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⒔、エピローグ

 サミットは三日間の日程を無事に終了した。僕らはその後、新エリアの攻略を始めた。レオとマリーネ、リスティ&グレタに加えてナビがチームに加入した。その新しいメンバーで攻略を進めるうちに、他チームと共同することになった。男女三人ずつの『フロンティア・シップ』というチームである。


 僕は新編成のチームを『レインボー・ライン』と命名した。これは固定メンバーではなく、つながる全員を呼ぶための名前である。攻略には三日間かかり、今夜はそのクリア祝いでパーティーを開いている。場所はノワルド内の居酒屋の二階を貸し切っており、皆でわいわいと楽しんでいた。


 アメリカにいた天城広河は身柄を抑えられ、取り調べを受けている。天城の贈賄が発覚して、現首相の江波に疑いがかかり大きな問題となった。結局、野党の突き上げもあって江波首相は辞任、内閣は解散の運びとなった。またAMG内部から、NISへの内通者がいることが判った。イスラム教徒ではなく、白人男性だったという。


 フランス郊外の小さなアパルトマンで、日本人、相良雪人が遺体となって発見されたニュースが小さく出ていた。インフィニットαは建造工事中の事故で軌道修正用のブースターが故障し、宇宙へと飛び立ってしまったと発表された。今は、冥王星付近にいるらしい。


 少し酔いが回り、ベランダに出て涼む。色々あったな、と今更ながら振り返ってみたりした。


「……あの…」


 不意に、マリーネが僕の傍にやってきた。


「やあ、どうしたの?」

「ちょっとお話しが……あるんですけど…」


 少し躊躇いがちにマリーネは口にした。何か顔を赤らめて、眼を微妙に逸らしている。これは――


「ライオン・パレットを離れていた間に、わたし気づいたんです。…自分の気持ちに」


 ま、まさか、僕に告白? いや、アルフレから救ったりとか色々してるし、感謝の気持ちが恋愛感情に発達するのも無理はない。け、けど、僕には有紗が…いや、有紗はセフレなんだっけ? いやそれでも僕は有紗のことが――


「わたし…レオニードさんの事が、好きなんです」


 ――あ。ああ……そう、そういう事ね、そうね、レオね。


「けど、相手は外国の人で、リアルで会ったこともなくて…けど、やっぱりレオさんの事を好きなんだって判ってしまって…。どうしたらいいのか、自分でも判らないんです」


 マリーネは真剣な眼差しを僕に向けた。僕は笑ってみせる。


「泣いてないね」

「え?」


「もう…泣き虫キャラも卒業かな、マリーネ」

「え…ああ……」


 戸惑うマリーネは、少し恥ずかしそうに口元に手を寄せた。


「いいんじゃない? 外人だとか性別だとか、人を好きに気持ちに傷害はないし、リアルで会いに行くことだってできるんだよ。自分で行動することが、自分を変えるんだって判ったんでしょ?」

「…はい。なんだか、わたしキアラさんを勝手にお兄ちゃんみたいに思ってて……それでチームの事もあるし、気まずくなったりしたら良くないのかなって思って」


「両想いかどうかは判らないけど…そうじゃないとしても、それで気まずくなるような奴じゃないよ、レオは。逆に今、そういう気持ちがなくても、段々と一緒にいるうちに意識するようになるかもよ」


 僕が悪戯っぽく笑って見せると、マリーネは大きく呼吸をした。


「そうか…そうですね! わたし、頑張ってみます」

「うん。応援するよ」


 礼をして去っていくマリーネの後ろ姿は、以前より逞しくなった気がした。…お兄ちゃんね。まあ、いいけど。


 

 パーティーが終わり、部屋に戻って来る。もう午前零時近くだ。お気に入りを開くと、桜月ぽめらの配信が終わるところだった。


「それじゃ、みんな、バイバーイ。おやすみぽめ~」


 なんだか知らないが、ぽめらは人気が上がっている。いや、確かにぽめらは面白いけど、聴いてると中の人が有紗だって忘れる感じなのだ。有紗があんなに面白く喋るとは思ってなかった。意外な一面を見てるのか、それとも僕はまだ、有紗のことを全然、知らなかったのか。それでもいい、これから知っていけば。


