二話 ハンターというお仕事
「メメリュ、これは売れないの?」
と言うわけで早速やって参ったのは異域と呼ばれる不思議空間でございます。俺達以外にも多くの簒奪者がこの地を訪れており、互いに商売敵なのかどこか殺伐とした空気が流れている。
俺は、ふと見つけた剣のようなものを拾ってメメリュに見せる。彼女は俺からそれをぶんどってジロリと見た。そして、ゴミのようにその辺に捨てる。
「ゴミ。なんの魔力も篭ってない、ただの金属の塊だし。そんな資源持ち帰った所で重たいだけ」
「ふーん」
メメリュの手によって捨てられたそれをそそくさと回収する薄汚れた服の男を見つめながら俺はその様子を指差す。
「なんか勝手に持ってったけど」
「は? ああ、雑魚だからでしょ。あんまり旨味のいい資源手に入れたら他の連中から襲われてもおかしくないし、ああいう雑魚スケはあえてやっすい資源持ち帰んの」
……もうなんか既に嫌な感じなんですけど。異世島に住み始めてまだ短いが、既に治安の悪さは感じている。特にハンター達は脛に傷がついてもなれる職とあって、ガラが悪い奴等が多い印象がある。
「あぁん!? コラァ! これは俺らが先に見つけたもんだぞ!」
「何言ってんだドカスがァァ! ワレラの目は腐っとんちゃうんか!? どう見てもワシらの方が先見つけとったやろうが!」
すぐ近くからそんな怒鳴り声が聞こえてきて身体がびくりと震えてしまう。何事だ、と声のした方を見ると、何やら複数人の集団が激しく揉めている。
「ちょ、ちょ、なになに? めっちゃ喧嘩してるじゃん」
「んー? よくあることだよ。ちょっと見てく?」
メメリュの影に隠れながら揉めている一団の近くに行く。総勢五人くらい居て、全員男でみんな屈強な肉体をしている。
彼らの中央では二人の男が何かを掴み合って引っ張り合っていた。どうやら互いに別グループのハンターらしい。見ている感じ、三人組パーティと二人組パーティが揉めているようだ。
そして、彼らが引っ張り合っているのは……
「なにあれ? 剣?」
「へぇ、珍しい。ドラゴンに引っかかってたのかな」
さっき俺が拾ったボロい剣をすぐに捨てた時と打って変わって、メメリュは目を丸くしてそれを見つめていた。
確かに状態は先ほどの剣よりも綺麗だが……。
「あれ魔剣だよ。ああいうのはマジカルデバイスの材料になる」
そう言ってメメリュはその辺の石を拾った。そして俺にこの場で立っているように肩を抑えてくる。首を傾げているとこう言った。
「異域内での揉め事は基本ハンターの自己責任だけどさぁ。ある程度の『マナー』ってのがあるわけ。だから、私はあれが欲しいけど……あんな揉めてるところから強奪するのはあまりにも良くない」
そう言い残して、メメリュはコソコソとどこかへ行った。
置いてかれた俺はぽかんとしながら、未だにギャーギャー揉めている男達を見つめる。今にも殺し合いをしそうな勢いになってきている。というか、魔剣を握っていないそれぞれの仲間はマジカルデバイスっぽいものを握って臨戦態勢に見える。
ここにいたら危ないんじゃぁ……。そう思いながらビクビクしていると、揉めている彼らを挟んで向こう側にメメリュがひょこっと顔を出して、こちらに何かしらの合図をしてきた。
魔剣を指差す。そして抱え込むジェスチャー。
「?」
俺は首を傾げた。
パクれってこと? さっき、マナーがどうこう言ってなかった?
