六話 自立
ちゅんちゅん……。
と鳥が鳴く声で目覚め、窓から差し込む朝日に目を細めながら上体を起こす。隣には何故か俺に向かって足を向けているメメリュがいて、キングサイズのベッドなのに何故いつもコイツと寝床の奪い合いをしているのだろうか……とぼんやり考える。
美少女との同衾───最初は少し緊張したがそもそも今の俺はメメリュと同じ体だし、そのせいか一緒に寝てて俺たちの関係に色気みたいなのは生まれてこないので、今やただの日常である。
寝室の扉を開くと、普段生活するのに使っている事務所のような部屋に出る。そこには来客応対用のソファとローテーブルに加えて、何故そんなものがあるのかオフィスデスクのようなものもあり、更にはキッチンもついてる。
広さとしてはテニスができる───は言い過ぎだが、ガキが走り回れるくらいには広い。
とまぁ部屋の説明もそこそこに、俺は冷蔵庫を開き加工肉と卵を取り出してフライパンで炒め始める。
同時に、メメリュが最近買った日本製のトースターで食パンも焼く。日本メーカーのパンだ、メメリュは最近俺の話を聞いた影響で日本製のものをいたく好んで購入する。ちなみに高い。
「おい! 起きろメメリュ! 朝飯だぞ!」
俺は朝飯を普通に食べたい人だが、メメリュは朝がだらしないタイプだった。なので生活を共にするうちに俺が飯の当番のようになっている。まぁ、一応俺は異世島でメメリュに面倒を見てもらっている身だ、それくらいはやるべきだろう。
のそのそと起きてきたメメリュがぼけっと朝飯を食べている。俺の方が早々に食い終わり、片付けをしながら、今日の予定を詰めることにした。
「今日は何時にハントしにいく?」
俺の質問に、メメリュは「あー?」と気だるげな声を返してきた。ジロッと睨むと、メメリュはやはりというべきか
「今日はやめね?」
とか言い出すので、俺はトースターを指差した。
「これ買うのにいくら使ったよ!? 今の異域があるうちに貯金しないと!」
「今日は休もうよ」
「昨日も休んだじゃん!」
食い下がる俺に、メメリュはイラッとした顔を隠さず机をバンッ! と叩いて立ち上がる。
「うるせぇなッ! じゃあ一人で行けよ!」
短気すぎる。俺は「アァンッ!?」と返しながら呆れた。コイツはもう少し感情のコントロールというものを覚えた方がいい。そう思いながらキレた。
「わかったよ! じゃあもう俺だけで行く!」
そういうことになった。
*
「お嬢ちゃん、見ない顔だね」
以前来た様に、異域に入る為の行列に並ぶ。ポケッとしていると、何やら知らない男にそう言われた。彼の方を向き応える。
「この顔に見覚えないの?」
「? だからそう言ってるだろ?」
メメリュは悪い意味で有名だった為に今まで出会った人達は、双子よりもそっくりな俺の顔を見て嫌な顔をする人間ばかりだった。
しかし、目の前の男はきょとんとした顔で俺を見つめるばかり。はて? 意外である。気付いた事があって、周囲を見渡した。なんとなくではあるが、今俺が並ぶ列には“顔見知り“が居ない気がする。
そこでふと、思い出した。
異世島にあるハンターズギルドは一つではない。異世島自体が随分と広大な土地をもつため、何区画かに分けて支部が存在しているのだ。
大元は同じなので、どこで何を納品しようが別に大した話ではないと聞いたのだが……。ハンター達にもある程度棲み分けのようなものがあり、それぞれ行きつけの支部が違うのであろう事に気付いた。
そして異域前のこの行列は複数あるのだが、それぞれ管理しているのが違う支部なのだろう。
つまり俺は普段メメリュが利用していて、かつこの前共に並んだ列とは違う支部の列に並んでしまったようだ。
「いつもと違う列に並んだけど、問題ありますかね?」
「いいんじゃないか? そういうやつもいるぜ」
知らない男は気さくに答えてくれた。じゃあいっか。メメリュの知り合いに会って、もしあいつと間違えられたら嫌な予感しかしないし。
しかしこう、あれだな。
俺が日本に住んでいた頃、同じ世界に存在するけど異世界みたいなもんだった『異世島のハンター』といえばネット小説や漫画アニメに出てくる自由奔放でロマンを追い求める風来人みたいな……いや、根を張ったとしても権力には属さないみたいな……こう、世のしがらみから遠い所にある存在だと思っていた。
だが実態としては立場の弱い日雇い労働者みたいなもんで、パチンコ屋や配給に規律良く並ぶように皆が異域入りを待っている。
「現実は世知辛いね」
まぁ、そりゃあね。
魔法や剣の世界でも、そこに暮らすのが『人間』なら営みなんてそう大きくは変わらないか。
高校受験がそろそろだな〜って、最近は現実から逃げたくなったこともしばしば。異世島でハンターになって、才能が開花して周りから認められて、モテモテのウハウハな生活を夢見たことは何度もある。
そして現実に意味不明だけど以前と比較して強靭な身体になって(女の身体になったとはいえ)、なんかいつの間にかスマホがマジカルデバイスに変わってて、異域でもある程度戦える。
上出来なくらい、今の俺はあの頃に夢想した状況に近付いている。
しかし思う。
日本で過ごしていた日々は穏やかで平和で、楽だったと。異世島にもテレビ放送があるが、日本特集はもはや鉄板ネタである。
