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二十話 ジャーク様を崇拝する会


 前回のあらすじ


 卑劣なる罠によって魔法の杖(マジカルデバイス)《ハンズ・オブ・グローリー》をジャーク様に盗まれたミィロは、邪教の詐欺行為の片棒を担がされることになってしまった。




 *




 デバイス制限区域。

 それは異世島内において文字通り安全地帯と言える。マジカルデバイスという、人を簡単に傷付けることのできる力が平気で出回っている異世島を作った神様的な存在も、流石にどこでもこんなのが使えたら治安が悪くなる一方だと考えたのだろうか? いくつか制限区域を設けることで、主にそこで商業等が大きく発展するし、人が集まり繁殖することによる社会の発展もある。


 例えば俺やメメリュが住んでるような無法地帯よりも、制限区域が密集している地域の方が人口は多い。


 なぜならば、デバイスを扱えない地域においては人間達(獣人や機人も含む)の能力に大差が生まれない。安全、安心とは力の均衡から生まれてくるのだ……。




「こんにちはぁ。今お暇ですかぁ?」


 まぁそれはさておき、俺は今キャピついた笑顔を浮かべて道行く人に話しかけていた。一人、俺の可憐な容姿に引っかかり足を止めた男が居た。俺は即座にチラシを握らせ、ニコリと満面の笑みで見上げる。


「へぇ……なになに……ウォーターサーバー? こういうのって普通、実機を置い───」


 グッと、俺は男の手を握った。可愛らしい容姿に、メメリュと違い中身も可愛らしい俺に手を握られて少し頬を赤くした男だが、一瞬後に強い違和感を覚えたのだろう、顔がひどく強張った。


 ぐぐぐ、と。男が手を離そうとしてくるが、俺の握力からデバイスの使えない普通の人間が逃れることなど不可能に近かった。


「え……?」

「嬉しいですぅ、興味を持っていただいてぇ」

「いや……手……」


 スッと、坊主頭にアホみたいな剃り込みが入った顔つきが胡散臭くて目つきの悪い男が俺の前に割り込んだ。


「お客さん……困りますよ、ウチの若いのに手を出されちゃあ……」

「いや、あの、手……」

「そんな、私があまりにも魅力的だからって!」


 ヨヨヨ、と俺は泣きべそかいたふりをしながら握り潰す勢いで男の手を離さない。ジャーク様に慈悲を頂く会の新入りである剃り込み男ヤッキが、ビキリと額に青筋を浮かべて凄んだ。


「ワレ───ッ! なんちゅう真似をしてくれて───」


 バコォ! とヤッキが黒木に頭を殴られた。


「やり方が違う! いや、まるで俺も加担してるみたいになるけど! ジャーク達に言われてるのとなんかノリが違うって! いや違ってたら怒るとかそういうわけじゃないけどさ!」


 ペラペラと忙しい奴だな。

 俺は仕方なく男の手を解放した。すると彼はそそくさとこの場を去る。ヤッキが頭を抑えながら、怪訝な顔をした。


「ちょっと待って下さいよクロキ先輩。俺はミィロ先輩の指示通りにちゃんとやりましたよ」

「先輩扱いされたくないが、いやそれは今は置いておいて、お前らのやり方どうみてもヤクザの因縁の付け方じゃん。ジャーク達のエセ宗教詐欺に引っ掛けるアレとは違うだろ」

「さすが黒木パイセンだ、詳しい」


 俺が揶揄うと本気で嫌そうな顔をする黒木。難しいことはよく分からないヤッキくんは、うーんと何かを考えているフリをして腕を組んだ。


「まぁ、クロキ先輩が言うなら。申し訳ないっス!」

「こんな組織で得たくない先輩としての嫌な信頼だ」


 まぁというわけで、今俺たちはジャーク様の元で詐欺被害者を作る仕事の真っ最中だった。しかしジャーク様の顧客にあたる属性の人達がいかなる人種なのか、俺にはよく分からないのでとりあえずノルマをこなそうと手当たり次第攫っていく予定だったが、こんなことでも変な真面目さを出す黒木に妨害されているのであった。


