サリア
「違う違う」
有紗は慌てて手を振る。と、有紗は自分のミラリアを見て言った。
「こんな事言ったら変に思われるかもしれないけど……。あたし、どうしてもあたしが悶えるところが見たくなっちゃったの」
隠し部屋から出てきた有紗は、ベッドの上の僕の処まで来ると足を逆Wの字に曲げて座った。
「あたし、自分の映像を見てたのね。そしたら不意にね…『ああ、この娘の悶えるシーンが見たい』って、キュンってなったの。判る? 判らないわよね。あたし……おかしいんじゃないかって思うくらい、自分の事が好きなの!」
有紗はそう言いながら、真剣な眼で僕に顔を寄せてきた。が、傍ではもう一人の有紗が、僕の肩にすり寄ってきている。
「それでマジックミラー状になる寝室を作ったのね。さっき明くんに愛撫されてる自分を見て……凄く興奮した」
そう言うと有紗は、僕の首に手を廻してキスをしてきた。これは……本物の有紗の感触。と、思う間もなく、AIの有紗が、僕の身体に手を廻してくる。僕は唇を離した。
「ちょ、ちょっと待って。それで、どうすんの、この娘は?」
「ねえ、一緒にしましょ」
「いや、ちょっとそれは、なんというか――」
狼狽する僕をよそに、二人の有紗が僕の前に座り僕を見つめる。一人でも可愛いのに、その同じ顔が並んでいる。
「いいじゃない。あたしのモデル友達には、彼氏のアバターを2人増やして4Pした娘もいるわよ」
「そ…そんな凄いこと――」
僕はちょっと想像して、思わず唾を呑み込んだ。それを見透かすように、有紗が耳元で囁く。
「ね。あたしを二倍愛して」
「い、いや…片方はAIアバターなんだし……」
「区別がついた方がいいの? じゃあ――」
本物の有紗の方が、空中にコマンドを開く。AIアバターの有紗と向き合って、何かを指先に取り出した。
「じゃあ、何処がいいかな。――此処にしよう」
有紗はAIアバターの有紗の左顎の先に、ほくろをつけた。
「これで区別つくでしょ? そうね、この娘は『サリア』ね」
「そ、そういう問題じゃあ――」
僕の言葉を待たず、二人の有紗が僕を押し倒す。二人の有紗の大きな眼が、僕を覗き込んだ。
惹きこまれる。長い睫毛と煌めいた唇。僕はもう抵抗できない。
多分、有紗の方が僕に口づけた。と同時に、多分、サリアの方が下の方で僕を愛撫する。蠢く四本の手が僕の身体を撫でまわすのに負けないように、僕も二本の手で有紗たちの柔らかな身体を愛撫した。
僕の目の前で、有紗とサリアがキスをする。僕は二人を寝かせて、交互に二人に潜入した。有紗の喘ぎ声をキスでふさぎ、サリアの乳房を掌で堪能する。甘い喘ぎ声がアンサンブルを奏でて、部屋中を満たした。眩暈にも似た陶酔が、僕を支配する。
夢なのか現なのかも判らない官能の夜に、僕は耽溺した。
*
同じ風景だが、違う風を感じる。
いや、この世界に風など吹いてないが。
「――ちょっと、なに独りで物思いに耽ってんの!」
背中から文句が飛んできた。判っている、ケイトの声だ。俺は振り向いた。
「同じノワルドでも、違う、と思ってな」
「ホント? そんな事より、昨日の女の事でも思い出してたんじゃないの?」
…なんて鋭い女だ。俺は狼狽を見せないように、背中を向けた。
「くだらん」
「ちょっと! 本当に昨日の女とか、今日の女とかいるんじゃないでしょうね?」
何をどう捉えたのか、ケイトは俺にそうつっかかってきた。
「俺にそんなものはない」
「……そうか、それはそうよね。本体は神楽坂明だもんね」
ケイトはそう言ってため息をついた。無礼な女だ。
「リアルの話を持ち出すのは、ゲーム空間ではマナー違反だ」
「はいはい、クールなグラードも、そういう事は言う訳ね」
ケイトはそう横目を流して、小馬鹿にするような表情を浮かべた。小憎たらしい女だ。そこで俺は言った。
「――前にも言ったが、あんたには戦闘力がない」
「前にも言ったけど、私は戦えるわ。なんなら試してみる?」
俺の言葉にケイトは、腰に手を当てて食ってかかる。
「そうしてみよう。かかってこい」
俺の言葉に、ケイトは睨みながらひきつり笑いを浮かべた。
「いいのね? 舐めてると痛い目見るわよ」
「無手でも武器でも構わん。来い」
ケイトにそう言うと、ケイトはにやりと笑った。