二十一話 働かざるもの食うべからず
「お前、そろそろ働けよ」
皆で朝食をとっていると、突然黒木がそんなことをメメリュに向かって言い始めた。メメリュが眉を寄せるだけで無視をするので、黒木は更に続ける。
「俺自身、世話になった義理もある。それにミィロがいつもメメリュはすごいぞめっちゃ強いぞって庇うから今まで黙っていたけど、メメリュは俺とミィロの稼ぎを当てにしすぎだと思う」
「あ?」
少し俺にとって恥ずかしい話をしているものの、普通に正しいことを言ってる黒木の言葉に対してのメメリュの反応は端的に言葉にすると、「凄む」その一単語のみだった。
あまりにも酷い態度である。しかもメメリュの圧は彼女の実力を知っている者ならば普通に恐ろしいものだ。だが、黒木は結構肝が据わっているのでまるで意に介せず怒りを露わにした。
「なんだよその態度は! おかしいだろ! 確かに世話にはなっているが、俺もミィロもその義理は果たしているとはっきり言えるぞ!」
「アァ!? 喧嘩売ってんのか!」
ガタッ! とお互いに立ち上がり、バァン! と机を叩くので俺の作った朝食の乗った皿がガチャリと音を立てた。
俺の瞳孔が収縮した。
「あのさぁ、俺の作った飯……粗末にする気?」
「あ……」
「やべ、めんどいモードだ」
というわけで、メメリュもそろそろ働きに出ることになった。
ちょうど新しい異域も発生しているので、嫌そうなメメリュを連れてそこに向かう。
*
「あら、まだここも汚れているわよ」
バサっ、と。俺が一生懸命拭いた床にわざわざまとめた灰を落とされる。当然、床は汚れるどころか舞い上がった灰は辺りに充満して壁や天井まで汚すだろう。
「けほけほ、最悪!」
自分でやっといて灰が服についたり顔にかかったりした継母は盛大にむせて、それすらも俺のせいにしてきた。
「あんたのせいよ!」
ああ、お母様。何故俺を置いて死んでしまわれたのですか。お父様、どうしてこのような苛烈な女性と番ったのですか。腹違いの妹達の方がよっぽど可愛い継母からすれば、血の繋がりのない俺は邪魔者でしかない。
そして俺にはなんの抵抗する力がない。大人しく、継母の理不尽に耐えるしかなかった。彼女が先ほど撒き散らした灰を床に這いつくばってせっせと拭く。
そんな俺の様子を見て、鼻を鳴らした継母はギュッと俺の手を踏んだ。
「あら、ゴミかと思っ」
痛いんだが?
俺はキレた。継母の手首を掴み、握り潰す勢いでへし折る。
「ギャっ! お前、何を!」
「痛いんですけど?」
あら不思議、怒りと共に忘れていた力が身体の奥底から湧いて出てくる。そうだ、俺にこんな意地悪な継母なんていない。そもそもこんな昔の西欧みたいな家になんて住んでいない!
