ズルい子供のやり方
「貴様、最初からそのつもりで…僕を罠にはめたのか……」
「心配しなくてもいい。前のように記憶を消しておくから、君はそれなりに自分のやった事だろうと納得できるさ。なにせ、バグ・ビーストを生み出すアイテムは、君しか創れなかったものだからね」
天城が槍の柄の方を僕に向ける。柄に嵌めこまれた宝石から、黒い輪が飛んできて、僕の身体を拘束した。
「実体化補足具……」
「君たちには、親子で世話になるな」
天城の言葉に、僕は目を剥いた。
「――父さんを罠にはめたのも、やっぱりお前かっ!」
僕の悲痛な叫びを聞いて、天城は嘲笑を浮かべた。
「中小企業の分際で、巨大プロジェクトを引き受けたりするから、そういう目にあうのさ。分不相応だよ。こちらは議員の江波や、官僚の京極相手に根回しの準備を重ねていたのに、神楽坂昇のせいで台無しになったのだ。だから特捜部を抱き込んで、神楽坂昇には撤退してもらった、という訳だ」
「当時の……特捜部まで…加担していたのか……?」
「利権と言うのは、持ち回りだからね。協力関係が重要なのさ」
天城は勝ち誇った笑みを浮かべた。
悔しさで身体が震える。
こんな連中に、父さんは騙され、僕ら家族はそれまでの生活を捨てるはめになったのか。
「震えるほど悔しいか。無理もないな、敗者とはそうしたものだ。だがね、それが現実というものだよ。そもそもだが、モンスターを倒すファンタジー物語などにうつつを抜かしているから、現実を見失うのだ。敗北の原因は甘さにあるし、敗者にあるのは屈辱だけだ。だから負けるわけにはいかないんだよ。――どんな手を使ってもね」
「……お前は哀れな奴だ」
僕は呟いた。
「あ?」
「モンスターを倒すことは、障害を乗り越えることの象徴だ。人によって、その人が抱える問題や障害は様々だ。自身の問題、家族の問題、社会環境の問題……。それを特定して表現することは、それに直接関わってる人にはリアルに伝わるだろう。けどその分、それは個別的な事情に関わり、それから遠い人には伝わらなくなるかもしれない。けど象徴は個別的な事情を越えて、人の心情に何かを…勇気や反省、理想や夢なんかを伝えることができる。そんな事も判らないお前は、人の気持ちを理解しない哀れな奴だ」
僕の言葉を聞いた天城が、不快そうに顔を歪めた。
「負け惜しみか? 哀れとは、今の君の立場さ」
「――録画できてるね、ニア」
僕はニアに呼びかけた。ニアからすぐに返答がある。
「録画できています」
「な…に……?」
天城の顔が引きつる。僕は拘束された状態で、立ち上がった。
「オーバー・ブレイク」
全能魔法を発動させる。僕の身体が光り輝き、僕を拘束していたリングが、瞬時に消失した。
「何をした――?」
体力は既に回復している。天城が僕に、黒の閃光を放った。
掌を向ける。と、黒の閃光が途中で消失した。
「僕が、無敵の能力を考えないとでも思ったのか? けど、お前の想像は無敵どまりか。…貧困なんだよ」
「この…餓鬼がぁっ!」
天城が槍先を向けて閃光を放とうとする。僕は掌を向けた。するとエンジェル・ブレイカーは天城の手を離れ、僕の手元へと飛んできた。
「な――なんだとっ」
驚愕する天城の前で、僕は手の中の槍を消失させてみせる。
「無敵を超える、全能の力だ」
僕は剣を一振りした。
光の十字架が放たれ、天城の身体を捉える。氷の十字架に閉じ込められるような形で、天城の身体が拘束された。氷の十字架は逆さになって空中に浮かぶ。
「あ…が……」
天地がひっくり返った天城の顔は、僕の眼の高さにある。僕はゆっくりと近づいた。
「そもそも……僕がAMG関連会社ばかり受けていたのを、偶然だとでも思ったのか?」
僕は逆さになっている天城に訊いた。
「なん…だと?」
「僕がお前たちに拉致された時、自白剤を使わなかったのか?」
「お前は……泣いて、協力を約束したのだ…だからそこまではしていない」
「そうか。なら、教えてやろう。クロノス・ブレイカーは父さんが遺したインフィニットαへの緊急コードがあるから可能になったものだ。僕は父さんの無実を晴らす機会を伺うために、お前に近づくのを目的にしていたんだ」
僕の言葉に、天城が目を剥く。僕は続けた。
