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十九話 ジャーク様

 


「小浜さんも居たのか」


 異世湾の壮大で美麗な景色を拝める温泉旅館で起きた湯煙殺人事件から帰宅後、「どうだった?」と聞いてきた黒木にそういえば経緯を伝えてなかったと今更になって小浜さん改めオバナくんの話をした。

 その話の途中で、今回の旅行には着いてこなかったメメリュがあははと笑う。


「アイツらに関わると殺人事件に巻き込まれるんじゃないの」


 探偵ってのはそういう宿命にあるのかもね。

 メメリュの「アイツらから連絡きても無視しよ」という言葉に少し頷きながら黒木と話を続ける。


「あの日以来、異世島から出られなくなった人間はまだ居そうだよね。それにしても小浜のオバナくんになる過程はマジでヤバそうだった」

「……こうなると、カオルのパターンも気になってきたよな」


 分かる。

 後は、以前に機界マキナ・ゲート異域アウターゾーンで会ったアイツも居るが、あれは偶然の出会いだった為に今どこに居るのか分からないんだよな。

 アイツも、男から少女になってたパターンだ。小浜さんからオバナくんへとは逆だね。


「ミィロが以前ぶつかったのは、内部ウツベだったよな?」


 先程から俺が内心でアイツと呼んでいた彼の事だ。彼はあの少女の姿になる前は内部ウツベという名前だった。なぜ今更取ってつけたようにその話をしたのか。それは別に、今の今まで彼の名前が決まっていなかったからではない。ないったらない。


「そういや、その時感じた違和感って覚えてないの?」


 俺がウツベとぶつかった時、何か妙な違和感を覚えたのだ。それは気のせいなのかなと考えてはいたが、あれからしばらく経って『この身体に慣れてきたから』ハッキリとその違和感に向き合えるようになった。


「うん、やっぱ気のせいじゃないと思うんだよ。多分だけど、見た目は少女でも中身は違うんだよね」

「は? どういうこと?」


 なんと言えばいいのか。俺は少し考えた。正直、あの感覚は既に記憶に古い。大分忘れてきているのだ。だが、なんとなく最初に感じたそれは覚えている。


「『硬い』んだよ。なんか、硬かった。この身体になって色んな人に触れてきて、その違和感は拭えなかったあたり、やっぱ……硬かったんだよなぁ、アイツ」

「硬いって、なに?」

「文字通り」



 まぁそんなこんなで、ただ気になってきたという理由で俺たちはカオルこと水蓮と話をすることにした。そして、後悔する。




 *




「あの日、私の身に何があった───か」


 日本の空も、異世島の空も色は変わらない。俺は朝起きて同じように変わらぬ太陽に身を晒しながら天を見上げ、その事実にいつも温かい気持ちになるのだ。

 俺は夏の空が結構好きだった。澄んだ青に、くっきりとした白い雲とのコントラスト。まるで自分の心まで大きく広く開いていくような錯覚すら覚えるその感覚が、物心ついた時から好きだったように思う。


 でも今、空の色が少し嫌いになりそうだった。


 その原因である空色の髪をした女を、俺はうんざりとした気持ちで見上げた。腰まで伸びたその髪を靡かせながら、その女は正座をして並ぶ俺、メメリュ、黒木の前を何度を横切り往復する。


「あれは鏡音カガミネがドラゴンに焼かれてすぐのことだ。メメリュ、姿勢が崩れている」


 パァン! とメメリュの肩が棒で叩かれた。メメリュは血走った目で水蓮を睨みつけるが、彼女はそんな殺意のこもった視線を向けられても涼しい顔をしている。


「一本の通った『芯』。それを維持することはあらゆる『武』に通ずる。メメリュ、お前はもっと強くなれる。そう私は未熟にもあの時、人波に飲まれた。『芯』は崩れ、地面に倒れ伏したのだ。今でも恥ずかしく思う。あの時、しっかりと地を踏み締めていたならば……と」

