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十六話 黒木と日常

 


「うげ……今回は面倒なタイプの異域アウターゾーンだな」


 俺、メメリュ、黒木の三人は新しく発生した異域アウターゾーンに来ていた。簒奪者ハンター達の列に並びながら、メメリュはギルド職員が持っているプラカードを読み込んで苦虫を噛んだような顔をする。

 そのプラカードには事前にギルドが調査した異域傾向と内部の特徴が簡単に記されているのだが……。


異法アウタールール? 何それ?」


 初耳だった。

 横の黒木も、異域アウターゾーンについてはイマイチ知らないようで首を傾げている。


「なんていうかあの中ではさ、普通じゃない法則に縛られるんだよ。この前なんか、入っていきなりチーム組まされて野球やらされたからね」


 全然、意味がわからなかった。

 俺はうんうんと腕を組み、分かったふりをした。


「そのバットはその時の景品なわけだ」

「当たり。ホームラン王とったら貰った。で、魔力流したら二度と他のデバイスを使えなくなったわけよ。壊したいのに頑丈すぎて壊れないし」


 適当なことを言ったら当たってしまった。


 そんな意味不明な場所に入るのは嫌だと言う層は結構居るらしく、列から離れて帰路に着くハンターがそこそこ出てきた。


「その異法アウタールールとやらをギルドは先に調べてくれないのか?」


 と、黒木が聞くとメメリュは眉を寄せて


「野球の時みたいに分かりやすいやつだったら良いけど、中には特定行動を取らないと死ぬみたいなふざけたやつもあるしな」

「んげっ、なんだよそれ……てかギルドはどうやって異法アウタールールかどうか判断するんだよ」



 その疑問は、なんやかんやで異域アウターゾーンに侵入した時に解決した。



異法アウタールール適用区域』



 脳裏に、そのような言葉が浮かんできたし、目の前の空間にもぷかぷか文字が浮いている。とても気持ち悪い感覚だ。まるでゲームのキャラがエリア移動した時に、画面に移動先のエリア名が表示されるような視点だ。


「まぁ、こうして出る。野球の時は、異世島に野球なんてなかったし脳内に直接ルールぶち込まれたからね。今回はそういうのもないし……えげつないルールはなさそう」

「一応親切設計なんだな……」

「特定行動しないと死ぬ系は特に脳に叩き込まれる傾向にある」



 さて、この異域アウターゾーン異法アウタールールとやらはなんなのか、そこの調査からすべきだと判断した俺達は慎重に歩き出した。


「何かしら情報出てから入ったほうがいいんじゃないのか?」


 黒木が割と真っ当なことを言うが、メメリュは口を尖らせてチッチッチと鳴らしながら人差し指を立てて横に振った。


「貴重な宝は早い者勝ちだ! 出遅れたら、出遅れた分だけ損すると思え! 異法アウタールール系はレアな資源が手に入ることが多いからな! このクソバットみたいに!」


 いくらレアで硬くても身体強化パラメータしか使えないデバイスはなぁ。そもそも俺も黒木も自分のデバイスを持っているので、できれば金になるものが欲しい。


 そんな会話をしながら歩いていると、目の前が突然歪んだ。視界の端から中心に向けて絞られるように暗転していく。


「構えろ! 何か起きるぞ!」


 メメリュの叫び声が遠くなっていく。デバイスを起動しようとするが、まるで手応えがない。一体何が起きるというのか。



 視界が戻る。

 目の前には、なんかデカい鳥みたいな蝙蝠みたいなやつが三体。フワフワと翼をはためかせて浮かびながら綺麗に横に並んでいる。

 ん? と違和感を感じながらもとりあえず潰そうとするが身体が動かない。横を見ると、メメリュがバットを肩に担いでちょっとふてぶてしい立ち方で揺れている。

 逆側を見ると、腰に提げた刀の柄を握り重心を低く構えている黒木が居た。


 おや? そのあたりでなんだか既視感を覚える。俺はと言うと、右手にデバイスを握りながら右足を後ろに、蝙蝠っぽい鳥に半身を向けて僅かに前傾姿勢だ。


「なにこれ?」


 メメリュが首を傾げる。(傾げてないが、恐らく傾げたいのだと思う)

 俺と黒木は僅かに動く顔で目を見合わせ、目線で語り合う。多分これ……。


 鳥みたいな蝙蝠Aがピャッと俺を攻撃した。仰け反る俺。無傷だが、HPゲージが減る。鳥みたいな蝙蝠Bがメメリュを攻撃する。仰け反る、無傷だがメメリュの顔の下辺りにぼんやり浮かぶHPゲージが減少したのが見える。

 これは、やはり……。


 最後の蝙蝠Cが黒木に向けて飛ぶ、しかし黒木はカウンタースキルを発動。居合い抜きで一刀両断。は出来なかったが、相手のHPを大幅に削ることができた。


「お、成功した……?」


 あいつだけズルくね?


