トゥルー・ソードへ
「クロノス・ブレイカーの人証識別を解除して、国枝さんに持ってもらうんです」
「貴方、その人証識別を解析するのに、一年くらいかかるって言わなかった?」
ケイトの声に、僕は答えた。
「普通のコンピューターなら、です。それをクロノス・ブレイカーを用いて、量子コンピューターの最大速度で解析すれば…試したことはないけど、一日くらいで解析できるんじゃないかと…」
「いい案ですが、問題がありますね」
国枝が、思案気に口を開いた。
「実のところ、私でもアルデバランを止められるという気がしません。戦って判りましたが、もし実戦なら私の方がやられていた。というか、あのアルデバランと白兵戦で勝てる者というのは、相当に難しい条件です」
頭の良いこの人のことだ、本当にそう分析したのだろう。しばし途方に暮れたように、僕らは黙り込んだ。僕は考えて、覚悟を決めて口を開いた。
「……一人だけ、アルデバランに勝てる人を知ってます」
「なに? 何処の誰?」
ケイトが勢い込んで訊ねる。
「その人は、『トゥルー・ソード』にいる――僕の師匠です」
僕はそう答えた。
*
「……ちょっと…いつまで歩くのよ、これ?」
ケイトが不満たらたらの顔で音を上げた。無理もない。僕たちは既に山道を30分以上登っている。
とはいうものの、これはゲーム空間の中の峠道だ。本当に日焼けする訳でもないし、足が筋疲労で動かなくなることもない。…筈だ、多分。
「『トゥルー・ソード』では土地を購入して、好きにフィールドを広げることができるんですよ。うちの師匠は何を思ったんだか、こんな山を造って、そこに籠ってるんです」
「それにしても何? あのログインする前の体力測定みたいなのは?」
「文字通り体力測定ですよ」
腕立て伏せ10回、スクワット10回、反復横飛び10回、垂直飛び5回。それ以外に持っている武器で素振りを10回。基本攻撃を10回。…と、これくらいの事をやった上でログインしたのである。
僕は木洩れ日の中を歩きながら説明した。
「あの運動をしてる間に、フロート・ピットが身長や体重はもちろん、筋肉量やその強さ、瞬発力、持久力などを計算するんです。武器の重さやその負荷も計算します。『ノワルド』では、プレイヤーの体力が反映されないように、キャラクターの行動反応速度は一律でした。けど『トゥルー・ソード』は全く逆で、プレイヤーの肉体的条件を完全に反映させることが狙いなんです」
「なんで、そんな事するの?」
「そこでリアルな斬り合いができるようにです」
獣道のような細い地面を辿って、足を進める。
「剣道にしろフェンシングにしろ、試合形式のものは実際に真剣を使う時とは動きが異なってきます。古流剣術のように寸止めで試合しても、逆に危険性は残る。しかしゲーム空間の中なら、肉体的条件を再現しつつも、安全に実際に近い斬り合いができる。それが『トゥルー・ソード』です」
「なるほど…訓練場所にはもってこいね」
ケイトが頷いた。
「実際、沢山の人が、正体を隠してこのゲームに参加してます。剣道のチャンピオンや、古流剣術の宗家等、素で負けることが許されないような立場の人も、此処では自分の実力を試せる。それに中国拳法家やフェンシング等、様々なジャンルの人も集まるようになった。土地を購入してフィールドを造り、大掛かりな軍隊の演習地にしてる国もあります。けど基本は、正体を伏せたままです。ちなみに師匠も外れないサングラス姿です。――着きましたよ」
着いたのは、背の高い藁ぶき屋根の古民家だった。表の庭に面して、長い縁側がある。その間口は完全に開け放たれていて、開放的な空間が家の奥まで見えた。
庭に独りの男がいる。
青い着物に袴をはいているが、その股立ちを取り白い脚絆が見えている。腰には二本大小の刀が差され、その一本の抜き身を手にしていた。
その着ているものは武士風だが、顔にはフレームの太いバイク・サングラスがはまっている。その黒いグラスの下には、薄く口髭と顎鬚を生やしていた。
男がこちらに気付いて、刀を納める。僕は一度立ち止まって、礼をした。男は腰に手を当てて、その場に佇んでいた。僕は入ってもいいサインと受け取り、歩を進めた。
「お久しぶりです…禅空先生」
僕は近づいて、改めて頭を下げた。顔を上げると、禅空が微笑んだ。
「アキラか。確かに久しぶりだが。――美人連れとは恐れ入ったね」




