エンジェル・ブレイカー
「一体、何をしたんだ、天城!」
「なに、管理AIを削除するウィルスを仕込んだだけさ。これからは、レナルテは我が社が――私が管理する」
「お前…そのために、僕にアンジェラを連れてこさせたのか? いや…そもそも、最初からアンジェラを殺すのが目的だったのか!」
僕の怒号に、天城は不敵に笑った。
「君がもっと早くアンジェラを捕まえてきてくれると思っていたんだが…期待はずれだったよ。気づくのが遅かったね。――君は父親そっくりだ」
「クロノス・ブレイク!」
僕は時壊魔法を発動して、天城に斬りかかった。しかし天城は、それを黒の槍で受け止める。
「な――」
「ジェイコブが君から力を奪った時――私も奪ったんだよ」
天城が槍を一振りすると、その凄まじい力に僕の身体が吹っ飛ばされた。僕は床に片膝をついて、勢いを止める。
「当然、私も超高速を手に入れたのさ。これは君の武器にちなんで、エンジェル・ブレイカーと名付けたんだ。まさに、『天使を殺す』ための槍さ」
「貴様!」
僕が立ち上がり攻撃に向かおうとすると、天城は槍の切先を向けて黒の閃光を放った。それをかろうじて躱すと、部屋にいる天城の部下の頭が消し飛んだ。デリート・ビームと言っていい類のものだった。
「ほら、君が躱すと、君の大事な仲間たちの身体を消し飛ばしてしまうかもしれないよ」
嘲笑う天城を前に、僕は超高速時間を解いた。
「ブレイク・アウト」
時間の流れが戻る。事態の異常さに気が付いた皆が、騒ぎ始めた。
「――何が起きてるの?」
「天城が、管理AIを削除しようとしてる」
リスティの声に、僕はそれだけ答えた。ユーリの声が飛んだ。
「一体、何が目的ですか?」
「明くん、私のエンジェル・ブレイカーの真の力は、くだらない超高速などではない。真の力を味わいたまえ」
天城は黒い槍を掲げる。その刃部の根元に埋め込まれた黒い宝珠が光を放った。すると――僕の中に、異変が起きた。
……天城広河は素晴らしい人だ。この人を信奉している。この人に跪き、仕えたい。
天城広河を信奉する気持が僕の中に沸き起こった。周りを見ると、皆も同じ様だった。リスティが、グレタが、レオが…皆が膝をついて、天城に頭を垂れている。僕もそうしたかった。
「な……んだ…これは…」
「アウトライン機能さ」
天城が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「私――この天城広河を信奉するキャラクターとしての、アウトライン機能が発動してる。アウトライン機能は、内面の心情にまで影響を与える。どうだ、私を尊敬する気持ちが抑えられないだろう?」
確かにそうだった。天城はゆっくりと、奥塔の窓へと歩いていった。そこで窓から姿を見せる。眼下には、ハーフムーン城を囲む大勢の民衆がいた。
「そうだ! 私は此処にいる。この天城広河を敬うがいい! 全ての民も、各国の首脳も、レナルテに集う全ての者よ、天城広河を信奉することを許す!」
バルコニーに出てきた各国の首脳が、奥塔にいる天城に跪いている。その下の民衆も、皆、天城に向かって礼拝をしていた。
「どうだ? アウトライン機能を使えば、人の心を操る事もできる。それなのにアンディは、それにセイフティをかけ、管理AIで他者による強制的な信条強制を禁じたのだ。下らない事だろう? もっと合理的に、利用できるものは全て利用しなければ」
もはや、跪いていないのは、僕だけのようだった。だが、それも抑えられそうにない。僕も本当は、天城広河の偉大さにうち震えていた。
「いいんだぞ、神楽坂明くん。私に跪きたまえ。無理をするな、何かも私に預ければよいのだ」
そうだ…確かに、天城様にお任せすれば…間違いがない。
そう僕が確信した時、僕の目の前に何かが現れた。
「…サリア?」
「流動的影響力の過剰反応を感知した」
黒髪で緑の眼をしたサリアが、僕の目の前にいる。
「なんだ、そいつは? 何故、私にかしづかない?」
「ワタシはお前たちとは、異なる種だ」
サリアは天城にそれだけ答えると、唐突に僕の唇にキスをした。
唇から、温かいものが流れ込んでくる。それと同時に、僕の頭の中がすっきりとしてきた。サリアが唇を離した。
「流動的影響力を捕食した」
「ありがとう、サリア。おかげで正気に戻ったよ」
僕はサリアに微笑んだ後、天城に向き直った。
「ブリザード・クラッシュ!」