「ミィロ先輩、アイツとかどうすか。人混みから一人外れて、目立たない感じするっス」

「お、いいね。後ろからサッと攫ってくるわ」

「やめろ!!」


 ガッ! と、黒木が俺の両肩を掴んで真剣な顔を近づけて来た。なんだ? ナンパか? 殺すぞ。俺に男と寝る趣味はねぇんだよ、しかも前世を知ってるテメェがそれを───


「ミィロ……いや、鏡音。落ち着いて聞いて欲しい」


 ナンパではなかったらしい。黒木はいつになく真剣な顔で続けた。


「お前は、異世島に来て、メメリュとか他のハンターとか、その辺のゴロツキとか、ヤクザみたいな人達とか、メメリュとか、その辺の人達との付き合いが増えて少しおかしくなってるんだ。落ち着いてくれ。日本にいた時を思い出すんだ。あの頃の鏡音は、短気は変わらないけどもう少しモラルがあって正義感も持ち合わせていたはずだ!」


 まるでケツをバットで殴られたような衝撃が俺の心を突き抜けた。そうだ。確かにそうだった、かもしれない。

 俺はもう少し、人を慈しみ、信じていた。いつからこうなってしまったんだろう。俺は反省した。


「俺が間違ってたよ黒木。俺、俺は、もっと人を信用すべきだったんだ……!」

「鏡音……!」




 *




「うーん。状況を聞く限り、難しいよね。君が置いてたものを拾ったわけで、盗んだとも言い難い。てか君はもうその人達に協力はしちゃったの? これは自白かな?」


 治安局はダメだ。日本と違い、占有離脱物横領罪は異世島にないらしい。俺は逃げるように治安局を去った。


「うんうん。それはミィロちゃんが悪いわ。普通、大事なものをその辺に置かないでしょ? それに相手はハンター? まぁ仮にそうだとしても、自己責任かなぁ」


 ガゥダーさんに聞いた俺が馬鹿だった。俺は別のギルド職員も捕まえるが、困った愛想笑いを浮かべられるか、見るからに馬鹿にされるかのどちらかだった。




 俺は途方に暮れた。

 俺が悪かったのは分かってる。木のウロの中に置いて、そこをジャークのボケに掠め取られたのが悪かったのは分かってる。

 後ろからついてきている黒木が複雑な表情をしていた。日本のような優しさを周囲に求めた俺が異世島の現実に打ちのめされる姿を見て、自らけしかけた身としては流石に悪いと思っているのだろう。そうだ。お前が、俺にわずかな期待を持たせたのだ。



 だが最後に一人、俺が頼れる人間は残っていた。




「は? そんなん、ぶん殴って奪い返せばいいじゃん。なんか悩むとこある?」


 メメリュはからんとした声で言い切った。うんうん。確かに。俺は頷いた。




 *




「おお、ミィロくん。どうかな進捗は───」


 ボコォ! と、俺の全力パンチがジャーク様を崇拝する会のメンバーの一人の腹にブッ刺さる。「おごぁ!」と汚い吐瀉物が口から撒き散らされ、俺はそれを華麗に避けた後、地面に崩れ落ちたそいつの懐からデバイスをかっぱらった。

 異世島における戦闘で最も重要なのは不意をつくことだ。例えば俺なんかはそれで痛い目を見ているので、常にデバイスを励起状態にして身体強化パラメータを即座に発動できるようにしている。

 結構消費魔力が大きいので、俺やメメリュのように魔力が余ってる奴にしかできない戦法だ。まぁそれは置いておいて、油断し切ったやつの腹を俺の膂力でぶん殴ればたとえ無強化でも案外勝てる。



 俺は拾ったデバイスを軽く起動してみる。

 ふむ、一般的な物だな。大した性能はないが、身体強化パラメータブレードがあるならなんとかなる。

 そんなふうに実験していると、ジャーク様を崇拝する会とかいう馬鹿みたいな名前の組織の一員がもう一人、俺の前に姿を現した。


「な、何をしてるミィロ会員!」

「その呼び方はヤだからやめろォ! 『身体強化パラメータオン!」


 ギギギギ! 俺はデバイスに魔力を流すが、どうやらその魔力量が多過ぎたらしい、デバイスの術式回路に過剰な負荷がかかってしまう。しかし魔法は発動した……!


