十二話 真剣な場に水を差したい
それから三日間ほど、イカが大量発生した海岸ではイカ祭りが開催されていた。イカ焼き、イカフライ、その他イカ料理の数々をあらゆる屋台で競うように出し、テントの軒に独特な文字で扱っている商品名が書かれたその様子は日本における縁日そのものと言えた。
「めっちゃ日本の祭りに似てる」
「数年前くらいからこのスタイルなんだ。旅行に行った誰かが真似して、それを見た人がさらに真似をして〜みたいな」
最終日の清掃アルバイトを終えてイカ焼きを食っている俺がぼそりと呟くと、偶然横にいたガゥダーさんがそう答えた。
ちなみに清掃バイトというかむしろこのイカ祭りの本来の主目的でもあるのだが、海岸に大量発生したイカを狩り尽くした結果残るのは当然のように異臭を放つイカの残骸である。
イカの肉体全てを商品利用に回収することなど到底無理なので、残った残骸は狩猟後数日をかけてハンター達で清掃をする。
これに参加することで給金とギルドへの信用点を稼ぐことができる為、いつか日本へ帰省する為にハンターランクを上げたい俺は積極的に参加することにしたのだ。メメリュは家で寝てた。
最終日ともなれば、暗くなる前に清掃箇所は完全に無くなっている。なので俺もせっかくならとイカ祭りの屋台を回っているのだ。
いや昨日までも帰りがけに何かしら食べて帰ったけど、今日ほどゆっくり回った日はない。
でもだからと言って特筆することはなかった。ゆるりとガゥダーさんや他ハンターと雑談しながらダラダラする。祭りというからにはハンター以外の一般人も多く参加しているものの、イカを食う以外に大きいイベントがあるわけでもなく休日のショッピングモールのフードコートさながらの喧騒程度である。
その後一人になりボケーっと水平線を見つめていると、なんだか不思議な気持ちになる。海は日本と大差なく、しかしイセイカの様に地球にはいないが似た生物が住んでいる。
登っている太陽は地球から見えるものと変わらないらしい。異世島は伊勢湾よりも大きいが……いかなる魔法なのか、次元と空間を歪めて伊勢湾海域に存在する"らしい"異世島の気候は日本に近い。
「おっ、いたいた。何してんの」
夕暮れも近くなり僅かに空が赤らんできた頃、どこからかメメリュの声がした。振り返ると、イカの丸焼きを食べながらメメリュが手を振っている。いつの間にかこちらに来ていたらしい。
「なになに、ホームシック? こっから日本見えないでしょ」
ホームシックか、俺はそうなのだろうか? と自問する。メメリュの言う通り日本は見えない。しかし、確かに水平線の向こうにはあるはずだ。純粋に距離が遠くて見えないのだ。
「いや、俺は必ずしも帰りたいわけではないんだ」
「? なんで?」
自嘲気味に笑う俺にメメリュは心底から不思議そうな顔をする。それもそうだろう、俺は本気で故郷に帰りたいという想いを顔に出しているのに、帰りたくないという気持ちも本物で顔に出ているのだ。
「……日本には、高等学校という場所があってだな。どの学校に行くかで人生が決まると言っていい。更にその先には大学があり、どの大学に行くかでその後の人生を左右される」
そこで一度区切り、俺はわかるか? とメメリュに聞いた。
「しらん」
「俺は今年、高校への受験がある。しかしもう……手遅れだ。手遅れなんだ……間に合わない」
「へぇ……」
どうでも良さそうにメメリュは海岸を見つめていた。寄せては返す波を見つめ、俺の話はマジでどうでも良さそうだった。
「なんだあいつら」
ふと、メメリュがそうぼやいた。目線の先を追うと、波打ち際でキャッキャっとはしゃぐ男女二人組の姿があった。カップルだろうか。
女の方がものすごくはしゃいでいて、それを男の方が少しスカした感じで見つめている。
「わたし海初めてなのー」
メメリュがアテレコし始めた。
「ふっ、これからいつでも連れてきてやるよ」
俺も男役で始めた。
「すごーい、しょっぱぁーい。えーい、水鉄砲だぁ」
「おいおい、やめろよ濡れるだろ。全く、可愛いやつだぜお前はよぉ」
そんな感じでメメリュとやんややんやと楽しんでいたら、ふと気付いた事があった。あの男の方、知り合いじゃね?
