NIS
僕の問いに、ケイトは頷いた。
NIS(Neo Islamic State)は、ISILあるいはISと呼ばれたイスラム過激派組織、あるいはそれが建国した国を前身に持つ、シリアの中に勢力を拡大している国だ。世界でテロ活動をしたり、自国内の女性に対する人権侵害の政策などを見ても、すこぶる印象が悪い。
「どうして、雪人がNISに関わったりしてるんです?」
「それはこっちが聞きたい事よ。貴方たちが知り合いの頃、相良雪人にそういう一面はなかったの?」
雪人の一面――。
そう言われて、僕は気づいた。僕は雪人の事を何も知らないのかもしれない。一緒にゲームをして授業を受けたけど、彼がなにを見ていたのか、何を考えていたのか。そして、どうしてあの日、僕から去っていたのか。
「……知ってる限りでは、雪人にNISに関わるような気配はなかったと思いますが…」
僕の、小さな胸の痛みを抑えた言葉に頓着する様子もなく、ケイトは話しを続ける。
「相良雪人はNIS内外における、抵抗運動に加わったか、それを支援している。それでNISが国際的に指名手配を出してるのよ。イスラム原理主義者たちにとっては、彼はテロリストという扱いになるわけ」
「それはだけど、西側諸国にとっては保護対象なのでは?」
「イスラムの勢力は内部紛争が多いから、彼もその意味でイスラム原理主義者なのかもしれない。そういう意味では、西側にとっては彼は要観察対象といったところね」
雪人が…テロリスト? そのイメージが、僕にはどうしても沸かない。
「なににしても、本人が保護を求めてきてない。現在、相良雪人は消息不明よ」
そこで僕は、ようやくこの旅の意味に気付いた。
「長野って、そういえば雪人が故郷だって言ってた 」
「そう。彼は長野県の戸隠村出身。そこに彼の実家があるわ。もしかしたらそこに潜伏してるかもしれないし、そうでなくてもなんらかの足跡が残ってるかもしれない」
「雪人を見つけたら、どうするつもりですか?」
僕の問いに、ケイトは厳しい表情で答えた。
「まず、彼がアンジェラかどうか確認するわ」
「アンジェラのやってる事が、イスラム原理主義と関係あるんでしょうか?」
「例えばバグ・ビーストを使って、世界中に広まってるレナルテに対し、なんらかの破壊活動を行う予兆かもしれない。いわばそれは世界的なサイバーテロになるわ」
ケイトの言葉の意味の深刻さに、僕は少し震えた。
「バグ・ビーストは文字通りのバグではなく…アンジェラが用意したサイバーテロ・ウィルスの可能性がある、と?」
「そうね。けど今のところ、まだ『ノワルド・アドベンチャー』以外のレナルテに出現したという報告はないわ。けど…これは時間の問題かもしれない」
雪人がそんな事をするとは、到底思えない。僕は言葉を失って黙り込んだ。
「それじゃ長野まで三時間。あたしは寝るから、長野に着いたら起こして」
そう言うとケイトはシートをリクライニングさせ、眼を閉じた。あっという間に寝息を立て始める。どうもこの人、寝てなかったらしい。僕は独りで、長野に向かう景色を眺めていた。
*
長野インターを出ると、遠景に山が見えてきた。まだ白い雪が山頂付近に残っている。その奥に襖のように連なる連峰は、真っ白な壁のように視界を囲んでいた。残雪が残る景色は、まだレナルテでも表現されてない自然の美しさだった。
「ケイトさん、長野に着きましたよ」
僕は隣のケイトを起こした。ケイトがのろのろと身体を起こす。
「よく寝たわ…。これから自動運転の難しい地域に入るのね。面倒」
不機嫌な顔をして、車内に搭載されたナビを起動させた。既に行き先は入力されているらしかった。
長野市街地を通り抜け、山に入る。山は新緑が瑞々しく輝き、樹々からの木洩れ日が車窓に差し込んだ。集落は山の中腹部にあり、段々に作られる畑を横に見ながら車を進めていった。
やがて一件の、古い造りの家にたどり着く。ケイトはそこで車を停めた。
「此処ね」
僕とケイトは車を降りて、家を訪ねた。
チャイムを押すと、擦りガラス製の横開きのドアが開く。どうやら鍵は開いていたらしかった。
「どなたさんですか?」
中から現れたのは、年配の夫人だった。ほとんど化粧っ気はなく、ラフな格好をしている。スーツで現れた外国女性に、少し驚いた顔をした。
ケイトが僕を肘でつつく。あ、そうか。この女性はARグラスも翻訳機も着けていない。ケイトがそのまま話しても、女性には伝わらない可能性が大だ。僕は口を開いた。