緊急コール
次の瞬間、長い脚が飛んでくる。華麗な回し蹴りだ。俺はそこを僅かに見切る。
と、さらに矢継ぎ早にパンチの連撃、横蹴り、飛び膝と攻撃を繰り出してきた。俺はその全部を見切りで躱す。着地した瞬間に身体を回転させて裏拳。俺はその背中に廻りながら、軽く足をすくった。
「あっ」
バランスを崩してケイトがよろける。そのまま首か胸を上から抑えれば転倒するだろうが、俺はそこまではしない。少し離れて間を置く。
「く――」
立て直したケイトが悔しそうにこちらを見る。しかしそれを振り切って、ケイトは腰から剣を抜いた。細剣だ。それを真半身になって真っすぐに構える。フェンシングの構えだ。
鋭い突きを繰り出してくる。俺は下がりながら抜刀し、それを受け流す。さらに鋭い突きの連撃。俺は刀でそれを受けながらも、瞬時に前に出て間合いを詰める。相手が驚いている隙に、俺はその細剣を持つ手を抑えた。
「判った、充分だ」
間近に迫ったケイトにそう告げる。手を抑えられたケイトは少し赤くなりながら、こちらを見ていた。
「な、なによ。馬鹿にしたいの?」
「いや、あんたが戦えるのはよく判った。充分だ」
俺は離れると、納刀した。ケイトもそれに倣う。
「現実のあんたと比べてどう思った? 遅く感じたんじゃないか?」
「そういえば……」
俺の言葉に、ケイトが気づいたように人差し指を口にあてる。
「現実のあんたはもっと戦えるんだろう。しかし此処では、その速さは活かせない。誰であろうと、ゲーム空間内のスピードは一緒だからだ」
「え! そうなの?」
驚くケイトに、俺は頷いて見せた。
「コントローラーで操作するシューティングゲームや格闘ゲームのキャラが、誰がやっても同じ速度で動くのと同じだ。現実の体格差や筋肉量が反映されたんじゃ、ゲームとしては不平等だからな」
「そうか、そうなのね」
「けど、シューティングにも上手い下手がある。上手いプレイヤーが扱ってると、シューティングの機体も速く見えたりするものだ。それは主に読みの正確さと、反射力の速さに負うところが大きい」
「つまりパターンを知ってて、反応速度と操作技術が高い、ということね」
「そういう事だ。あんたには現実的な戦闘スキルがあるから、対人の攻撃パターンは熟知してるだろう。しかしモンスターやバグ・ビーストを相手にするとなると、そのパターンは通じない。それは注意しておくことだ」
ケイトは神妙な顔をして頷いた。そこで俺はさらに言葉を加える。
「そして俺は、実際にあんたより速い」
「え! なんでよ、それもチートなの?」
「そうじゃない。これはレアアイテムの効果だ」
俺はコートについているボタンを見せた。ボタンには様々な色がある。
「これは元々、加速アイテムだ。一つにつき0.5%、動きが速くなる。これを俺は10個装着している」
「じゃあ、通常より5%速いってわけね。けどたったの5%?」
「それでも実際に戦った場合には、充分な差だ。バグ・ビーストが現れて、アンジェラが出現するまで、俺たちは待機なんだろう?」
「そうだけど」
「それまでは、あんた用のレアアイテムを取りに行く。そうやって、この世界に慣れといた方がいい」
俺がそう言うと、ケイトは少し不満そうな顔で上目遣いにこちらを見た。
「…判ったわよ。けど、仕切るのは私ですからね」
「好きにするがいい」
俺はそれだけ言った。
*
その二日後に、俺はアンジェラと遭遇した。
ケイトと一緒にクエストを攻略している最中、緊急コールが鳴る。
「緊急コール、エリア22だわ」
「行こう」
運営サイドに知らされる緊急コールが、ケイトにも知らされる仕組みになっている。俺とケイトは顔を見合わせると、その場へ移動した。
石造りの廃城の中、大広間に6人のパーティーがいる。その連中を2体のバグ・ビーストが取り囲んでいた。
「――こ、こいつら魔法がきかない!」
パーティーの魔法使いが悲壮な顔で叫んだ。その杖から放った火焔魔法を、バグ・ビーストが口を開けて呑み込んでいる。やがて魔法が尽きると、今度はバグ・ビーストはその魔法使い目がけて跳躍した。
「クロノス・ブレイク」