「てめぇ……何もんだぁ?」
気付けば手に握り込んでいたマジカルデバイスを起動していた俺は、間髪入れずに目の前の継母だったモノをぶん殴る。
パリィィン! と、まるでガラスが割れるような音と共に世界が元に戻った。俺が殴ったのはよく分からない人形みたいなやつで、先程までは俺の継母の姿をしていたのにぶん殴られてぐったりとしている姿は顔も体ものっぺらぼうだ。
俺達が入ったのは屋敷の中の様な異域で、室内だというのにやたらと広大なその中にはこんなつんつるてんな人形が多数徘徊している。
そして出会い頭、気づけば俺の継母になっていたのだ。俺は不遇な扱いを受ける前妻の子である。
「幻覚か……? めっちゃキショい体験だったな」
記憶や自認まで改変されていたあの感覚は、まるで悪夢の様だった。あのまま夢に囚われていたらどうなっていたのか、悪い想像をすると抜け出せないとか……? ゾッとする話である。
「お、ミィロも抜け出したんだ」
一人息を呑んでいると、メメリュがどこからか歩いてきた。どうやら彼女も同じ目に遭っていた様だが、自分で抜け出したらしい。
「メメリュはどんな感じだったの?」
「うーん、そうだなぁ……」
*
王位継承権第13位の末妹であるメメリュの母は旅の踊り子だった。王に見初められ、半ば強引に孕まされて産まれたのがメメリュだ。しかし母は出産の折に死亡、王は娘には興味を示さない。残された彼女は王自身にはすでに忘れ去られていた。
とはいえ王の血を継ぎ、見込みはほぼないようなものだが継承権まである。故にその扱いはそれ相応のものであり、一応は王城住まいではあるのだが……。
「ふん、下賤な血が」
そんな言葉と共に蔑んだ視線を送るのは王位継承権5位の兄だ。メメリュは舐めた態度を取られたことに腹を立て、己を見下してきた目の前の男をぶん殴った。
*
「まぁ、こんな感じだった」
「いやもう少しドラマ見せてくれよ。早いよキレるのが」
「は? あんな舐めた態度してきたら普通ムカつくだろ。じゃあお前はどんなだったんだよ」
メメリュに与えられた設定を噛み込む前に終わってしまったことに文句を言っていると、ムッとした顔でメメリュがそう聞いてきたので俺の時の悪夢を説明する。
「キレるの早。お前の設定を予想とか考察する前におわっちゃったよ」
「手を踏まれたらそりゃキレるだろ、痛いもん」
お互いに互いの見た幻覚にケチをつけていると、そういえば黒木のやつはどこに行ったんだろう? という話になった。
キョロキョロと周りを見渡すと、のっぺらぼう人形と向き合って膝をつき、虚な目をしている黒木を発見する。
というか俺たちもそうなっていたんだろうが、その辺で他のハンター達も虚な目でのっぺらぼう人形に捕まっている。傍目から見ればとても不気味な光景だ。
「キッショ。早く黒木起こして行こうぜ」
「いつまで捕まってんだよアイツは」
二人で黒木の元へ向かう。ペチペチと頬を叩いてみるが、まるで起きない。
「どうする? 人形の方をぶん殴るか?」
メメリュが拳を振り上げて言うが、俺にとある懸念が生まれたのでその動きを慌てて止める。
「これ、俺らが殴って目覚めさせていいの? なんか夢に閉じ込められるとか、そんなパターンはない?」
「流石にそんなことにはならんだろ」
言うが早いか、メメリュは振り上げた拳をそのまま勢いよく人形に向けた。そして気付けば、俺は近衛騎士団の三番隊の騎士であった。
姉のメメリュが隊長を務める部隊で、王宮の守護を主とする一番隊と違い王都の外で活動することが主の任務だ。
しかし、王からの招集がかかったため久しぶりに王都へ帰還することになった。馬に乗れないメメリュと俺は、他の隊員が馬に乗る中ふたり歩いて行軍していた。
「おいテメェら、隊長であるこの私が歩いているのに、何を楽して馬になんぞ乗っているんだ?」
しかしメメリュ隊長がパワハラをかましたため、隊員の皆が馬から降りた。街につき、馬を預けてようやく肩の荷が降りたという雰囲気を放つ隊員を連れ歩き……しばらくして王宮に着く。しかし、入り口の門で「確認のため」とかほざく門番に一度止められた。
「こっちは疲れてんだよ! なんの用事だボケオラァ!」
まるでチンピラである。メメリュ隊長は荒れていた。何故ならば山賊殲滅作戦による山狩りの途中で呼び戻されたからだ。
あと少しで山賊の全員を吊るし上げてボコボコにできたのに、王宮からの命令により帰還せざるを得なくなり不完全燃焼なのである。
「おらどけェ! 三番隊の凱旋だァ! 道を開けろォ!」
俺はそう叫びながら門番を蹴り飛ばした。後に続く隊員達もニヤニヤといやらしい顔を浮かべて倒れた門番を見下ろす。
「くっ……相変わらず蛮族みたいな連中だ……! 早くいけ!」
やっと通してくれた門番に隊員達が唾を吐きかけるのをニヤニヤ横目に見ながら俺達は王宮の中へ向かった。
「あ、なんかこっちに行かなきゃ行けない感じする」
なので俺だけ一人外れて王宮の庭みたいなとこを散策する。すると、なんか大きな木の根元で二人の男女がいちゃついているのを発見する。
「ははは、ズィー困るよ。そろそろ俺も行かないと」
「もう、じゃあお父様の話が終わったら……」
二番隊隊長の黒木と、姫であるズィーだ。あの野郎、幻覚で見る相手に選ぶほどズィーのことを……?
