有紗とデート
ま、微妙だけど。僕はふと、まじまじと有紗の顔を見つめた。
「なあに、どうしたの?」
「いや…やっぱり有紗はリアルが可愛いなって」
「やだもう」
有紗が笑う。僕の脳裏にふと、有紗とサリアを相手にしためくるめく夜の事がよぎったが、それよりも現実の陽射しのなかにいる有紗の方が素敵だ。僕は確信した。
それから僕たちは映画を観に行って、ショッピングを楽しんで、お茶して、体感ゲームで遊んでデートを満喫した。忙しい有紗と日中にデートするのは、結構久しぶりだった。楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。
夕食はレストランでイタリアンのコースにした。めったに食べない美味しい料理に魅了されながら、僕は有紗との会話を楽しんだ。
「最近、仕事の方はどうなの?」
「う~ん、忙しいんだけど、パッとしない仕事ばっかり。あ~あ、あたしこんな感じで、売れないまま終わっちゃうのかな」
「それでもいいよ。いや、むしろその方がいいくらい、僕は」
僕は、少し不満そうな顔を浮かべた有紗に、そう言った。
「あんまり売れると、有紗が僕の有紗じゃなくなっちゃうかも。だから、別に今のままでいいよ」
「え~、そうかなあ。…そうかもね」
有紗はそう言って微笑した。
「好きよ、明くん」
可憐すぎる笑顔で、有紗が口にする。「僕もだよ、有紗」と僕は返した。
夕食を終えて、僕らは夜の街を歩いた。有紗は僕の腕をとって組んでくる。僕は有紗に訊ねた。
「どうする、どっちかの部屋に行く?」
「うんとね、行きたいところがあるの」
有紗はそう言うと、僕の腕をとったまま歩いていった。しばらくして着いたのは、派手なネオンを煌めかせた建物の前だった。
「…ここ?」
有紗が笑顔で頷く。これは、いわゆるラブホテルですけど。レナルテならともかく、リアルでこんな処をうろついてると、ちょっと恥ずかしい。
「ね、入りましょ」
「え? えぇ?」
腕を取られるまま、僕は有紗とホテルに入った。
中の部屋は、無暗に豪華なシャンデリアとダブルベッドである。こういう処に入った事がないわけじゃないが、妙に落ち着かない。僕は所在なくベッドに腰かけた。
その隣に有紗が腰かけてくる。こ、これは。
「この前ね、サリアと一緒にしたでしょ?」
え、その話? と思いながらも頷く。
「あたし、よっぽど自分の事が好きなんだと思って、あれからサリアを相手にしてみようと思ったの」
え? ええ?
「けどね、なんかそういう気分にならなかったのね。それでなんだか、自分の事がよく判らなくなっちゃって…。で、考えてみたんだけど、もしかしたらあたし『明くんになって自分を愛したい』んじゃないかと思ったの!」
有紗が素敵なアイデアが閃いた、といわんばかりの笑みを見せる。いやいやいや。なんだ、この流れは?
「それで、調べてみてここに来たのよー」
有紗はベッドの上を這って行くと、枕元にある機材をいじり始めた。やがて有紗は、極薄タイプのARグラスを二つ取り出した。
「これこれ、これを着けて」
渡されるがままに、僕はARグラスを着ける。有紗も同じように着けている。不意に、悪戯っぽい顔をした有紗の顔が目の前にあった。驚く間もなく、有紗にキスされる。と、有紗は僕のARグラスを起動させた。
目の前の風景が変わる。僕がキスしてる相手は――。
「ムー! ムム、ムゥ…」
唇を塞がれたまま、僕は呻いた。僕の目の前にいるのは、他ならぬ僕の顔だ。僕は顔を離した。
「ちょ、ちょっと! これって一体?」
狼狽してる自分の顔が目に入る。なんて、情けない男の顔だろう。けど、楽しそうな有紗の声が響いた。
「ふふ、あたし明くんになってる。不思議な感じ。ね、もっとあたしを抱きしめて」
「いや……ちょっと――」
僕は自分の困り顔を見ながら言った。
「自分にキスなんてできないって。やだよ、気持ち悪い」
「えー、そうなの? あたしはいいのに」
「有紗だったら絵になるけど、僕は絵にならないからやだ」
僕は正直なところを言った。すると有紗が言う。
「あたしは明くんなら絵になると思うけど。…じゃあ、コマンドで元の視界も出してみて」