「お! 私の番か! 死ねぇっ!」


 これ間違いなくターン制RPGみたいなバトルだよね。ほぼ確信を持った俺は、イキイキとした顔でバットを振りかぶり蝙蝠Aに襲い掛かるメメリュを見て、ふと気付く。


「待てメメリュ! 身体強化パラメータは!?」

「え?」


 ボコっ! と蝙蝠Aを殴りつけたメメリュだが、いつもその辺のゴロツキを殴る時よりも優しい威力の為なのか倒しきれず、蝙蝠Aは殴られた勢いでふらふらと怯んだものの、すぐにまた定位置に戻ってくる。


「う、うおお……め、めんどくせぇ……」


 これはめんどい。ただでさえ、俺やメメリュは後先考えず先手必勝タイプなのだ。こんなターン制はやっていられない。

 しかしこの場から逃げ出すこともできない。俺の番なので、とりあえず魔法を選択、身体強化パラメータを発動した。


 ターンが終わった。


「ふざけんなよ! マジでさぁ!」

「……とりあえず俺も身体強化しとくか」




 その後何ターンか後にようやく敵を倒し切った。倒した後には死体ではなく、蝙蝠の牙みたいなのと羽みたいなの、ついでに現金がバラバラーッと地面に散らばる。


 手っ取り早い。

 しかし、この一言にすぎる。


「「めんどい」」


 俺とメメリュは投げ出した。

 俺達は 先手必勝速攻瞬殺がモットーなのだ。こんなチンタラ戦うことなんて今更できやしない。




 俺達は家に帰ってきた。メメリュがダラダラとソファーに転がり、俺はマットを敷いて最近ハマってるヨガをしている。ハンターは体が資本だ、常にベストコンディションを発揮するためにヨガは結構いい。気がする。


「俺、もう少し行ってくるよ」


 ふと、所在なさげに部屋を彷徨いていた黒木がそう言った。俺とメメリュは特に引き留めることもせず「おー行ってこい」と送り出す。


 そうして彼がいなくなってから数分。居心地の悪くない沈黙が支配していた空間で、おもむろに俺は口を開いた。


「あいつこれからどうする気かな?」

「さぁ」


 どうでも良さそうにメメリュが返してきて、まぁ確かにこいつからすればどうでもいい話だよな、とは思った。

 しかしよくも知らない相手を、たとえ俺の知り合いだったとはいえ普通に寝泊まりさせてやるなんて、俺の時もそうだったがメメリュは案外面倒見のいいやつなのである。




 *




「これ、今回の分」


 一週間後。

 そこには毎日のように稼ぎをメメリュに提出する黒木の姿があった。その金額は日に日に増しており、簒奪者ハンターとして着実に経験を積んでいることが分かる。

 メメリュはオフィスデスクに足を投げ出したままそれを受け取り、引き出しに入れた。顔は少し困惑している。


「ちょっとシャワーするわ」


 そう宣言して黒木はこの場から消えた。

 俺とメメリュは顔を見合わせる。


「あいつここに住む気か?」


 メメリュが流石に戸惑いながら言った。「まぁ別にいいけどさぁ……」と、複雑な表情を浮かべている。


「稼いだ金、全部渡してんのかな?」

「多分……? あいつ、ハント以外ずっと家で物思いに耽ってるじゃん」


 ちょっと病んでるよねあいつ。二人で意見が揃った。


「まぁいいや、飯の買い出し行ってくるわ。金ちょうだい」


 そろそろ家の食材が無くなってきたのでメメリュに金をせびる。俺も最初は小遣いと家に入れる金を分けていたのだが、どうせ生活費一緒だからと現在はほぼ財布が共用なのだ。「ほい」と、メメリュは先ほど黒木からの金を入れた引き出しを開けてそこから俺にいくらかを渡した。


