十八話 メメリュの持ってきたバイト(三回目)
「バイト見つけてきたよ〜」
お昼過ぎ。
外出から帰ってきたご機嫌なメメリュの声が部屋に響き渡る。俺と黒木は一瞬身構えて、恐る恐る話を聞く。
「ちなみに、一体どんな……?」
メメリュが持ってきたバイトといえば、かつては闇闘技場。次に高級キャバクラみたいなとこの門番。はっきり言って彼女の持ってくる案件はアングラな傾向にある。
いやしかし俺はまだ二回、黒木に至っては前回が初めてだ。しかも前回はギルドの仲介である。
あれ? そう考えると、この三回目にしてメメリュを疑うのは早い気がしてきた。
「なんと……お掃除でーす」
なんだ掃除か……。俺はホッとした。殴り合いとかそんなのではないようだ。
*
シュコー。シュコー。
酸素マスクから供給される新鮮な空気をありがたく頂戴しながら、俺はガシガシと部屋の壁を磨いていた。
何やら黒っぽい汚れが取れないのだ。プンプンと周囲を舞う羽虫に本気の殺意を覚えながら、俺は同僚のおっさんに話しかけた。
「あの、これって、いわゆる特殊清掃ってやつですよね」
「あぁ? 何難しいこと言ってんだてめぇ? 人が死んだ部屋掃除するお仕事だよ!」
だからそれを特殊清掃って言いますよね?
背負った酸素ボンベの位置がズレたので背負い直す。驚くことにおっさんは、この悪臭が支配する部屋の中で臭いに対してノーガードだった。
彼は寝巻きみたいなボロボロのズボンとシャツで、ニカリと笑うと何故か歯の隙間から喉の奥まで見えてしまうチャーミングな口元をしているのが特徴だ。
ボンベから伸びたマスクを絶対に少しの隙間も空けないよう気をつけながら、俺は清掃を続けた。死んだ部屋の主に引き摺られるように、まるで心が死んでいくようだった。
まずバイトが始まった瞬間から、俺はおっさんと二人組にされた。おっさんからは酷い臭いがしたが「口の臭いかなぁ」っとおもって、俺はデリカシーのある男もとい女なのでそこは我慢した。
その時点で鼻はひん曲がりそうだったが、後に案内された清掃先の部屋の扉を開けた瞬間───俺は、近所のホームセンターみたいな店に走り、気付けばボンベとマスクを購入していたのだ。今日のバイト代は既に飛んでいる。
「今日はマシだな」
「えっ!?」
これで……?
俺は戦慄した。
俺の短い人生ではとてもではないが描写しきれない臭いと、一体この部屋の中で何があったらこんな『黒い液体の跡』が飛び散るんでしょう? と誰かに聞きたくなる有様の部屋を、『マシ』だと言った?
「辞めます」
「あー!? 契約書見てないのか!? せめてここの掃除終わるまでは解放されねぇぞ! ギルドの信用評価を悪くしたくねぇなら黙って掃除しやがれ!」
これは俺の完全なる偏見だが、いかにも契約書に目を通すことすらしなさそうなおっさんのくせにそこはやたら詳しいらしい。俺は泣く泣く続けることにした。髪の毛とかに臭い残るよね? これ。宇宙服みたいな服を買ってくるべきだった。
「こりゃ他殺だな」
「そりゃそうでしょうね」
急に探偵じみたことを言い出したおっさんに適当に相槌を打つ。そりゃあ、黒いシミが広がる中に人の形だけ綺麗になってる壁、それと明らかに『刃』で斬った傷痕が壁に残されてるもんな。
「ってなると、俺の予想ではそろそろ来るぞ……」
なにがです?
そう聞こうとしたところで、バァン! と俺達のいる部屋の扉が強く開かれた。何事だ? と振り返ると、そこには膝に手を置いて息を切らす男の姿が……。なんと、知らない人間である。
「おやおや、やはりまた旦那ですかい。不思議な縁だな!」
「こちらのセリフですよキソウさん。しかし助かった、貴方相手なら話が早くて済む」
なんですか、なんですか?