「ちょ、ちょっと待ってくれカオル……いや、水蓮。流れるように話を繋げるのは待ってくれ」


「私が再び立った時、そこには鏡音カガミネを焼いたドラゴンが居た。ハッキリ言おう。私は、自分を恥じていた。一眼見たその時から『斬れない』と諦めていたのだ。それを自覚した時、私は剣を抜いた」

「なんで中学生が剣を持ち歩いてんだよ」


 俺のツッコミはスルーして水蓮は続けた。俺はヨガをやっているので、メメリュより姿勢が良いのだ。しかし、ヨガをやっていても今この瞬間に正座させられている理由はわからなかった。多分、黒木が悪いと思う。


「私は雨宮流の奥義を惜しみなく使った。当時の最高の技を、だ。雨宮流“抜刀“、九重桜このえざくら。そう、以前見せた技と同様の剣だ。しかし、当時は抜刀状態でしか放てなかった。意味が分かるな? 黒木、私が成長したのだと言ったことを覚えているか?」


 黒木は頷いた。


「分かんないから教えて」とメメリュ

「居合状態で剣を振ると、どうしても抜刀時より遅くなる。でも、水蓮の姿になってから居合状態でも『九重桜このえざくら』を放てるようになったみたいなんだ」

「へぇ」どうでも良さそうなメメリュ。


「で、どうなったの?」


 いちいち冗長的で長いので腹が立ってきた俺は話を急かした。こくりと水蓮は頷き、真顔でこう言った。


「気付いたら下半身と右腕が無くなった状態で地面を転がっていた」


 急にグロくなるじゃん。

 対して「面白くなってきたじゃん」とメメリュは嬉しそうだった。


「私は天を見上げ、己の未熟さに泣いた。そして、おそらく死んだ。死の感覚、あれだけは収穫だったかもしれない。底抜けに寒く、終わりがない終わりだ。剣の極意も、あの先にあるのかもしれないと考えた事は覚えている。まぁ、そんなものは無かったのだが。しかし、私には『次』があった。


 ちなみに、今この話をしているのは俺達が住んでいるビルの3階である。黒木の居住空間の武道場だ。なんやかんやあってそこに水蓮を呼び出し、なんやかんやあって俺達は修行をつけられることになった。

 だから、正座をしながら水蓮の話を聞いている。


「目が覚めた時、何故か私は汚い路地裏で男に組み倒されていた。しかしその瞬間はそうともわからず、とりあえず私は頭を起こしたのだ。すると、目の前の男はひどく狼狽した……その理由はすぐに分かった」


 こんこん、と。水蓮は自分の頭を叩いた。


「記憶だ。この身体の記憶がここに詰まっている。すぐに読み取ることはできないが、私が起きた瞬間の状況くらいはすぐに分かった。目の前の男は、直前までひたすら怯えていたこの『水蓮』の雰囲気が急に変わったから、不気味に感じたのだ」


 やっと知りたい部分に辿り着いてくれた。コイツ普段は無口なくせに、喋り出すと無駄に冗長的になるのなんなんだよ。


「親を殺され、更に若き女の肢体を嬲ろうと考えていたらしいその下衆を、私は斬りたいと思った。だが、剣がないので素手で喉を引き裂くに終わったのだが……なんとその男には仲間が居た。私とて人を殺すときは自らの人間性を殺す時だと覚悟は決めていたが、既に手遅れの状況とはいえ流石に性急に過ぎた。数にして片手では足りぬ人数だ」


 話の展開が早すぎる。重要な逆襲パートが一瞬で流されてしまった。「雨宮流に素手で喉を引き裂く技があるの?」と黒木に聞くと「ないと思う」という返事が来た。そうか、ないんだ。


「で? どうなったの? 流石に多勢に無勢か、陵辱でもされた?」


 仮にされてたらどうするんだよ。反応に困るわ。俺はメメリュのノンデリカシーさにドン引きするが、水蓮は一度目を伏せて、悔しそうに言った。


「いや全員殺したのだが、不覚にもいくつか貰ってしまってな。しかもこの身体はかなり衰弱しており、そのまま気を失ってしまった。そうして今の雇用主であるギルダースに拾われたんだ。傷の手当てと飯まで世話をしてもらっては、もうこの体で返すしかないというわけだ」