「っく! 『身体強化パラメータ』、『ブレード』オン!」

「おおおおっ! 『ブレード』オン!」


 このデバイスで術式二つを起動するのは、俺の魔力操作精度ではリスクがデカそうだ! だが───ッ!


 ガイィィン! 甲高く金属音にも似た『ブレード』衝突音が響く。流石にブレードを振り回す相手に身体強化無しは怖い。こっちのブレードは俺が苦手なのでめっちゃ短いし。


 そんなわけで、もはや術式の二重起動は仕方ないと言える。だが


 ───ギギッ、バチバチ。


 負荷が過剰に掛かったデバイスから嫌な音と火花が散る。これは長くは保たなそうだ。そしてデバイスに気を取られた一瞬、鍔迫り合いをしていた力がふっと抜けて前によろめく。


 目の前にいた奴が姿を消した……いや、後ろだ───ッ!


「ミィロ会員! 君は身体強化パラメータが雑い!」


 突き出されたブレードをなんとか躱す。すると、既に空いたもう片手を握り込み俺に向かって拳を突き出そうとしている。だが体勢と拳の距離を見るに、躱すのは容易い……俺はカウンターを入れるため心構えをして───頬を拳で打ち抜かれ後退した。


「な、なにぃ! 拳が加速しただと!?」

身体強化パラメータはデタラメに全身を強化していればいいというものではない!」


 三下みたいな台詞を吐いた俺に、アドバイスをくれるジャーク様を(略)メンバー

 しかし身体強化が雑いというのは、よく言われていることだった。どうやら身体強化が上手い人はあえて強化する部位を指定し、かつ魔力で濃淡を付けることでより効果的に身体能力を高めるらしい。


 俺は苦手なので蛇口全開のブッパなのだが、それはいつものデバイスだからこそ許される所業でもあったらしい。今手に握るデバイスの術式回路の強度では、普段通りの強化が得られない。その前に壊れてしまう。


「なんのつもりかは知らんが……っ!」


 とりあえず俺の動きを止めるためか、ジャーク(略)メンバーのブレードが俺の太ももを突き刺そうとする。



 俺は、覚悟を決めた。



 展開していたブレードを消す。そして、ジャ(略)メンバーの刃をそのまま太ももで受けた。


「な、なにぃっ!」


 ジャ(略)メンバーの驚く声が耳に入る。なんとブレードが俺の太ももの皮膚を突き破ることは叶わず、表面で止まってしまったのだ。

 そのブレードを俺は素手で掴み、不敵に笑った。


「くくく、部位強化すればいいんだろ……?」


 まずは太ももに、その次に刃を握る手のひら。ありったけの魔力をぶち込み、一点集中の強化を行なった。


 バギャッ。

 しかし魔力を込めすぎてデバイスが壊れた。


 魔法の効果が切れる前に集中強化した手で思いっきり顎を叩く。糸が切れた人形のように崩れ落ちたメンバーのデバイスを盗み、俺は再び進み出した。




 *





「先輩、俺は見損ないましたよ。一緒にゴミを騙して金毟り取ろうって居酒屋で語り合ったじゃないすか」

「ちっ、ヤッキか……」


 後輩のヤッキくんが、突然反逆者になった俺を前に悲しそうに瞳を伏せてそう言った。ヌンチャク型のデバイスをブンブン振り回し、言葉とは裏腹に戦闘意欲満々だが。


「まぁでも実は、ちょっとヤリたいと思ってたんすよ。先輩、結構強そうだから」

「ほう……この可憐な乙女を捕まえてそうほざくか」

「俺、男女平等主義者なんすよ」


 互いに構える。面と向かって殴り合ったことはない。俺のデバイスはいつもよりも低出力……だが、俺は先輩であり、あいつは後輩だ。負ける道理がない!


 ヤッキが踏み込む、凄まじい加速、横に流れるように姿勢を変えて俺の脇腹あたりにヌンチャクの一撃───!

