表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/115

1、ノワルド・アドベンチャー 収録中

 僕は森の中を走る。

 視界を遮る樹々の間をすり抜け、顔を覆おうとする枝葉を払った。足元をすくう根株を飛び越えながら、僕は一心に森を駆け抜けていく。


「…間に合ってくれ」


 息が切れる中、僕は呟いた。その呟きの直後、視界に白いものが入り、僕はさらに速度をあげる。

 樹々の合間が開けて、広い場所が見えてきた。まず目に飛び込んだのは、巨大な白い生物だ。ホッキョクグマが仁王立ちになるような格好で二本足で立っている。が、その頭部は熊ではない。イカである。大王イカのような巨大なイカが頭であり、イカは口の周りの触手を蠢くように動かしていた。


「スクィッドベアか!」


 ただし大きさが尋常じゃない。その巨体は優に10mを越えている。三階建ての建物に匹敵する高さだ。その通称イカクマの前に二人の人物が立っている。一人は白地の巫女っぽい服を着た眼鏡の少女。もう一人はそれを庇うように立つ、剣を構えた剣士。ただしこっちは頭がライオンだ。

 イカクマが長い触手を上から叩きつけるように攻撃する。獅子頭が剣でそれを防ぐが、イカクマのもう一本の長い触手が横から襲いかかっていた。

 眼鏡の少女がそれに気づいて目を見開く。が、動くことができない。僕は右手を前に伸ばした。


「アイス・キャノン!」


 冷気の弾が発射され、イカクマの触手を弾く。獅子頭が気づいて触手を払いながら、こちらを見た。眼鏡の少女も、驚きの表情を向けて声をあげた。


「キアラさん! う…ぐす……」


 茶色のストレートの髪を背中で白いリボンで束ね、赤い眼鏡をかけた少女は口を太字の『一』の字に緩ませながら涙ぐんだ。すぐに涙ぐむのは可愛いとこだけど、時が時だ。


「マリーネ、泣いてる場合じゃないよ!」

「だって……うっ、うぅ…」


 僕は少女の横に並びながら、獅子頭に向けて悪態をついた。


「何やってるんだ、レオ! 二人でS級モンスターに勝てるわけないだろ!」


 獅子頭――レオニードは、その美しく造形されたライオンの顔に、バツの悪そうな表情を浮かべて見せた。


「そんな事言ったってよ、お前がいなかったから仕方ないじゃないか」

「仕方ないで済むか!」


 そう言った矢先、再びイカクマの触手が襲いかかる。こちらの人数が増えたのに気づいてか、長い触手は四本になっていた。その攻撃を跳びながら避け、僕らは一旦距離を置いた。


「キアラさん、どうしますか?」


 涙を拭いた眼鏡の少女――マリーネが僕に訊ねる。


「僕が奴を足止めする。その間にマリーネはレオに強化祈祷を、レオは  判ってるよな?」


 僕の言葉を聞いて、レオニードはその獅子顔に笑みを浮かべた。


「おう、一発かましてやるぜ!」

「よし」


 僕は前に出て、両手を大きく広げた。


「凍てつく吹雪よ、雷の結晶となれ」


 僕の周囲を冷気が走る。それは身体を竜巻のように包む吹雪となり、空中に鋭い先端を持つ氷柱が何本も現れた。


「ブリザード・クラッシュ!」


 一斉に氷柱が発射されイカクマに襲いかかる。イカクマは奇怪な声を上げながら、吹雪の中で氷柱の攻撃を受けていた。

 背後から、うららかな歌声が響き、僕は僅かに後ろを向く。マリーネの強化祈祷『リインフォース・ハミング』は、歌声によって発動する。マリーネの歌声と共に虹色に輝く音符たちが踊り出し、レオニードの身体を包んだ。


「サンキュー、マリーネ。行くぜ、業火(ごうか)重来(ちょうらい)!」


 レオニードが凄まじい咆哮をあげる。と、その身体が火炎に包まれた。

 紅蓮の炎は獅子のたてがみを真っ赤に染めて揺らめかせる。大剣を片手に持ったレオニードは、それを横にして前に出した。

 自らの口から炎を吐き出す。剣が炎をまとい、剣自体が巨大な炎柱へと変った。


「焼き尽くせ、煉獄爆炎斬!」


 炎柱を振りかざしたレオニードの背後に、『煉・獄・爆・炎・斬』の文字が出現する。レオニードが咆哮とともに炎柱を振り下ろすと、スクィッドベアが炎に包まれながら真っ二つに割れた。