ズィーってなんだっけ? 一瞬、三番隊である己の自覚が薄れそうになったが、目の前で女とイチャつくサボり魔二番隊隊長を見ていたらそんなことはどうでもよくなった。
「黒木くぅぅん!? こんなとこで何油売ってんだよアァ!?」
「ミィロ……? 何故、こんなところに」
黒木の目が一瞬だけ正気に戻るが、すぐにまた二番隊隊長の自覚を取り戻す。しかしその頃、王宮に勤める役人に小馬鹿にされたメメリュがブチ切れて暴れていた。
その余波により、俺と黒木を幻覚にかけていたのっぺらぼう人形がぶっ飛ばされて俺達は現実に戻った。
「…………」
「なんか言えよ」
「? なに? てか感謝してよね」
現実に戻った瞬間、顔を俯かせる黒木に俺は真顔で言う。微妙な空気を感じ取ってメメリュが不思議そうに首を傾げていた。
「いや……ミィロ、違うんだ。いや違わないか……そうだな……ズィーともう一度会えて、良かったと思ってしまうな」
「急に浸るなよ」
「なに? また昔の女の話? キッショ」
酷すぎるメメリュの物言いを無視して黒木は先に進むことを決めた。過去はもう振り返らない。そんな覚悟は別に背中から伺えないけど、前を向いて進むらしい。
*
「色〜。ちょっとそこのタオル拾って〜」
ソファーでスマホを弄っていると、風呂上がりにリビングをうろついてその際に俺の目の前に髪の毛を拭いていたタオルを落としていった姉が、いつの間にか背後にいてそう言ってきた。
「いや、これくらい自分で取れよ」
と言いつつも、俺はいつも通りそのタオルを拾って渡す。姉の後ろには洗濯するためにタオルをよこせと要求したのであろう、脱衣所にいる母がチラリと見える。
父は、夕食をのんびり食べながら一人晩酌していた。母から、平日は制限されているので発泡酒を二缶。チビチビと飲んでいた。
いつも通りの日常を、しかし何故か懐かしく感じながら俺はスマホから目を離してテレビを見る。誰もしっかり見ていないけれど、なんとなくついているバラエティをぼんやりと見ながら明日の予定はどうだっけなぁと考えた。
学校は受験も近付いているので、どこか空気がピリついている。修学旅行という中学最後の大イベントが終わり、皆の顔から余裕というものがなくなってきたのだ。
明日は、アイツと買い物でも行こうかな。
アイツって誰だっけ。
姉の顔を見ると、誰かを思い出しそうになった。その誰かを思い出せない。遺伝子レベルでは似ていないはずなのに、なんだか面影を感じてしまう。
そのまま答えの分からないぼんやりとした思考が湧いてきて、なんとなく俺は洗面所に向かう。そこには洗濯機と格闘している母親がいて、それには特に触れずに鏡を見た。
男の俺だ。少し中性的で、小柄な肉体なのもあって中学に上がる前は女の子に間違われたこともあった。今ではそんなことはないが、それでも姉とはよく似ていると思う。
「あー。俺って、割と元からメメリュに似てたんだなぁ」
でもまだ、この姿は『遠いな』。
じっと鏡を見て、気付けばそこには『鏡音色』が女として生まれていたらこう育っていただろう、という顔が写っている。
「しかし、そろそろこの感覚はキショいなぁ」
パリィィン! と、ガラスが割れるように『世界』が割れる。目の前には複数の、のっぺらぼう人形が折り重なるように固まった……輪郭が歪で巨大な『ボス』がいる。
「人の記憶に気安く触れた、その報いは受けてもらうからな?」
あれは不愉快な感覚だった。痛い思いをした時ほどの怒りは湧かないが、手に握るマジカルデバイスに込める魔力はそういう時と遜色ない。
「魔力全開、パラメ」
「いや私の獲物だしぃ」
カッコつけてデバイスを構えていたら、横合いからメメリュがボスをぶん殴って倒してしまった。