 しかし俺は右腕を強化して受ける。衝突音。俺の腕にビリビリと半端ではない衝撃が伝わるが、その程度で折れるやわな身体じゃない。


 と思ってたら顎をかち上げられた。どういう動きでそうなったのか分からない。ヤッキに油断はない、続け様に数撃を叩き込んでくる。


「いったいなぁ……」


 だが、俺をその程度で止められるわけがなかった。怯まず俺はヤッキの首を掴み、強く締める。流石のヤッキも慌てた表情を浮かべ、首を掴む俺の腕になんか色んな角度からヌンチャクを当ててきた。すると、一瞬力が抜けてしまったのか首を離してしまう。その隙を逃さずヤッキは俺から大きく距離をとった。



「っぱ、パないスね……危なかったスよ。なんでアレで動けるんすか、痛くないんすか?」

「まぁ、天使くらいの拳じゃないと俺は止められないぜ?」

「天使……?」


 首を傾げるヤッキに、俺は不敵な笑みを浮かべた。やべえ、こいつ思ったより強いぞ。俺はズキズキと痛む身体にイライラしながら、正面からではジリ貧に感じるので策を練ることにした。考えてみる……。

 ヤッキとの出会い、ヤッキとの思い出……。


『なんすか? 俺、バイト探してんすよ』


 デバイス取られて、とりあえずジャーク様の顧客探ししてた時にその辺の道端で出会った記憶。


『時給いくらすか?』


 なんか、外宇宙の電波とかどうでも良いんでお金いくらくれますか? とか聞いてきたあの時。


『マジすか、じゃあ働きます』


 適当ぶっこいて連れ帰った時。


『こんなにもらえるんすか、先輩あざっス』


 端金で喜んでた姿。




 ……。


「ちょっと待てヤッキ、もしお前に、もっと割のいいバイトがあると言ったら……どうする?」

「へぇ……その話、詳しく聞かせてもらおうじゃないすか」


 ヌンチャクを肩に担いでニヤリと、不敵な笑みを浮かべてヤッキは言った。しかし当てがない。俺は手を差し出した。


「? なんすか?」

「ちょっと携帯電話持ってないか? 貸せ」

「ジャークさんに借りたやつならあるっすけど」


 ヤッキの仕事用携帯電話を受け取り、俺は黒木にかけた。


『もしもし? ヤッキ? そっちにミィロ行ってない?』

「俺がそのミィロだけどさ。黒木、ちょっと今すぐバイト探してきてくんない?」

『は? 意味分かんねぇよ』


 説明した。


『……分かった。とりあえずヤッキには、期待しといてって伝えてくれ』

「期待しとけって」

「マジすか。クロキ先輩の紹介かぁ、ミィロ先輩よりは期待できるっすね」

「は? なんでだよ?」


 というわけでヤッキを味方につけた俺は先に進むことにした。あと黒木が俺のことを迎えに来た。




 *




「来たか。やれやれ、せっかく楽しく遊ぼうという我の誘いを断ろうとはな」

「ジャークぅぅ……! テメェのしょうもねぇ詐欺に、俺は付き合ってられねぇんだよぉ〜! もっとデカい事をやるんだからよ俺は!」

「デカいとは?」

「それはまた考えるけどさ」


 ついにジャーク様の元に辿り着いた俺は、恨みを声に込める。しかしジャーク様は飄々とした態度を崩さず、俺を侮った態度を改めない。


「ヤッキ、お前はどうした?」

「いや、クロキ先輩が割りの良いバイト紹介してくれるらしいんで。ミィロ先輩と喧嘩するのはしんどいって分かったし」


 ふむふむとジャーク様は頷く。

 そしておもむろに股間から俺のスマホを取り出して、眺めた。俺は憤慨する。


「あ! 返せ! オラ!」

「魔力伝導効率の低さに必要魔力量の下限の高さ。そのどちらか片方だけでも常人には扱いきれない燃費の悪さ……そして、そのデメリットに対して余りある……術式の自由度。ミィロ程の魔力量と出力を誇る人間がこのデバイスを使えば、ヤッキ……お前ほどの奴でも簡単に負けるだろうな」


