十五話 異世島治安局
『大体のデバイスは術式が3つくらいかな』
俺はメメリュから以前聞いた話を思い出していた。
『身体強化が基本として、あとは1〜2個あるかな? ってくらい。もし、身体強化がないならよほど複雑な魔法なのか……身体強化よりも優先すべき魔法があるか、そこを警戒しないといけない』
爺さんのデバイスにはおそらく、身体強化がない。だってしばらく戦っても使ってこないし。
「『交差拘束術式十三号』」
爺さんの持った杖から飛んでくるバツ印のなんか光る文字の塊みたいなものを大袈裟に飛び退いて避け、地面に着地すると同時に踏み込もうとするが
「《拘束せよ》」
同じ魔法が着地地点に飛んでくるので、身体を捻ってなんとか回避する。
先程から、こんな風に近付く事すらままならない。ちなみにあの魔法を喰らうと、今の俺の左腕のように光の文字が巻き付いて動かなくなる。とても不便である。
しかし、爺さんの動きも読めてきた。身体強化のないジジイの身体能力など知れている。俺は覚悟を決めた。
「死ねジジイ!」
「!?」
捨て身の突貫。身体強化を全開に、俺はまっすぐ正面から突っ込んだ。当然……
「《拘束せよ》!」
魔法を打ち込んでくるが俺はあえて避けずにデバイスを口で噛み込み、右手を突き出してその魔法を受けた。
手のひらの先から肩口まで魔法が巻きつき、俺の右腕が動かなくなる。だが、流石にその行動は予想外なのか爺さんは僅かに動揺した。
「ひねぇ!(死ね、の意)」
チュィィン。爺さんが身体強化を発動して俺のロケットのような頭突きを回避する。使えるんかい。
ゴロリンと転がり、慌てて爺さんを探す。
すると、爺さんの杖の先端が吹っ飛んでいた。まるで銃の薬莢のようだ。頭に疑問符が浮かんでる間に、爺さんは腰のポーチから新しい部品を取り出して杖に差し込む。最初に外れた先端が地面に落ちると同時、爺さんは詠唱した。
「『拘束術式五十七号』」
俺は負けた。
全身に謎の魔力文字を浮かばせながら、力無く横たわっている。そんな俺の元にメメリュが来た。手には死体みたいに力無く引き摺られている五号が掴まれている。
「え? なに? 負けてんの? ダッサ……」
「……はよ助けろよ」
「そうか、五号は負けたか。メメリュくん、といったかな。私達は争うつもりはない、ただ……そうだな、口止めをしに来た」
五号を見て少し驚いた顔をした爺さんが気を取り直してメメリュにそう言った。俺は敗者なのでもはや何も言えない。
「ふぅん。雑魚ミィロを見逃してやるってのが、交渉材料になるとでも?」
「そう取ってもらってもかまわんが……確かに、我々の実験体が君達に迷惑をかけたのは、謝罪したい。後日改めても……な」
ポイっと五号を投げ捨て、メメリュはフンと鼻を鳴らした。
「いいよ別に、元々治安局にチクったりなんかする気ないし。私を襲ったことも雑魚ヨワミィロの分でチャラにしてやる」
「メメリュぅ〜お前はなんて義理人情(?)に溢れたやつなんだ」
「てかあんな雑魚どもかかってきたところで別に……。寝てる時に耳元で煩い蚊の方が嫌度は上なくらいだし」
爺さんは五号が生きていることを確認し、しかしこんなデカいの連れて帰れねぇよと言いたげな顔をして少し黙る。
「ふむ、ではお互い話はついたということで───」
「いいわけねぇだろ。馬鹿かジジイ」
話が終わろうという時に、新たな闖入者が現れてしまった。なんかスレンダーで不健康そうな女だ。ダメージジーンズとボロいシャツがやけに似合っている。ピアスとかめっちゃ開けてそう。
「ろ、六号……っ!?」
「どけよジジイ。そいつらは殺す」
その不健康そうな姉ちゃんは腰あたりからキモい触手を出して、更に両手が何倍も大きくなってかつ体表が腰から出てる触手そっくりになった。
なんだあれ、キモいな。
「うわ、キモ。なんだあれ」
メメリュも同じ気持ちだったらしい。しかし、彼女はそこで気付いた。
「てか……あぁ? 私らを殺す……ぅ? テメーみたいな○○○○罹ってそうな女がァ?」
口が悪い。すげえ口が悪い。下品な罵倒をしたメメリュにドン引きする俺。てか爺さん、そろそろ魔法解除してくれ。