「……俺、結構キメようとさぁ」
「話の発端は、黒木が私に働けとか言った事だろ。アイツに舐められたままも癪じゃん」
バットを担いでメメリュはその辺で幻覚に取り込まれて寝転んでいる黒木の元へ行く。そして蹴飛ばした。
「オラァ! 起きろ! そして見ろ! この私の! 強さを!」
「痛い! ちょっと! もう少し浸らせて! やめて」
「え……キショ……」
ボスを倒した時点で幻覚は解けていたのだろう。しかし黒木は見せられていた幻覚の余韻に浸っていたと自白した。割とキモいところあるよなこいつ。俺はそう思った。
「しかし、ボス倒しちゃったなぁ〜。異域が閉じちゃう前に出るかぁ」
「その前にボスがなんか落としてないか探そうぜ」
異域で手に入る資源には、ゲームみたいに倒した敵が落とす物もある。特にボスはその傾向にあり、一攫千金を狙う者は少なくない。
しかしボスを倒すと異域は閉じてしまうので、異域傾向次第ではボスを倒さない方が得するとか……まぁその辺はハンター同士でも情報のやり取りをしたりする。なるべくボス倒すなよ〜って『機界』傾向の時には言われた覚えがある。
「おっ、これは……なんだ?」
ボスがドロップしたのは、何やらガラス瓶に入った液体のようだった。なんだこのまるでゲームみたいな落とし方は。異域だと稀にあるパターンだが。
「あれじゃね、回復薬……みたいなやつ」
メメリュが俺の拾ったガラス瓶を見て自信なさげにそう言った。まるでゲームだ……と言いたいところだが、確かにこの異世島には『万能薬』なんて言われる魔法の液体がある。その効能は、飲むか患部にかけるだけで病気や傷を治してしまうというもの。
当然そんなすごいアイテムだ。異世島どころかその外───地球の国々でも高値で取引されている代物である。
「へー。めっちゃレアじゃん。ラッキー」
「今回の異域は回復系の資源が手に入るから、結構それ狙いのハンターは多かったみたいなんだよな」
「ほんとは雑魚からも落ちてたってこと?」
「そういうこと。元々、確率は低いらしいけど」
黒木曰くそういうことらしい。ということは、このボスから落ちたこの回復アイテムの効能は結構期待できるものなのでは? 入手難度が高いほうが性能も高いというのはお約束のようなものだろう。ボス産のアイテムは当然、性能が高いものだろう。
「これさ、敵の強さによって性能上がったりするの?」
「なんか、するらしいよ。強さとは限らんらしいけど」
ウキウキし始めた俺にメメリュが割と平坦なテンションでそう答えてくる。なんでコイツは興奮しないんだ? どう考えても今回は『当たり』の部類だろ!
「いや……結構、それ狙いで絡まれるしさ。そもそも私要らないし、そんな嬉しくないかな。面倒のが多い」
「要らないってなに」
「身体強化したら大体治るし」
この異域の敵は強いというよりは厄介だった。幻覚に囚われて抜け出せないハンターは多くいたように思う。
更にそんな雑魚を俺は何体か倒したが、回復アイテムを拾ったのはボスが初めてだ。つまりドロップ率はあまり高くない。
それなのに搦手でくるような敵を苦労して倒すくらいなら、すでに手に入れている他のハンターから奪う方が楽なのだろう。
メメリュが言っているのはおそらくそういう略奪対象になるから、という話だ。
「そもそも、大体がガラス瓶に入ってるから私の動きについて来れないんだよ。割れる」
そして狙われたとしても撃退すれば良いだけなのだが、メメリュのように激しく身体を動かす戦い方をするには、ガラス瓶というのは扱いにくい。
「なるほどなぁ。高く売れる物ならなんでも喜べるってわけじゃないのか」
「まぁその前に身体強化すれば大体治るという発言を拾って欲しいが……」
