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三話 日常茶飯事

 

 ひもじい。


 俺とメメリュは飢えていた。

 それもこれも、せっかく手に入れた収入を一瞬で使い切ったメメリュが悪い。いや、俺の服を買ったのだから俺も悪いかもしれない。


 二人でポテトチップスをバリバリ食べながら、力無くソファに崩れた。


「あの、異域アウターゾーンってところにもう一回行こうよ」


 ふと、思い立ったのでそう言ってみた。あそこでは強盗まがいのことをしたし、またあの被害者ハンターたちと顔を合わせたらと思うとできれば近付きたくなかったが……。


「えー? もうあそこ閉じちゃったよ? 今は他に発生してる異域アウターゾーンは無いしなぁ」

「……そういうシステムなんだ」

異域アウターゾーンが開くかどうかは偶然だからね。その性質も、先に広がるのがどんな世界なのかも」


 じゃあハンターってすげえ安定性のない仕事じゃん。それなのになんで有り金を全部使っちゃうんだよ。

 と、内心に留めるだけのつもりが口に出してしまった。するとメメリュはキョトンとした顔を向けてきた。


「そりゃ、あったらあるだけ使うでしょ!」


 無計画!




 *




「というわけで即日支払いのバイト見つけてきたよ〜」


 仕事見つけてくると突然言い出しては、すぐに帰ってきて開口一番メメリュはそう言った。色々と将来への漠然とした不安を感じていた俺は、目を輝かせて飛びついた。


「ほんとに!? すごいメメリュ! そんなすぐに仕事が見つかるなんて」

「あはは、まぁ私にかかればこんなもんよ。おっさんボコったらすぐ雇ってくれた」


 ───どんな仕事?




 *




 わーわー。とか、ブーブー。とか。

 歓声……のようなものに支配された空間。大勢の観客が食い入るように見つめる視線の先に鎮座する『リング』。

 四方を背の高い金網で囲まれ、床は少し跳ねる素材でできている。リングから抜け出そうと思えば、がらんと空いた天井部分からしかないが、ビルかな? と見紛うばかりの高さである。


 俺は金網を掴み、セコンドとしてその向こうにいるメメリュに吠える。


「ちょっと! 何で俺が出る側なんだよ!!」

「なんかあんたの方が初心ウブっぽくて見栄えが良さそうなんだって」

「ふざけんな!」


 チラリと後ろを見て、俺は自分の対戦者を確認する。


 半裸のマッチョが拳を突き合わせていた。今の俺はメメリュと同じ肉体である。それと比べると、半裸マッチョは約三倍の体積がありそうなくらいでかい。

 俺はメメリュに向き直した。


「いや、ヤバいって。死んぢゃう」

「いけるいける。デバイス無しルールだしー、魔法に慣れてないあんたでも、ステゴロならいけるって」

「まだデバイスある方がいいよ! そもそも日本は平和だから普通は喧嘩慣れなんてしてないの!」

「えー? あんたくらいの歳なら、殴り合いの一つや二つさぁ…」

「そりゃない事ないけど、日本人的には普通ないんだって」


 俺がピーピー喚いているうちに、ゴングが鳴った。


「死ねクソガキィッ!」


 慌てて振り返る。左側頭部目掛けてマッチョが思いっきり拳を振るってきた。


 ───見える!?


 でも怖くて動けなかったので、そのまま頬辺りを殴られた。体重差か、まるで子供が投げたおもちゃのように吹っ飛んで俺は金網に叩きつけられる。クソ痛い。せめてマジカルデバイスによる身体強化がしたかった。


「ミィロ! それは私の身体だぞ! んなおっさんに負けるわけないんだよ!」


 メメリュの怒ったような声が聞こえてくる。

 俺は床に一度崩れ落ち、しかしすぐに立ち上がった。


 マッチョは、ブンブンと威嚇するように腕を振り回している。俺は、確かに一撃で死ぬと思った拳を無防備に耐え切ったメメリュと同じ性能の肉体に、一縷の希望を託すことを決めた。

