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十四話 被験体六号

 


 黒木クロキ八須ハチスは、“あの時“目の前で鏡音カガミネイロが燃やされるところを見ていた。修学旅行での観光中に異域アウターゾーン発生に巻き込まれる未曾有の事故に遭い皆が混乱の最中、鏡音色は見知らぬ女の子のために身体を張った。


 その時は、恐怖の感情しか生まれなかった。気付けば走り出していて、次に気付けば異域アウターゾーンの外に居た。記憶はほとんどない。色んな化け物に出逢った気がするし、ハンター達に助けてもらった記憶もある。

 それら全て、曖昧な記憶しかないくらい……黒木は逃げて逃げて、逃げることしかしなかった。



 黒木はどこで拾ったのかわからない、日本刀のような物をその手に握っていた。これがマジカルデバイスであるのだと気付いたのは偶然だった。


 彼らとの出会いのきっかけは、今になって思い出してみてはどこかよく分からない場所で、ぽやりと佇みながら刀をいじくり回していたら話しかけられたのだ。


『おや、君のような子供が持つには随分と大仰なデバイスだ』


 シャルマスという、爺さんだ。

 シャルマス同化式研究所の所長である。


 黒木は、デバイスのことが何も分からなかった。それに今の状況も、どうすれば家に帰れるのかも。だからシャルマスにそれを正直に語る。するとシャルマスは困ったように眉を下げ、少し考え込んだ。


『……私についてこないか。住むところも、働き口も簡単には見つからないだろう』


『君には《魔力ファルナ》が宿っている───既に、この《異世島かんごく》の中に囚われているのだ』


『私は、このいせしまを破る術を求めている。これは、純粋な同情心と、親切心だ。ついてくるならば、歓迎しよう』


 その言葉に嘘偽りはなかった。研究所の研究者達も皆が普通に親切で、どこの誰とも分からない黒木という子供に対して親身に接してくれた。

 彼らに欲があったとすれば、黒木の持つデバイスの解析だろう。黒木のような子供が無防備に持つには過ぎたシロモノらしい。もし初めに出会ったのがシャルマスではなく、そのデバイスの価値を分かる悪人であったならば……黒木の身は一体どうなっていたか。




 彼らは黒木から見れば純粋な悪人ではない。そう思いたい。

 ただ求める『研究』があり、その一点においてのみ───俗人には理解し難い理屈で動けてしまう。(黒木は彼らが三号と四号を使ってミィロとメメリュを強襲した事を忘れています)




 働かざるもの食うべからず。黒木には『実験体』達の世話の一部を任された。


 七号と呼ばれた少女は、彼らの中で最も『普通』だった。






「クロキ、お前は自分がやったことが、分かってんのか?」


 ズィーは研究所に戻ってすぐに調整室へ運ばれた。研究者達は特に黒木を怒るようなこともなく、ただ淡々とズィーのデータを取りながら抑制剤を投与していく。

 黒木に出来ることは何もない。シャルマスが留守にしているのが少し気になるが、気にしてもどうしようもない。

 複雑な感情を抱えながら、黒木は訓練室の掃除をする為に扉を開いた。そこで待っていた六号が、挨拶もなしにそう言った。


「ロック……。何が、言いたいんだ」


 六号ロックは軽蔑するような視線を黒木に向ける。ため息を吐き、頭をガシガシと掻いた。随分と苛立っている。


 六号ロックは長身でスレンダーな女性だ。シルエットは健康的な体型に見えるのに、彼女と相対すると姿勢に肌の色や気怠げな表情、深い隈も相まってか非常に不健康な印象を受ける。

 隈や肌は、それなりに濃い化粧をしているのに隠しきれていないのだ。年齢は20代前半のはずなのに……黒木は、彼女を見ていると悲しい気持ちになる。それを察せられてよく「同情するな」と六号ロックには怒られているのだが。


「お前は残酷だよ。幼く、愚鈍だ。研究者あいつらから話は聞いてるはずだろ。私達に同情をするな、それが最も私達にとって侮蔑になる」

「違う、違う! そんなつもりじゃない」

「ガキがさ、一丁前にヒーローのつもりか? 何が出来る! 元々死ぬ命だった私達の、せめてもの足掻きを! お前は勝手に憐れんで! 自己満足に七号ズィーに地獄を見せた!」


