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アンジェラと天城

「気持ちの整理はついていたつもりだったんだけど…やっぱり悔しくて。けど、貴方のおかげで、フォッグおよびNISの手がかりが掴めた。私はこれから、パリに向かうわ。ありがとう、明」


 そう言うとケイトは、僕の頬にキスをした。ケイトは身を離すと、ログアウトする素振りを見せる。


「もう、行くんですか?」

「感動的なのは苦手なの」


 ケイトが笑ってみせた時、突然、部屋の中に眩い光が満ちた。

 そこに現れたのは、アンジェラだった。


「アンジェラ」


 皆が驚きの顔を見せる中、アンジェラは僕たちを見まわした。


「わたしの中に残っているアンディの意志は――人が、その人自身であり、多様な生き方を互いに認められること。それがレナルテを創った大きな動機でした。そのレナルテの在り方を、皆さんが守ってくれたと思います。ありがとう」


 頭を下げたアンジェラを、皆が見つめていた。それぞれに、胸によぎるものがあったのだろう。僕はアンジェラに、話しかけた。


「実は……君に逢いたいと言ってる人がいるんだ」

「……そうですか。判りました」


 アンジェラは静かに笑った。既に、誰のことか判ってる様子だ。僕は天城広河に連絡をとった。


「明くん、君の活躍の報告を受けた処だ。ありがとう。これでサミットも、ノワルドも守られた」

「いえ、みんなが力を貸してくれたおかげです」


 僕は画面に映る天城にそう答えて、後ろの皆を振り返った。天城は言った。


「私は今、奥塔の管制室にいる。皆さんも一緒に、こちらへどうかね? 見せたいものがある」


 フックが届いた音がする。僕らはフックに導かれて移動した。

 主塔の背後に、それより高く聳える奥塔がある。その最上階に、天城はいた。天城の姿は――あの写真で見た剣士の姿だ。その若い剣士は、金色の鎧の上に赤いマントを羽織っていた。


「ノワルドに相応しい格好がよいと思ってね。ま、この部屋はあまりノワルドっぽくはないが」


 確かにそうだった。その部屋では幾つものモニターがあり、多くの人間が機械を前に座っている。一番巨大なモニターは、部屋の中央に映し出されていた。


そこに映し出されているのは、宇宙空間であり、人工衛星の姿だった。


「見たまえ、彼らが旅立つようだ」


 天城がモニターを指さした。人工衛星の噴射口が、向きを細かく変えて空気を噴射している。人工衛星インフィニットαは、通常軌道を外れようとしていた。


「あそこに、サリアもいるのかなあ」


 不意に、傍にいたぽめらが呟いた。僕はぽめらに笑ってみせた。


「そうだね。ちょっと寂しいけど」

「――ねえ、インフィニットαがいなくなるって事は、クロノス・ブレイカーも能力が無くなるって事?」


 去るタイミングを逸して一緒に来たケイトが、僕に訊ねた。


「そうだね。そういう事になる――」


 そう答えながら、僕は果てしない宇宙空間に旅立とうとする人工衛星を見ていた。


「――けど…それでよかったんじゃないかな。それより天城さん、貴方に会わせたい人がいるんですけど」


 僕は天城に向き直った。天城が僕の方を向くのを待って、後ろにいたアンジェラを前に出す。


「アンジェラ……」


 天城の顔に、驚きが広がった。アンジェラが、ゆっくりと踏み出す。


「広河……」

「すまない、私は…ずっと悔いていたんだ。君に対する態度を、この10年間。それを償わせてくれ」


 天城が頭を下げた。それにそっと寄り添うように、アンジェラが俯いた天城の頭を胸に抱く。その時だった。


「――あ…」


 貫かれている。何かが、アンジェラの身体を貫いて、その背中から黒い槍のようなものが突き出ていた。驚愕の悲鳴が上がる。


「なに?」

「アンジェラっ!」


 凄まじい勢いで槍に貫かれたままのアンジェラの身体が吹っ飛ぶ。その身体は壁に叩きつけられ、槍で串刺しになった。


「一体――何をしてるんだっ!」


 僕の喉から、思いもよらない怒号が噴出する。アンジェラを貫いた槍は自動でずるりと抜けると、回転しながら天城の元へ戻った。金色の鎧に赤のマントを羽織った天城は、それを片手で受け取った。


「悔いていたんだよ……どうして管理AIを独立型にさせたのかと。アンディがそのシステムを創った時、それを放置した事は失敗だったと思っていた。ずっとね」


 天城がそう呟くと、確信に満ちた笑みを口元に浮かべた。


「あ……あぁ…」


 アンジェラの呻き声がする。見ると、貫かれた腹部から、紫色の染みのようなものが侵食を始めている。


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