ブラック・バッファロー
「ゲームの中でですけどね。『俺は戦場行った』『俺はプロの傭兵だ』『俺は~人殺した』とか、言いたがる手合いは結構いるんです。けど、立ち合いの場では背景なんて関係ない。純粋に技量の勝負ですよ。まあ、その相手の言葉に委縮したら、技が出なくなりますけど」
ケイトは少し驚いた顔を見せた。
「それに本当に強い人ってのは、あんまりそういう事を語りたがらないですよ。それで委縮しても無論、力を低めますが、逆上も冷静さを失わせる」
「貴方、わざと相手を罵倒したの?」
「こっちを素人だと見くびってましたし、挑発して逆上すれば真っすぐ突っ込んでくるだろうと。狙い通りでした」
ケイトは呆れ顔をしてみせた。
「なるほど……確かに貴方がグラードのようね」
「それより、今度はこちらの番です。ケイトさん、貴女こそ何者ですか? 少なくともAMGの社員ではありませんよね?」
ケイトは一つ息をついた。
「――私は中央情報局の一員」
「つまりCIA、という事ですね? そんな事だろうと思った」
僕は苦笑して見せた。
「AMGの社員と言う割に、業界の事もゲームの事もあまり詳しくない。それでいて戦闘力はやたら高め。不自然だと思ってましたよ」
「一応、出向という体裁をとったから、嘘はついてないわ」
澄ましてみせるケイトに、僕は苦笑するしかない。
「ま、詳しい話しも聞きたいところですが……ちょっと疲れてるでしょう? 休んだ方がいい」
「…そうね。そうさせてもらうわ」
ケイトはそう言うと横になった。すぐに寝息を立て始める。戦った上、負傷してるのだ。疲労がたまっていて当然だ。僕はそっと部屋を出た。
「あ、ちょっと」
外の警察官らしきスーツ姿の男性が、咎めるように手を伸ばす。僕は外に置いてあるベンチソファを指さした。
「何処にも行きませんよ。中の丸椅子じゃ寝られないから。それじゃあ、おやすみなさい」
ベンチに横になると急に気が抜けて、僕は眠りについた。
*
起きると、まず時計を見た。2時間は経っている。横を見ると、スーツ姿の警官はまだ立っていた。僕が寝ている間、見張っていたのか。
「ご苦労さんです」
僕が声をかけると、面白くなさそうな顔をした。ま、そりゃそうか。ふと、こちらに向かってくる足音に気付き、僕は目を向けた。
すらりとした上背のスーツ姿の男が近づいてきている。40歳前後か。眼鏡をかけているが、かなり整った顔だ。若い頃はさぞ、モテたろう。男が近づくと、見張りの警察官が恐縮して敬礼した。
「ご苦労さまです」
うん、と一つ頷くと、眼鏡の男は僕を見た。切れ長の、鋭い目つきだ。
「神楽坂明さんですか?」
「そうですけど」
「ケイト・コールマンさんは…中にいるのですね?」
僕が頷くと、男は個室の中へ入っていった。僕もそれに続いて入る。僕らの気配に、ケイトが目を覚ました。
「……貴方は?」
身体を起こしながら、ケイトは眼鏡の男に訊ねた。
「警察庁の国枝といいます。コールマン捜査官、身体の方はどうですか?」
「もう大丈夫。あの二人について判ったことを教えてちょうだい」
「それは構いませんが――」
国枝、と名乗った男がちらりと僕を見る。ケイトが口を開いた。
「彼なら構わないわ。関係者だから」
「そうですか。では――まず、喉を撃たれた男ですが、一応、一命をとりとめました。側頭部に打撃を
受けた男は、もう意識を回復してますので、身柄を拘束中です」
「そう」
ケイトは表情を変えなかった。最初の男が死ななかったことを、ケイトがどう受け止めたのかは判らない。
「あの二人の持ち物、車の遺留物を調べた結果、あの二人は『ブラック・バッファロー』の一員だろうと思われます」
僕は何気なく、ケイトを見た。ケイトが僕に説明する。
「『ブラック・バッファロー』は、民間軍事会社『アームド・スペル』が擁する傭兵部隊の名前。頼まれればどんな場所にも傭兵を派遣する。独裁政権であろうと、犯罪組織であろうと」
僕は眉をひそめた。傭兵の質は、おのずと判る。
「――それで、今回の事件ですが、目撃者も被害者も外部にいませんので、アメリカの預かり……という事でよろしいですか?」
「それでいいわ。二人の身柄はいずれ引き取りにこさせます。ありがとう、国枝さん」