 六号ロックと黒木が初めて会った時から、彼女はつっけんどんとした態度を崩さず黒木を子供扱いしていた。

 しかし、ここまで激昂した姿を見せるのは初めてだ。無愛想で、口が悪い彼女はそれでいて優しい女性だった。


 しかし今、目の前の彼女は黒木に殺気すら向けている。


「お前は出会った時に追い出しておくべきだった! ジジイが、同年代の子がどうこう言い出した時点でもっと否定すべきだった! 何故、そんなにも酷い事ができる! お前には……健康な体に生まれたお前には、私達を理解できるわけがないんだよ……っ」


 泣きそうな顔で、六号ロックは黒木を睨みつける。黒木も泣きそうだった。七号ズィーだけでなく、六号ロックも黒木にとっては見捨てておけない人になりつつある。情が湧いたという言い方は傲慢だが、人は関わるものに対して心を預けるものだ。


「違う、ただ俺は、ズィーがやりたいって……楽しい思いをさ」

「それが残酷だと言うんだ! 知らなければ知らずに死ねた! 知った今、七号ズィーはその掴めぬ幸せを一生抱いていく事になる。短い一生にだ!」


 グッと、黒木は言葉に詰まった。絞り出せたのは「短い、だなんて言うなよ」なんていう、どうしようもない言葉だ。


 それが、逆鱗に触れた。いや、ここで待っていたからには最初からそのつもりだったのだろう。六号ロックは自身のデバイスを起動する。

 パキパキ、パキ。腰骨の中心から湧き出すように赤黒い触手が2本。更に両肘から這い出て伝うように指先まで同じ赤黒い触手が伸び、それはやがて六号ロックの手を数倍大きくしたような5本指の爪を形成した。



 名を、身体同化型・神遺製レガシー魔導器デバイス暗澹たる海星(リヴァイアサン)》。六号ロックのデバイスはこの研究所でも随一の成果である神遺製レガシー魔導器デバイスの同化式に成功したものだ。



 レガシーデバイスは通常のマジカルデバイスと比較して一つの大きな特徴がある。


 それは、強度だ。


 異世島に数多く出回っているマジカルデバイスの本体や術式回路の強度はピンキリだが、レガシーデバイスはまず間違いなく……強靭だ。

 それはつまりどれほど強大な魔力ファルナを注ぎ込んだとしても、回路が損傷することなく魔法として出力されるという事だ。


 六号ロックから目を覆いたくなるほどの魔力ファルナが放出される。それは全て彼女のリヴァイアサンに吸収され、赤黒い体表をドクリと大きく脈動させた。

 まず身体強化は発動されているだろう。しかし六号ロックはそこで動きを止めた。


「クロキ……いや、ハチ! 呼べ、お前のデバイスを……! 異世島に呪われし証明を! 私は今から───お前を、殺すぞ」


 黒木が望んでか望まずか、あの刀はいつの間にか腰に提げられている。いつの間にか手の中に収められている。

 六号ロックからの殺意を全身に浴び、黒木は思わず柄を握り込む。そんなつもりはないはずなのに黒木の魔力ファルナが注がれて、「リィィィン」と鈴の音のような駆動音と共に、柄頭に施された数枚折り重なった羽根のような意匠の金具が開いていく。


「抜け。私はお前を、本気で殺しに行く。だから───本気で抵抗しろ。そうでないと、夢見が悪い」

「そんなの、勝手だ! ロック……!」


 黒木の刀に刻まれた魔法術式の一つ、『身体強化パラメータ』が発動される。視覚に写った多角形のグラフで、望んだ身体能力を強化するとその項目が鋭く尖っていく。



 ヒュン、と。風を切る音がした。

 黒木が刀を抜き、顔の横に盾のように構える。とほぼ同時にリヴァイアサンの腰の触手が叩きつけられた。

 激しく響く衝突音は黒木の片耳から聴力を奪う。咄嗟に筋力の数値を『身体強化パラメータ』で伸ばし、平衡感覚を僅かに失いながらも黒木は触手を受け流すように利用して自分の身体を遠くに弾いた。