「ただーいまー」


 有紗が現れた。配信終わりに僕の部屋に来ることになっていたのだ。


「お疲れさん。なんか飲む?」

「うん」


 僕は冷蔵庫から缶ビールを持ち出して、有紗に渡した。有紗は缶を開けると、缶をあおって息をついた。


「ふ~、美味しい~。やっぱり仕事終わりのビールは最高ね」

「人気出てるみたいだね。一日ごとに十万人ずつ登録者が増えてる」

「へえ、そうなんだあ」


 結果を気にしないあたり、有紗らしい。


「ぽめらの配信を見てると、中が有紗だって忘れてる時あるよ。けど…ああ、有紗にこんな面があったんだなあって。驚くんだ」

「それを言うなら、あたしもだよお」 


 有紗が笑う。うむ、やっぱり有紗は可愛い。


「明くん、魔導士なのかと思ったら剣士だったり、なんか複雑な過去があったりとかで、秘密がいっぱい。今回の事件で、明くんのこと知ってるようで、全然、知らなかったんだなって思った」

「秘密っていうか……まあ、あまり話してなかったこともあったかもね」

「もっと知りたいな、明くんのこと」


 隣に座る有紗が微笑む。そんな事を言ってくれる有紗を、とても愛おしく感じる。ああ、僕はやっぱり有紗のことが好きだ。やっぱり、友達よりも恋人でいたい。


「あのさ有紗…僕は――」

「――遅かったな、有紗」


 不意に声がして、少女が現れた。緑の髪を伸ばした白いドレス、緑の瞳。これは元・サリアだ。

 …は、いいけど、どうしてこのタイミングだ。


「いや~ん、アンちゃん、あたしの事待っててくれたの?」

「うん」

「可愛い~!」


 有紗が元・サリアを立ち上がって抱きしめる。ちなみに『アンちゃん』とは、『アンジェリア』の略称だ。


「…僕の部屋にいながら、有紗が来るまで姿を見せなかったわけか」

「ワタシは偏在している。特定の場所にいるわけではない」

「そんな事は判ってるよ、管理AI様」


 実はサリアにアンジェラの治療を頼んだとき、戻ったら二人は姿を消していた。サリアは結局、削除ウィルスを完全に除去するために奥まで入り込み、結局、アンジェラと融合することで管理AIを救ったのだった。それが判ったのは翌日の有紗といる時で、アンジェラとサリアが融合した姿を見て、有紗は彼女を『アンジェリア』と名付けた。


「アンちゃんもお仕事してたの?」

「アンジェラの方が、そのような目的行動だからな。その目的行動も引き継いだ」

「えらい~」


 頭なでなでしている。いや、僕は有紗と話が……う…この間に入りづらい。…もう、いいか。


「有紗に訊きたいのだが、何故、明のパーティーに入らないのだ?」

「え? あたし配信あるし。あんまりモンスターと戦って…みたいなタイプじゃないかなって」

「そうか」


 なんか妙な表情をしている。


「アンちゃん、もしかしてノワルドのチームに入りたいの?」


 有紗の問いに、アンジェリアが頷く。


「なんだ、それなら僕に言えばよかったのに」

「有紗は何か事情があって入らないのかと思い、それで聴いてみたかったのだ」


「いいけど、ゲームなんかして面白いのか?」

「人間の生態には興味がある」

「いいじゃない。少しくらい違ってても、きっと仲良くなれるよ」


 有紗は笑いながら、席を立った。


「ちょっと食べるもの欲しくなっちゃったな」


 注文品はキッチンの冷蔵庫内に出現する仕組みになっている。

 有紗がトレイの上に、サラダやピザ、パスタなんかを持ってくる。だがその途中、床に転がっていたクッションを踏んでバランスを崩した。


「あ!」


 有紗が声を上げて倒れようとする。

 僕は超高速を発動した。


 倒れる有紗の動きがほぼ止まる。空中にミニトマトと、パスタが舞おうとしていた。

 僕はミニトマトをボールで受け、パスタをトレイの上のフォークで皿に戻した。そのままトレイを取ると、バランスを崩す有紗の身体を支える。

 超高速を解いた。有紗の身体が腕にもたれかかり、僕はそれを受け止める。


「え? あれ?」


 有紗が驚いて、トレイと僕を見返す。アンジェリアが口を開いた。


「明、インフェニットαが去ったことで、超高速の力は無くなったのでは?」


 珍しくアンジェリアの顔に驚きのような表情が浮かんでいる。有紗も驚いた顔で、僕を見つめていた。僕はトレイをテーブルの上に置きながら考える。…なんて言おう。


「僕には、まだ秘密があるんだ」


 僕は澄ました顔で、そう微笑ってみせた。



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