「それって……」


 黒木がハッとして顔を青ざめさせた。水蓮は頷く。


「ああ、私は奴の手足となり、剣となった。私はもう人間ではない。平気で人を斬る、剣だ。さて、『禅』は終わろう。次はやはり基本の『型』だ。メメリュに鏡音カガミネにも、雨宮流の剣を教えよう。剣を使わないからといって、無駄になるものではない」

「黒木、お前こんなやつ連れてきた責任取れよな」


 メメリュがうんざりとした顔でそう言ったが、水蓮による修行は日が沈んでも継続された。二度と呼ぶなよってメメリュはキレた。





 *





「日本ってヤバいとこだよね」


 俺はメメリュのその台詞に愕然とした。あまりのショックに、ヨガマットの上でひっくり返ってしまう。

 俺は黒木にキレた。


「お前が水蓮連れてくるからだぞ!」

「いや……まさかあんなことになるなんて」


 武道場あるから来なよ、って誘ったらしい。「普通に誘うと来ないと思って」そう言ってはいたが、黒木からしても流石にそれを修行の誘いとして取られるなんてと続けていた。



「オバナとあのくたびれたオヤジの二人と遊んでたらすぐ事件に巻き込まれるし、水蓮はあんなだし、黒木は刃物持ち歩いてるし、ミィロは言うまでもないし」

「黒木ィィ!」

「いや鏡音、お前のせいが多分にあるだろどう考えても。あとメメリュ、この刀は気付いたら俺の近くに現れるんだよ……気持ち悪いんだよ俺も」


 話を聞くところ、どうやら黒木のデバイスである黒い刀は離れた位置にあってもいつの間にか手元に戻ってくるらしい。


「メメリュどうなの? それって普通?」

「普通じゃないよ」


 そう言って、メメリュは自分のバットを部屋の隅に置く。そしてまたこちらに戻ってくると、俺のデバイスを手に取った。


「たとえば、私のクソバットは……」


 メメリュが俺のデバイスを起動しようとする。しかしその瞬間、バットがひとりでに動き出しメメリュを強襲した───!

 殺人的速度でメメリュの顔面に突き刺さろうとしたバットは、メメリュ自身の手で握り止められたが……普通の人間なら重症レベルの速度だった。

 俺と黒木が唖然としていると、メメリュは嫌そうな顔で俺のデバイスを離した後にバットを床に置く。


「私が他のデバイスを使おうとすると、こんなふうに襲いかかってくる。でも私の知る限り、離れた位置から持ち主の所に戻ってくるデバイスはこれ以外知らない」


 以前メメリュはバット以外のデバイスが使えないと言っていたが、まさか物理的に妨害してくるとは思わなかった。



「へぇ。じゃあちょっと山に捨ててみようぜ」


 それはそれとして、そういうことになった。




 *




 ペイっと。

 俺は黒木の刀をその辺の山肌に向けて投げ捨てた。

 ついでに、黒木のデバイスがそうなら俺のも帰ってくるのでは? と思い、スマホ型デバイスを優しく木のうろの中に入れる。


「よし」

「……これで帰ってこなかったらどうするんだよ」

「拾いに来るしかないな……」


 そんな話をしながら黒木と歩き(メメリュは興味がないのでついてこなかった)、山を降りたあたりで黒木は異変を察した。


「あっ!」


 その声に慌てて振り返ると、既に黒木の腰にはあの刀が! 結構早い! 俺はポケットをまさぐる……! スマホは無い!