ザッ、と。触手女が一歩こちらに歩いてきた。メメリュが舌舐めずりをしてバットを掲げる。
「………あ?」
しかし、触手女が突然ゴボリと血を吐いて膝をついた。爺さんが驚きに目を見開く。
「六号っ!」
「隙ありッ! 死ねぃ!」
当然そんな隙を見逃すメメリュではなかった。情け容赦という言葉を知らないメメリュは目の前で血を吐く青白い肌の痩せた女に対して、思いっきり地面を踏み込んでバットを振りかぶった。コイツには赤い血が流れていないのだろうか。
「やめて!」
しかしメメリュの非道な不意打ちを止める者がいた。七号だ。空から飛んできた七号が、翼のような『刃』でメメリュの一撃を防ぐ。
しかしメメリュのバットは非常に暴力的である。七号の対になった七枚の刃の全てが防御に使われているというのに、それをまとめてへし折った。
「ぐ、ぐ……」
七号の翼を超えた先で、金属音と共にメメリュのバットは止められる。なんか知らんけどボロボロの黒木が七号の横にいて、黒い刀でメメリュの攻撃を止めていた。
一緒に空を飛んできたのだろうか。バットは受けていないのに、刃を全てへし折られた七号が血反吐を吐く。
「ズィー!」
「七号! なんのつもりだ! 同情のつもりか!」
黒木と不健康そうな女が同時に叫ぶ。爺さんは一歩離れて周囲を気にしていた。逃げる気かな?
「あぁ〜ん? 邪魔すんじゃないぞぉ〜? ボコるぞぉ〜?」
「こふっ……違うよ、ロック。私は、ロックにも死んで欲しくないもん」
「七号……ッ! 安い同情を私に向けるな!」
「無視かなぁ? 殺すぞォ?」
なんかシリアスな会話が七号と不健康女との間で為されているのに、ものすごいノイズが横で睨みを効かせている。メメリュ、ちょっと空気読んだ方がいいと思う。
「メメリュ! 空気読んだ方が良さそうですけど!」
「だってコイツら私のこと無視してるもん。ぷんぷんでしょ、そりゃさぁ!」
「ロック、お前も限界だ。ここまでにしよう」
「そうだよ、帰ろう……?」
「……ッ! くそ、だが、お前……ッ!」
ぶん! ぶん! と素振りを始めたメメリュ。空気を読んでなんとか我慢してるらしい。
ボコォッ! 我慢できなかった。なんとメメリュは不健康女こと六号を蹴り飛ばしてしまった。
「なっ! メメリュ、おま」
「ウルセェっ!」
バキィ! 黒木が殴られた。おいおい、このまま血反吐を吐いてる七号まで殴っちゃうんじゃないかな。
俺が荒れ狂うメメリュを呆然と見ていると、いつの間にか近くにいた爺さんが俺を拘束していた魔法を解いた。
「すまん。あの子を止めてくれ」
「メメリュ待てっ!」
速攻で、再び六号のことを殴ろうとするメメリュの事を羽交締めにして抑える。しかしそれはメメリュの怒りを買う行為だった。
「お前が雑魚いから悪いだろ!」
ゴン、と頬を殴られた。
「アアッ!? テメェ、舐めてんじゃねぇぞ!」
流石の俺もキレる。するとメメリュはさらにキレた。
「ハァァッ!? 誰に口聞いてんだテメー!」
「ハァ? 何様だボケェ!」
「死ねェ!」
「テメェが死ねぇ!」
気付けば大喧嘩だった。
数十分後、二人でラーメンを食べながら振り返る。
「結局、あの後あいつらどうなったんだろ?」
「知らん間にいなくなってたよね」
いなくなったのは俺達の方かもしれないが。
流石に俺達二人は喧嘩する時、互いに身体強化しか使わない。そうなると広い空間を使った戦闘になりがちである。
互いに体重と腕力が釣り合っていないので、よく吹っ飛ぶのだ。で、なんで喧嘩してたのか、機嫌が悪くなってたのか、よく分からなくなったというか、気が済んだので夜ご飯にラーメンを食べているというわけだ。
考えても仕方がない。あの空気で突然喧嘩し始めた俺達が悪いのだ。
*
一週間後、家でのんびりとニュースを見ていると何やら騒がしい話題があった。
『許されざる非道な研究! 同化式研究所の摘発。所長と実験体が逃走中!』
へぇ……。
俺は歯に何かが挟まったような感覚を覚えるが、それが一体何なのかわからない。メメリュも同じことを感じていそうな顔をしていた。
ピンポーン。