俺は、お掃除道具を片手に困惑した。口の中のパーツが足りないくせに流暢に喋れるおっさんと、突然入ってきたおっさんは知り合いらしい。
突然入ってきた方のおっさんは、俺の横にいる口を閉じても空気漏れしそうなおっさんよりは清潔感があるが、だらしないスーツ姿にボサボサ髪のまぁまぁ清潔感のないおっさんだった。
俺という美少女のおかげで僅かに空気が清涼されているが、そもそもこの部屋自体が死臭と腐臭に汚染されているのでプラマイゼロどころか大マイナスである。
「お嬢ちゃんすまないが掃除は少し待ってくれないか? 少し調べたいことがあってな」
「おうミィロ、この旦那は探偵さんでな……俺が殺人現場の掃除をしてると、よく出くわすんだよ……!」
はぁ、そうですか。
俺は掃除を続けた。
「ちょ! ちょっと待ってくれ! 頼む! この通りだ! キソウさんも止めてくれ!」
「ミィロ待ってやってくれ!」
うるさいですね……。俺はイラッとした。早く終わらせて帰りたいんだよ。なんかよく分かんないけど、探偵が来たからなんだってんだ!
「この事件で、無実の人が罪を問われそうになってるんだ!」
「旦那はいくつもの事件を解決してる、凄腕探偵なんだぜ!?」
じゃあここは迷宮入りだな!
俺は高圧洗浄機みたいなやつを急いで準備し始めた! 一瞬で証拠ごと消し飛ばしてやるぜ!
「やめろーっ! 探偵先生の邪魔すんなー! ヤバっ、ここくっさ」
バァン! と再び扉が開かれて何かが俺に向かって突進してきた。かなり背が低い、どうやら人間らしき形のやつだ。俺はひらりと躱す。
すると勢い余って躓いてしまい、べちゃりと汚い床に顔から転んでしまう。
背中を見た感じだと、獣人タイプの幼児だ。頭頂部に犬っぽい耳がある。オスかメスかは分からんが、声質的にはオスっぽかった……。
「あっ、オバナくん! ここには来ちゃダメだって……!」
オバナ? 俺は一瞬その名前が引っかかった。どことなくその音に聞き覚えがあったのだ
犬耳のガキがパッと立ち上がり、再び俺に組みつこうとしてくるので今度は頭を掴んで止めてみる。
すると、ビビビ! ともはや慣れてきた『あの感覚』がくる。またか〜。そう思いつつも身を委ね、脳内に走るこのガキの『正体』を見る。
脳裏によぎったのは、女子平均と比べても大きな身長で細身の『女子』だった。顔は……まぁ強気に見える寄りの印象を受ける造形をしていた。
まぁ何故、わざわざ顔の造形に触れたかというと……彼女はかつてその見た目に『合う』立ち振る舞いをしていたのだが……。
見下すと、そこに見えるのは大きなきゃるんとしたタレ目の瞳に小鼻、ぷりんとした小さな唇。おそらくオスだが、凄まじいプリティーフェイスだ。
そして登場から今、俺を見上げて愕然とした顔を浮かべるまでの動きが……なんていうか、こう……ぶりっ子気味というか……。
「か、か、鏡音だと───そ、その顔はやめろぉ!」
「何もないです。何もないですよ、小浜さん」
「だからその笑みはやめろォ!」
ポカポカと俺の胸を叩いてくる。
俺は無言で頭を掴んだまま持ち上げた。足が地面から離れ、ぷらんとした小浜ことオバナが驚愕に顔を染める。
「その体、オスだよね? 今、胸触った?」
「い、いやぁ! コイツ! 女ぶってやがる!」
ああ!? それを可愛い見た目になってぶりっ子してる人が言うのぉ!?
「やはり! 壁に残された刃痕に僅かに違和感がある! これは……! 刃に見せかけた弾だ!」
「そんなバカな! どう見てもこれは刃だぞ!」
「いや、仮に刃なら前後に振り抜いた力が……」
俺とオバナくんがワイワイしている間に探偵さんと前歯がないおっさんとで事件解決に向けて調査を進めていたらしく、二人で盛り上がっている。
「!? あ! 話が進んで……っ! 探偵先生っ! ここはボクが───ッ!」
「オバナくん!? まさか!」
「そう! ボクの『嗅覚』でっ!」
そう叫びながらオバナくんは犬耳につけられたピアスに触れた。それはどうやらデバイスのようで、彼が触れると同時に「ピィィン」と犬笛みたいな駆動音を奏でた。
「嗅覚?」
俺は疑問を口にした。
この悪臭の中で?