その放送を見て、郷愁の念が生まれまくっている。メメリュから離れて一人列に並んでいると猛烈に寂しくなってきた。今までひとりぼっちではなかったから、なんとか元気に生きていけていたのか……メメリュとの生活に慣れていたからこそ、今ようやくそれに気づいた。
「不安そうだな。連れがいないんなら、俺らと一緒に来るか?」
俺の顔を見て少し考え込んだ知らない男が、後ろに連れた仲間を親指で指しながらそう言ってきた。
その仲間達の顔ぶれを見てみると、なにやらこなれた雰囲気を感じる。ベテランのようだ。知らない男を含めて、男三人に女一人。
ハンターという仕事は荒っぽい部類に入ると思うが、意外と女性が多い。てか俺やメメリュもそうだし。
「なになにぃ? ナンパァ? あらまぁ、若すぎるんじゃない? ちょっと犯罪じゃない?」
「ちょっとじゃねぇだろ、モロだよ」
知らない男の言葉を受けて、彼の仲間達が友好的な笑みを浮かべて話に参加してきた。良い人達そうだ。そんな雰囲気を感じる。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
まだまだ異世島の常識も分からないし、そもそもメメリュの常識は少しおかしい気もする。なので、これはいろんな知見を得る良い機会だと思って共に行動させてもらうとしよう。
*
「メメリュ、俺……」
その日の夜。
一日のハンター稼業を終えた俺は家に帰り、ダラダラとしていたメメリュの前に立つ。キョトンとした顔の彼女を前に、こう言った。
「天才かもしれん」
目を丸くさせたメメリュの横に座り、俺は自慢げに話し始める。
「なんかさ、まず、俺って可愛いからみんなチヤホヤしてくれるの。危ないところあったら足元気を付けてってすぐ構ってくれるし、危険が及びそうだったらすぐ庇われるわけ」
「可愛いのは私の身体だろ」
「んでさ、ニコニコと笑顔浮かべてカッコいいーっ! って褒めたらおじさんどもニヤニヤしながら照れくさそうにするわけ、んでなんか色々くれるのよ」
「恥ずかしくないの?」
「でも、やっぱ実力は隠しきれないわけ。強敵が現れた時に颯爽と後ろから飛び出た俺が激戦の末、討伐。いやみんな、最初はキョトンってしてたけど、直後に拍手喝采雨あられよ」
そして、一度俺は頷いた。
「俺、可愛いし天才で最強かもしれん」
「ふーん。あたい寝るわ」
めんどくさそうな顔をしてメメリュが寝室に引っ込んで行こうとするのでその後ろをついていき、その後、喧しさにブチ切れたメメリュと殴り合いに発展するまで俺は自慢話を続けた。
*
とまぁそんなわけで、先日はとても気持ちの良い体験をして、自己肯定感爆上げされてる俺は今日もメメリュが拠点にしている地域とは違うあたりでハンター稼業をしていた。
以前知らない人達に臨時パーティを組んでもらったように、今回もそうしてみた。そして、やはりチヤホヤされて俺は気分を良くさせる。
「こんな可愛いのに、めっちゃ力強いジャーン」
大きな背丈のおかげで俺の頭の上にポヨンと大きなお胸がどっしりと乗る。今日は女性多めのパーティだ。
一人男が居て彼のハーレムパーティかと思いきや、雰囲気的には恋愛的雰囲気が意外となくて純粋にすごく楽しそう。
なので、特に泥棒猫と警戒されることもなくむしろ猫可愛がりされている。女性陣は皆、随分と身長等の色んなところが大きな体をしているので、小さめの俺はもはや着せ替え人形ばりにわちゃわちゃされている。
「お肌も綺麗!」
「しかもこんな若いのに、天才なんじゃない!?」
「それほどでもありますよぉ!」
女子達でキャピキャピとしていると、気まずそうに愛想笑いを浮かべている黒一点の彼に気付く。このパーティで唯一の男だ。しかし女性陣の誰よりも小柄で、どこか小動物めいている。
「ちょっとぉ〜俺になんか言うことあるんじゃないですかぁ〜?」
ススス、と彼に擦り付き、指でツンツンとする。すると美少女に擦り寄られた照れ臭さを隠せていない、真っ赤な顔で「す、すごいです! 僕よりも年下なのに、天才です!」と俺の自己肯定感を爆上げしてくれた。
俺の鼻は伸びに伸びていた。
故に、いずれそのような事態に発展するのは自明の理と言えた。
また次の日、上がりきったテンションのままニコニコと臨時パーティを見つけチヤホヤされた後の話だ。
帰路に着こうとして、何やら物陰でゴソゴソとしている怪しい複数の人影を見かけたので、ついつい興味本位で覗きに行ってしまった。
ガラの悪い男がハンターらしき男から何やら金銭らしきものを受け取っている。そしてガラの悪い男はその金を数え、冷めた目でハンターの彼を見た。
「ふん、アガリはこんなもんか……じゃあ、とりあえずこんだけもらってくわ」
「───っな! お、多すぎるだろ! それじゃあ生活が」
ドカっ! と。ガラの悪い男がハンターの男の腹に蹴りを入れた。思わずといった様子で腹をおさえる彼に、ガラ悪男は後頭部へ向けて肘を叩き込む。うずくまるハンター男を見下ろして、ガラ悪男は嘲笑うような声を出した。
「なんだ? ファルコスファミリーに逆らうってのかよ?」
「……ぐっ! そ、そんなつもりは───それに、どう考えても中抜き」
「あ?」
名前もしらねぇ男達を文字に起こして描写すると分かりづらいよね。そんなことを思いながら俺は、相変わらず異世島って治安悪いなって思った。
なにこれ、カツアゲみたいなもんか?
