剣士グラード
「此処では何と呼んだらいい?」
「え? あ……」
考えてなかったらしい。俺は構わず、次の質問をした。
「それで、どうやってあのアンジェラを捕らえるつもりだ? 相手が非接触モードを使用してれば、捕らえようがない」
レナルテの中ではどんなに実体に見えても、それはデータに過ぎない。『歩く』という行動の関係上、通常はノワルドでもミラリアでもアバターは実体化された感触を伴っている。つまり足裏の感触がないと歩けないので、全身も触れたりすることのできる感触を備えている。
しかしアバターを非実体モードにして、相手との接触を避けることもできるのだ。非実体モードを使用していれば、仮に触れたとしても、アバターの画像が重なるだけで触れることはできない。捕まえた瞬間に非実体化されれば、すぐに逃げられる。
「それは――これを使うのよ」
赤髪の女剣士が、アイテムを取り出す。見た処、ゴツい手錠だ。
「…なんだ、それは?」
「実体化補足具」
女剣士は手錠を手にして、そう言った。
「相手の実体化モードを強制的に延長させるアイテムよ」
「そんな事ができるのか」
あまりいい感じはしない。表情に出たかもしれないが、相手は構わぬ様子で話を続ける。
「あと、バグ・ビースト対策にこれね」
手に出したのは、デリート・ガンとデリート・ソードだ。それらを受け取り、装着した。
「デリート・ガンとソードは、対象を構成してるプログラムそれ自体を削除するものだから、アンジェラには使わないで。…と、言っても、アンジェラがそれらの攻撃を防いだという報告もあるけど」
「アンジェラを捕らえてどうするつもりだ?」
「それは貴方のビジネス外よ。貴方の仕事はアンジェラを捕らえる事。今まで数人のデリーターがキャプチャーを用意してアンジェラに対峙したけど、アンジェラに武器を奪われて終わりだった」
ケイトはこちらに厳しい眼を向けた。
「CEOは、グラードならアンジェラの力を判るし、それに対抗できると言われた。急に消えたり、いつの間にかアイテムを奪ったり……あれは何? 瞬間移動? 空間転移?」
問いには答えずに、俺は赤髪剣士にフックを送った。
「俺の力が見たいんだろう」
俺はエリア7のラスボス付近の地図を開く。一度攻略したエリアは、指定ポイントまではすぐに移動できる。
「あ、ちょっと! 何処に――」
「ついてこい」
言い終わるのを待たず、俺は移動した。
エリア7は鬱蒼とした森林を抜けて迷宮に入る。その迷宮の地下13階がラスボスのいるエリアだった。迷宮に足を踏み入れると、薄暗かった石造りの回廊に、魔法の灯が灯っていく。誘いの罠だ。
「ちょっと、いきなり移動しないでよ!」
現れた赤髪剣士が文句を言う。俺は横目で一瞥した。
「俺の後から、ゆっくりついてこい」
「何様のつもり? 俺とか言って、偉そうに。私だって戦えるわよ!」
いきりたつ女剣士を、俺は軽く睨んだ。
「な、なによ…」
「フロート・ピットにはキャラクター補正に合わせたアウトライン機能がある。グラードの時は、内面まで『俺』だ。別に偉そうにしてるつもりはない」
「そ、そうなの」
「あんたは此処ではレベル1で、ロクなアイテムも持ってない。戦闘力はほぼゼロだ。あんたは戦えないし、その必要もない」
俺の言葉に、女剣士は鼻白んだ様子だった。が、口を開く。
「判ったわ。けどケイトって呼んで」
「…判った」
俺はそこまで聞くと、踵を返してダンジョンの奥へと向かった。
すぐに反応が現れる。奥の方から、蠢く影の気配がした。
「ちょ…ちょっと待って。あれは――」
人型のモンスターが現れた。人型だが、奴らはリスだ。長い歯と丸まった尻尾を持っている。だが奴らが噛むのは木の実じゃなく、人間だ。
「…数が多すぎるわよ」
20匹くらいか。俺はざっと見積もると、魔法を使った。
「加速」
俺の身体が銀色に光る。
「此処で待ってろ」
それだけ言うと、俺は駆け出した。
走りながら剣を抜く。ジャイアント・スクレルどもはまだ反応できてない。
群れの中を駆け抜けざまに、俺は剣を振った。何匹かのリスが反応して、長い牙で襲いかかって来る。が、俺はその歯を斬り折り、すぐさまその胴体を薙ぎ払う。23匹のリスが片付くのに、それほど時間は取らなかった。