 突然ペラペラと話し始めるジャーク様に、俺とヤッキはポカンとする。なんか頭良さそうなこと言ってる。俺を迎えに来たのになんとなくそのまま流れでここまで連れてこられた黒木は神妙な顔をして話を聞いていた。


「ヤッキ、ジャーク様はつまり何が言いたいんだ?」

「あれミィロ先輩のデバイスでしたっけ? あれがすごいけど燃費めっちゃ悪いってことはわかったっす」


 ふっ、とジャーク様は鼻を鳴らした。


「ミィロ、お前は我の事を騙されやすい思考をしてる奴から金を毟り取っている詐欺師、と認識しているだろう?」

「そうだが」


 はっきりとそう答えると、ジャーク様はニヤリと口角を上げた。


「確かに、あのアルミホイルで作った帽子やワッシャーを使ったネックレスは日本のインターネットに繋いでSNSで見た情報を元に真似したものだが……」


 いきなり地球文明的な俗っぽい言葉を使わないで欲しい。少し笑ってしまった。


「彼ら自身の悩み、それは真なモノだとしたら……お前達はどう思う?」


 え?

 俺は素っ頓狂な声を出した。なぜならば、ジャーク様の顧客の悩みなんて俺はいちいち覚えていないからだ。

 ヤッキを見た。彼はぽけっとした顔をしているので、多分俺と同じだ。黒木を見ると、ちょうどハッとした顔して口を挟むところだった。


「まさか……本当に、『いるのか』?」

「なにが?」

「フフ……やはりクロキは、勘付いているか」

「だからなにが?」


 黒木とジャーク様は互いに目と目で会話しており俺を無視してくる。ムッとしていると、急にジャーク様は俺のデバイスを『操炎そうえん』で包み込みまるで手品のように消して見せて……俺を見た。


「あ! どこにやった!?」

「ミィロ、お前は己のデバイスを取り返しにきたのだろう? お前達『混沌の者(シェイカー)』に与えられし異世島の枷を……! いや、ミィロ、お前に限っては……」

「『ブレード』、『身体強化パラメータ』、オン!」

「『操炎そうえん』。せっかちなやつだ」


 ゴィィィン!

 ジャーク様の操っている炎と俺の刃がぶつかって妙な衝突音が響く。見た目は炎なのに、確かな実体があるし、妙に質量もある。


「ミィロ! その刃の短さ! 魔力を上手く維持できないのだろう? 『遠いからだ』!」

「ウルセェ死ねーっ!」


 身体強化をなるべく控えながら、刃を維持してジャーク様を四方八方から襲う。だが、ジャーク様の『操炎』は変幻自在に彼の周りを這い回る。俺の振るう刃を悉く防いで見せてきた。


「『アレら』は遠きよりこちらを見つめている! 彼らが感じていた『視線』とは真その通りである! まぁアルミホイルで防げるようなものではないが、やはり気の持ちようはあるものだ!」

「うなぁぁあ!」


 ジャーク様の『操炎』は炎の形をした触手みたいなものだ。それ自体に大した攻撃力はなく、だからなのか彼はこちらに攻撃する意思も見せず、巧みに『操炎』を操り俺の攻撃を避けていく。

 その間にも演説は続いていた。あまり聞いていない。


「望まれし者、異界より招かれし者、その何でもなく迷い込みし者。この異世島は混沌そのものであり、それこそが『アレら』の見たきものだ! しかしミィロ、お前は一際特殊なのだ! 『お前の身体はどこにある』!?」

「ええいうるさい! よく分かんないけど詐欺師野郎の言葉なんて聞けるか! そもそもなんでアルミホイルの帽子とか作って被せてたんだよ!」

「彼らの反応が面白いからだ!」

「なにぃ!? なに! いや! そ、そうか、そうかも!」


 俺はぴたりと動きを止める。攻撃が届かないからだ。俺は弱い……。ジャーク様のような、真剣に悩みを抱えた者を適当にあしらい揶揄うような輩にここまで弄ばれるなんて!