ガラ悪男が凄むと、ハンター男は俯いたままもう何も言えなくなった。その背中にガラ悪男は唾を吐いて、こちらに向かって歩いてくる。
嫌なとこ見ちゃったな。なんだか気分が下がってしまった。ため息を吐いて立ち尽くしているうちに、気付けばこちらに歩いてきていたガラ悪男がすぐ目の前にいる。
「どけクソガキッ! 邪魔なんだよ!」
すると、肘で思いっきり突かれた。俺の体重は軽いので、普通に吹き飛んで壁にぶつかる。
「見てんじゃねぇぞ! ガキは家に帰ってママの乳でも───
気付けば俺はガラ悪男の胸ぐらを掴んでいた。顔面に穴を開けてやろうかという勢いで眼力を込めて睨みつける。頭の血管が少し切れそうだった。
「……おい、この手を離せ。俺を誰だと思ってんだ」
「……はぁ? 誰だよ、知るか」
バン! 視界がブレる、顔を叩かれたのだ。血管が切れた(比喩)。返す刃で俺は男の顔面をぶん殴った。腹の底から溢れ出す怒りという名のパワー。身体強化はしていないが、この肉体は見た目に反した膂力を発揮して男の足を浮かせて壁まで叩きつける。
ボトっと地面に落ちた男がすでに腫れ始めた頬を抑えながら俺を睨み、言った。
「て、テメェ! 俺がファルコスファミリーだと知って、この、生意気っぷりかっ!? 後悔させてやるぞ!」
「アァッ!? ゴミカスだかチンカスファミリーだかしらねェが! 後悔させられるもんならやってみろ! 先にぶっ殺してやるよ!」
口が止まらない。いや、体も止まらなかった。昔から、頭に血が昇ると少し言動と行動が荒っぽくなってしまうのだ。
いつの間にかドカドカと頭を抱えてうずくまるガラ悪男を何度も何度も蹴り飛ばしていた、俺が。
「オラァァァ!」と叫び、ついさっきカツアゲされてた男が羽交い締めで止めてくるが「邪魔すんじゃねぇェェ!」と暴れまくる、俺が。
「ま、待て! よせ! こいつはあのマフィア、ファルコスファミリーの構成員だ! こんなことをすれば、ボスのファルコスが黙っちゃいない!」
「知るかよそんな奴よォォ!」
「ヤバい奴なんだ……まずいことになった、君は今すぐこの街から逃げた方がいい! 君の大事な人まで巻き込まれて殺されるぞ!」
「上等だ! 返り討ちにしてやんよォ!」
しばらくジタバタとしていると、いつのまにかガラ悪ゴミ男の姿がない。逃げてしまったようだ。シュンと俺の火は消え、落ち着いた。帰るか。
唖然とした顔で見てくるカツアゲされ男の視線を無視して、俺は帰路に着いた。今日は疲れた、嫌な気分にもなったし。
そして家に着いて早々、一応とばかりにメメリュにあることを聞く。
「メメリュさ、ファルコスファミリー? ってやつら、知ってる?」
「さぁ? 知らない」
「なんかマフィアらしいんだけど……」
ソファで寝転がるメメリュは何かを思い出すように口元に指を当て考え込むが、やがて首を傾げた。
「やっぱ知らない」
「じゃあ大したことない連中ってことか!」
ガハハと俺は豪快に笑い、寝たら忘れていた。
まさか、俺が出入りしていた地域一帯を恐怖で支配しているマフィアだったなんて、その時の俺は知る由もなかったのだ……。