 追撃はない。


「ハァ……ハァ……。やめてくれ、争う気なんて」

「そんな問答は無駄だ。言っただろ、本気で来い」


 黒木の日本刀型デバイスの刀身は真っ黒に染まっていた。先程のリヴァイアサンによる攻撃でも刃毀れ一つしておらず、その強度はレガシーデバイスに匹敵し得る事が伺える。


 聴力を身体強化で補強し、黒木は刀を構えた。雨宮流と呼ばれる流派の剣だ。とはいえ、黒木は相手を傷付ける目的で刀を振るった事などない。日本人としては普通の事だが。



 瞬きをすれば、リヴァイアサンの爪が迫る。六号ロックがまっすぐ突っ込んで右の爪を振るったのだ。黒木は膝を落とし、下から掬い上げるように爪を逸らした。

 即座に左の爪を繰り出す六号ロック。膝を後ろに伸ばし、退がりながら刀で弾く。腰から伸びたリヴァイアサンの2本の先端が妖しく光った。


バレット……ッ!?)


 バレット系の術式。対して黒木の刀は白く光る。拡張系術式、複合型斬撃強化“白攻ビャッコウ”。


「雨宮流、双孤ソウコ!」


 魔法『白攻ビャッコウ』は刀身を白く輝かせ、黒木の振るう雨宮流の剣技を拡張した。リヴァイアサンから放たれた二筋の光線を、伸びた剣閃が切り裂く。

『白攻』で拡張された斬撃は『バレット』のそれと同じく魔力で構成されたものだ。故に双方は衝突するし、相殺し合う。


「雨宮流……三山華サザンカ


 間髪入れず、黒木は雨宮流の剣技を放つ。『白攻』により拡張された三連斬撃が六号ロックの足元を走る。

 六号ロックは、微動だにせずそれを見送った。呆れ顔にため息。六号は額を押さえ、軽蔑にも似た視線を黒木に送る。


「ハチ、お前には心底ガッカリしてる」


 今の攻撃を当てなかった事だろう。だが黒木にそんなことができるはずもなかった。


「お前、命を軽く見てんだよ。他人も……お前自身も。ガキだからって、もう逃げられない。見ろよ、現実を。私を、見ろ!」


 本気の殺意だ。

 黒木はそれに当てられて、何も出来ない。指一つ動かすことが出来なかった。


 全開攻撃フルアタック六号ロックのリヴァイアサンの全ての触手が攻撃行動に使用される。その矛先は全て黒木だ。殺意を向けられてすぐに全力で迎撃に当たっていれば、間に合っただろう。

 ここで初めて、黒木は死を予感した。


「『シールド』。もうやめて、六号ロック……」


 だがそうはならなかった。その事を、黒木はずっと後悔することになる。



 立ち塞がった七号ズィーの手の先から発動された『シールド』は、込められた大量の魔力ファルナとそれを過不足なく出力する同化式デバイスの利点を確かに発揮して、リヴァイアサンによる強力な攻撃を全て防いでみせた。

 同化式の利点の一つに、発動と展開の速さがある。攻撃一つ一つの威力に関してはレガシーデバイスの強靭さに担保されたリヴァイアサンに軍配が上がるが、七号は『シールド』を小刻みに連続して展開することで出力に劣る魔法でもリヴァイアサンの攻撃を減衰することができた。



七号ズィー、やる気なんだな?」

六号ロック、あなたがやる気ならそうなる」


 六号と七号、双方の眼球が充血する。

 全身の血管がわずかに膨らみ、皮膚の表面に凹凸を作った。


 コァァァァ……。

 チュィィィィン……。

 体内に内蔵された二人のデバイスから、外部に漏れるほどの駆動音が響く。大きな魔力ファルナを注ぎ込んだ事で、デバイスへの負荷が上昇しているのだ。



「『暗澹たる海星(リヴァイアサン)』ッ!」

「『刃翼ブレードウィング』っ!」


 互いに、互いの力量は理解している。

 故に、二人は全力で衝突した。





 *




「我々が同化式の被験体として選んでいるのは、既に人の手無くして生きることのできない……内臓機能が不全の子達だ」


 なんかメメリュと五号の後を追いながら歩いていると爺さんがそんな説明をし始めた。「そうなんすか」と適当に答える。


「元々足りない機能を補うついでに、デバイスを埋め込む……そうすることで、術式回路との拒否反応を……」


 それを俺に説明して何になるのだろうか。

 いや確かに、七号ズィーに対してなんか可哀想だなァみたいな同情心はあった。いやなんか雰囲気的に短命っぽいし。

 けどそれはものすごく傲慢な考えじゃなかろうかと、多感な中学生である俺は感じるわけだ。まぁ人には人の事情があるよねっていうかぁ。


「……そもそも、この異世島において魔法はデバイス無くしては使えない。それが、おかしいのだ。私は異世島で生まれた人間ではない。外からここに来た。故郷では自分の手足のように魔法があったのだ」