「て、テメェ……ッ! お前を信じてついて来たアイツらの気持ちを踏み躙るのか!」


 俺は義憤に燃えた。

 ジャーク様の言うとおりならば、彼らは本当に何かしらの『視線』に晒されているのだ。それをアルミホイルの帽子で誤魔化しやがって……! 黒木が「なんか急に被害者の人達の味方ヅラしてる」と、ボソリと小さな声で言った。


「彼らは敏感なだけなのだ。どうしようもない。我らには、それを避ける術はない。ならば心だけでも救われるべきだろうが!」

「戯言をォ!」


 ガィィィイン!

 俺の渾身の刃がまたも『操炎』によって防がれる。しかし織り込み済みだ。『ブレード』を解除。俺はデバイスをジャーク様に投げつけた。


「!? なにを」


 咄嗟に顔を捻りそれを避けるジャーク様だが、流石に突然デバイスを投げた行為そのものに気を取られたらしい。その隙が生まれる瞬間を俺は狙っていた。


 異世島において、魔法の力を扱う為にはマジカルデバイスが必要だ。それを手放し生身の状態になれば、デバイスを持った相手に文字通り手も足も出なくなるだろう。

 相手がそんなわざわざ無防備になるようなことをしてきたのだ。逆に何か意図があるのかもしれないと考えてしまうのだろう。


「クロキ先輩、あの人達何を口論してるんすか? 文脈おかしくないすか?」

「いや、多分ノリで喋ってるから深く考えるだけ無駄だよ」


 つまり何がしたいかというと、俺は自分のデバイスを取り戻そうというのだ。


 こうやって。


魔力ファルナ全開!」


 そう叫んで俺は闇雲に魔力を放出した。俺は『ブレード』の維持が苦手なくらい魔力操作が下手だが、身体の外に向けてただ大量に魔力を放射するくらいなら簡単に出来る。

 デバイスがなければ魔法は使えないが、まだ何にも変換されていない魔力を放出するだけならなんの界法ルールにも抵触せずに出来る。


「なにっ! ミィロ……! お前というやつは……っ!」


 ジャーク様が初めて驚愕に顔を染めた。

 俺のこのめちゃくちゃな魔力放射は、凄まじい量の魔力を消費するから普通の人はこんなことしないし、そもそも出来ないからだ。


 なぜ人はマジカルデバイスを二つ持てないのか。いや、『どういう理屈で』持てないのか。


 身体に宿り血液のように体内を流れる魔力を、デバイスに刻まれた術式に流し込み発動される魔法。その魔力が二つのデバイスに流れた場合、何故か急に魔法を発動することができなくなるのだ。

