里村有紗
自分の部屋に戻って息をつく。今日はなんて日だろう。色々な事があり過ぎた。僕は知らないうちに、ソファで寝てしまっていた。
不意にコール音が鳴り響き、僕は真っ暗な部屋の中で起きた。
「ニア、明かり。誰だ?」
部屋が明るくなって、ニアの声が響く。
「有紗様です」
「出るよ」
僕はARグラスを着けて電話に出た。眼の前に、有紗の顔が映る。
「どうしたの、寝てた?」
「ああ、ちょっとね」
「そう。疲れてるの? また今度にする?」
有紗が心配そうな顔を見せる。僕は首を振った。
「ううん、君に逢いたい。今から逢おうよ。うちに来る?」
「あ、こっちに来て。…待ってるから」
有紗が微笑んだ。なんて素敵な笑顔なんだ。疲れが癒される。
僕はフロート・ピットを着けて、レナルテへとフロートした。
有紗の部屋へ行く。現実の有紗の部屋も知っているが、レナルテはもう少し広い豪奢な造りになっている。その部屋で、有紗が微笑んだ。
「いらっしゃい」
「有紗」
僕は彼女を見つめると、たまらなくなって彼女を抱きしめた。
無論、それは有紗のミラリアだ。けど、その柔らかさ、温かさは有紗の身体と同じだった。
「なあに、仕事で何かあったの?」
「うん……色々ね。けど、心配ない。ちょっとやる事が増えただけ」
そう言って、僕は少し身体を離す。有紗の瞳が、目の前にある。僕はそっと唇を重ねた。柔らかな有紗の唇の感触が、僕の脳に直通する。この官能は、リアルなものと変わりはない。
実は僕らはフロート・ピットを着けてセックスした事が数度ある。つまり、センシング・バックで僕が感じた有紗の体感を、情報的に保存しているのだ。ちなみに飲食の場合もそうだが、情報を獲る時は、バイザーは外す。だからレナルテでする飲食のように、有紗にくちづける感覚は本物と寸分違わない。
僕は口づけたまま有紗をソファに押し倒し、その柔らかな舌に自分の舌を絡ませる。濡れた舌が求めあう感触を堪能しながら、僕は有紗の柔らかな身体に手で触れた。
「あ、ちょっと待って」
その服を脱がそうとした時、不意に有紗が顔を離して声をあげた。
「どうしたの?」
「ちょっと目をつぶって、ほんの少し」
有紗は身体を離してソファから立つと、そう言って悪戯っぽく笑った。僕は言われた通り、ソファに座ったまま眼を閉じる。
「いいよ」
有紗の声がして、眼を開ける。と、そこには黒いレース地でシースルーの下着姿になった有紗がいた。元々プロポーションは抜群だ。それを惜しみなく晒した上で、華やかでセクシーな姿に、僕は思わず息を呑んだ。
「どう? 新しい下着なんだけど」
「…どうって、そりゃ最高だよ」
悪戯っぽく微笑む有紗を抱き寄せて、僕はキスをした。
「ねえ、寝室作ったの。あっちに行きましょ」
誘われるままに、今までにはなかった隣室へと足を運ぶ。そこには大きなダブルベッドがあった。僕は有紗を押し倒した。
本能が求めるままにキスをし、愛撫する。その身体はどこも艶やかで柔らかく、僕が唇を寄せるごとに有紗は喘ぎ声を洩らした。僕は指先や唇で、有紗を求めた。
「――?」
なんだ、この違和感。…いや、判っている。
「有紗!」
僕は覆いかぶさっていた身体を起こして、声を上げた。
「どっかで見てるんだろ! 出て来いよ!」
僕の声に応えるように、寝室の壁にしか見えなかったものが、スーッと横に開く。中から出てきたのは、同じ下着姿の有紗だった。
「有紗、どういう事なんだ。これは?」
「え~、判っちゃった?」
有紗は上目遣いで悪戯を誤魔化すように、笑ってみせた。
「判るに決まってるだろ! これは君のミラリアにAIアバターを乗せたもんじゃないか。細かい表情や仕草が、まだ生身やミラリアとは違うんだ。見慣れない人ならともかく、僕は普段からストーリービューでAIアバターに演技をつけてるんだ。AIとヒトの違いはすぐに判る」
「さすがあ。明くんてやっぱり、あたしの事が好きなのね」
悪びれない様子の有紗に、僕は言った。
「当たり前だろ。有紗は、なんでこんな事したの? 僕とセックスしたくなくなった?」




