されてるの?」
「うん。6人分いて、みんなキラキラで可愛い感じ」
なるほどね。アバターが先にあって、そこに入る人の方をオーデションするのか。
「オーディションって、沢山受けるの?」
「あんまり聴いてないけど、結構受けるみたい。その6人で、『バーチャル・クラウン』っていうところの三期生って事みたい」
アイドルにもVドルにも詳しくない僕だが、少し聴いた事くらいはある事務所だ。
「それで、オーディションはいつなの?」