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後悔の過去

 アルデバランが、ゴーグルの顔を寄せながら歯を剥いて笑った。その顔のまま、アルデバランの姿が消えた。


 アルデバランの弟子たちは、ちりぢりに去った。僕は禅空と帰途に着く。勝利したにも関わらず、僕は暗澹たる気持ちに包まれていた。不意に禅空が振り返った。


「お前、何かは判らないが、不正な手を使ったな?」


 禅空のサングラスが、僕の方を見ていた。

 嘘はつけない。僕は頷いた。禅空は言葉を続けた。


「連中の態度に非があったにせよ、少なくとも相手は正面から正々堂々と挑んできた。お前はそれを不正な手で返した」


 僕は、ただ黙って禅空の言葉を聞いた。


「目的が正しければどんな手段を使っても許される…なんて事は、どんな悪い組織でも悪い奴でも言う事だ。手段を選ぶ中にしか、正しさはない。…俺はそう思ってる」


 禅空は静かに言った。


「お前は許されないことをした。破門だ。俺の前から去れ」


 何か言い返すことも、弁解もできなかった。


「……判りました」


 僕は俯いて、それだけを言った。涙が零れた。


   *


 一瞬で、あの時の苦しい思い出が甦った。

 あの過ちを僕がどれだけ悔いたか判らない。先生の元を去るくらいなら、正々堂々と戦って負けた方が数段マシだった。だけど過ちを取り戻すことはできず、僕はそれ以降『トゥルー・ソード』にログインする事はなかった。


 その後はグラードとして『ノワルド』で戦っていたが、決闘の際には時壊魔法は使わなかった。負けるなら負けるで、それで構わないと思っていた。アイテム等の関係でたまたま決闘で負けることはなかった。けどそれは僕の技量が高いからではない。もっと、上には上がいる。たまたま、そういう相手に会わなかったが、アルデバランは本来、僕より強かったのだ。


「……教えを乞いに来たのではありません。お願いがあって来ました」

「何だ?」


 僕の言葉に、禅空が訊き返した。


「アルデバランと戦ってほしいのです」


 僕はそう言った後、事の経緯を話した。アルデバランがNISに雇われてる傭兵集団ブラック・バッファローの隊長であること。アルデバランが友人から超高速アイテムを入手した事。アルデバランが大統領暗殺を目論み、次はサミットを狙ってくること。それを止められるのは、同じ超高速を持つ条件が必要なこと…等である。


 禅空は話してる間に、縁側へ移動して腰を降ろした。一区切りつくと、禅空は言った。


「サミットってのはお偉いさん方の話し合いだろ? 別の機会をつくりゃいいんじゃないの?」

「今度のサミットは、世界にある差別を撤廃する事を主要国が同意することが織り込まれてます。とても大事な会議です」

「上が決めたって、それで世の中が良くなるわけでもないだろ」


 苦笑して見せる禅空に、僕は言った。


「女性の参政権や、子供の権利…性的マイノリティへの理解等、法律で公式に決まったからこそ、理解が進んだことが沢山あります。法律を変えても、すぐに世の中の偏見や不平等が無くなる訳じゃない。だけど、まずその一歩を踏み出すことが大事なんです」

「わぁった、わぁった。理屈はよく判ったよ」


 手を振ってみせる禅空に、僕は言った。


「NISの差別的な体制から人を救う仕事をしていた親友が……アルデバランに殺されました。超高速アイテムは、その時に奪われたものです」


 禅空の口元から、笑みが消えた。


「しかしそりゃ…お前の関わった事件で、お前自身が片づけなきゃいけない問題なんじゃないのか?」

「それは判ってます。けど…僕ではアルデバランに勝てない。あいつに復讐したい訳じゃありません。僕はただ、雪人が守ろうとしたものを、守りたい。だからお願いに来たんです、先生」


 僕は縁側に座る禅空の前で、膝をついて頭を下げた。


「お願いします、先生。サミットを守ってください」


 返答はない。だが僕は、声がするまで頭を深く下げたままでいるつもりだった。


「――俺はお前の代わりに戦うつもりはない」


 僕は顔を上げて禅空を見る。


「それに、お前に戦い方を教えるつもりもない」

「先生――」


「…が、立ち合いならやってやる。お前が俺に挑むなら、だ」


 禅空の言葉の意味が判った。先生は、立ち合いという形で稽古をつけてくれると言ってるのだ。


「ただし条件がある。俺の気の済むまで立ち合う事だ。そうだな……俺は体力が有り余ってるから、数時間はやるぜ。それでもやるか?」

「先生、ありがとうございます」


 僕はまた深く頭を下げた。先生の厚意に、泣きそうだった。



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