「戻れ、獣の力! 『獣能・嗅覚』! グアァァァァォァァァァア!」
『獣界』の魔法は、獣人それぞれの肉体に宿る獣の力を取り戻すものだ。オバナくんはやはり犬系の獣人らしく、その嗅覚は人間のそれとは隔絶した性能を持つ。
つまり、オバナくんは断末魔の叫び声をあげてぶっ倒れた。
「オバナくーーんっ!」
探偵先生の悲痛な声が響き渡る。てかよくこんな臭いとこでそんな力使おうと思ったな。馬鹿じゃないのか。
果たして中学時代の小浜さんは───あの頃の彼女はこんなにも騒がしい人だっただろうか……。もう少し落ち着いた人のような気はするが、めちゃくちゃ仲が良い関係性だったわけではないので、俺の印象で彼女のことを語るには足りないのかもしれない。ただ、少しオタク気質があったのは覚えている。
*
「現場に残された魔法痕から考えられるのは、被害者の命を奪ったのは『刃』ではなく、斬撃タイプの『弾』! そして、犯人とされていたヌレギーヌさんの持つデバイスには『刃』しか刻まれていない……その意味が、クロマークさん。分かりますね……っ!?」
探偵先生がズビシと人差し指を、今回の被害者の元妻……つまり未亡人クロマークさんに向けた。
クロマークさんは目を見開き、次に怒りの表情を顔に貼り付けた。
「探偵さん、その指は何ですか……。私が、真犯人だと言いたいのですか!? 殺したのは、私の間男であるヌレギーヌです!」
この事件の大まかな筋書きとしては、クロマークさんと不倫関係にあったヌレギーヌさんが被害者であるクロマークさんの夫を逆恨みして殺した……というものだった。
クロマークさんが犯人に殺害された被害者を見つけることができたのは死後数日経ってからだった。その為、あの部屋はめっちゃ臭かったのだ。
しかし、真実は違う。
ヌレギーヌさんは濡れ衣を着せられており、探偵先生曰く、真の犯人はその時旅行に行っていてアリバイがあるはずのクロマークさんだというのだ。
「しかし、私にはアリバイがあるのよ……!? 十人にも上る証人が、私の無実を証明したわ!」
多いな。逆に多すぎて怪しいだろ。
探偵先生はニヤリと笑った。
「その十人全員が、あなたと不倫関係にあった……それを、既に私が証拠まで掴んでいるとしても! まだそう言えますか……っ!?」
多いな。不倫相手多すぎだろ。もう痴情のもつれ確定じゃないか。
「貴方は被害者にかけられた保険金が目当てで他殺に見せかけて殺害した! そこまで見抜いているとしても……!?」
何でそんなもったいぶった言い方すんだよ。もっとねっとりトリック見抜くとか、相手の証言のアラを突くとかしろよ。
しかし横にいるオバナくんは目をキラキラさせて探偵先生を見ていた。純度100%の憧れだ。流石に口に出してツッコミを入れるのは憚れる。
「ふふ……そこまで見抜かれているのなら、仕方ないわね……」
クロマークさんはそう言って、膝を地面に落として顔を手で覆って泣き始めた。探偵先生は胸を張り勝ち誇った顔をする。
「あの人が悪いのよ!」
ふむふむ。ここから犯人の自白シーンか。大きな声で「あの人が!」と続けてもう一度言って、クロマークさんはギラリとした眼を探偵先生に向け、デカい胸の谷間からデバイスを取り出した。
「死ねぇ! 『刃弾』!」
「先生危なーい!」
斬撃タイプの『弾』が探偵先生に向けて放たれる。しかしそれは飛びかかったオバナくんの勢いに負けて探偵先生が尻餅をついたことで回避された。そしてその先にいた俺にぶち当たり俺は吹っ飛ぶ。
「チィ! 外した!」
「外した、じゃねぇよボケっ!」
身体強化オン。痛かったので俺はキレた。強く地面を踏み込み、加速した勢いのままラリアットをクロマークさんの腹に叩き込んだ。
くの字に折れ曲がったクロマークさんの口から「おごェッ!」と凄まじく酷い音が漏れる。
あんまり強くなさそうなので、ラリアット一発だけで許してやることにした。腕を振り抜き、吹っ飛んだクロマークさんは地面を滑りそのまま気絶した。
「え、大丈夫なの、鏡音」
「いや、大丈夫じゃない。服が切れたし、体も切れた」
最悪である。
裂かれた服の隙間から血が滲んでいた。おいおいどうしてくれんだよ、皮膚が切れちまったじゃないか。身体強化しているので傷を撫でたら治ったが。
「化け物かな?」
オバナくんが真顔で呟いた。酷い言い草である。てかお前が探偵さん守ったせいで俺に当たったんだぞ。
「これにて一件落着だな」
探偵先生がクロマークさんを縛り付け、呼んでいた治安局の人に捕まえてもらっている。てか治安局の奴も証拠あんなら先捕まえろよ。
「お前ちゃんとしらべろよ〜」
「あんな谷間探せないって(笑)」
笑、じゃねぇよ! こっちは怪我させられてんだぞ!