 キョロキョロを周囲を見渡すと、金網の向こうに観覧席を埋め尽くすくらい集まった観客達が醜悪な顔つきをしているのが確認できる。俺がやられる姿を見てその顔を浮かべているのだろう。クソどもが。俺は殴られた左頬が痛くてむかついた。

 多分、賭け事の対象とかになってる。オッズはどちらが上なのか。俺が殴られて悔しがる人間は俺に賭けているのだろう。どう考えても少ない。ということは───俺が勝てば、より多くの人間を失意に叩き込めるわけだ。


 俺は、マッチョの真似をして自分の拳同士をぶつけた。


「勝負はここからだ! ぶっ飛ばしてやる!」

「いいぞミィロ! その意気だ!」


 マッチョの顔が、嗜虐に歪む。俺の戦いは、ここからだ。



 *



 その後ボロボロになりながらも、異様に強靭なメメリュの肉体のおかげで勝利を収めた俺はしばらく地下闘技場(?)の闘士(?)として試合に出場した。

 傷だらけになっても、次の日になったら傷が治ってるメメリュの肉体のせいで毎日酷使されている。

 周囲の反応を見る限り、これは『異世島人』の普通とは違うようだ。メメリュにこの肉体のことについて聞いてみると「知らね。私も生まれた時からそんなもんだったけど?」と言っていた。

 そう考えると、俺の身体はやはりメメリュと同じものと考えていいらしい。一度メメリュからドッペルゲンガーとか言われたことがあるが、なんなのそれ。てか俺はなんでそのよく分かんない身体になってるの?

 疑問は尽きないが、お腹は減るし餓死はすると思われるので、飯の種を稼ぐ為にも戦い続けるしかなかった。



 俺が初めて試合に出た日から、約一ヶ月。

 今日の対戦者は、なんと初対戦の相手だった。凄まじい筋肉の持ち主だったが、何やら痩せ細っているのに目は血走って、俺を凄まじい眼力で睨みつけてくる。


「なになにあいつ、すごい怖いよ。ピー(自主規制)みたいな目をしてる」


 すっかり口の悪くなった俺は対戦者を嘲笑うように横目で見ながら、セコンドのメメリュに向かってそう言った。

 メメリュも、ニヤニヤと侮るような笑みを浮かべて相手を見下す。


「ぷっ、ミィロあの雑魚をもっかいボコってやんなよ、“身の程を知れ“ってさぁ」

「いいねそれ。くくく、あの生意気な目を、すぐに媚びた犬みたいにしてやんよぉ」


 俺達が生意気な顔で見下して挑発しているのに、それに一切ノることなくブツブツと小さく何事かを呟いている元マッチョの対戦者。つまらんやつだ、観客達もノリの悪さにブーブー言ってるぜ。


 というわけでゴングが鳴った。その瞬間、元マッチョは腹を抑え、グエっと何かを吐き出した。俺はギョッとする。目を見開き、元マッチョが吐き出してその手に握ったものを凝視する。


 黒い、筒状のものだ。

 これはまだ異世島歴の浅い俺でも何度か見たことがある……よく市井に出回っており、使用者も非常に多いオーソドックスな『マジカルデバイス』である。


「えっ」


 この闘技場での試合は、デバイスの使用が禁じられている。


 キュイィィィ。と、デバイスの駆動音が、驚いて硬直している俺の耳に入った。わずかに肉体が発光しているのをみると、多分身体強化だな。俺は腹をぶん殴られた。


「グェェェ!」


 吐瀉物を撒き散らしながらフェンスを飛び越えて宙を舞う俺。そのままリングの外の地面にゴチャリと落ちた。腹を抑えて真っ青になった俺の顔をメメリュが覗き込み、とりあえず生死を確認してくる。俺はなんとか生きていた。しかし、もはや何が何やら分からない。とりあえずどう考えても反則だ。