そんな時、いきなり家のインターホンが鳴った。珍しいというか、初めてかもしれない。誰だろうと思ってドアを開けると、外には知らない女がいた。
銀の髪に鋭い眼光。そして俺を高いところから見下す長身と、見上げる位置次第では顔すら見えなさそうな大きな胸。
そして、ものすごい『圧』を感じる。尋ねてきた態度とは思えない、威圧的な雰囲気を纏っていた。思わず一歩後退ってしまうくらいだ。
そこで気付く。女の頭の上に三角の犬耳みたいなのがピョコンと立っている。視線を下ろすと、タイトなスカートとストッキングに包まれた脚の後ろからわずかに毛の塊のようなものが見える。多分尻尾だ。
彼女はそう、いわゆる獣人だ。
「失礼。異世島治安局の者だ」
警察手帳みたいなのを眼前に出される。困惑していると、女の後ろからひょこりともう一人顔を出した。
背が低めの、銀犬耳女とは対照的にものすごく物腰柔らかそうな男だ。
「すみません〜。ほんとにちょこっとお話聞かせてもらいたいだけなんですよぉ〜」
柔らかいというか、ふんわりしてた。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべてその男も手帳を見せてくる。
とはいえやはり困惑していると、女の方がズカズカと中に侵入してくる。力がまぁまぁ強くて俺は流されるまま中に追いやられた。
「あ、ちょっと銀波さん……」
男が犬耳女こと銀波を僅かに非難するような声音で止めようとするが、彼女は止まらない。
「あー? だれー?」
メメリュが今更呑気な声を出した。俺はよくわからないので首を傾げる。
「治安局? なんで? なんかしたっけ?」
本気で心当たりがないと言った様子のメメリュに、内心メメリュがなんかやらかしたんだと疑っていた俺は覚えてないだけじゃないの? と疑いを晴らさない。
治安局とは警察みたいなものだ。メメリュが雑にソファーを指差し「座っていいよ」と言うと銀波と男は遠慮なく座った。
俺がとりあえずお茶でも用意するか? と動くと、銀波がその動きに気付いて止めてくる。
「すぐに終わります。あなた方には、違法な同化式研究で公開捜査中の件で伺いました。端的に言うと、関与している疑いがあります」
関与……。
俺とメメリュは目を見合わせた。関与? 関与……。関与かぁ。したかな? したかも? でも悪いことは、してない? いや、したかも?
「なんか実験体匿ったりとか、研究員の人と揉めたり、実験体と殴り合いしたりはしましたけど……」
俺が素直にそう言うと治安局の二人は目を丸くした。そして困った顔を浮かべる。
「う、嘘を言ってる様子はないですが」
「そうだな」
戸惑いがちに頬を掻きながらそう言った男に、頷く銀波。俺としては特に違法なことしたつもりもないし、隠すことはないと思ったので正直に話したのだが。よく考えたら異世島でも暴力行為ってダメなんだっけ? わかんなくなっちゃった。
「あなた達は、研究そのものには関与していない。という認識で良いですか? では、その匿った件について少し話をさせてもらいますよ」
今日は暇だし、相手は警察みたいな組織の人だ。わざわざ心証を悪くする理由もないと思って質問には素直に答えて、当時の事を思い出せる限り話した。
メモを交えて淡々と俺の話を聞いた銀波と男は、やがて俺達が全て話し終えると特にこれ以上何も用事がないのか素直に引き下がった。
「ありがとうございました。ではもしまたあなた方に話を伺いたい事情があれば、尋ねるかもしれません」
「はぁ、まぁ暇なら全然大丈夫ですけど」
そうして帰って行った治安局の二人の背中を見送って、バタンとドアを閉めて一息。
「異世島の警察だしさ、正直もっとガラ悪いかと思ってた」
「まぁ今回、私らは大したことしてないしね」
いやぁ、正直ドア蹴破りながら「治安局のモンじゃい!」くらいの勢いで入ってくる感じかと思ってたとこがある。
それがまぁ普通に物腰穏やかで丁寧だったので、逆に拍子抜けである。最初は強引だったけど、それは銀波さんって人の特性な気もしてきた。
「てかさぁ、ニュースでやってた同化式の研究所が摘発されたやつ……この前の連中の話だったんだね」
