アームド・スペル
「レナルテで捕まえても、リアルの本人は何処にいるのか判らないのでは?」
「――ログアウトを禁じる事ができるのよ」
ケイトは鋭い目つきで、そう口にした。
「そんな事が…できるんですか?」
「AMGの協力でね。アバターを連れて行けば、本人のログアウトを禁じる措置がとれる。さすがにそのままでは無事では済まないから――本人も自分の居場所を言うしかないでしょう。それが世界中の何処であろうとも、その後は本人を確保する」
「現地警察の手を借りて、ですか? まあ、日本の場合は協力することになるんでしょうね」
国枝が眼鏡を抑えながら、そう口にした。
強制的に身柄を確保…。いけすかないやり方だ。そう思った僕の顔色を読んだのか、ケイトがこちらを向いて言った。
「言っておくけど、これはサガの身の安全を守る方法でもあるのよ」
「……判ってますよ。けど、それはフォッグの方でも同じ事ができるのかもしれない、という事ですよね。そうじゃなければ、レナルテのアンジェラを捕まえようとしない筈だ。フォッグはアンジェラを捕らえて、どうするつもりなんでしょう」
「――首脳会議」
不意に国枝がそう口にした。
「10日後に、世界初のレナルテでのG⒛首脳会議が行われます。そこにはアメリカ初の黒人女性大統領サマナ・グリーンもアバターで出席します」
「サマナ大統領は、大のレナルテ愛好家としても有名ですよね」
サマナ・グリーンは緑のウサギを自身のアバターにしている。そしてレナルテを引き合いにして、非常に有名な演説を行った。
「そうです。サマナ大統領はレナルテ内で、緑のウサギとして演説しました。『レナルテの中では、私は見かけに基づく差別から自由だ。自分の意志で選んだわけではない、人種・性別・セクシャリティというものに我々はいつまで縛られなければいけないのか? 私の魂は、何処にあるのか? 私の魂は、今、此処にある! 私は断じて拒絶する。それらの私の意志以外の結果に基づく、全ての差別と私は戦う。私は信ずる。今や現実が、レナルテのように自由であるべきだと』」
「よく覚えてるわね」
ケイトが感心したように呟く。国枝は少し顔をほころばせた。
「これは多分、今後の歴史の教科書に載るような演説ですよ。世界中を感動させました。――が、世界では逆にこの演説を面白く思わなかった者が大勢います。まずアメリカでも日本でも、保守層は基本的に愉快ではなかった。そしてNISのような女性差別を公然と行ってる国では、むしろ宣戦布告のようにこれを捉えた。そして今度のサミットでは、世界から性的マイノリティや女性に対する差別的な構造を撤廃する合意について話し合う事が、主題となる予定です」
「NISがサミットに向けて、サマナ大統領になんらかのテロを仕掛けてくると?」
「アンジェラがバグ・ビーストを操れるのなら、サミット会場にバグ・ビーストを送り込んで破壊することができる。……サミットのワールドは、日本で作られたものです。その技師を捕まえれば、セキュリティを突破できるかもしれない」
国枝はそう言うと、僕の顔を見た。ふと、国枝の言わんとすることが判った。
「――それで、僕が狙われたんですか? 技師と間違われて」
「可能性の一つです。あるいはアンジェラ本人と思われたのかもしれない」
「何にしろ――」
ケイトが僕を見た。
「狙われたのは、貴方のようね」
え? えぇ??
「NISがアームド・スペルにアンジェラの捕獲を委託したとして、それがフォッグの中でのアンジェラ捕獲作戦につながっている。民間軍事企業のアームド・スペルは、裏で犯罪組織のフォッグとつながってる。あるいは、そもそも同じ組織の表と裏なのか」
「CIAの調査では、フォッグとアームド・スペルの構成員が重複してる、という報告があるわ。恐らく、表と裏、というのが正解でしょうね」
二人は真面目な顔で話してるが、僕はそれどころではない。
「ちょ、ちょっと待ってお二人さん。涼しい顔して話してるけど、その物騒な連中に狙われてるのは僕なんでしょ? 危険じゃないですか!」
「多分、捕まっても殺されませんよ」
「いやいやいや、アンジェラでも技師でもないって判ったら、口封じされるでしょ」
「それもそうね」
ケイトが上を見て呟く。
「ちょっと! そもそも連中はケイトさんと一緒にいる僕を見て、狙ったわけでしょ? そんな無責任――」
言いかけて、僕はふと思った。
「――どうして、連中はケイトさんを尾行たんだ?」
僕の言葉に、二人が視線を向ける。
「ケイトさんはAMGの社員として振る舞ってたはずだ。けど、連中はCIAのケイトさんだからこそ、重要な人物と同行してると考えた」
ケイトが驚きの目を見せる。ケイトの顔を一瞥した後に、国枝が口を開いた。
「AMGの中に、ケイトさんの正体をフォッグに教えた人間がいる。あるいはCIAの局員の中に、内通者がいる」
ケイトが渋い顔をしてみせた。
「どうやら……難しいケースになりそうね」
ケイトはそう呟くと、険しい目つきで宙を見据えた。