「メメリュ何食べたい?」

「すき焼きもっかいやろうよ! すき焼き!」

「いいねぇ」


 最近は日本料理にハマっているメメリュだ。ニコニコである。俺はエコバッグを片手に買い物に出かけた……。




 *




 それからさらに一週間後のことだ。



「どういうことだよ!?」


 家の外まで響き渡る怒鳴り声が聞こえてきたので、ちょうど買い出しから帰ってきた俺は慌てて家に入る。


「何があったの?」

「鏡音……っ! お前それちょっと貸せ! レシートも!」


 俺からエコバッグとレシートをひったくり、黒木は穴を開ける勢いの眼力でレシートを見つめ、エコバッグの中も確認する。


「お、おまえっ……これ、いくらだよ!」


 バッと黒木がエコバッグから取り出したのは牛肉だ。今夜は焼肉である。日本の有名な黒毛和牛。異世島で手に入れようと思うと、割高気味だが美味しい。


「1万くらい?」

「100gでな!? 何パック買ったんだよ!」

「みんな食べ盛りだよ? 足りないじゃん」


 何言ってんだよお前と口にしたいところだが、なんだか怒ってるので黙っておく。次に黒木は机の上に置かれた謎に踊り続ける機械人形を指差す。


「それ、なんだよ」

「……なんか、踊ってておもろいなって」

「……そう言って、意味不明な物を買ったの何回目だ!?」


 部屋の端に置かれた意味不明なグッズ達が入れられた段ボール箱を引き摺り出してきて黒木は怒った。

 メメリュは、ため息をひとつ。


「あぶく銭はダメだね。無駄遣いしちゃう」

「俺が稼いだ金だろ!」


 最低だなマジでこいつ。共感した俺は黒木の肩を掴む。バシッと払われた。


「鏡音! お前もだよ! 人が稼いだ金で散財するなっ!」

「美味しいもん食うのはいいだろ!」

「毎回貯金ゼロになるまで買うもんじゃねぇよ!」


 それはそうかも。

 こいつ結構堅実だな。論破されたが、俺は怒りを覚えるどころかむしろ感心した。しかしメメリュは俺ほど器が大きくないので逆ギレした。


「うるさいなぁッ! じゃあお前が金管理しろよ!」


 ンバァッ! と、ものすごい勢いでメメリュが引き出しから金(黒木が稼いだ)を乱暴にぶん投げて叫んだ。黒木もキレた。


「分かったよ! 俺が管理するッ!」





 *





「おい! 脱ぎ散らかした服はちゃんとカゴに入れろって言ってるだろ!」


「おまえらっ……! なんだこの寝室の汚さは!」


「お、お前……このタンスいつから掃除してな……」





 *





「お母さん、買い物行くからお金ちょうだい」

「誰がお母さんだ。ほら、これで5日分だからな? うまいことやってくれよ」


 黒木が住み始めて一月もすると、彼はすっかり我が家に馴染んでいた。家事を何もしない家主であるメメリュ、飯は作れる俺、それ以外の家事と金銭管理をする黒木という完璧な布陣だ。

 口うるさいなぁと文句を言うこともあったが、特に俺達のどちらもあまりしない掃除を率先してやってくれるので、メメリュも次第に大人しく従うようになった。酷い言い方をすると便利なので。


 飯の買い出しと作るのは俺担当だ。理由は単純で、俺が一番上手いので。日本にいた頃は親の手伝い程度にやっていたくらいだが、こちらに来てからは異世島での外食が口に合わないので頻繁に作るようになったのだ。料理本を買って覚えたりもした。

 黒木は料理をあまり知らなかったので、最近は俺が教えている。



 ところで女子二人に男子一人というハーレム環境ではあるが、失礼なことに黒木は俺達に対して色気を感じているようなそぶりが無い。


 しかし主に居住しているビルの二階は寝室と、リビングにあたる大部屋、あとは風呂と洗面所兼脱衣所しかない。

 黒木の部屋がないのだが、流石に寝室を共にする事は黒木が嫌がっていた。「流石に、同衾はよくないだろ」と真顔である。どこで覚えてきたんだよそんな言葉。

 なので彼は普段ソファで寝ている。少し可哀想だなぁ、とは常々思っていた。だが、俺達のことをやましい目で見ていないとは言え、同衾が風紀的によろしくないという黒木の意見は分かる。