俺とメメリュの会話に対して黒木が何やら不満げにそう言うが、メメリュと同じ体の俺もそうなのでわざわざ拾う事柄でもないのだ。
「まぁ今は三人いるし、慎重に持って帰ろうぜ。いやぁ、いくらになるかなぁ」
とりあえず一番割りにくそうな黒木に手渡して帰路につくことにした。ボスを倒したのでまもなく異域は閉じるだろう。まもなくと言っても数日掛かる事はあるが。
「待て」
と、歩き出したところで横合いから声をかけられた。なんだ? と声のした方を向くと、何やら銀髪で目つきの悪い男が雑魚のっぺらぼう人形を何体かを投げ捨てていた。
見たところ他に仲間はおらず一人のようだが、一人で幻覚から抜け出して人形を破壊していたらしい。
「あ? 誰だよお前」
メメリュの反応は早く、一瞬でその男に向かって凄んだ。あまり興味がなくぼんやりと銀髪男を見ていると、黒木が俺をつついてきた。
「なんか、見たことある気がする……」
そう? 俺はないなぁ。
「その回復薬を、置いていけ」
「おっ、出たぞミィロ! 黒木! ああいう輩がすぐ沸いてくんだよ! 殺すか」
「ちょっと待ってくれメメリュ! なんか、こう! ミィロの時と同じような感じするんだ!」
へぇ、なるほど。黒木はあの男がもしかして中学の同級生かもって言いたいのか。しかしメメリュにそんな配慮を求める声は届かない。
「死ねオラァ!」
速攻でバットを掲げて突撃する。対して銀髪の男は、ぶっきらぼうにポケットに突っ込んでいる両手を出すことすらせず、そのまま首あたりでメメリュのバットを受け止めた。
ボゴァ! と、まるで泥の詰まった袋を思い切り叩いたような鈍い音がここまで響いてきた。おいおい、死んだよアイツ。と思っていたら、平然とした顔で銀髪男が返す刃でメメリュのお腹をぶん殴った。
メメリュの体重は、本人の膂力に対してあまりにも軽い。なので自分よりもウェイトがある相手に殴られると結構吹き飛ぶ。
というわけで、俺達のところまで吹き飛ばされてきたメメリュは地面でブレーキをかけながら、反撃された苛立ちに歯軋りを立てながら獣のように唸り声を上げた。
「アイツ、メメリュの一撃に普通に耐えたぞ」
それはそれとして俺は驚愕した。
銀髪男は首を手でさすってはいるものの、まるで蚊に刺された程度のダメージしか通っていないように見える。あの一撃には、かなりの力が込められていたように感じたが……。
「ちっ、あいつ……」
メメリュがバットを構え直した。
「首の後ろにデバイス付けてるな。変わった身体強化を使いやがる、クソ硬いぞ」
そうなの? と思って銀髪男の首あたりをじっと見ると、正面からはよく見えないが首の後ろあたりに金属のようなものがくっついているのが僅かに見えた。
「争う気はねぇ。黙ってその回復薬をくれればいいんだ」
「はぁ!? 誰がやるか!」
銀髪男は傲慢な態度でそう言ってくるので、「何を偉そうに」と俺も苛立ってきた。黒木が俺を羽交締めにしているのはそれを察したからだろうか。
メメリュが黒木を突き飛ばして俺を解放する。そして、俺とメメリュは二人で構えた。
「あんな生意気な奴は、分からせてやらねぇとな」
「行くぞミィロ! フルボッコだぁ!」
「ちょっと待てって二人とも!」
もちろん、待たない。
二人で同時に飛び出す。流石に身の危険を感じたのか、ポケットから両手を抜いた銀髪男が魔力を大量に開放した。
「発動、『金剛』!」
チィィィン! 駆動音と共に、身体強化特有の光が銀髪男の身体へ浸透する。しかしただの身体強化とは違うらしい。雰囲気でそれは分かるが、俺とメメリュにはあまりそういうのを警戒するとか慎重に行くとか、そんな精神はなかった。
「「身体強化フル!」」
チュィィィィン!
キュィィィン!