 二つのデバイスに流れてしまう原因は、純粋に距離だ。デバイスは自然と近くにある魔力を吸収する性質があるのだと『言われている』。

 まぁジャーク様が『操炎』で俺のデバイス隠したみたいになんか色々抜け道はあるんだけど、とりあえずそんな感じらしいのだ。


 俺の魔力が周囲に満たされていく。そして、その魔力はジャーク様や黒木にヤッキ達の……他人の管理下にあるデバイス以外の物に、吸収される。


 その中になんだか馴染みのある反応があった。


「そんなことが、可能なのか!」


 黒木の驚きの声を聞きながら、俺は走ってその反応のあった所を漁る。てか普通にその辺の棚に置いてあった。いうほど隠す気がない感じだった。

 あの一瞬でどうやってここに隠したんだろう。


「めっちゃ普通に置いてあるじゃないすか」


 ヤッキがそう言ってる。俺もそう思った。


「まぁ別に、見つかったらそん時はそん時だし」


 ジャーク様もいうほど執着が無さそうだった。ともかく俺は自分のデバイスを取り返した。その瞬間、全てがどうでも良くなって来た。

 俺は一度瞠目してからジャーク様を見る。


「揉める理由無くなったな?」

「フフ……そうだな……ならば、話だけを聞いていくがいい。どこまで話したか……。そう、視線の話と、ミィロ、お前は……」


 いや、とジャーク様は区切った。そして、口を開く。


「まずは視線の話をしようか。『アレら』とは───」



 興が乗って来たジャーク様は喋りすぎたらしい。急に世界から音がなくなった。



 そして、天使は降臨する。



 俺達は今ジャーク様を崇拝する会のアジトの中に居るのだが、その天井をすり抜けるように降りて来た白い人影。


 顔の半分を銀の兜に隠し、肘と膝の先も同じ銀の鎧に包まれている。身体はラインの出る白い布としか言いようのない服装で、太ももは大きく露出している。


 しかし今回現れた天使は、俺が見たことのある女性型ではなく男性型であった。均整の取れた筋肉が目立つ美しい身体だ。天乙女ヴァルキリーと呼ばれた女性型は実に女性らしい蠱惑的な肉体だったのに対し、男性型はまさに男性らしい蠱惑さを持っていた。


 太ももから生えた白い翼を折りたたみ、天使は地面に足をつく。ジャーク様はほくそ笑んでいた。


「どうやら喋りすぎたらしいな、ははは」

「そういうことだ。ジャーク・アダン。痛罰ペインペナルティである」

「……うわぁ」


 俺はよく知っているので一歩引いた。これ、聞いてた俺も巻き込まれないよね? 黒木とヤッキは突然の展開に目を見開いている。



 そうして始まったのはまさしく蹂躙であった。俺はメメリュがそうされているのを見たことがあったし、そもそも自分も食らったのでもはや今更って感じではあるが、天使によるペナルティを初めて見た黒木とヤッキはあまりの凄惨さに言葉を失っていた。


「ぅげぇぇ……!」


 黒木なんか胃の内容物を戻してしまった。汚い。ヤッキくんは冷や汗を拭いながら「っパネェ〜」と案外余裕そう。俺は飛び散るジャーク様の破片を拾ったりしながら半笑いである。


「腕、落としましたよ」

「悪いな……ミィロ……グボァ!」


 ジャーク様はさっき上半身だけになっていたが、割と元気だった。即座に回復されて五体満足。再び腹を拳で貫かれ血反吐を吐いた。

 しばらくすると死んだように地面に寝そべるジャーク様を見下ろし、平坦な声で天使は罰の執行の終わりを告げた。


「以後、絶対界法マスタールールへの抵触は避けるように。メメリュ・ガッキーネもとい鏡音色カガミネイロ、貴様も調子に乗らぬよう。罰の反省が見えないようなら、次回の罰に死刑デス・ペナルティもあり得るぞ」


 俺のこと認識してるのかよ……。ニヤケ面を慌てて真顔に戻し「あ、はい。わかりましたすみません」と速攻謝る。天使こいつらには絶対勝てないので逆らわないのがポイントだ。逆らう奴は馬鹿だと思う。


 そうして、天使さんはふわ〜っと天に帰って行った。二度と会いたくなかったが、自分がやられたわけではなかったので良しとしよう。

 チラリとジャーク様の方を見ると、魂が抜けたような顔で地面に横たわっている。天使による痛罰は気絶したり慣れたりとか、そんなことでは避けることのできない痛みを継続的に味合わされる。俺も経験者なのでよく分かる。


「あれが、天使……」


 黒木が口元を拭いながら真っ青な顔で呟き、ヤッキくんはいつの間にか姿を消していた。天使に絡まれるような奴と関わり合いになりたくないのだろう。俺もジャーク様と会うのはこれっきりにしようと思う。


「帰るか」


 ジャーク様はしばらく動かない気がするので、放って帰ることにした。帰路の途中、黒木が「天使が罰を与えにきたということは、ジャーク様は異世島の……」とブツブツ呟いていたが、俺は歩きスマホに夢中であんまり聞いてなかった。