 買い物から帰ってきて、冷蔵庫に詰めながらふと気になっていたことを聞く。


「そういやメメリュさぁ。一階はガレージだけど、三階はどうなってんの? 黒木の部屋あった方が良くない?」


 このビルは三階建てだ。しかし三階には行ったことがない。だが、他の人が使ってる様子もないし……。


「えー? んー。三階はねぇ……」


 というわけでメメリュに案内されて三階に初めて入った俺を出迎えたのは、いうなれば武道場みたいな場所だった。

 壁の無い、フロアが丸々板張りのだだっ広い一つの部屋で、壁にはデッカく漢字で『目にはタマを、歯にはタマを』とか書かれた額縁が飾られている。なんて下品な文章を掲げているのか、ハンムラビ法典を見習え。


 しかし埃っぽい。

 メメリュはここを一切利用していないのだろう。とんでもなく埃が積もっていた。壁には血も飛び散っている。血?


「あの……これは、一体?」

「私がここに住む前に住んでたヤクザの連中が身体鍛えるのに使ってたよ」

「この黒いのは……なんで、血が?」

「さぁ? いや、これ私がアレを殴った時か……?」


 黒木とメメリュが喋っているのを横に、俺はうんうんと頷き決定する。


「よっしゃ、ここを黒木の部屋にしよう! いいだろ? メメリュ!」

「別にいいよ。屋上にも住めるとこあるけど」


 まだあるんだ。俺はまたも新事実の発覚に驚く。一回そこも見に行くか?


「いや、ありがとう。ここを使わせてもらうよ」


 しかし黒木はここで満足らしい。見に行くだけ見に行こうぜと無理やり屋上に連れてき、そこにあったペントハウスみたいな物の中を見てそっと触れずに閉めた。

 多分、ヤクザの人達が倉庫に使ってたんだと思う。ごちゃごちゃし過ぎてたし、なんか嫌な感じがしたのでまた今度片付けるということにした。




 黒木に部屋を与えてから数日。掃除の終わったあの武道場に布団を敷いて寝ているらしい黒木の様子を俺とメメリュは覗きに来ていた。

 正面から行けばバレかねないので、窓からである。二階の寝室から這い上がるようにカサカサと登った俺たちはそっと中を覗きみる。


 黒木は、なんか正座してた。


「何やってんだあれ……」


 メメリュが可哀想なものを見る目で黒木を見つめるが、俺にはわかる。


「アレは『禅』だな」

「ぜん?」

「そう、黒木や水蓮の習ってた雨宮流は古武術みたいなもんだから、ああやって精神統一をするんだ」

「してどうなるの?」

「……そりゃアレだよ、常に心を平静に保ち、技を高みに持っていくのさ」


「なにわけわかんないこと言ってんだよ……」


 気付けば呆れ顔の黒木が窓際に立っていた。こいつ、俺達に気付いていたのか中々やるな。


「いや、よく気付いたなみたいな顔してるけど普通に窓の外から妙な話し声したら違和感感じるだろ」


 それもそうかと俺とメメリュは窓から中に侵入する。そして綺麗になった武道場を見てメメリュが感心しているのに対し、俺は普通に覗き見ていた事自体は悪びれもせず、なにをしていたのか聞いてみた。


「ああ、あれは……カオルの真似だよ。アイツの剣は凄まじく、冴えてた。俺はもっと強くなりたいんだけどさ、やっぱそう考えた時に浮かんでくるのはアイツの剣なんだよな」


 カオルとは雨宮馨アマミヤカオルのことであり、今は水色の髪をした美少女の水蓮スイレンになっている。


「カオルって、水蓮のことだろ? あはは、お前じゃ全然届かねーって!」


 横で聞いていたメメリュが笑顔で結構酷いことを言う。しかし、水蓮と出会った時も思ったが基本的に勝ち気なメメリュがここまで評価するのも怖い。

 奴は今どれほどの実力だと言うのか。


「水蓮……って今名乗ってんだっけ、見た目も変わってるんだったな」


 黒木との雑談の中に話題として出てきた覚えはある。しかし黒木はまだ水蓮となった雨宮に出会ってないので、イマイチぴんと来てないようだ。


「なんか今マフィアの食客? やってるぽいんだよ」

「ヤクザだのマフィアだの、なんか違いはあるのか……?」


 そこは突っ込まないでほしい。多分、そんな区別して言ってない。俺も、メメリュも。


「でも、一回会ってみたいな。あいつ、元気にしてんのかな」





 *





 めんどくさいルールが支配する異域アウター・ゾーンが閉じて、しばらく空白期間ができた。ただでさえ俺達は収入を異域アウター・ゾーンに依存しているので一週間も続くと貯金が不安になってくる。