 ぼんやりと話を聞きながら歩いていたら、ちょっと興味のある事を話し始めたので聞き返す。


「え? 異世島の外って地球以外にもあるの?」

「地球……そうとも、異世島はあらゆる世界を渡り、あらゆる世界と繋がっている。異域アウターゾーンはそれ故に産まれるものだ。そして、黒木のように外から異世島に囚われた人間が居るように……『外』は、今異世島が存在するこの地球以外にもある」

「へぇ〜そうなんすか。俺も地球ってか、日本出身なんすよね。黒木と同級生。身体違うけど」


「む、そ、そうなのか。なるほど……そういった事例も、聞く話ではある。それでいうと、私は黒木のように元の体のままここに来た」


 出身は違うけど似たような被害者ってことかな? 親近感湧く話じゃん。俺はニコニコと少し心を許した。魔法が普通にある世界から異世島に来たってことかなぁ。ちょっと行ってみたいなぁ。


「君たちにも理解はしてもらえないかもしれないが、私のような人間にとってデバイス以外の魔法を奪われたこの異世島はとても息苦しく、辛いのだ。だからそこから逃れる術を研究している……同化式は、元の姿に近付くための術なのだ。手足を奪われた、私のような人間の……」


 周囲に人や建物のない、開けた場所に出た。大きな川の河川敷だ。今の時間は人がほぼいない。

 爺さんは足を止めて、こちらを振り返った。


「黒木と七号の件については、迷惑をかけた。今も五号がかけているが……申し訳ない、気が済めばすぐに連れて帰る。それと、頼みが───「ずっとベラベラとさぁ、気になってんすけど」


 話を遮って、俺はニコリと笑顔で爺さんを見る。


「何が目的か分かんないけど、言いくるめようとしてるよね? なんか色々と言われてもさぁ、よくわかんないんだけど」


 ポケットからデバイスを取り出す。爺さんは見るからに眼光を鋭くさせて、持っていた杖をギュッと握った。


「急に殺されかかったこと、別に忘れてないんだよね。所詮、あんたらはそういう人達だってことでしょ。やましい研究? なのかな? あんま公にしたらまずいのかな?」


 海で黒木と七号を見かけた時、絡んだ俺たちに対して白衣の連中がやったことといえば、三号だか四号だかによる不意打ち襲撃である。忘れるわけないだろ。


「でもそんなのはどうでもよくてさ、もうはっきり言うけど……言葉で納得する気なんてないから、何かを分からせたいなら『力』で来てよ」


 チュィィィィン!


 デバイスの駆動音を無意味に響かせる行為は威嚇に他ならない。相手は爺さんなので配慮してやったのだ。やる気出たなら構えろ。とね。


「もう背中見せる気ないんだよこっちは、テメェらがやってること理解してんのかよ。確かにこっちからウザ絡みしたけど、急に殺しにかかってくるわ、俺達を待ち伏せして襲いかかってくるわ……今更ごちゃごちゃ言葉を並べ立てられた所で、そんな奴の言う事を大人しく聞いてられるか」


 つまるところそこである。

 もうなんか、正当性を主張してた? もしくは同情を誘っていた? 今更いくらどんな言葉を並べられた所で、こいつら口封じに殺しにかかってくるタイプのマッドサイエンティストでしょ? という俺の偏見は覆らない。


「できれば手荒な真似なく……話し合いで、以降我々に関わらなければそれでよかったのだが」

「でも黒木知り合いだし、またあいつらが遊びにきたらそうもいかないじゃん。その度に襲われてたらたまんないよ」


 爺さんの杖はマジカルデバイスだ。ゆるりとそれを構え、爺さんの目から緩さが消えた。


「君はあまり利口ではなさそうだ」

「うるさいな……話が、なげーんだよ」


 俺は自分で言うのもなんだが、多感な時期なのだ。いわゆる反抗期とかその辺りである。大人からこんな扱いを受けたら、反発するしかないだろうに。やれやれ。俺は身体強化を発動した。







TIPS

メメリュとミィロ視点だと二人が適当で記憶する気もないややこしい単語が、視点が変わるとここぞとばかりに頻出しますが仕様です。

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