時壊魔法
「その処理速度を使って、あの超加速を生み出したって事? けど、そんなの審査が通るの?」
「シュレディンガーの猫、の話は知ってますか?」
ケイトは怪訝そうな顔になった。
「量子力学の有名なたとえ話ね。箱を開けるまで、中の猫は生きてるか死んでるか判らない」
「あれはつまり、生きてる状態と死んでる状態が重なっているんです。ざっくり言うと、そこで審査が通る状態と、通らない状態を重ねたらどうか――」
「それで…審査を通したのね」
僕は頷いた。
「必ず起動にインフィニットαの量子コンピューターを使い、自分の動きのアルゴリズムを超高速で処理する魔法を創ったんです。それが僕の作った『時壊魔法』。これと同じものを…サガに与えました」
「サガの能力も超加速なのね?」
「見え方的には、時間を止める能力『絶空魔法』ですけどね」
僕は説明する。
「超高速で動いている時、周りはほぼ制止してます。この現象を客観的に見せたのが超加速。主観的に見せたのが制止で、それはただ効果の違いだけなんです」
「じゃあ、貴方はあのアンジェラがサガだと思う?」
ケイトの問いに、僕は即答はできなかった。
「……判りません。けど、あれは多分、僕の作ったものと同じです」
ケイトはしばらく僕を見ていたが、やがて口を開いた。
「3年前にグラードとその相棒のサガは、ノワルドから姿を消した…と資料にあったわ。それまでにグラードとサガのペアは、連続で10回ものチャンピオンを奪取してた。1位クリアというのは、相当な額よね?」
「概ね、3億レナルでした」
ケイトの眉が、少し上がった。
「通常は5~6人で等分するんですが、僕らは二人だけで攻略してたから半分ずつです」
「結構な稼ぎよね。どうして辞めたの?」
「7回目の時、サガが僕らの動画をあげたんです」
僕は、当時の事を想い出しながら話をした。
「僕は自分のやってる事がチートだと自覚があったから、なるべく能力を明かしたくなかった。ログ・ビューも公開してなかったし、キャラのレンタルもしていませんでした。けど、上位クリア者はランキング表示されます。3回連続1位を取った後は、ノワルドでも話題にされるようになってました。ペアでラスボスを攻略するのは、どんな奴だと――」
苦い気持ちが、胸の中に甦る。
「話題にされて、いい気になってたんです。僕も彼も。7回目の奪取をした後、サガが僕らの動画をあげてるのを見て、僕は慌てて怒りました。僕らの能力がチートだとバレたら、どんな賠償を要求されるか判らない。サガはすぐに動画を削除したけど、既にその動画を見た人間が、グラードとサガの能力を話題にし始めてました。それ以降、『時壊の剣士グラード』と『絶空の魔導士サガ』は、凄い人気になると同時に、チートが噂されるようになった。それでも僕らは、まだ攻略を止めなかった」
「まあ、普通では得られない稼ぎよね」
「それもありますが……審査が通った以上、何が悪い、という気持ちも一方であったんです。けど、10回目の奪取の後、警告メールが届きました。『これ以上、その能力でプレイをすることは、規約違反と見做します』と。管理AI『アンジェラ』からのメールでした」
ケイトが少し目を見開いた。僕はそのまま話を続けた。
「運営からのメールでない事に、少し安堵しました。少なくとも、すぐに訴えられるわけではない。僕はサガに、もう能力を使うのを止めようと言ったんです。すると彼は――姿を消しました」
「姿を消したって、もうログインしなくなったって事?」
「それもありますが……彼は、僕のリアルな友人だったんです」
躊躇いはあったが、僕はそう口にした。ケイトが訊ねてくる。
「サガの正体は、誰なの?」
「相良雪人――僕の大学での同級生です」
ケイトが僕の眼を見つめていた。