「くっ、俺がもっと早く管理していれば……っ!」


 黒木が悔いているが、過ぎた時は戻らない。前を向いていこうぜ、と肩を叩くと不満気に睨まれた。


「仕事見つけてきたよ〜」


 というわけで、メメリュが見つけてきた短期の仕事をする事になった。早速仕事場所に向かうのだが、時間は夜だし、行き先はめっちゃ風俗街だし、なんでこうメメリュの持ってくる仕事はアンダーな香りがぷんぷんするのだろう。


「君達には警備員をやってもらう。これはギルドにも正式に依頼してるからな、サボるんじゃねぇぞ」


 ハンターギルドは異域アウターゾーンがない間も簒奪者ハンター達が食いっぱぐれないように、さまざまな仕事を斡旋してくれる。メメリュが見つけてきたこのバイトもどうやらその一つだったらしい。

 俺は以前、地下闘技場に放り込まれたので警戒していたがこれならまだいけるな。とはいえどこの警備かと言うと、風俗街にあるキャバクラみたいな店の警備だ。

 通りに面した入り口に立つのが俺達の仕事だった。奥に行くともう一枚か二枚ほど扉があり、そちらにはそれぞれ店が雇った用心棒を置いてるのだとか。



 三人でぽけーっと見張りをしていると、ぼちぼちと客が入っていく。身なりは整っている人が多いため、割と高級店なのだろうか。



「あ」


 暇そうにしていたメメリュが急に素っ頓狂な声を出した。彼女が視線を向けている先を見るとそこには高級車があって、そこから出てきた高そうな服を着込んだおじさん達を守るように立つ黒いスーツの男達……に並んで一人異質な服装の女がいた。

 周りみんな洋装なのに、なぜかその女だけ剣道着みたいな服を着ている。目立つ水色の髪色に、どこを見ているのかわからない感情の薄い瞳のせいもあって……むさ苦しい黒スーツ男の群れの中に混じるその女だけ「自分の目の錯覚かな?」と思わず考えてしまうくらい存在感が浮いている。


 いやまぁ、俺の知っている女である。


「水蓮じゃん」

「あれが!?」


 俺のボソリとした呟きに黒木が本気で驚く。目を見開き、まじまじと見つめてしまった。


「おおん!? なんだテメェこら!」


 すると周りの黒服に凄まれてしまった。ペコペコと黒木が謝ってる間も、水蓮はポケーっとあらぬ方向を見ている。

 その後、店の客だったらしくおじさん達が店に入っていくと彼らをここまで送ってきた車がいくつか去って、一台だけ一際高そうな車が残される。運転手が水蓮に何事かを囁き、彼女はそれに頷いてこちらに向かって歩いてくる。

 そして、俺達の隣に並んだ。どうやら入り口の外で待つ事になったらしい。


 しん……。と、沈黙が流れた。こいつ気付いてないのだろうか。黒木なんて話しかけたいけど見た目が完全に別人なせいかソワソワとするだけで何も言いやしない。メメリュはどうでも良さそう。


「水蓮、久しぶり。ミィロだよ」


 仕方がないので俺が話しかけると、ゆっくりと水蓮は振り返る。俺は律儀なので、ちゃんと彼女が自称している名前で呼んであげる。


「久しいな、鏡音」


 水蓮はもちろん俺のことを本名で呼んでくる。いや良いんだけどさ。しかしコイツ、メメリュをチラリと見て、その後に確実に黒木のことも見たのにスルーである。

 黒木なんて、俺達と違って元の姿のままなのに。気付いててスルーしているのか? それとも忘れた?


「あ、雨宮……なのか?」

「そうだ。お前も久しいな黒木」


 黒木から話しかけると普通に受け答えしていた。ただのコミュ障じゃねぇか。そのまま会話は続かず、水蓮は街並みを見つめてボケっとしている。


「おい黒木、コイツって昔からこんなだったか?」

「……まぁ、大体こんな感じだったような気はするけど、酷くなってる気はする」


「ねぇ、水蓮。あんたなんの仕事に来たんだよ? この前の金髪は?」

「アイツは別の仕事だ。私はさっき入って行った男の護衛だ。けど中に私がいると邪魔になるからここで待機している」


 俺と黒木がコソコソ話しているうちにメメリュが水蓮と話していた。邪魔になるとはどういうことだろう。


「邪魔ぁ? そう? 見た目良いからむしろ華になるじゃん」

「……私は愛想が良くないし、話すのも下手だ。それに以前、私の身体を不躾に触れてきた輩を斬った際に少々問題になってな」


 本当にコイツ俺たちと同じ日本人か?