メメリュが後ろに回り込み、俺は正面から突っ込む。三者の駆動音が辺りに響き渡り、「みんな止まってくれぇ!」という黒木の声が遠く聞こえる。
メメリュのバット、俺の蹴りが銀髪男に強襲する。バットが頭、俺の足が横腹に突き刺さるが、銀髪男は意にも介せずこう言った。
「黙ってよこせと、言っただろ!」
ちなみに俺と銀髪男が触れ合った瞬間、稲妻のように脳裏に同級生の姿が映ったが、俺も銀髪男もどうでもいいと言わんばかりにそれを振り払った。
メメリュの腹に蹴りを入れて吹き飛ばし、俺に対しては拳を腹に突き刺してくる。
「!?」
その拳で俺とも距離を取るつもりだったのだろうが───殴られた瞬間に逆方向から弾を自分にぶち当てた俺を離す事はできず、その感触の重さから僅かに驚きを顔に浮かべており、俺はその表情を見てニヤリと口角を上げた。
「終わりだなァ、金田ァ」
「……ッ! 鏡音ェ!」
続けて左肘を俺の顔面にお見舞いしてくれる。あのメメリュの一撃に耐え、かつやり返すほどの身体強化……喰らって分かる。確かに中々のパワーだ。しかし俺を倒し切る事はできなかった。
右拳を握り込み、俺は叫んだ。
「綺羅星!」
*
「やりすぎだよ」
あの後、一発でノせなかったので数発くらい綺羅星を叩き込んで銀髪男こと金田くんは撃沈した。
慌てて介抱をするために走った黒木が、俺を責めるように言うが先に喧嘩を売ってきたのは金田の方なので、あいつが悪いと思います。メメリュなんて二回吹っ飛ばされたし。
「あいつ結構上手かったぞ、体重差に気付いて足が浮くようにやってくる」
「金田っていわゆる不良って奴なんだけどさ、結構喧嘩強かったらしいんだよね」
吹っ飛びはしたものの、ピンピンとしているメメリュが感心したように言った。今は俺が金田をボコボコにしたおかげで機嫌が良いのだが、もしそうでなければメメリュが金田を本気で殺していたと思う。だからむしろ、黒木は俺によくやったと言うべき。
「良かった、生きてる」
「そりゃ無闇にころさねぇよ」
「絶対、結果論じゃん」
「固ったいもんそいつ。メメリュなら殺してたと思うから絶妙に半殺しにした俺を褒めろ」
そんなふうに黒木とやり取りしていると、黒木の腕に抱かれてぐったりしていた金田がピクピクと動いた。しぶといな。メメリュがトドメを刺すためにバットを肩に担いだので、流石に止める。
「く、黒木……頼む……回復薬を……」
「金田……ッ! お前の悪い所だ! 何のために必要なんだ! 言え! 変にカッコつけて、黙っていたら何も分からないだろう!」
「……黙れ」
黒木と金田の口論を聞きながら、メメリュがどうでも良さそうに聞いてくる。
「仲良かったの?」
「さぁ……黒木はまぁ、誰とでもそれなりに……?」
ふぅん。とメメリュは言って、トコトコと黒木のところまで歩いていく。そして、俺達から預けられてしっかり仕舞い込んでいたボスの回復薬を黒木の腰のポーチから勝手に取り出して、倒れている金田の腹に落とした。
「!? なん、だ?」
「やるよ。ミィロにボコられてる姿面白かったし」
初めて見るレベルの太っ腹ぶりに、俺と黒木が顎が外れそうなくらい口を開いて驚愕する。一体どうしたというのか、俺はメメリュの額に手を当てて、熱を測った。
「まさか顔が好みだったのか?」
「は? 何言ってんだよ」
もしくは金田(異世島仕様)の顔があまりにも性癖にドストライクだったのだろうか? と真剣な顔で聞いてみるが、メメリュは本気で不思議そうな顔でそう答えてきた。
「別にあんたらの知り合いだし、別に要らないんだからくれてやってもいいじゃん。わざわざボスレベルのやつを欲しがるくらいだし」
どうやら本気で慈悲を与えるらしい。メメリュにしては意外な行動ではあるが、まぁ彼女が良いのならそれで良いのだろう。とはいえ儲けがなくなったことに関しては一体どうする気なのだろう。
「……悪いな。借りは、いつか必ず返す」
金田はそう言って、メメリュから渡された回復薬だけを持ってその場から去った。「思ったより元気だな」俺は5〜6発も綺羅星を直撃してピンピンしてる金田の防御力の高さに感心する。
「黒木、気になることあるんだけどさぁ。ミィロって友達居たの? 知り合いをあんなボコボコにできるコイツ、ヤバくない?」
「一応、すごい仲が良い幼馴染がいたけど……」
メメリュにヤバいって言われるのはなんかモヤっとするんですけど?
