大統領襲撃
僕は夢中で相手の腹部に前蹴りを入れた。相手のレナロイドが後ずさる。とりあえず、大統領から引き離した。さらに前に出ようとした僕のレナロイドが、突然、ひっくり返る。身を沈めた相手のレナロイドが、足をすくったようだった。慌てて相手のレナロイドが見える視界を探す。別の二体が襲撃者に向かっていたが、一体は最初の手刀攻撃でモニターを潰されていた。そして背後から取りつこうとした機体を、襲撃者は逆に体当たりを喰らわせた。距離ができたところで回し蹴りが飛ぶ。喰らったレナロイドの頭が吹っ飛んだ。
最後の一体が、襲撃者と対峙する。襲い掛かる手刀を前手、後ろ手の両腕で捌き、逆にモニターに掌を上にした手刀を入れた。しかし襲撃者のレナロイドは頭を傾け、その手刀を僅かに躱している。襲撃者はその腕を掴むと、逆腕の肘を頭部に叩き込んだ。
肘打ちをくらったレナロイドの首がへし折れて、顔が傾く。しかし顔が傾いたままのレナロイドは、膝に踏みつけるような横蹴りを入れて相手の膝を破壊した。
襲撃者のレナロイドが立っていられなくなり、その場で倒れる。
「チ…ここまでか」
そう言うと、倒れたレナロイドからアバターが抜け出すのが見えた。それはレナロイドを操るアバターとは、別のアバターである。
抜け出したアバターが振り返って僕の方を見た。
赤眼のゴーグル。やはりアルデバランだった。
「じゃあな」
アルデバランはそう言って笑うと、ログアウトした。
「大丈夫ですか、明くん」
襲撃者を撃退した頭の傾いたレナロイドがそう言うと、僕の方へ近づいてきた。国枝のレナロイドだ。ふと、あることに気付いた。
「今、僕のこと明くんって呼びました?」
「あ、いけなかったですか? なんだか、すっかり知り合いになったもんだから」
「いや、いいですけど」
多くのSPに囲まれて去っていく大統領を見ながら、僕は苦笑した。
*
とある公共施設の会議室で、僕と国枝、そしてケイトで顔を合わせた。
「明くんの言った通り、アルデバランは大統領暗殺を目論んでましたね」
国枝がまずそう言った。
「向うがスカイ・エンダーを奪った時、『目的は果たした』と言ってたんです。それで、目的は雪人が奪ってたデータの回収じゃなく、スカイ・エンダーの奪取だったことに気付きました。そしてスカイ・エンダーで何をするかを考えると――」
「最新型のロボット警備のアバターを、横から盗む…て訳ね。よく気づいたわね」
ケイトの言葉に、僕は答える。
「審査を通過する能力を使えば、アルデバランはどんな施設にでも入り込める。それで最初は、何処が狙われやすいか考えてたんですけど……。不意に、能力を使えばアバターに横入りできるなって気づいたんです。そうなると、一番近くにいる警備ロボットが、そのまま凶器になる。そして自分は目的を果たしたらログアウトすればいい。これが一番安全で、確実な方法だと気づきました」
「いや、お手柄ですよ。公表できるなら、表彰ものです」
「けど……」
僕には、喜べない部分があった。
「実際、初手は防げたけど、その後は倒されてしまった。国枝さんがいなかったら、そのまま襲撃を続行されて、大統領は暗殺されていたかもしれません……」
国枝が相当にできる人だったからこそ、アルデバランを撃退できたのだ。
「まだ、明日のサミットを狙って仕掛けてくると思います。ノワルドが舞台のサミットでは、アルデバランはスカイ・エンダーの能力をフルに使える。そうなると――」
「明くん以外に、対抗できる人間がいない、という事ですね」
国枝が考えながら言った。
「けど…超高速が同じ条件なら、戦闘技術の競い合いになります。そうなると今の僕では…アルデバランと互角に戦うことはできません」
僕は正直なところを言った。一瞬の沈黙の後、ケイトが強気の声を出す。
「何、弱気なこと言ってるのよ! 明ならできるわよ」
「いや気持ちの問題じゃなくて、事実です。向うの方が技量は上です」
不意に国枝が、ウィンドウを開いた。
「アルデバラン。民間軍事会社アームド・スペルが擁する傭兵部隊ブラック・バッファローの隊長。兵士となったのは二十年前のロシアのウクライナ侵攻の時のようです。この時、ロシアのワグネルという武装組織に属してましたが、創設者のブリゴジンが暗殺されて危険を感じ、国外へ脱出した。以降、傭兵としてコンゴの紛争やアイルランドの戦乱で戦っている。白兵戦では二刀の鉈を用いる、凄腕の傭兵として有名です。まさに…プロ中のプロですね」
「一つ…考えがあります」
僕は言った。