俺は異世島にもセクハラに配慮するという価値観があることに驚くが、デバイスとかいう危険物持ってるやつがゴロゴロいんだからその辺無視しろよって思った。
何だったんだよこの茶番はよぉ。
「クロマークさんには協力者が多いからね。このように挑発して治安局の人の目の前でボロを出させるようにしなければ、逃げられていたかもしれないんだ」
他にもっとやりようがあった気はするが、とりあえずそういうことなんだと納得する事にした。
ところで小浜さんことオバナくんは、何故探偵先生と一緒にいるのだろうか。事件が解決し、暇になったタイミングで聞いてみる事にした。
「私一回死んでるんだよね。そして気付いたら、汚い部屋で、薄汚れた格好をしたこの体で横たわってたの。近くに親? っぽい死体もあってさぁ〜本当にもう、気が狂いそうだった」
思ってたよりエグい説明が始まったな。俺の瞬間蒸発メメリュの肉体に変化パターンよりもよほど生々しい。俺のはもはや魔法少女の変身に近いからな。
「この体も、最初はガリガリで……てか多分、一回餓死したんじゃないかな……見た感じ、年齢も一桁くらいでしょ? 部屋から出るって考えがなかったんじゃないかな……別に扉に鍵とかかかってなかったし、あっさり外に出れたんだよね。そうしたら、先生に偶然会って、助けてもらった感じ」
へぇ。
まぁ大体、事情は理解した。
どうやら死後転生の死体乗っ取りパターンのようだ。
「それってさ、探偵先生居なかったらまたすぐ死んじゃうのも、あり得るよね」
「でしょ? 後でその可能性に気付いてすごく怖かったもん。次死んで、また別の死体に転生できる保証ないしさぁ」
そう言えば水蓮は、どうやってあの体になったのだろう。いやむしろ俺のこの体はどこから湧いて出てきたの? って疑問も湧く。完全にメメリュと同質の肉体だって、俺をボコボコにした天使ですら驚いてたからな。
「オバナくん、友達と会えて良かったねぇ」
「まぁ友達っていうか、昔の知り合いっていうか」
割とつれないことをいうオバナくん。もう友達でいいじゃん別に。確かにクラスメイトとしか形容できない関係性だったが、クロマークさんの事件を解決する為に共に駆け回った時間を経て、俺達の関係は以前とはまるで違うとはっきり言えるだろう。
「ミィロくん。君には、バイト代を払うからもう一件手伝って欲しいのだが」
*
「いらっしゃいませぇ」
店員さんの軽快な挨拶を聞きながら、俺はファミレスでドリンクバーとポテトで数時間は粘っていた。連れ役としてメメリュも呼んである。黒木は連絡がつかなかった。
メメリュとドリンクバーであらゆる飲み物を混ぜて遊びながら、時折店員さんから厳しい視線を浴びせられるが気にせず任務を遂行する。
「来たぞメメリュ、俺は集中する」
「お前に頼んだ奴バカだと思う」
「黙れ」
そう、これは言うまでもなく探偵業のメインである浮気調査である。この店の店長が不倫しているらしいのだ。しかし、警戒心が高い店長はすでに探偵先生とオバナくんのことを疑っており、彼らの目の前ではボロを出さないらしい。
そこで会ったことも見たこともない俺だ。しかし、数時間もドリンクバーで粘る俺達が果たして疑われないのか? と疑問だろう。そこは大丈夫だ。
すでに数日かけて何度も他の客や店員とも揉めており(メメリュが)、まさか探偵みたいな輩がそんな目立つようなことをしないだろうと店長は油断しているのだ。多分。
そしてたった今、目論見通りついに浮気相手との逢引きを俺に目撃された……! 探偵先生が目をつけていた通り、日中の仕事時間に堂々と会っていたのだ……! おそらくこのままバックヤードに駆け込み、チョメチョメするに違いない。
パシャパシャと俺のスマホで写真を撮っておく。後もう少ししたらチョメチョメ中にも突撃する予定だ。