 なんか昔の失礼働かれた武士みたいなセリフを吐く元同級生にドン引きしていると、偶然にも酔っ払いが絡んできた。

 近所で酒でも飲んでいたのだろうか、何人かの連れがいて、いずれも全員ベロベロに酔っている。

 そのうちの一人が水蓮の肩に腕を回そうとした。


「おいねぇちゃん、珍しい格好だなぁ……顔も、おっ結構イケてる───


 ずるり、と。酔っ払いの腕が落ちた。文字通りである。肩先から斬り落とされ、地面に落ちた腕から血が広がっていく。


「な、何やってんだお前ーッ!」


 慌ててデバイスによる回復術式を起動して傷口を止血する。酔っ払いはまだ状況を理解してなかった。きょとんとした顔をして、俺の回復術式を大人しく受けている。

 俺は腕を拾い、元の持ち主に押し付けた。すると今更狼狽し始める。


「あ、あっ! 俺の腕がァァァァ!」

「そういうのやってる暇ないから! 早く病院行ってくっつけてもらえ!」


 割と断面が綺麗だったので、くっ付くと思う。俺の回復術式は精々止血程度なので、逆に専門家の治療に影響はないだろう。

 酔っ払い本人とその仲間達……まぁあと周囲にいた少数の人間達には今のを見られていて小さな騒ぎにはなったが、俺の処置が早かった為そこまで大きな騒ぎには広がらずに済んだ。


 しかし店の中なのか扉の前なのか、騒ぎを聞きつけて水蓮の仲間らしき黒服が一人戻ってきていた。


「お前! またやったな!」

「私に猥褻目的で触れようとするのが悪い」


 また……?

 メメリュはケラケラと笑っているが、俺と黒木はドン引きである。いつからコイツはそんな修羅の者になったのか。

 黒服は俺の行動を見ていた為、素直に感謝を伝えてくる。


「すまない、助かった。水蓮の見張りにすぐに一人は戻そうとは思っていたんだがなあ……」


 見張りが必要な護衛ってなんだよ。

 黒服さんは水蓮のせいでいつも苦労をしているのか、ハァとため息を大きく吐き、少し考え込んだ。


「コイツは腕が立つんだが、少々手が早くてな……」


 見てたらわかります。だって刀を振るの誰も止められなかったし。

 水蓮が腰に下げている白木の鞘で包まれた日本刀のような物。それを一瞬で抜き放ち、酔っ払いの腕を斬って鞘に戻した。その動きはあまりにも速く、目では追えたが止める暇などなかった。


「女になって潔癖が増してる気がする……」


 黒木のボソリとした呟きに、なるほどと俺は頷いた。


「元男の感覚が、その整った容姿に向けられる男からの視線に耐えられないわけか」

「そんな大袈裟な話ではない。失礼な視線を向けられ、無遠慮に肉体に触れようとされれば誰だって不快だろう」


 だから俺はそういう話をしてんだろうが。相変わらずどこかズレた感覚で話をしてくる水蓮に少し疲れてくる。

 黒服連中はよくコイツを雇用していられるな……。



 スッと突然、顔に影がかかった。

 夜とはいえ異世島の繁華街にも当然街灯がある。そして今俺たちがいる風俗街は眠らない街と形容するにふさわしい明るさだ。

 なので自分よりも大きな身体の人に見下ろされると、普通に影がかかるのだ。見上げると、そこにはデカい乳があった。

 顔が見えないので僅かに首を逸らすして確認する。銀色の髪に鋭い眼光の三角犬耳をした獣人の美人なお姉さんだった。うーん、見た事がある。



「異世島治安局の者だ。奥の店に立ち入り捜査に入らせてもらうよ」


 ……。俺達は雇われ警備員の身ですので……。

 もし腕を落とされた人からの通報なら、俺は無関係です……。




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ミィロくんヨガとか始めちゃってまぁ。 その内、美容関係もやり出しそう。 そしてヒモを買い始めたかと思ったらママにクラスチェンジしてて草
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