 やがてイカクマの身体が灰色になり、燃えカスが消えるように千切れていく。戦いは終わった。


「やった、やりましたね!」


 安堵した笑顔で、マリーネが声を上げた。僕もそれに微笑み返す。レオニードが近づいてきて、声を上げた。


「やっぱり、オレの事が心配だったんじゃないか」

「馬鹿、君じゃない。マリーネの事が心配だったんだ。いい気になるな」


 怒る僕に、にやにや笑う獅子顔を寄せてきたレオニードが、巨体で肩を組む。


「なんだよ、照れるなよ。素直じゃないなあ、キアラは」

「君みたいな脳筋単細胞じゃないだけだ」


 肩を組んだまま歩き出した僕らの隣に、マリーネが寄り添う。


「よかったです…レオさん、キアラさん。う、うぅ……」


 また涙ぐむマリーネに、僕は慌てて言い添える。


「マリーネ、もう泣かなくていいてば」

「やっぱりオレたちって、いいパーティーだよな?」

「いいから、離れろ」


 押しのける僕に抵抗して、がっちり肩を組んだレオニードは、さらにマリーネの肩も組む。マリーネが嬉しそうに微笑んだ。僕は不服そうな顔を見せた後で、僅かに笑みをみせた。


   *


「よし、じゃあこんなところでいいか」


 僕はそう言うと、人差し指を擦り上げた。メニューのアイコンが空中に表示され、その中からRECのボタンを止める。


「はい、お疲れ様でした」


 僕の声に、マリーネが涙を拭きながら応えた。


「どうも、お疲れ様でした」

「ほい、お疲れさん」


 レオニードもそう声を上げると、組んでいた手を解いて軽く笑う。僕はレオニードに向かって言った。


「それじゃあ、僕のいない時のログ見せてもらえる?」

「おう」


 レオニードも人差し指を刷り上げると、メニューから録画ビューのファイルを開いて、こちらに向けた。


「この辺だな」


 レオニードが指さしたファイルを指でクリックして開く。空中に、二次元画面が浮かび上がり、レオニードとマリーネが映し出された。


「……あいつがいなくても、オレたちでなんとかやっていけるって証明したいんだよ」

「けど……本当にそれが、キアラさんの望んでることなんでしょうか?」


 レオの言葉に、マリーネが異を挟む。真面目な顔の獅子顔と、心配げな眼鏡少女。二人とも良い表情だ。


「いいじゃん、二人とも」

「ほんとか?」

「よかった」


 二人が安堵したように声を出す。


「ちょっと、外で見てみよう」


 僕はその画面下の『3D』と記されたボタンを押す。二次元画面が空中に投射されたかと思うと、そこにマリーネとレオニードがもう一組現れた。


「キアラさんは…レオさんとグレタさんの事を思って身を引いただけなんじゃないでしょうか。きっと誤解が解ければ、また戻ってきてくれます」


 マリーネの真剣な眼差しが、レオニードを見つめている。それに対しレオニードは、ライオンの顔に寂しげな笑みを浮かべた。


「それでも……あいつが離れるって言ったんなら…、それもあいつの気持ちなんだろうさ」


 二人が会話しているその一帯だけは、この会話がなされた街角の情景である。レオとマリーネは、自分たちの姿を真剣な面持ちで見ていた。


「いいじゃない。ぐっとくるね、この表情」


 僕は一時停止ボタンを押して、二人の動きを止めた。話していたレオニードとマリーネが固まる。

 ぐるりと回り込んで、色々な角度から対話する二人の様子を眺めた。レオとマリーネも、固まった自分たちを色んな角度から点検している。


 僕たちはこのゲーム『ノワルド・アドベンチャー』のプレイヤーだ。マリーネもそうだし僕もそうだが、現実の似姿ではなく、CGで作られた小奇麗なアバターを使用している。無論、獅子頭のレオニードの姿もアバターだ。


 が、僕とマリーネが現実の自分をアバター化するアプリを使ったのに対し、レオニードの獅子頭の姿はレアもの。現在では有名なアバターデザイナー、キャメロン・メイヤー製作のデザインだ。

 まだキャメロン・メイヤーが駆け出しの頃に発表した作品で、格安の値段で入手したらしい。無論、これは複製不可のNFT(非代替性トークン)で、CGデータであってもコピーは許されない。他の有価アイテム同様、ブロックチェーンに結びつけられてる資産なのである。


「2次元の時は、この角度がいいかな。――どう、何か撮り直したい箇所とかある?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