ちょこちょこ、その他人の知り合いにトドメ刺そうとしてませんでした?
結局、手に入れた回復薬は金田にあげてしまったので今回は儲けがほぼなかった。ほぼ、というのは、一応のっぺらぼう人形の破片を『資源』として換金できたからだ。しかし、回復薬で稼げたはずの金額と比べるとあまりにも少ない。
「まぁでも私は黒木の友達を、友達を助けてやったからなぁ!」
メメリュへ「稼ぎを家に入れろ!」というのが今回の発端だったが、文句を言っていた黒木も恩着せがましくそう言ってくるメメリュに対して流石に言い返すことはできなかった。
*
銀の長髪、頭部に三角耳、下手な男よりもデカい身長に女性的な部分も……デカい。そんな彼女が歩いていると、それはもう当然の様に目立つ。
目立つ理由はもう一つあって、それは彼女自身が有名人だからだ。
異世島治安局。
共生する人々の価値観が煩雑しているがゆえに非常に難易度が高い、異世島の治安を安定させるための組織。
『銀の彗星』
特徴的な銀色の髪と、高い身体能力に巧みな身体強化を使いこなす事で発揮されるあらゆる攻撃の速さから名付けられた……とある日本のアニメに影響を受けた何者かがいつの間にかそう呼んでいた渾名。
まぁそれは傍に置いて、銀の彗星こと銀波はハンターズギルドからの情報と要請によってとある現場へ急行していた。
情報とは『現在出現中の異域から産出される資源』について。
要請とは『回復資源を巡り非ハンターへの加害を確認された為、その鎮圧』である。
ハンターズギルドとしてはハンター同士の諍いにはなるべく首を突っ込まないのだが、非ハンターへの影響があった場合はそうはいかない。
とはいえ、色々なしがらみもあるので治安局に通報するのは習わしであった。
偶然、現場に近い為に銀波が出動しているのだが、早速彼女は争いの痕跡を発見した。痕跡、という言い方になったのは、既に事が済んでいたからだ。
人が五人ほど、倒れている。誰がハンターで、誰が非ハンターなのかは銀波には区別がつかない為、とりあえず全員を拘束しておく。見事に気絶しているので苦労はなかった。
倒れている彼らのことは後から現着する他の治安局員に任せるとして、銀波は追いかけることにした。
まるで道標のように、血痕が一筋。ここからどこかへ向かっているのだ。
血痕の先にたどり着いた時、銀波は思わず言葉を失った。咄嗟にかける言葉が思いつかなかったのだ。
銀色の髪をくしゃくしゃにして、服の破れた隙間からは酷い青あざがいくつも見える。顔からも体からも色んなところから血を垂らして、骨もいくつか変な方向に曲がっている。
そんなボロボロの姿の少年が、空の瓶を片手に立ち尽くしているのだ。手に持った瓶は特徴からして異域から産出される回復資源だろう。装飾から、かなり位の高い物だと分かる。
そして瓶の中身らしき液体は、少年の足元に……足元に寝そべる一匹の犬を濡らして水溜りを作っていた。
既に事切れている老犬の口から溢れているのも……体全体を濡らしているのも、同じ回復資源の液体だろう。
彼が何を目的に回復資源を使ったのかは想像に難くない。そしてその結果も───。
これが治安局の銀波と、何も持たない元日本人・金田との出会いだった。
TIPS
同郷の知り合いを「綺羅星」とかいう割と強力な魔法でボコボコにしているミィロを見て、単純な同情、逆恨み対策等の自身やミィロの身の保身、普通にちょっと引いてテンションが下がっていた、等
途中で回復資源の所有に関しての面倒について言及をしていたものの、それに加味して上記の理由があった為に、メメリュは回復資源を手放したようです。
ちなみにミィロは、メメリュが普通に二回ほど殴られてムカついてたし、そもそも金田くんの「金剛」が異様に硬かったので手加減が難しかったらしい。あと勢い。
最後に銀波さんが見かけた金田くんの負傷は、全部ミィロにやられた傷。