 *





「ジャーク様、大丈夫ですか?」

「……ん? あ、ああ。やれやれ、少し喋りすぎたようだな」


 夜。

 ジャーク・アダンの時間だ。かつてはそれを支配していたが、異世島ここに来てからは自身も凡夫の一人となっている。


「ジャーク様の力が健在ならば、あんな天使ごとき……!」

「いや、流石にあの頃の我でも無理だな。ここまで手痛い思いをすることには、ならなかっただろうが」


 ジャークが唯一この異世島に連れてくることのできた腹心の部下が憤っているが、彼女は少々ジャークのことを過大評価するきらいがある。


 赤い肌に、角の生えた頭部。普通の人間とは違う容貌。『魔界アクマ・ゲート』の魔人である。

 その中でも彼は、異世島で生まれたのではなくまた別の世界から異世島に迷い込んだ存在だった。


「しかし、わざわざ隠すほどの事でもないことを天使まで使って管理するとは……相変わらずお堅い」


 ため息をつき、ジャークは身体を起こしてあぐらをかく。まだ天使による攻撃のダメージが魂に残っており、しばらくまともに動けそうにない。

 何百年も異世島にいて、初めての失態だ。


「ジャーク様、それほど面白い存在だったのですか?」

「ああ……あれは、中々『持っているぞ』。なにより、『アレら』の意志が介入したわけではないというのが面白い」

「……? は、はぁ……」


 ジャークは物知りだ。それは腹心の部下とジャーク自身からも評価されている彼女でも、理解の及ばない域までよく知っている。


「退屈しのぎに人間をからかって遊んでいたが、より面白いものに出会ってしまった」


 天使による罰のダメージは大きい、普通ならしばらく心が折れたまま立ち上がれないだろう。だがそれ以上に、長命種にとっての悩みの種である『退屈』を打破できる存在に会えたことが喜ばしく、ジャークの足はしっかりと地面を踏み締め立つことができた。


「ところで『ジャーク様を崇拝する会』はどうしましょうか?」

「デバイスの持たないミィロにあそこまでしてやられるなんて少々弱すぎるな、しばらく鍛え直すか」




 *




「最近やってたバイトの金はいつ入るの? そろそろ焼肉行かない?」


 帰宅した二人を笑顔で出迎えたメメリュは「おかえり〜」の後にそんなことを当たり前のように言った。それに対してミィロと黒木は顔を見合わせ「そういえば」とため息を吐く。


「貰い損ねた! あいつらのとこに取りに行くか!?」

「いやもう関わるのやめとこうよ……」

「でも働き損だろ!」


 やいやいと揉め始める二人にメメリュは事情を察して、笑顔を消すと気怠げにソファに寝転んだ。


「んだよぉ、なんかまたヘマしたの? あーそれか何? 私も行こうか……っ!?」

「ちっ……まぁそうだな、メメリュもいればあんな奴楽勝か……」

「あーもう面倒なことなるから待てって!」


 寝転んだかと思えばすぐにガバッとソファから起き上がりバットを握るメメリュに、腕を組んで真剣な顔で指を顎に置くミィロ。

 メメリュまでその気になってしまうと、黒木ではとてもではないが止められない。そこで口をついて出たのが


「また『天使』が出てくるかもしれないだろ!?」


 という言葉だった。それを聞いたメメリュは見るからに嫌そうな顔をしてバットを床に置き、またソファに寝転んだ。


「さすがミィロだ。天使案件なんてそうそう何度も出会えるもんじゃないのに」

「いや俺のせいかなぁ? あいつが勝手にさぁ」


 効果は絶大だった。




 今回目の前で見たスプラッタな拷問は確かにショッキングな映像ではあったが、ミィロ本人の時の話もそうだが『天使』が出てくることになった経緯があまりにもあっさりとしていたので、黒木は今まで『天使』に対して持っていた『全てを無に帰す理不尽』という印象がすっかり薄まっていた。


 しかしあのメメリュがここまで関わりたくない気持ちを滲ませるのは非常に珍しい。しかもこと暴力という面においてだ。


(てか鏡音の話だと、コイツも天使に刃向かったんだよな……)


 ジャークにもたらされた圧倒的な暴力。あのジャークも、なすがままに心の芯まで屈服させられていた。


 驚いたことに、あれと同等の暴力を受けて尚、ミィロは天使に殴りかかったのだという。それで興が乗ってメメリュも参戦したらしいのだが……。


 黒木は今日何があったのかについての話をしている二人を見ながら、コイツら痛みとか恐怖とか感じないのかな? と本気で疑問に思った。



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久しぶりのゴミカスども!やっぱりこうじゃないとね!
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