長野県戸隠村
僕は人差し指を刷り上げて、ウィンドウを開いた。モニターA,Bとあり。現在はBが使われている。Aのボタンを開くと、横にモニターA,つまり有紗側の視界が映し出された。
微笑んでる有紗が映る。やっとホッとした。
「あたしも出してみよ」
有紗も操作している。僕はAとBの主客を逆転し、元のモニターをメインに設定した。今、気付いたが、僕らの顔にARグラスが付いてない。
「これ、グラスが映ってないね」
「そ、そういう設定なんだって。だから素の顔がお互いに見れるの。それを知ったから、ここのグラスを使いたかったの」
そう言いながら、有紗が四つん這いで近寄って来る。微笑みを隠したような、狙いを定めた魅惑の瞳。彼女が見てるのは僕? それとも彼女?
そんな疑問を吹き消すように、有紗の唇が重ねられる。その柔らかな感触に、僕は問いを放り投げた。
*
翌朝、僕は鞄の中のコール音で目が醒めた。
隣で寝ている有紗を起こさないようにベッドから出ながら、鞄からARグラスを取り出す。グラスを着けると、発信先はケイトだった。
「はい、もしもし」
「明? もう起きてた?」
「いえ、今、起きた処です」
「そう。ちょっと遅いわよ。ゲームでもやり過ぎてるんじゃないの?」
「いえ、そういう訳では。で、どうしたんですか?」
僕の問いにケイトが答える。
「ちょっと対面で話したいから、そうね……カザマの方に出社して。私がそちらに行くから」
「あ、判りました」
電話を切って振り返ると、有紗が起きていた。起こした上半身をシーツで覆っている。
「あ、起こしちゃった?」
「うん。けど、もういい時間よね。仕事の話?」
「ああ、うん。こんな朝からかけてくるなんて、随分だよね」
「女の人?」
有紗が少し上目遣いに訊ねる。僕はなんでもないように答えた。
「そう。実は外人なんだ。親会社の本社から来てるから、とにかく上から物言うし、人使いが荒い」
「ふ~ん、大変なのね」
有紗が微笑んだ。僕はベッドの横に回り込んで、有紗の傍に座った。有紗にキスをする。と、不意に唇を離した有紗が言った。
「美人なんでしょ?」
「え! いや、まあ…そうではあるけど……」
何を言い出すんだ? というか、勘がよすぎる。
「今度、紹介してね」
有紗がにっこりと微笑んだ。
*
カザマに行くと、ケイトが既に来ていた。社長が愛想笑いを浮かべて何やら話しかけているが、ケイトの方ではほとんど相手にしていない。今日はパンツスタイルのグレーのスーツだ。パンツにしても、長く伸びた脚が目立つ。
「おはようございます」
じろりと僕を一瞥するなり、ケイトは席を立った。
「行くわよ」
「え、何処へ?」
僕の問いには答えず、ケイトはどんどん歩いていく。僕はケイトを追う前に、一回社長を振り返った。
「それじゃあ、行ってきます」
「おう、頑張れよー」
社長の笑顔の見送りを受けながら、ケイトの後を追う。ケイトは用意してたらしい車に乗り込んだ。僕は慌てて助手席に乗り込む。
「長野県戸隠村」
ケイトが行く先を告げると、車が動き出した。僕は驚いた。
「え? 長野県に行くんですか?」
「そうよ」
「だったら新幹線でもよかったんじゃ…」
「電車嫌いなのよ、人で混むし」
そうですか。で、わざわざ車をレンタルしてきたわけね。車は自動運転で高速道路に乗り、快調に走り続けた。
「ところで、長野に何しに?」
ケイトが静かにこちらを見る。妙に真面目な顔だ。その美人過ぎる顔に、僕はちょっと気圧された。
「ありのままを話すと、相良雪人は現在、国際指名手配されてるわ」
「えっ!」
さすがに驚愕した。一体、どういう事だ?
「それは……どういう…」
「と、言っても日本やアメリカのような西側諸国からじゃない。相良雪人を指名手配したのは、NIS」
「NISって、あの…イスラム原理主義の?」