直後、メメリュが石を凄まじい勢いで投げた。その石は魔剣にぶち当たり、掴んでいた二人の男の手から弾かれて吹き飛ぶ。そして、吹き飛んだ魔剣は俺の腕の中に偶然スッポリと収まった。
「え?」
ジロリと、揉めていた連中の視線が俺の元へ集まる。すぐに顔を上げるが、既にメメリュの姿はなかった。
「おい……っ、嬢ちゃん。悪いことは言わねぇ……それを、置いて去ねや……」
ドスの利いた声でめちゃくちゃ脅してくるので内心で悲鳴を上げた俺はすぐに魔剣を手放そうとするが───
「あっれぇ〜⭐︎ミィロってばやるじゃあん! それ魔剣じゃないのぉ? いいもの拾ったねぇ〜」
いつの間にか俺の側に戻ってきたメメリュに肩を強く掴まれてそれは叶わない。怪しい満面の笑みを浮かべるメメリュを見上げ、我ながら血の気が引いてきたのを感じながら恐る恐る元々この魔剣の処遇で揉めてたハンター達を見ると、全員が額に血管をビキビキ浮かばせていた。
「おい、クソガキ。それは俺たちが先に見つけたんだ……分かるだろ? マナーは、守らなくちゃ、なぁ?」
「ハァ? 俺たちだって言ってんだろ。まぁ少なくとも嬢ちゃん達じゃねぇんだわ」
凄んでくる総勢五人。対してこちらは二人でしかもか弱い女子である。俺は怖くて涙が出てきた。だっておっさん達、すげえ殺気放ってんだもん。こんなの日本で生きてきて浴びせられたことないよ。
「? よく分かんなぁい? 証拠は?」
対して余裕の表情ですっとぼけるメメリュ。しかしその態度に反して、手に持つバットを肩に抱えて挑戦的な笑みを浮かべて唇を舐め始める。
すると、彼女を見て、男達の一人が何かに気付いた。
「あっ! こ、こいつ……メメリュだ! 『鬼子メメリュ』!」
「!? なんだと?」
「こいつが!?」
「双子だったのか!?」
ざわつき始めるハンター達。どうやらメメリュは有名人らしい。でもニュアンス的に悪い方向性な気がしてしょうがない。
「だったら……もうやるしかねぇだろ!」
「ちっ、このクソガキがっ! 横取りしやがって!」
何故ならメメリュに気付いた瞬間ハンター達が俺達にマジカルデバイスを向け始めたからだ。彼らのデバイスから僅かに駆動音が響く、おそらくは『身体強化』。魔法戦闘の基本だっ───!
そして、何人かのデバイスの先端からは光の刃が飛び出した。『刃』の魔法、広く使われている基本的な魔法の一つ! あれに斬られたら死ぬ!
「ミィロちゃぁん。武器、構えときなよぉ〜?」
俺の肩を離し、メメリュは舌舐めずりしながら前に出る。俺は後退った。ちょっと待ってくれ、いきなり巻き込まれる感じ?
「死に晒せぇ!」
「オラーッ! クソガキがァ!」
「舐めんじゃねぇぞ!」
一気にこちらに向かって走り出すハンター達。
「死ぬのはテメェらだオラァァァァァァ!」
メメリュは彼らにも負けず劣らずドスの利いた声で叫び一人走っていく。
そして、まず先頭の『刃』をバットで受けた。メメリュのバットはデバイスだ。「チュィィィ」と駆動音が響いてバットが僅かに輝くと、メメリュの身体能力が強化される。
───メメリュは元々並外れた身体能力を素で持っている。それが強化されると、どうなるか。
一蹴。
メメリュが相手の武器を受け、弾き、蹴り飛ばし、振り回し、ぶち当たり、めちゃくちゃな戦い方だというのに、凄まじい膂力で強引に突破していく。
バターーン! と、俺の方に一人飛んできた。メメリュのような女の子にやられたとはいえ、ハンターは異域で強大な化け物(この前のようなドラゴンみたいな)と戦うことを生業にした者達。そのガッツはメメリュにのされた程度で怯むものではない。
つまり、俺に襲いかかってきた。
「ぎゃあああああ!」
俺は無我夢中で、スマホ型デバイスを前に掲げる。
チュイイイィィィ!
マジカルデバイスの特徴の一つである、起動時の駆動音。甘美な音色を立てて、俺の脳裏に『魔法』を教えてくれる。
「た、頼むぞ! 『結界』!」
俺の魔力を吸い取ってスマホ型デバイスの画面が輝き、『protection』と光の文字が踊る。
文字は形を変化させ、膜のように広がり光の盾を構築した。ハンターの一人が俺に向かって振るっていた『刃』はそれに阻まれ動きを止める。
『結界』と『刃』が鍔迫り合ってバチバチと光の粒子が飛び散る。結界が破られる感触はない、このまま耐えておけばメメリュが助けてくれるだろう。当のメメリュはこちらを見てこう言った。
「お馬鹿! 攻撃もしないと勝てないぞ! 早くなんでもいいから攻撃しろ!」
なんで俺が勝たなきゃいけないの?
