インフィニットα
*
ログアウトして戻ってくる。
と、いきなり隣の個室から駆けてくる音がして、こちらのドアが開いた。息せき切って現れたのは、ケイトだ。
「What’s the hell is going on!」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!」
僕はフロート・ピットを外すと、慌てて傍らのARグラスを着けた。ケイトも気づいたように、ポケットから緑のカチューシャ状の髪止めを取り出し、後頭部に嵌めこむ。と、ケイトがぐん、と顔を寄せてきた。
「貴方が本当にグラードなの?」
「は、はあ…まあそうですが」
ケイトは離れると、僕を上から下まで、じろじろと眺めた。
「全然、違うじゃない!」
「す、すみません」
どうして僕が謝ることになるのか。判らないけど、とりあえず謝っておいて、僕は言葉を続けた。
「あの~、此処だと近くにフロートしてる人もいるんで、話なら別の場所で……」
憮然とした表情で、ケイトは腕を組んだ。
「判ってるわよ!」
僕らは社を出て、近くのカフェへと足を運んだ。緑が並ぶ歩道に面した、窓際の席に座る。珈琲を二つと、僕はモンブランも頼む。美味しそうなケーキがやがて出てきた。
「甘党なの?」
モンブランを食べる僕を見て、不機嫌そうにケイトが言った。
「はい。特にフロートした後は食べたくなりますね」
呆れ顔でケイトはブラックコーヒーを口にする。僕はミルクは入れないが、砂糖は入れる派だ。
「もう一人というのは、貴方の相棒――つまり『絶空の魔導士サガ』の事よね」
ケイトの問いに、僕は少し手を止めて答えた。
「そうです」
「その相棒は、同じ能力を持っていると?」
僕は頷いた。
「彼にその能力を与えたのは――僕ですから」
ケイトが少し、驚いた顔をした。そして口を開く。
「そもそも何あれは? あんな能力、ゲームバランスを崩してるわ。よく審査を通ったわね」
ノワルドでは武器や魔法も自分で作る事が出来る。ただし、それには管理AIの審査があり、それに通らないと使うことはできない。
「平たく言って、チートです」
僕は正直に告白した。
チート――つまりインチキ、ズルの類である。ケイトは怪訝な顔した。
「そんな事、ノワルドの管理AIに対してできるの? 聞いたことがないわ」
「僕が騙したのはノワルドのAIではなく、レナルテの管理AIなんです」
僕の言葉に、ケイトがまた目を見開く。僕はそのまま言葉を続けた。
「あれは『ノワルド・アドベンチャー』に設定された魔法の効果ではなく、レナルテ自体のアルゴリズムを加速させた効果なんです」
「どういう事?」
「通常、AからZまでの処理に10秒かかるとします。僕はそれを0.1秒で実行するように命令した、という感じです」
「そんな事可能なの? だって、AからZまでの処理時間は、コンピューターの最大速度で処理してるわけでしょう?」
僕は、ゆっくりと空を指さした。ケイトが上空を見上げる。
「なに? 何もないけど」
「インフィットαの事は御存じですよね」
ケイトが少し怪訝な顔をした。
「知ってるけど…それがどうしたの?」
インフィニットα。それは衛星軌道上に浮かぶ、巨大な人工衛星だ。太陽光を電源にして、常時稼働できる巨大な量子コンピューターを作るという計画が、AMGから発表されているのだった。
「あれはまだ建造中で完成してないわ」
「いえ、もう一部は稼働できるんです」
僕は言った。
「自動の建造用ロボットが、宇宙空間で今も建造中なんです。その一部は既に稼働可能で、アクセスできる」
僕の言葉を聞いたケイトが、厳しい目つきをした。
「貴方、なんでそんな事知ってるの?」
「建設に携わった人間を知ってるんです。アクセスコードはそのルートから偶然知りました」
「……それにアクセスできると、どうなると言うの?」
「インフィニットαは巨大な量子コンピューターです。0と1で処理するのが普通のコンピューターですが、量子コンピューターは0でも1でもあるような重なりを使う事で、より早い速度で処理を行えます」