「念じたら割とすぐ戻ってくるんだよな」


 黒木が自分の刀についてそう言っていたので、俺も念じてみる。


 ───来い! 来ない。

 ───戻ってこい! 戻ってこない。

 ───お願いします! なんの音沙汰も無かった。


「これは困ったな」

「なんで少しも確かめずに置いてくるんだよ」


 黒木から真っ当な意見を頂戴するが、今正論を言われてもやってしまった過去は戻ってこない。それなのにわざわざ追及する必要があるだろうか? ロジハラってやつだと思う。


「……取りに戻るか」


 というわけで隠した場所へ歩いていく。



 ズンドコドッコ

 ズンドコドッコ

 ズンドコドッコ


 しかし、道中に俺達は怪しげな儀式に出くわしてしまった。密集していた木々がなくなってわずかにひらけた場所に出ると、そこには全身を白い布に包んだ(しかしなぜか頭部は天に向かって尖っている)人間が五人ほど集まって炎を囲っているのだ。


 篝火の周りをぐるぐると回るその人間達の異様さは思わず絶句してしまう程である。ちなみにズンドコドッコの音楽は人間達が腰に構えた太鼓をリズミカルに叩いている音だ。聞いていると規則性があり、何かしらの意図があることがわかる。


「な、なんだ一体……」


 後ろで黒木がドン引きしていた。俺は身を隠すようにしゃがむ。なぜならあんな奴らに気付かれたらと思うと、その後があまりにも怖い。


「生贄を〜」

「生贄を捧げよ〜」


 悍ましい台詞が飛び出てきた。生贄……?

 それは一体……。


 布を被った連中がゴソゴソと懐からそれぞれ何かを取り出す。ごくりと息を呑んだ。出てきたのは人形だった。それらをポイポイと炎の中に放り込み、再び布の奴らはぐるぐる回り始めた。正直、人形でホッとした。


 ズンドコドッコ

 ズンドコドッコ

 ズンドコドッコ


「あ、頭がおかしくなる」


 黒木は終始ドン引きしっぱなしだ。俺も同じだ。この場から逃げ出したいが、異様な空気に飲まれて動けなくなってしまっていた。

 大丈夫か? ここで動いて奴らにバレたら───いや、どうなるんだ?



 しばらくして、炎に異変があった。

 風もないのに揺らぎ、その輪郭を変えていく。わずかにデバイスの駆動音が聞こえた気がした。身体強化さえ使えれば、聴力を強化して確信を持てたのだが……。


『我を呼んだのは、貴様らか』


 厳かな声が響き、揺らぐ炎が割れて中からツノの生えた赤い肌の男が現れた。その瞬間、布を被った邪教の信徒みたいな連中が跪きその男を仰ぎ始める。


『我になんのようだ。手短に済ませよ』

「ジャーク様! 最近、夜眠ろうとすると言い知れない不安に襲われるのです! そのせいでろくな睡眠も取れず、日中も頭が働きません───これはやはり、外宇宙からの電磁波によるものなのでしょうか」

『…………』


 布の邪教信徒の一人が突然涙を流しながら、恐怖に震える声でそう言った。ジャーク様と呼ばれた赤い肌の男はその言葉を聞き、腕を組み胸を張り一度天を仰いだ。そして彼を取り巻く炎が一際大きくなったかと思うと、その中から何かを取り出して信徒の一人の頭にがぽりと被せる。



