暗殺者
あまり聞きなれない英語に、僕は首を傾げた。ケイトが言う。
「それは『解放する』という動詞。けど、それは頭が大文字になっている」
確かに、そうだけど。
「『リベレイト』――反NIS組織の名前よ」
僕は驚きに目を見張った。
*
帰りの車の中で、僕は言葉を洩らした。
「大学の時に既に、雪人は反NIS組織と関わりがあったって事なんですね…。まったく知らなかった」
ケイトが運転しながら、横目で僕をちらりと見る。
「近しいと思ってる人間にも、知らない事もあるわ。…人の関係なんて、そういうものよ」
この人にも、何かあったんだろうか? けど、それを聞くのはプライベートに立ち入る事だろう。僕は別の事を訊いた。
「リベレイトって、どんな組織なんですか?」
「NISの人権侵害から、迫害された人々を保護する活動をしてる団体。NISの中にも隠れて組織はあるけど、NISから脱出した人を保護したりしてる。武力抗争は行わない、平和活動に従事してる組織ね」
「雪人は――そこにいるって事なんでしょうか?」
「メンバーは判明したら、NISによって指名手配される。相良雪人が指名手配になってるのと、つじつまは合うわね」
そこまで話して、ケイトが鋭い目つきでミラーを見た。僕は振り返る。一台の車が、後ろに来ていた。黒のSUV車である。
「NISはメンバーの暗殺も厭わない。姿を隠すのも道理が通るわ」
「え、暗殺?」
「捕まってなさい」
ケイトがそう言うなり、車のスピードが急に上がる。辺りは森林に包まれた人気のない山道である。前に車はいない。ヘアピンのカーブを幾つか曲がると、明らかに後ろの車が着いて来ている。
「ついて来てます!」
僕の叫びに、ケイトは答えない。ただハンドルを握っている。
やがて道は真っすぐな下り一本道へと出た。スピードを上げる。が、向うの方が速い。対向車線にはみ出して、後ろの車がこちらの横に並んだ。と、ケイトの傍の窓が開く。中から出てきた男は――銃をこちらに向けている。
「ケイトさん、銃だ!」
僕が叫ぶより速く、ケイトがハンドルを切る。車は横に移動し、相手の車に体当たりをかました。銃を持った男が、その衝撃にひるむ。
相手の車がひるんだ隙に前に出る。が、振り切ろうとした瞬間、突如、乾いた衝撃音が響いた。
「うわっ!」
突然、車がバランスを失ってぐらつく。ケイトは必死で車を立て直そうとしている。恐らく、後輪を撃たれたのだと判った。さらに轟音と衝撃が響いた。後ろから追突されたのだ。僕らは大きく身体を揺さぶられ、前にのめった。そのまま車が道路から外れ、脇の森林地帯へと突っ込んでいく。
眼の前に大木がある。危ない、と言うより先に、車はそこへ正面衝突した。
衝撃とともに、エアバッグが飛び出てきて一気に視界を塞ぐ。身体の揺れが軟らかな布地に吸収され、車はそこで急停止した。
「――明、大丈夫?」
「なんとか、大丈夫です」
ケイトの声に、僕は答えた。
「そのまま体を動かさないで、シートベルトだけ外して。銃声が聞こえたら、ドアを開けて外に飛び出て。後はとにかく逃げるのよ」
「ケイトさんは?」
「静かに」
ケイトはエアバッグに、ぐったりしたように身体をもたれかけさせている。僕もそれに倣った。
横目で見ると男が二人、森の中を近づいてきている。アウトドア用の動きやすい格好でサングラスをしている白人と中東系の外人。二人とも銃を手にしている。男たちが、かなり近づいた。と思った瞬間、銃声が響いた。
ケイトが車から発砲したのだ。窓ガラスを貫通し、中東系の男の喉が赤くなった瞬間、そのまま倒れた。白人の方は素早く身を翻す。ケイトが車のドアを開ける。僕も車から飛び出て、外側に回り込み車の影に身を潜めた。
「動くな!」
ケイトの声が響いた。ケイトはドアの影に隠れて、前転して逃れた男に銃を向けている。男は片膝立ちの状態で、後ろから銃を向けられた状態にある。
「ゆっくりと、銃を持ったまま両手を上げろ」
ケイトの声が森に響く。男はゆっくりと銃を持ったまま、両手を上げた。
「銃を放れ」
男は持っていた銃を、手前に放り投げた。
ケイトが車の陰から身を現す。拳銃を突きつけたまま、静かに男に近づいた。