ケイト・コールマン
僕は慌てて自分の席に走り、ARグラスを身に着けた。その状態で応接室に戻る。
「どうもすいません、お待たせしました」
僕が一礼すると、赤髪の女性は呆れたような目つきでため息をついた。
「ちょっと、本当に貴方がアキラ・カグラザカなの?」
「そ、そうですが」
上から下まで僕を見ると、また大きなため息をついてみせる。
「そうなのね。私はケイト・コールマン。本社から来たエージェントよ」
ケイトと名乗った女性が、僕の方へ近寄ってくる。と思いきや、僕の傍を通り過ぎた。
「あ、あの、どちらへ?」
「ついて来て。此処のフロート・ルームは使う気になれない」
僕は社長と目を合わすと、先を行く女性の後を追いかけた。
女性は表に出ると、待たせてあったタクシーの左側の席に乗り込んだ。僕は慌てて右側に乗り込む。
「AMGジャパン」
ケイトがそう言うと、自動運転でタクシーが走り出した。
「あの……アンジェラを確保する手はずについて、エージェントを送る、と天城CEOから聞いたんですが…」
「そうよ。――貴方が本当にグラードならね」
何か怒ったように、ケイトはそれだけ言った。僕の方を見ようともしない。仕方ないのでそれ以降は黙っていると、やがてタクシーがAMGジャパンに到着した。
AMGジャパンは新武蔵野市に本部ビルがあり、結構大きなビルだった。無論、親会社なのでうちとも関連はあるのだが、僕は訪れた事はない。
広いエントランスに入ると、コーナーになってる受付がある。そこに綺麗な女性が座っていた。ケイトが近づくと、立ち上がって一礼した。
「本社業務推進室室長補佐のケイト・コールマン様ですね。ご用を承ります」
多分、近づいた段階で人物認証したのだろう。よく見ると、レナルテで見た100点笑顔の人だ。そうか、あちらはAIアバターだろうけど、元の人がいたんだな。ところで業務推進室ってなんだ? そこの室長補佐ってことは、ケイトは結構偉い立場なのか?
「此処のフロート・ルームを使わせてほしいの」
「かしこまりました・23Fフロート・ルームへどうぞ」
ケイトと僕はエレベーターに乗ると、23Fのフロート・ルームへと向かった。
「日本の建物は狭いわね」
エレベーターの中でケイトがぼそりと呟く。いや、此処は日本では結構広い造りですけど。と、思ったけど言うのは止めた。ちなみに、彼女の元の言葉は耳に入ってきているが、翻訳された言葉が骨伝導で僕に伝わっているのである。その辺はレナルテとは勝手が違う。
やがてフロート・ルームに着くと、その中は一つ一つが個室のルームに分かれていた。なるほど、うちとは全然、仕様が違う。
「それじゃあ、『ノワルド』にフロートしたら、まず『始まりの門』へ来て。キアラじゃなくて、グラードでね」
はいはい、もうすっかり調べはついてる訳ね。
僕は観念して頷くと、ルームの一つに入った。高機能型のフロート・ピットを被ると、高性能のリクライニングシートに腰を下ろす。僕はレナルテにフロートした。
*
ホームボックスに立った僕は、アバターを選ぶアイコンをクリックする。いつも使っているキアラが目の前のミラーに表示された。だが、その脇にあるファイルを開く。そこに表示されたグラードを、僕は選んだ。
ミラーに映し出されたのは、黒の戦闘服の上にシルバーグレイのロングコートを羽織った剣士の姿だった。高い上背、まとめていない黒髪の下の、凛々しくて精悍な顔だち。そしてそのコートの下にある黒の鞘に収まっている剣。それが三尺ある日本刀型の剣『クロノス・ブレイカー』であった。
「……三年ぶりか」
僕は独りごとを言った。そしてグラードを選び、僕は『俺』になった。
*
『始まりの門』は人通りがなかった。朝の6;00過ぎで、眩しい朝陽が辺りを照らしている。
「貴方がグラードね」
背後から声がして振り返った。赤髪の女剣士が立っている。ケイトなのだろう。俺は答える代わりに頷いた。
「な、なによ、返事くらいしなさいよ」
少し狼狽した様子でケイトのアバターが口を開く。俺は彼女に言った。