そこでふと、メメリュがボソリとそう言った。どことなくテンションが低めで、なんだか俺に気遣うような空気すらある声音にむしろ訝しむ俺。
「あんた途中でニュース見てなかったけどさ、逃亡した所長以外の奴は捕まったし、実験体も逃げた一人除いて死んだっぽいよ」
……へぇ。
「まじか」
「まじ」
そうか。
なんかこうあれだな。俺は少々落ち込んで、ソファにもたれる。
「いや、たった一日の話だけどさぁ〜。すげえ複雑な気分だよぉ」
「まだ死んだのが七号とは決まったわけじゃないけどね」
「いや三号も四号も、お前がボコった五号とか、最後すげえ今にも死にそうだった六号とか他にも居たじゃん! いやそいつらに思い入れはないけどさ、そうじゃなくてその中で一人しか生きてないなら、もう……だいぶ、七号の可能性がアレでこうでしょ!」
しかしそこで思うが、黒木はどうなったんだろう。アイツ普通に捕まったんじゃね? マジかよ。同級生が犯罪者かぁ。しかもついこないだ会った奴が、これもだいぶ複雑だわ。
それなら少しでも関わった者として───
「よし、出かけようかな。ちょっくら治安局まで」
「なんで?」
「面会の差し入れっていうか、異世島って治安局に捕まったらどこに行くの? 留置所ある?」
黒木、シャバに出るまで待っていてやるからな。
*
ザァザァザァ、と。外は大雨模様だ。あの後、留置所への差し入れは何が良いかとか、そもそもどこにあるのかとかを調べた後外に出たらこれである。
治安局の人が来たあたりの時間はまだ降っていなかったのだが、予報だと今日はこの後も止むことはないらしい。
雨だと外を出歩く気力が削がれる。とはいえもうその気になってしまっていたのでメメリュと二人傘を差して一歩外へ出た。
すると目の端にボロ雑巾が写る。いや違う、人間だった。俺達はビルの2階部分に居住しているので、家の扉を開けてすぐに階段があってそこを降りてようやく外だ。まるで中身は大人身体は子供な小学生探偵が居候しているビルのような構造。
外に出てすぐのところ、建物に寄りかかるように人間が座っていた。日本刀のようなものを自分に立てかけるようにして、頭はぐったりと項垂れている。この刀、なんだか見覚えがあった。
「うわぁ」
メメリュが汚いものを見る目で見下していた。そしておもむろに近付き、足で顎を持ち上げるようにして器用に顔を上げる。
刀を見てそうかなとは思っていたが、黒木だった。捕まってなかったのか。こんなところで何してんだろう。
メメリュが足を下ろすと、黒木の顔も重力に引かれてまた項垂れた。
さっき顔を見た時、普通に目は開いてたけど気力がないらしい。死んだ魚のような目をしていた。
「なんだコイツ、女々しいな」
そんなこと言うなよ。
どう考えても摘発とか、実験体死んだ件とかで落ち込んでるやつじゃん。
「黒木、とりあえずウチこいよ」
と言うわけで部屋に連れて帰った。雨に打たれてびしょ濡れだったのでシャワーに放り込み、しばし待つ。
「めっちゃ落ち込んでたな」
俺が少ししんみりして言うと、メメリュはめっちゃ笑ってた。
「見た? あんな絵に描いたような絶望顔……中々できないよ」
最低だよお前は。人の悲しみを土足で笑いものにして……。俺は同級生が受けた精神ダメージを想像すると、自分の胸も痛くなりそうだと言うのに。
しばらくしてメメリュの持っていたなるべく大きめの服を、なんとか着せた黒木を見て俺は爆笑していた。
大きめとはいえ黒木の身体には小さめのパーカー。ピチピチのショートパンツ姿はダサすぎて笑う他ない。
メメリュなんかは「それ弁償しろよ! もう要らないから新しいの買ってこい!」と憤慨していたが、仕方ないではないか、男物の服ないし、元々着てた服は雨に濡れてビチョビチョだし。
「た、頼む鏡音……服を、服を買ってきてくれ……ッ、金は絶対払うから……っ!」
羞恥心からか顔を真っ赤にして黒木は言う。まぁ仕方ねぇか、俺は財布を持って服を買いに行くことにした。そこで言い忘れていた事を黒木に伝える。
「めっちゃチン○はみ出てるよ」
「ほんとだ」
「もっと早く言えよッ!」