 それはアルミホイルで出来た帽子だった。



「ジャーク様、こ、これは一体……!」

『お前の悩み、聞き入れた。いかにもお前には外宇宙からの監視電磁波が照射されている。これは間違いなく───お前が生前に犯した罪のせいだろう』

「そ、そうなのですか……っ! で、では一体私はどうすれば……!」



 ジャーク様はもう一度天を仰いだ。そして再び炎が揺らぎ、その炎から何かが飛び出してくる。

 それを受け取った外宇宙から監視電磁波を浴びる前世が罪人の人は、受け取った物を掲げて涙を流した(布で見えないけど目の部分が濡れていく)。


「これは御神像……っ! 私の罪を、洗い流してもらえるのですか……!」

『毎日その像に向かって祈りを捧げるが良い。そうすれば我への信仰を天に認められ、お前の罪は赦しを得るだろう。しかし、分かっているな?』

「はい!」


 埴輪みたいな謎の土の塊を有り難そうに仕舞い込んだアルミホイル帽子を布の上から被った奴は、再び自身の懐をまさぐって何かを取り出してジャーク様に捧げた。


「家宝のネックレスでございます……これで対価になり得ますでしょうか?」

『ふむ……』


 ジャーク様は炎を器用に操って、大きな宝石がついたネックレスを毟り取って自らに引き寄せる。

 ジッと、まるでその筋の鑑定人のような真剣な瞳で宝石を見て、満足そうに頷いた。


『わずかに足りぬが、お前の信仰心に免じて赦してやろう』

「ありがとうございます!」


 炎が一際強く大きく踊り、その宝石はその炎に吸い込まれるように消えた……。


「あれ、炎の中にもう一人くらい人がいないか?」


 黒木が目ざとくそんなことに気付くが、俺にはよく分からなかった。ジャーク様の慈悲は続く。別の人間がジャーク様の前で跪く。


「ジャーク様……! 私は日頃から組織の者に監視されており、今も尚その視線に晒されております!」


 バサバサ! どこかで鳥が飛び立つ音がした。


「ひぃっ! アレがまさにその証明です! 私に気付かれたことを察して、位置を変えたのです!」

『ふむ……これは、前前前世のお前が犯した罪……その因縁が現代まで続いているのだろう』


 ジャーク様はチラリと遠くを見てから、そう言った。


「そ、そんなっ! 私には関係のないことじゃないですか!」

『愚かな……己の魂が持つカルマ、それを受け入れ、濯ぐ事こそ人間の本懐。理性の果てにあるものだ。もう少し魂を進めよ』


「さすがジャーク様だ!」

「その通りですジャーク様! 私はあなたの言うとおりにして人生が輝くようになりました!」

「俺もだ! 俺の魂が犯した罪、未だ晴らしきれない罪深さだが、少しでも償うことが出来たことで、世界は光を取り戻すんだ!」


 布を被った人間のうち、三人くらいがジャーク様に口答えをした奴にそんな声を浴びせる。その声を聞き、彼(布で分からないが多分男)は身体をブルリと震わせ救いを求めて顔を上げた。


『受け取れ、この円環を常に首にかけておけば、お前の罪を軽くする助けとなるだろう。安心するがいい、我を信じよ。そうすれば、必ずやお前の罪を、お前自身を我が救ってやる』

「ジャーク様……っ!」


 なんか金属の輪っかを通したネックレスを炎から取り出したジャーク様は、それをポトリと地面に落とした。

 それをおずおずと布人間が拾い上げた瞬間、ズンドコドッコとずっと空気を震わせていたBGMがわずかに大きくなった。その音に紛れてデバイスの駆動音が聞こえる気がするが、それはさておきネックレスを手にした布人間は何かを感じ取り、感激に涙を流した。


「心が、軽くなっていく……。なんだろう、私を監視する目が、減った……?」

『当然だ。お前の罪、それが僅かとはいえ晴らされた証左である。お前を恨む瞳が減ったのだ』



「あのリング、多分ワッシャーだよな……?」


 黒木がボソリと聞いてきた。ワッシャーとはボルトやネジを締め付ける際に締め付け部と部材の間に入れる平たい円環である。ホームセンターで簡単に手に入ります。

 俺は無粋なことを言う黒木にお前はわかってないと首を横に振って伝えた。しかし俺も分かっていない。俺達は今、とんでもない所に出くわしていることはわかる。




 しばらくして、ジャーク様になんか慈悲を頂く会は終結した。ゾロゾロと布人間達が帰路につき、残されたジャーク様は未だ炎の中にいる。

 俺と黒木は、それを真顔で見つめている。去り際が分からなかった。物音を立てて、存在に気付かれたらどうなってしまうのか分からなかったからだ。

 布人間達の気配が遠くなり、流石にもういいだろうとジャーク様は炎から出てきた。いや、炎は魔法で作った偽物だったらしい。デバイスを解除すれば、そのまま霞の如く消えていった。そして残ったのはジャーク様と裏方らしき三人くらいの人間。

