ログ・ビュー
僕は雪人の言葉を遮って怒鳴りつけた。僕のあまりの権幕にたじろいだ雪人は、鞄からタブレットを取り出した。その場でログ・ビューのページを開き、僕の見てる前で削除ボタンを押した。
僕は息をついた。
「ごめん。そんなに明が心配してるなんて思ってなかったんだ」
「いや……僕の方こそ、キツイ言葉で悪かった。けど、用心するに越したことはないんだ」
雪人は僕の顔をしばらく見ていたが、やがて口を開いた。
「なあ、お前がそんなに心配なら、もう止めてもいいんだぜ。おれたち10億以上稼いだからな。最初は嬉しかったけど…こんなに金があっても、おれは使いきれない自分に気付いたよ」
雪人は苦笑してみせた。
「結婚して家族がいたりしたら、家買ったりするのかもしれないけどな。あるいは商才があるんなら、事業に投資するとかさ。けど、おれには家族もいないし、商売したいわけでもない。別に広い部屋に住みたいわけでもないし、そんなにいいもの食いたいわけでも、いい車に乗りたいわけでもない。今のまま狭い部屋に住んで、もう働かないで、この貯金で細々と暮らしてもいいかと思うくらいだ」
雪人は冗談めかして笑ってみせた。雪人が僕に気を使ってくれているのが判った。普通なら、大金を手にしたら人が変わってしまうだろう。その金の入手方法を止めたり、手放したりすることなど、まず考えないに違いない。
けど、雪人はそういう人間ではない。それが判っていたから、僕も雪人を信頼したのだ。
「――借金があるんだ」
僕は少し息をついた後、そう言った。雪人が驚いた顔を見せる。
「え? そうなのか? 幾らくらい?」
「15億くらい。大分返したけど、あと少し残ってる」
今までに、誰にも話してない事だった。
「親の借金を引き継いじゃったんだ。大学には返済必要のない奨学金が出たから来れたんだ。僕が大学を出た方が、将来的に返せる額が高くなるだろうという事で、大学進学も許された。けど正直、額が大きすぎて返せるなんて思ってなかった。だから、いつも頭の後ろに重いものが乗っかっているような感覚を覚えながら、僕はこの先もずっとそれで暮らすんだろうって…そう思ってた」
僕は一旦息をついた。雪人の眼が、静かに僕を見ている。
「せめて現実から逃れたいと――そう思って始めたゲームだった。そこで初めて、僕は楽しさというものを知ったんだ。それまで僕は、楽しいなんて事を知らなかったんだ。…君のおかげだ、雪人」
僕がそう言うと、雪人は照れくさそうに苦笑した。
「そんな大それた事やってないけどな。ネトゲに誘っただけだよ」
「それでも僕は、嬉しかったんだよ。――雪人、もう少し付き合ってくれないかな。せめて卒業まで」
「プロになる気はないのか?」
雪人の問いに、僕は頷いた。
「公開できないんじゃプロにはなれないし、仮にそれを使わないとしても、僕はプロプレイヤーじゃなくて別のやりたい事があるんだ」
「なんだよ?」
僕は軽く笑ってみせた。
「今度は公開が前提の、ストーリー・ビューがやってみたい」
「ストーリーって、あの物語を創るやつ?」
僕は頷いた。
「そう。物語は人の心を動かす…。そんな事をやってみたいんだ」
「そうか…。いいじゃないか」
雪人はそう言って、笑ってくれた。
*
しかし、ログ・ビューを一瞬であれ公開した影響は及んできた。
街に買い出しにいくと、誰かがつけてくる。俺は角を曲がったと思わせて、正面から尾行者と向き合う。最初の相手は薄笑いを浮かべて商売を持ちかけてきた。
「へへ……グラードさん、その『クロノス・ブレイカー』売る気はないですかい?」
「ない」
断って歩こうとすると、犬のように回り込んできた。
「3億、いや5億レナルでもいいんだ。売ってくれないか。いや、本物でなくて、コピーでもいいんだ。作った本人なら、できるでしょ?」
「売る気はない」
俺は一瞥もくれずに歩き出す。最初は、そんな一般のプレイヤーらしき者が多かった。だが、ある程度時が過ぎると、様相が変わってきた。
相手は数人で、身なりも整えている。しかし、生粋の冒険者でないのは一目でわかる。装備の耐久度がほとんど減ってなくて真新しい。実際に『ノワルド』をプレイした事はないだろう。
その代表者らしき者が、丁寧な口をきいてくる。
「グラードさん、我々にその技術を提供してくる気はありませんか? 無論、それだけの報酬は用意します」
「興味ない」