「真相の解明と、復讐を目的にして生きていたんだ…。けど、それが途中で変わった。雪人や社長、レオにマリーネ、師匠、そして有紗…色んな人に出会ったことで、僕は変わったんだ。父さんも無実は訴えていたけど、僕に真相解明や復讐を頼んだわけじゃない。父さんは僕に、自分の人生を幸せに生きてくれとだけ言っていた。ただ、インフィニットαにアクセスできたことで、僕はグラードになれて借金もあらかた返せた。だから人の心を動かす物語を作って、自分の仲間と楽しく生きる。…それでいいと思ってた」
僕は剣を振った。氷の十字架ごと、天城の腕が落ちる。
「……お前が余計な事をしなければ、僕はお前に真相を正そうとは思わなかった。いや…お前がアンジェラに謝ったのなら、お前を許してもいいとすら思っていたんだ。お前の言う通り、僕は甘かったよ」
僕は天城のホームボックスを開く。その様子に気付いた天城が、声を上げた。
「何をする気だ!」
「劣位の差があるなら、従順なふりをして反撃の機会を伺う。それがズルい子供のやり方さ」
僕は天城のホームボックスへと侵入した。そこで天城の銀行口座のデータを開く。
「クロノス・ブレイク」
超高速で検索をかけると、目的のデータが見つかった。僕はそれをメモリに落とし込んで、元の場所へと戻った。
「何をしたんだ?」
空中で逆さ磔になった天城が言った。
「10年ほど前の、お前の送金データを調べたんだ。江波議員、京極事務次官、元特捜部長の佐川あてに一人当たり1億円ほどの金が流れている。口座名義を変えたりしているが――調べれば、すぐに判るだろう」
僕は指を鳴らした。氷の十字架が消失し、天城の身体が床に落ちる。僕は天城に言った。
「裁きを受けるんだな。何の恨みもない僕の父さんを、罠にはめた罪を償え」
「恨みがないだと……」
地面に這いつくばって僕を睨んでいた天城は、僕の言葉を聞くと奇妙な顔で笑みを浮かべた。
「恨みはあったさ。神楽坂昇――私が彼を、どれだけ憎んだか知るまい!」
「お前は――父さんと知り合いだったのか?」
そんな話は、父からも母からも聞いた事がない。僕は驚きを隠しきれなかった。
「正確には、お前の父、神楽坂昇とは何の面識もない。だが、お前の母、常田久美は、私の幼馴染だ」
天城はよろよろと立ち上がると、そう僕に告げた。
母さんが、天城広河の幼馴染?
「ずっと久美を愛していた……。しかし高校が別れて、久美は神楽坂昇と付き合うようになった。まさかそのまま結婚に至るなど考えもしなかった。しかも奴は、私と同じエンジニアの道を歩み、しかも腹立たしい事に優秀だった。お前の父が、どれほど邪魔だったか、お前には判るまい」
「じゃあ、お前は父を狙って……冤罪を着せたんだな?」
「そうさ! あいつを追い込みながら、その裏で久美に援助を申し出た。そうすれば、久美が私の方に来ると思ったのだ。しかし…久美は私を拒絶した。それで私は怒りの矛先をそのままにして、神楽坂昇を事業から消したのだ」
「母さんは…多分、全てがお前の仕組んだ事だと判ったんだろう」
そうに違いない、と思った。天城は引きつった笑みを浮かべた。
「そうだ。彼女は聡明だからな、私のやったことを見抜いていた。しかしお前の家は破産に追い込まれ窮地に陥った。神楽坂昇は、自分がいなくなれば、私が久美の窮地を救うと思ったのだろう。そう、匂わせたからな。だからお前の父は自殺したのだ。私は久美に近づいて援助を申し出た。しかし……またしても久美は私を拒絶した。その時だ。アンディがレナルテの中で女性アバターになった。それは、私と撮った久美の少女時代を元に作成したアバターだったのだ」
アンディ・グレイのアバター――それはアンジェラ。つまりアンジェラは、母の少女時代を元に作成されたアバターだったという事だ。
「それで……懐かしい気がしたのか…」
「美しかった…私たちが通じ合ってた頃の、久美の面影があった。私はアンジェラを受け入れた。――だが一方で、久美の面影を利用するアンディに強烈な怒りを感じた。彼は私の思い出を利用したのだ! 私は彼を意図的に傷つけ、蔑み、憎しみをぶつけた。そう、彼が死ねばいいと思ったのだ。そしてアンディは、実際にそうした。彼にした事に、何の悔いもない。私の事を…人の心を理解しない奴だと言ったな? 違うな。私は相手が傷つくことを知るからこそ、痛めつけるのだ。人の心が移ろう事を知るからこそ、支配するのだ。そうしなければ、私の平静が得られる事はない!」
天城はぎらぎらした目つきで僕を見た。
僕に同意を求めているのか? そんな事、できるわけがない。
そして、本当に天城にかける言葉はなかった。人を支配しなければ安心できないような虚しさを生きてる人間に、何も言う事はなかった。