 めっちゃ普通のスーツ姿で、音響装置みたいなのと布人間達に渡していた様々なグッズの在庫を片付け始めている。


 ……これは、つまりこう……いや、まぁちょっとエキセントリックなアイドルのグッズ即売会みたいなもんか。そう思うことにしよう。


「そこにいるのは何者だッ!」


 ジャーク様が突然そう叫び、腰につけられたデバイスを起動した。


「『操炎』ッ!」


 ブワッと、地面から湧き出すように炎が生まれるとそれは意志を持って俺達に向かってきた。しかしこの炎はまやかしだ。見た目だけで、実態は炎の形をした念動力に近いもの。

 つまりある程度の干渉力があるため、俺と黒木を簀巻きのようにして絡め取り自分の目の前に転がした。


「なにっ! 見られていたのか!」

「まずいな」


 突然現れた俺達の存在に裏方さん達が僅かに狼狽えるが、流石のジャーク様は余裕の笑みだ。俺も不敵な笑みを返しておいた。今はデバイスが無いので喧嘩したく無いし、する理由もないしね。


「いや見てましたけど、別になんかこう犯罪だとしても俺らにはどうでもいいんで、まぁとりあえず離してくれませんかね」


 ペラペラと口を回すと、「ほぉ」とジャーク様は感心したような声を出した。


「中々の胆力だ。お前、中々見所があるな」

「ジャークさん、どうします?」

「そりゃ、見られたんだから殺すだろ」


 判断が早い!

 様子見る雰囲気だったじゃん!


「くっ! ちょっと待ってくれよ! 俺達は偶然居合わせただけで、あんた達のことを何も知らないし、治安局に通報するつもりもない!」


 黒木が流石に性急に過ぎるだろと抗議の声を上げるが、ジャーク様はチッチッチと指を左右に振る。クソうざい仕草だ。デバイスを持っていたら殴りかかっていたかもしれない。


「お前達にもう一つ選択肢をやろう。我の仲間になれ、これはビジネスの話だ」


 なるほど、そうきたか。俺はチラリと黒木の方を見る。ジャーク様の『操炎』は中々厄介な魔法で、黒木から刀を引き剥がした状態で拘束できるくらいには精密動作が出来ている。

 黒木も魔法を発動することが出来ず、まぁ発動前に捕まってしまうその愚鈍さへの言及は今は置いておくとして、デバイスを持ってない俺は言わずもがな……今ここはおとなしくジャーク様に従うべきなのだろう。


 しかし俺は少し天邪鬼というか、負けん気が強いところがある。


「だったらもう一つ俺が選択肢を作ってやるよ……ッ!」

「おいおい、可愛い顔に似合わないなその口調は。我の部下として働くならまずその口調から直そうか」


 誰がテメェの元で働くかぁ! あんな病人相手に足元見てご機嫌取りして金毟るような情けない真似をよぉ!


 俺の身体はメメリュと同質のものだ。つまり特別、強い。たとえ身体強化がなかろうと……常人よりも高い膂力は『操炎』による拘束を容易く引き裂くことができる!

 ふんっ! と全力で『操炎』の炎を引き千切った俺はまず驚いている裏方の一人を強襲する。


「『身体強化パラメータ』オン!」


 しかし中々戦い慣れしている奴らだった。俺が拘束を解いたことに驚くも、全員が即座に身体強化を発動した。

 だが俺は止まらない、最初に狙いをつけた奴の股間に肘を叩き込む。ちなみに相手は男なので遠慮は要らない。


「ぅぐっ! な、身体強化無しでなんてパワーだ!」


 やはり中々やるようだ。俺の攻撃を、かなり不意をついたその一撃を見事手で受けてみせた。しかし、俺の力に驚いたその一瞬の意識の隙を俺は逃さない。地面を蹴り、相手の膝に足を乗せて首目掛けて蹴りを放った。