と、疑問には思ったが前を見ると凄い形相でこちらを睨む男の姿。日本で生まれ育った俺とは、生きてきた治安が違いますという強面っぷりだ。
俺は縮み上がった。もしこの『結界』が破壊でもされれば、一体俺はどうなってしまうのか。
「ええい! ままよ! 『星弾』ァァ!!」
結界に次いで生成された俺の魔法。というより俺の魔力を使って、マジカルデバイスが生み出した魔法。
正面にチカチカと輝く光球が現れ尾を引きながら飛ぶ。俺の目の前で人殺しの顔をしたおっさんハンターのお腹に真っ直ぐに突き刺さり、弾ける。まるで花火だ。
「ぐああぁぁぁ!」
吹っ飛んでいくおっさんハンター。偶然にもメメリュの足元くらいまで滑っていき、メメリュはもののついでとお腹をグリっと踏む。
「よしっ、ミィロ! 逃げるよッ」
そのままお腹の上で思いっきり踏み込み、おっさんハンターの喉から潰れたカエルのような声が出てくると同時にメメリュの身体が加速して俺にタックルしてきた。いや、俺を抱えて離脱するつもりらしい。
もちろん、俺の手には争いの大元である魔剣が握られたままだ。
「テメーッ! クソガキどもォ! 覚えてろよドカス!」
ハンター達の怒りの声が耳に届く。俺は凄いスピードで離れていく彼らをみながら涙目でとりあえずごめんなさいと内心で謝った。
「ハァ〜!? 私達は落ちてたものを拾っただけですぅ〜! お前らが持ってた証拠なんてどこにあるんですかァァ!? 油断してるのが悪いんだよ雑魚ォ!」
凄い勢いで逃げながらドチャクソ煽るメメリュに肩で抱えられながら。俺はとんでもない奴に拾われたのではないか? とか、とんでもない奴そっくりの見た目だけどこれ大丈夫? とか、色々思うことはあったけど、メメリュに逆らうのは怖いのでただ大人しくしているのであった。
*
「売れた売れたぁ〜どうする? この金で何食べに行く?」
ニコニコとその可愛らしい顔を満面の笑みに変えて、べべべべ! と魔剣から姿を変えた札束を凄まじい勢いで数えるメメリュ。
俺はどこかげっそりとした気持ちで、一度ため息を吐いた。
「あのさ……なんか、マナーがどうこう言ってなかった? あれ、強盗じゃん」
「ハァ? 人聞き悪いよ。アイツらが落としたのを、あんたが拾った。じゃあもう私らのもんでしょ」
首をこてんと傾げて、真剣な顔でそんなことを言ってくるメメリュ。とはいえ色々と緊張する場所から抜け出した今、俺の腹は突然グゥと鳴ってしまう。それを聞いたメメリュはニコリと天使のような笑みを浮かべ、俺の手を取り走り出すのだった。
「スシ食おう! スシ!」
「こ、ここに寿司あるの……?」
たどり着いた店で出てきたのはドラゴン寿司だった。
しかも多分、俺を一度焼き殺したあのドラゴンのものである。
「このドラゴンは採れたてピチピチだぜ」
寿司屋の大将の顔の上半分はモニターみたいな機械で出来ており、なんていうかサイボーグみたいになっていた。ドラゴンとか魔剣とかいう世界観からいきなりサイバーパンクである。なんなんだよ異世島。
グニグニ。
ドラゴン寿司はどこか筋っぽいし……。味も微妙だな。野趣溢れすぎてる。
「まぁまぁいけるな」
横のメメリュは満更でもなさそうだ。
……同じ肉体に見えるが、それは外見だけなのだろうか? 俺は自分のメメリュそっくりな体を見下ろし、ぽやりと思った。
「てか何、お二人は双子? めっちゃそっくりじゃん」
目に当たる部分のモニターに驚いた顔文字を表示させながら寿司屋の大将がそう聞いてきた。
「妹みたいなもん」
メメリュはドラゴン以外のよく分からないものが乗った寿司をバクバク食べながら適当な感じで答えた。
俺もメメリュとの関係をどう説明すべきかは悩んでいた。しかしまぁ本人がそう言うのなら、じゃあそういうことで……。
「大将、ドラゴン肉もうちょっと熟成とかしたほうが美味いんじゃない?」
色々と話す内容に困った俺は適当なことを言った。大将は目を丸くさせ(モニターに○が写った)、「なんだそれ?」と聞き返してくる。
「でも俺っち明日はラーメン屋開こうと思ってるんだ」
……異世島には変な人(?)しかいないの?
