犯罪組織フォッグ
不問にする、という事か。国枝が僕を見て、口を開く。
「無論、そこの神楽坂さんが口外しない、という事が前提ですが」
「貴方、この処理のためにわざわざ東京から来たんですね。警察庁の……公安の人なんですね?」
国枝が静かな目つきで僕を見る。
「今回の件を話してもらっても構いませんが、貴方が不利益を被るような事態になる事を懸念します」
「まわりくどい脅し文句ですね」
しかも質問には答えてない。けど、確か公安には警察庁公安部外事第四課という国際テロに特化した部局があったはずだ。
「そんなつもりはありませんよ。ただ、貴方のような一般民間人が、どうしてこんな事件に関わってるのか、私の方も詳細を聞きたいのです」
そう言うと、国枝は今度はケイトを見つめる。僕もケイトを見つめた。
「それについては僕も同感ですね。最初はメタバースの中で起きるバグを使ってるアンジェラを捕らえる、というだけの話だった。けど、それならCIAの捜査官が派遣されたりするはずがない。一体、何が起きてるんですか?」
ケイトはしばらく無言でいたが、やがて観念したように息をついた。
「…CIAの潜入捜査官の一人が、重要情報として連絡をよこしたわ。『レナルテにおいて、アンジェラを捕らえようとしている』と。彼が潜入してたのは、国際犯罪組織『フォッグ』。麻薬、武器、人身、臓器の密売を初め、なんでもやる組織。その国際的な活動の動向を探るために潜入捜査官を送り込んでいたのだけれど、それ以降連絡が取れなくなった」
「…どうして、犯罪組織がレナルテと関係が?」
「フォッグもそうだけど、今や犯罪組織の大半はレナルで取引をしている。銀行では口座をつくるのに身元審査が必要だったけど、レナルの取引ではそんな必要がない。銀行を通さずに国際的な取引が可能なレナルは、個人情報秘匿の原則から、取引情報を調べるのが難しい。その上、通貨との交換もラクな上に、ほとんど通貨と交換する必要がないほどレナルが浸透している。レナルテは非合法取引の極めて安全な隠れ蓑になるのよ」
そうか、と僕は改めて思った。コンゴの人たちと話した時は、レナルが浸透したことのメリットを話していたけど、国際取引が簡便になるという事は、悪い面もあるのだ。
「フォッグの動向を捉えるため、レナルテにおけるアンジェラとは何者か、というところから調査は始まったわ。そしてAMGがそれに関して情報を持ってるという事に辿り着き、アマギに話を聞いた。すると今、ノワルドというワールドでアンジェラが出現している。我々も彼女を捕らえようとしている、という話を聞いたの。けれど、その捕獲には特殊な力を持った者しか無理だという。そこで私が出向して、その捕獲作戦を監視することになった」
監視ですか、まあそんな処ですよね。
「その特殊な力を持った人というのが――こちらの神楽坂さん、というわけですか」
国枝が僕を凝視する。そう見えませんか? まあ、そうでしょうよ、別にいいですけど。国枝は視線を変えて、ケイトに訊ねた。
「ところで、そのアンジェラというのは何者ですか?」
僕とケイトは、少し顔を合わせた。ケイトが口を開く。
「一般的にはレナルテの管理AIの名前、という事になってるわ。けれどアマギは、そんなものは存在しない、と言っていた。そして明から聞いた話では、アンジェラは明の相棒サガの可能性がある」
「…サガがアンジェラだと知ってるなら、最初からそう言うのでは? 相棒を捉えるために協力しろと」
国枝の言葉に、僕とケイトは驚きの表情で見合わせた。
「……そうか。AMGは、僕がグラードであることは知ってたけど、特殊能力を持ってるのは僕一人だと思っていたんだ」
言われてみれば――雪人があげた動画では、能力を使ってるのはグラードだけだ。サガの方は、視野に入ってなかったのか。
けど、だとしたら、どうして雪人は姿を消した?
「アンジェラに……サガに危険が迫っていたのか」
だから雪人は姿を消した。そして今も、フォッグはアンジェラを捕らえようとしている。
どうして雪人は、僕に何も話してくれなかったんだ。彼が『リベレイト』に関わってるなんて、まったく知らなかった。
「けど、じゃあアンジェラは、バグ・ビーストを使って何をしようというのかしら?」
ケイトが疑問を口にした。
“あなたにも関わりのあることなのよ”
そこまで考えて、僕は不意にアンジェラに言われた言葉を想い出した。その事は、ケイトには話していない。
本当に、あのアンジェラがサガ――雪人なのだろうか? 僕は確信が持てなかった。
「そもそもAMGは、アンジェラを捕らえてどうしようというのですか?」
国枝がケイトに訊ねる。
「AMGではバグ・ビーストの被害が止めることが目的だから、アンジェラを捕まえればあのバグ・ビーストがいなくなると考えてる。私たちは、アンジェラの身柄を確保して本人とフォッグの関係を聞き出すつもりよ」