「もういいかな?」
「早過ぎだろ、2分しか経ってないぞ」
そわそわしてたまらない。
メメリュに宥められながら、俺は10分ほどをなんとか耐えた。
「もうヤってるだろ」
「私帰ろうかな」
流石にもうチョメってると思う。
ということで俺はデバイス兼スマホを握り込みいそいそとバックヤードへ向かった。
「あの、お客様……」
「しっ! 先っちょだけですから!」
店員さんに咎められるが、俺はスマホ先端カメラ部分を指差しニコリと笑って誤魔化す。明らかに困った様子の店員さんをすり抜け、俺はバックヤードに続く扉を開いた。
そこには、店長が倒れている。
「て、店長……?」
俺と一緒に着いてきていた店員さんが呼びかけるが、倒れた店長はぴくりとも動かない。これは、まさか……。
駆け寄って、首元の脈を計る。ついでに髪の毛を掴んで顔を持ち上げてみた。ふむ。
「死んでる……」
*
「犯人は貴方だ!」
その後、駆け付けた治安局と探偵先生による解決編が始まった。早々に店を閉め切り、全ての出入り口を封鎖して店内にいた人間全てを集めたが、俺が写真に撮った女は見当たらなかった。
しかし、探偵先生はこの場に犯人がいるのだと言う。集められた俺達の前で推理劇が始まる。とりあえず、先制攻撃として探偵先生が指差したのはなんと男だった。
オバナくんはキラキラした目で探偵先生を見上げている。お前、ここで臭い嗅ぎ分ける力使えよ。
「おいおい、何言ってんだよ。あんた自身が言ったんだろ? 犯人はあそこのガキが写真に撮った女だってよ」
「そう、それが貴方だと言っているんですよ」
「何言ってやがる! 仮に『変身』系統の魔法だと言うのなら、俺はデバイスを持ち歩いていないし、魔力の残滓も感じられないって調査まで済んでるだろ!」
後は女装していたとしか言えないが、そんな隙はあっただろうか。皆がごくりと唾を飲み、探偵先生の論破を期待した。一体いかなる謎解きが始まるのか……。
「……」
無言だった。
劣勢を感じ取ったオバナくんが、慌ててデバイスを起動する。
「獣能」
ぼそっと呟き、彼は能力を発動した。コソッとまだその辺に転がっている死体の近くで残された匂いを嗅ぎに行く。
強化された嗅覚は、人間には見えないものを彼に見せる。匂いを辿り、オバナくんは犯人を見つけた! そしてそれを探偵先生にコソッと耳打ちする!
「ふふ、今のは油断させるためのフェイク。真の犯人は貴方だ!」
それはなんとあの時俺と共に行動していた店員さんだった。
「ば、バカな! 店長が倒れているのを見つけた時、俺とこの人は一緒に行動していたんだぞ!」
俺が彼女を庇うような発言をする。単純に驚いたからだ。
「いや10分くらい待機の時間あっただろ」
めんどくさそうにしているメメリュがツッコミを入れてくる。確かに。俺は引き下がった。俺の証言はアリバイにならなかった。
「店長が悪いのよ……私にも、私にも……っ! ウゥッ……ッ!」
まぁ真相としては、店長は同じ店の子にも手を出していたというなんとも分かりやすい感じの痴情のもつれだった。
そんでまぁなんやかんやあって揉めて刺されて、店に来てた不倫相手はその揉め事の前に店をなんとか脱出していたのだ。全然普通に容疑者逃げてて笑っちゃうよね。
「どうだ鏡音、先生はすごいだろう?」
オバナくんがコソッとそんなことを耳打ちしてくるが、すごいのは君の方ではなかろうか? と思った。
本気で言ってそうなその瞳を見るに、彼の探偵先生への信頼はもはやなんか信仰の域っぽいので、適当に相槌を打っておくことにした。下手に突くのは怖いので。
その後、今回の件の礼としてポンコツ探偵と犬系助手に旅行に誘われたのだが、その先でも事件に巻き込まれたので以後コイツらとの付き合いは考えた方が良さそうだと思った。




