表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/115

ニア

 レオニードの言葉が終わる間際に、マリーネが躊躇いがちに口に開いた。


「どうしたの?」

「この後、オフ会できますか?」

「僕はいいけど。レオは?」


 僕はそう言いながらレオの方を見た。


「あ、オレもいいよ。まだ仕事まで時間あるし」


 レオがそう答えたので、僕はマリーネに言った。


「じゃあ、15分後に集まろうか。何処がいいかな?」

「札幌駅前でどうですか? 今日はわたしが言い出したことですし」

「OK、じゃあそうしよう。それじゃ後で」


 僕はそう言うと、レオに頷いてみせた。そしてメニューからログアウトのボタンを押す。一瞬にして、僕の意識は『ノワルド・アドベンチャー』から離れた。


   *


 目覚めると、薄暗い視界が入ってくる。僕はVRヘッドセットのバイザーを上げた。そうすると視界によく見知った天井が映る。此処は間違いなく、勝手知ったる我が家だ。現実の僕はベッドに横になって、VRヘッドセットを被っていたわけである。


 僕は身体を起こして、VRヘッドセット『フロート・ピット』を頭から外した。フロート・ピットは見た目は王冠のようだが、後頭部を抑えるパーツは中央から分かれ、前面部にバイザーが着いている。このバイザーを降ろすのが、メタバースに入るスイッチでもある。


 フロート・ピットはメタバースに意識がまるごと入るフルダイブ・システムの用具である。脳細胞の電気情報をスキャンして意識活動を読み込むと同時に、脳活動が身体に反映されないようにシャットアウトする(そうでないと、メタバースで動いた時に、現実の身体を動かしてしまうからだ)。


 メタバースの『レナルテ』がオープン・プラットフォームとして公開された直後に発表されたため、レナルテの広がりとともにフロート・ピットは劇的に広まった。今ではフルダイブすることを「浮遊(フロート)する」という言い方の方が浸透している。

 時計を見る。


「20:47か…」


 世界最大のMMORPG(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロールプレイングゲーム)である『ノワルド・アドベンチャー』の登録者数は12億にのぼると言われている。その世界『ノワルド』では、時間が経つ。ノワルド・Jでは日本時間よりマイナス8時間、つまり向うでは12:47分だったことになる。


 夕方からログインすることが多いため、そのような時間設定になってるのだが、時間設定が異なる4つのワールドがノワルドにはある。J(日本)、ヨーロッパインドアメリカとなっていて、それぞれの主要地域のマイナス8時間が、ノワルドの時刻設定となっている。

僕はフロート・ピットを外すとトイレに行って小用を足した。フロートしてる間に生理的欲求や身体的異常が見られると、レナルテにいる自分にバイオ・アラームで知らされる。ので、メタバースにいる間に粗相をしたりすることはないのだが、それでも途中で席を立ってログアウトしたりするのは面倒だ。


 ついでに冷蔵庫を開けて、缶のグレープハイと栄養補給食を取り出した。冷蔵庫の中には大したものは入ってないが、酒と栄養補給食だけは常備している。栄養補給食を頬張りながら、ふと思いついた。


「レナルテの外食が多い人は、現実の食事を粗末にする傾向があるかもな…」


 自分で思うと、ちょっと知りたくなったので僕は声を上げた。


「ニア、レナルテの食事と現実の食事の関係を調べて」

「判りました」


 落ち着いた女性の声が響く。これは僕のAIマネージャーの声だ。便宜上、僕は『ニア』と呼んでいる。すぐに返事が返ってくる。


「レナルテで一週間に3度以上食事をする人は、現実の食費を栄養補給食等の簡単な食事で済ます傾向が高い、という調査報告をアメリカペンシルベニア大学のラドリー・マッケンジー博士の研究チームが報告してます」

「やっぱり」

「その他には、レナルテで得られる満足感が、現実の食事への満足感を減少させるという研究もあります。大脳生理学者キャサリン・ポートマンの報告です。詳細を知りたいですか?」


 僕は口中の水分を奪う栄養補給食を、グレープハイで流し込んだ。その後でニアに答える。


「もういいよ。それよりビールとチューハイ、栄養補給食を注文しておいて」

「定数まででよろしいですか?」

「うん、お願い」


 ニアは僕の冷蔵庫の中だけだけでなく、スケジュール管理、健康管理、財政管理までしてくれる。その都度、それぞれのオンラインサービスに頼る方法もあるが、僕は一括で個人データを管理してくれるAIを購入して『ニア』と名付けた。僕のようなやり方が大半だろう。古いSFファンの中には、AIの声を渋い男性にして、『キッド』とか『ジャービス』とか呼んでる人が多いらしい。


 僕はもう一度フロート・ピットを立った状態で被る。バイザーの先端が赤く点滅しているが、これは身体をスキャンしてる状態だ。やがてそれがグリーンに変わると、スキャン完了でフロートOKのサインである。僕はベッドに横になると、バイザーを降ろした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