雪人の失踪
俺は断って去ろうとすると、相手は取り囲んで交渉を続けようとする。そんな集団が、何組か現れた。
何処かの国の組織だ。
そう、俺の直感が囁いた。仮想空間の中だから、こちらを強制的に何とかする事はできない。が、普段はむしろそういう手荒なことに慣れてる連中だ。アバターでも、その雰囲気は漂っていた。
危険を感じながらも、俺たちは10回目の一位獲得を果たした。
*
そして遂に、『アンジェラ』から規約違反に対する警告メールが届いた。僕は学校へと走り、雪人を見つけた。
「雪人!」
振り向いた雪人が、驚いた顔をしている。それも何処か、恐怖が入り混じったような顔だ。
「雪人、残念だけど警告メールが届いた。もう…クロノス・ブレイカーは使えない」
僕はそれだけ言った。しかし、雪人はそれを聞くと、さらに慄きの表情を見せた。
「…それだけか?」
「それだけって…いや、確かにそれだけだ。けど、もうあれを使うことはできない。もう、僕の借金もあらかた返し終わったし、この辺が引き際だと思う」
僕の言葉に、雪人は眼を見開いた。震えるほどに、雪人が恐怖している。
「どうしたの?」
「――明、何も覚えてないのか?」
雪人は震える声で、僕にそう訊ねた。僕は何を聞かれているのか判らず、怪訝な顔を見せた。
雪人が、唇を震わせる。と、見た途端、雪人は背中を向けて駆け出した。僕から逃げるように、雪人は振り返りもせずに去っていった。
その後、雪人と連絡が取れなくなった。
下宿にも帰ってない。電話も通じないし、ノワルドにもログインしていない。雪人は学校にも来なくなり、僕だけが卒業式を迎えた。
*
「――それ以来、僕は相良雪人にも、魔導士サガにも会ってません」
僕はケイトにそう話した。ケイトは渋い表情を浮かべながら、こちらを見つめた。
「覚えてないのか…と言ったのね?」
「そう…言ったと思います」
「で、覚えてないの?」
「何をですか?」
ケイトは目を細めた。
「貴方とサガに起きた、本当の何か、よ」
僕の心臓が、どくんと脈を打った。
僕らに起きた何か? それは何だ? 僕の知らないところで、雪人に何かあったのだろうか。僕はずっとそう思っていた。
「僕の名前を騙って、誰かが雪人に何かを吹き込んだ――と僕は推理してます」
それがとてつもなく侮辱的な発言で、雪人は僕の前から姿を消したんじゃないか。
「誰が、何のためにそんな事をするの?」
「僕と雪人の仲を裂くため。そうしておいて、雪人――サガから『スカイ・エンダー』を手に入れようとした。…僕はそう考えてます」
「じゃあ、あのアンジェラはサガから『スカイ・エンダー』を買った何者か、という事ね?」
「…そうなります」
僕の答えに、ケイトが怪訝な顔をする。
「貴方から買ってもよかったんじゃないの? というか、貴方にもう一つ同じものを作らせればよかったんじゃないの?」
「実は『クロノス・ブレイカー』は、DNAによる人証識別を通過しないと作動ができないんです。簡単に言うと、僕じゃないと使えないようにセキュリティがかけてあるんです」
「そのセキュリティを外せばいいんじゃないの?」
「そうなんですが…実は、それは僕にも難しいんです」
「作った貴方にも、解除が難しいセキュリティ?」
僕は頷いた。
「解除の暗号コードを移動式にしたんです。暗号コードはくるくる変わります。その暗号コードを解析するのは、普通のコンピューターでも一年くらいかかるはずです」
「それで、貴方を動員する必要があったわけね…。けどどうして、そんな面倒なものを作ったの?」
呆れ顔をするケイトに、僕は説明した。
「もう、同じものを作る気がなかったんです。だからコピーを作ることも考えてなかったし、それに誰かに使わせる気もなかった」
「けど、相良雪人にあげた『スカイ・エンダー』は人証式じゃない。…という事は、あのアンジェラは相良雪人本人か、それを買った者、という事ね?」
「そう…思います」