 メメリュは俺と同じ顔を憤怒に染めて、傍に置いてあったバット型デバイスを手に取り、起動した。


 チュイイイイ!! ゴシャー。ぶちぶちー。


 駆動音と同時に金網がぶっ壊れる音。ブチ切れたメメリュが、バットで金網を突き破り隙間から手を差し込んで強引に引きちぎったのだ。


「テメーッ! 私の妹に何してくれてんだオラァ!」


 俺たちは設定では双子姉妹である。俺は横向きに寝そべりヒッヒッフーと、今では古いけど昔の出産時呼吸法でなんとか痛みに苦しむ現実を忘れようとする。


 でもなんかむかついてきた。

 痛みでイライラした俺は、スマホ型デバイスが目の前に落ちている事に気づき、それを手に取る。どうやらメメリュが俺の前に置いて行ったらしい。魔法があれば、身体の回復も早い……それに、あの反則野郎をぶっ飛ばせる。


 チュィィィ───。

 駆動音が骨の髄まで響き渡り、俺の怒りはさらに増す。殴られた腹が未だにずっと痛いからだ。どんどんムカついてきた。


 既に元マッチョの反則野郎をボッコボコにしているメメリュに対し、相手方のセコンドも乱入しようとしていた。いや、セコンドだけじゃない。何やら観客席から反則野郎どもの仲間がゾロゾロと集まっている。

 闘技場での戦いはデバイス無しの一対一のはずだ。その掟を破り、咎めに入った(?)メメリュに向かって大勢で襲い掛かろうなんて……。


「クソどもがァァ……ッ」


 俺は外から腹を抑える事ができても、痛みを凌駕する苛立ちを隠せない。なんとスポーツマンシップのない奴らだろうか。これだから異世島人というやつは、野蛮で粗野でカスである。ぶっ飛ばしてやる。


身体強化パラメータ起動オン全開フル


 マジカルデバイスに刻まれた魔法の術式を起動させる呪文キーワードを唱える。視界に多角形のグラフが浮かび上がり、俺はまだ慣れていないのでとりあえず魔力ファルナのある限り、全てのパラメータを上げた。

 すると、肉体に満ちていく魔法の力。同時に湧き上がるパワー、そしてそれを解き放つ場所を求めて、俺は跳ねるように飛び起きる。とりあえずメメリュに襲いかかる男の一人に殴りかかった。




 *




 出禁になった。


 俺とメメリュは事務所然とした我が家に帰ってきて、ソファに座ってため息を吐く。


 とりあえず、また食い扶持を失ったのである。

 反則野郎とその仲間達をボコボコにして、なんか止めに来た大会(?)の運営っぽいやつを興奮したメメリュがぶっ飛ばして、そのまま運営側っぽいカタギじゃなさそうな奴らとの喧嘩が始まったのである。俺もイライラしていたのでそのまま参戦してしまった。


 その結果、異世島の警察的ポジションらしい『治安局』が出張ってきて、地下闘技場の主催と観戦者達の一斉検挙が始まってしまった。

 そこからはもうカオスとしか言えない。様々な立場にある人間達が、誰をどう攻撃したいのかもはや訳もわからず大乱闘である。治安局もどれが何やら分からなくなったのか、手当たり次第ボコって捕まえていた。


 そのあたりでいい加減我に帰った俺達は混乱に乗じて逃げ出して今に至る。そして今日、ふと元々地下闘技場があった場所を訪ねてみると、ボコボコになった運営側っぽい男が一人掃除をしていて、お前らはもう関わらないでくれと突っぱねられたのである。

 メメリュが支払い未納の金をよこせと胸ぐら掴んで恫喝していたら、また治安局を呼ばれたので慌てて逃げてきたのだ。


「もう、お前のせいで散々だよ。俺のピュアなお手手が血で汚れてしまった……」

「いいじゃん。今は私と同じ身体とはいえ、もとは中身男だったんでしょ? 箔がついたね」

「前科がつきそうでしたけど?」


 日本なら普通に警察から逃げられず、後日捕まって前科持ちになっていただろうが……異世島の治安は日本よりはるかに悪いので、その場で捕まえられなかったアウトローを後で捕まえにくることはあんまりないらしい。

 そりゃ大犯罪者は別だが、俺達のやってた喧嘩の延長線みたいな程度、ここでは日常茶飯事なのだ。

いや俺やメメリュのような可愛らしい少女が男と殴り合って、その勝敗を賭け事にする野蛮なことが日常茶飯事だなんてどんだけカスみたいな土地なんだよこの異世島はよ。







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