*
「次は服! いくら私に似てるからって私の服取るな!」
今の俺とメメリュは双子コーデみたいになってる。見た目も髪色以外そっくりだから、どこからどう見ても仲良し双子だ。
「これとかいいじゃん。さすが私だな、何着ても可愛い」
そんなことを言いながら、自分はどちらかというとボーイッシュな装いのくせに、そっくりな俺にはガーリッシュな服を合わせてくるメメリュ。
「……あのさ、何回か言ったと思うけど。身体はお前そっくりでも、中身男なのよ。だからメメリュが着てるパーカーみたいなそういうやつの方が俺の心には合うんだけど」
「ハァ? 私と被るじゃん。ただでさえ似てんのに嫌だよ」
というわけで俺は試着としてワンピースやスカート多めに着ることになった。俺の羞恥心なんて一切考慮されない。
しかし、今日のようにこれからもメメリュの仕事を手伝わされるのなら、ある程度動きやすい服装でないと困ると反論したらなんとか聞き入れてもらえた。
そうして持ってこられたのは股下数センチまでしか布のないハーフパンツである。
「なんでこんなに足出てるのばっかりなんだよ!」
「私の脚綺麗だから良いだろ! 文句あんのか!」
「!? いや、どういうこと!?」
そして次に持ってきたのはヘソ丸出しのシャツだ。とりあえず着てみたが、頼りなさというか居心地の悪さは半端ではない。
ヘソを隠し、俺は主張した。
「お腹冷えるからせめてヘソは隠したい!」
「私のお腹綺麗だろ! 文句あんのか!?」
「お前出してねぇじゃん!」
メメリュは太もも丸出しハーフパンツが隠れるくらいの大きめのパーカーを着込んでいる。俺の言葉に、メメリュはパーカーのジップを開いて見せてきた。
「出てるけど」
上着の下から出てきたのはブラジャーかと見紛うくらいの布面積のものだ。薄い胸を見て性的興奮を覚えたわけではないが、いきなりそんな露出を見せられた俺は目を手で覆った。
「きゃー」
「何がきゃー、だ! テメーも同じ身体なんだぞ!」
というわけで、色々と衝突した結果、俺も結局メメリュと似たような服を買うことになってしまった。
メメリュは上に大きめの服を着込むが、俺はもう少しサイズの合ったものだ。それだけでも印象は大きく変わる。肌着もちゃんとヘソまで隠れてる。
そして、俺も住まわしてくれるという家に帰ってきた。ボロいビルの二階フロアがメメリュの家になるらしいのだが、入ってすぐの印象は何か小さな規模の会社の事務所……という感じだ。
どんとデカいオフィス机と椅子セットに、ローテーブルを挟んで大きなソファが二脚。あとは中身が大して入っていない本棚やオフィス棚、普通のシンクと水道の蛇口にガスコンロみたいな見た目のもの。
……異世島という『異世界』と言う方が近いはずのこの土地は、「いいえ、ここは日本です。」と言われてもそうなんですかと勘違いしてしまうくらい、あらゆる風情というか雰囲気が日本から全くもってかけ離れていない。
「なんか、日常にちょっとファンタジーが混じった程度だな……」
ボソリと呟き、修学旅行で観光しにくる前に抱いていたファンタジックな幻想が消えていくことに儚さを覚える。
てか、俺ってば日本でどんな扱いになってるの? 修学旅行はどうなった? みんな大丈夫なのかね。
その辺の情報収集も、メメリュに拾ってもらって余裕もできたのだから暇を見つけてやって行きたいな。
そう思って、帰ってきて早々ソファに飛び込んだメメリュを見た。
彼女は嬉しそうに破顔する。「アッハッハ」とわざとらしく笑っていた。俺は首を傾げる。どこか芝居くさい。
「明日のご飯ないわ。お金、全部使っちゃった♡」
「えっ」