「コイツ素早いぞ!」


 しかしそれは他の仲間によって防がれてしまう。棒状のデバイスを突き出され、首と俺の足の間に差し込まれる。


「クソがーっ! 俺のデバイスさえあればァァ!」


 中々の手練れだ。その辺の雑魚ならば素の身体能力でも押し切れるが、例えば先ほど差し込まれた棒なんかは、俺の蹴りの威力を上手く流している。武術の心得もありそうだ。


 どうしたものか。

 俺は棒状デバイスに絡みつく。これをこのまま奪ってしまうか。そう考えるが……。


「まずいっ! 『雷撃』!」

「あばばばばば!」


 棒に電気を流されて俺は陸に打ち上げられた魚のように地面をのたうつ。


「降参だ! 降参! ミィロ! お前はなんでそう、すぐ喧嘩を始めるんだ!」

「殺してやる……! 殺してやるぅ!」


 いつのまにか『操炎』が解除されてる黒木が格闘技のセコンドみたいに俺のそばにきて白いタオルを投げた。

 そのタオルがどこから出てきたのかとかそういう話は置いておいて、日和ったことを言い出す黒木に苛立ちながらも俺は視線だけで人を殺す勢いでクソ共を睨みつけ、未だ痺れる体をなんとか動かし立ち上がった。


「な、身体強化無しに直撃して、動けるだと……!」

「化け物め……!」


 もうなんか化け物呼ばわりも慣れてきた。メメリュの身体の性能は異世島基準でもやはりおかしいらしい。いつも言っている気はするが、いつも言われるのだ。今はそんなことどうでもいいのだが、一歩前に進もうとして黒木が立ちはだかった。


「どけぃ! お前から殴るぞ!」

「待てってミィロ! ジャーク様の手元をよく見ろ!」


 ああん? と声に出しながらジャーク様を見ると、彼は手に持った何かをプラプラとコチラに見せつけている。


 それはなんと、俺のデバイスだった。


「あ! 俺の! 返せ!」

「ははは、面白い拾い物をしたと思っていたが、やはりお前のものだったか。なんであんなとこ置いてたんだよ。まぁそれはいい」


 余談だが、ジャーク様は上半身裸にパンツ姿だ。炎に包まれていた時は下半身が見えていないため裸にしか見えなかったが、流石に局部は隠していたようだ。

 なぜ急に彼の服装に言及したかというと、ジャーク様が物をどこかに収納しようとした時、入れられる場所は一つしかないのだ。


 ジャーク様は俺のデバイスをパンツの中に入れて、意地悪そうな顔を浮かべた。俺は絶望に打ちひしがれる。流石にきしょ過ぎる。


「て、て、テメェ! そのパンツは二重履きなんだろうな!? テメェのチンポに触れてねぇだろうな!?」

「ははは、どうだと思う? まぁそれはいい、返して欲しければ、どうすればいいと思う?」

「いやどうでも良くない! まず教えてくれ! それ次第では、アルコールティッシュ買いに行くか考えるから!」


 今すぐに飛びかかって奪いたいが、男のパンツの中に手を突っ込むのは流石に俺の魂が忌避感を爆裂に発生させており不可能に近い。

 今は性別女の身体だが、中身は男のままだ。確かに女性の世界観にも慣れてはきているが、こと性の真髄に近付こうとすれば、俺の中のチンコが顔を出す。

 そして俺は異性愛者だし、男のチンコに性的興奮を覚えたことはない。というか他人のものならばなおさら排泄器官という側面の方が大きい。そして、潔癖とまではいかないが、日本人として衛生観念は世界的に見ても高い。つまり他人のチンコは汚い。


「く、くそ……なんて、なんて外道な手を……」

「効きすぎだろ……」

「じゃあお前はあのパンツの中に手を突っ込めるのかよ!」

「いや、それは……あれだけど」


 怒りに身を震わせていると、黒木が呆れたような顔でそんなことを言ってくるので俺はブチ切れた。しかも自分も嫌なんじゃねぇか。



「形勢は決したな。ミィロに黒木、我はお前達が気に入った───ついてこい、一緒に……遊ぼうぜ」


 それは、何か隠喩じゃないよな!?



 ということで俺達はジャーク様の配下となった。一体これから先、俺たちはどうなってしまうのか。




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― 新着の感想 ―
なんやかんや言いながら、次の話では嬉々として陰謀論で人を騙してる姿が浮かんでくる。
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