カザマの社長
僕が頷いて見せると、ケイトは怪訝な顔で口を開いた。
「どうして、もう一つ作ってくれ、という話に乗らなかったの?」
「実は――」
僕はケイトの問いに、少し躊躇いを覚えつつも答えた。
「自分でも、もう作れないんです」
「どうして?」
「覚えてないんですよ」
「……どういう事?」
明らかに不審な顔をするケイトに、僕は説明した。
「あれを作る時に、僕はありったけの加速魔法を使えるようにアイテムを用意して、極度の集中状態を維持してあれを作りました。けど、その無理をした脳への負荷の反動でしょうか。終わった後には、僕には作った時の記憶ならびに、プログラム能力の一部の記憶が残ってなかったんです」
「――記憶が、ないの?」
「ええ。だから正直に言うと、自分が作ったものだという実感がないんです。実際、それだけのプログラミング能力があったら、プログラマーとして、もっと良いところに就職してます」
ケイトは眉をひそめた。
「それで、カザマみたいな子会社に就職したと? プログラマーではなく、営業職で」
「まあ、そうですね」
僕が軽く答えると、ケイトは首を振った。少し手で頭を抱えていたが、やがて口を開いた。
「貴方がグラードとしてログインしなくなってから、誰かが『スカイ・エンダー』を使用した形跡はあるの?」
「いえ。今のところ…ありません」
ふうん、とケイトは息をつく。
「そもそも、じゃあその『スカイ・エンダー』を使ってデリーターを妨害するアンジェラは、バグ・ビーストを使って何がしたいのかしら?」
「それは……『ノワルド・アドベンチャー』を主宰する企業に、不利益を与えたい、とか?」
ケイト怪訝な顔をしてみせる。ので、僕はムキになって口を開いた。
「いや、それはそっちの考える事であって、僕が考える事じゃないんじゃ?」
ケイトが明らかに僕を睨む。僕は黙って、唾を呑み込んだ。
「……今日はもういいわ。明日、朝からノワルド・Aに入るわよ。9:00にレナルテで逢いましょう」
ケイトはそう言うと、席を立った。僕はちょっと口を挟む。
「あの……僕は今はキアラっていうキャラをメインに使ってるんですけど。そっちでいいですか?」
「却下よ、グラードでなきゃ駄目」
ケイトは即座に、厳しい声で断言した。
「いや……けどキアラにも『クロノス・ブレイカー』を換装できますけど」
「駄目駄目、グラードでなきゃ絶対に駄目」
「え…どうしてです?」
ケイトが少し間を置く。
「グラードで活動してるのが判れば、サガが接触してくるかもしれないわ。だからグラードで来て」
「……今、言い訳を考えましたよね?」
「そんな事ないわ」
赤くなるのを隠すように、ケイトが踵を返す。ミニスカートから伸びた脚が長すぎた。その抜群のプロポーションの後ろ姿が遠ざかっていくのを、僕はぼんやりと見送った。
*
ため息をついた後、僕は会社に戻ることにした。
社に戻ると、風間社長が僕を出迎える。
「おい、明、大丈夫か?」
「あ? ああ…まあ、大丈夫です」
僕は苦笑いしながらそう言った。社長が心配そうな顔で口を開く。
「なんか、お前を特別プロジェクトで借りたいとAMGから連絡があってな。凄い事じゃないか、頑張れよ」
社長が笑って見せる。僕は複雑な気持ちで社長の顔を眺めた後、、思い切って口を開いた。
「社長が僕を採用したのは、AMGの要請があったからですか?」
僕の言葉に、ふと社長が真顔になる。が、すぐに柔らかい顔になって、社長は僕に言った。
「…お前の家のことも、お前がなんとか――グラウンドとかいう何かだったとか、そんな話も聞いている。確かにお前を採用したのは、AMGからのごり押しがあったからだ。……けどな、今はお前は、うちの重要な戦力だ」
風間社長は笑ってみせた。
「社長……」
グラウンドじゃあ、ないけど。
「だからな、早いところその特別プロジェクトとかを終えて、うちに戻ってきてくれよ」
「社長、ありがとうございます」
僕は社長に、頭を下げた。