「はぁ? また? お前の知り合いどんだけいんだよ」
「いや俺も不思議なんだけど、多分さ、修学旅行の時に結構多くの人数が異世島に取り残されてるよね」
まぁ知り合いだから話しかけに行く、というわけでもなく俺は頬杖をついてボケっとしていた。しかし、今までに会った知り合い……というか同級生達は、目の前で女と遊ぶ彼を除いて二人だ。
なんかどっかの異域で会った『彼』と、以前やたら威圧してくる金髪と一緒にいた『水蓮』。
二人とも、なんか知らんけど男だったのに女になってた。いや俺もそうなんだけど、漠然とではあるが自分含めて三例もあると、もはやそうなるものだと思っていた。
「あいつは、『そのまま』だなぁ」
「そのまま?」
「そう。俺や水蓮のようには姿形が変わってない。なんていうか、あの頃の姿っていうか……元のままっていうか……」
修学旅行のあれから数ヶ月。その程度とはいえ育ち盛りの俺達くらいの年齢なら「男子3日会わざれば刮目してみよ」という言葉通り、どこか大人びて見える。
身長もわずかに伸びたのだろうか? しかしまだ幼さが残る彼こと『黒木』の腰には何故か日本刀みたいなものが提げてある。なんだよあれスーツ姿に日本刀って、ちょっとクセが強過ぎるよ黒木くん。
「そういや、あいつも雨宮流習ってたんだっけか……」
「なにそれ」
「この前会った、水蓮の家がやってた剣術。居合だっけな……いや違ったかもしれない」
「水蓮、あいつか〜。あいつほど強くなさそうだけどな、あそこのやつ」
「水蓮がおかしいんだよ」
水蓮こと雨宮は日本時代からちょっとおかしかった。なんか暴走族のバイクを木刀で叩き斬ったとかいう誰が聞いても誇張されてるだろって感想を覚える伝説もあったくらいだ。
まぁその暴走族のバイクを斬ることになった騒動の原因は俺なんだがそこは別にどうでもいい話で、俺は雨宮がバイクを叩き斬るその瞬間を見ていたので事実だと知っているのだが。
「『身体強化』、オン」
聴力を強化して盗み聞きをする。中学時代の知り合いがどう考えてもカタギじゃない装いをしていたら流石に気になる。
『私、一生の思い出になると思う。ありがとう、海を見せてくれて』
『……別に、また来ればいいだろ。そんな言い方をしないでくれ』
『……そうだね、また……来たいな』
なんか女の方が死亡フラグみたいなの建ててる。同い年くらいに見えるが、なに? 病気で死ぬの?
「なんか女の方が死にそうなんだけど 笑」
笑うなよ。なんて最低なやつなんだこいつは。
『……もう、時間みたい』
『……いいのか?』
女の方がどこか遠くを見て寂しげにそう言うと、黒木がどこか辛そうな顔をしてそう聞いた。
『うん。いいの。楽しかった……ほんとに。おっきなイカが生きてるとこ見れなかったのは残念だけどさ』
そんな大したもんじゃなかったぞ。
スルメ状態の方がまだ可愛げあるくらいだ。でも、どっちも臭いので残念に思う要素がないと教えてやりたい。
ザッザッザッ、と。砂浜を無遠慮になんだか白衣を着た人間数人と、そいつらの背後に付き従うやけにデカい男が黒木と女の元へ真っ直ぐ向かっていた。
そのやけにデカい男は、どうやらただの人間ではなさそうだ。スーツのような物に身を包んではいるが、やたら肩が突き出している。パッドを入れてないのだとすれば、とんでもない肩幅をした骨格の持ち主ということになる。
異世島には獣の特性を持った獣人や、機械の身体を持つサイボーグがいる。その類だろうか。顔は交通事故に何回遭えばそうなるんだってくらいボコボコに角ばっているので、サイボーグな気がする。
いやでもな……袖を肘まで捲った腕とか、そもそも顔面にもバキバキに血管が浮き出ている。肩幅がすごいことになる系の獣人かもしれない。
『実験体七号、家出はもう十分だろう? 研究所に帰ろう』
白衣の一人がそう言うと、黒木が立ちはだかるように女の前に立って怒りを隠さず口を開く。
『ズィーを、そんな名で呼ぶな』
『……クロキ、君は七号に入れ込み過ぎだ。互いに不幸なことになる』
『──ッ! 誰の、お前らのせいだろっ!』
『今はよしたまえ。君も大人になりたまえよ。何様の立場でそれが言えるんだ』
なんか揉めてる。
俺とメメリュは目を見合わせた。
「なんかさ、めっちゃ邪魔したくない?」
メメリュが真顔で急にそう言った。わかる。そう俺は頷いた。
「あれでしょ、こう……実験で研究所から出られない女の子を外に連れ出した的なやつでしょ、アレ。うわぁ、黒木の奴めっちゃこう……テンプレちっくな感じの、展開じゃん?」
俺は少し心を躍らせた。悔しげに歯を噛み締める黒木と、横で哀しげに微笑む女の子。二人を見ていると思うのが、まぁ本人達は悲痛な面持ちだが俺からすれば漫画やアニメ的展開で……劇的だよねって。
「うわぁ。あの、アレのさあ、大人の事情と欲望、そして子供の感情と癇癪が入り混じってるあの空気、そこに冷や水差したいんだよね、めっちゃ」
ケラケラと笑いながらメメリュがあまりにも雑な理由を語り始める。しかしなんだか分かってしまう。
俺達は簒奪者……世間からは少し見下されがちな誰でもなれる自由業だ。当て字通り、俺達は簒奪者なのだ。
なので、目の前の物語からドラマ性を簒奪するのもまた、ハンターの性というものだ。
自分で言うのもなんだが、俺とメメリュは少々悪い組み合わせだ。互いに一人の状態ならば止まれる状況でも、二人揃ってしまうとついつい悪ノリが過ぎることがある。
ということで、俺とメメリュはフラフラと黒木達の元へ歩いて行き、彼らにウザ絡みをした。
「なになに〜? 楽しそうな話ししてるぢゃぁん」
「俺たちも混ぜてよー、ギャハハ」
どうみてもタチの悪いチンピラである。しかし見た目だけは可憐な少女なのがメメリュだ。そして同じ見た目の俺もまた可憐な少女である。
そんなややこしい双子に急に絡まれた一行は目を丸くした。今までのシリアスな空気が少し凍り、困惑の表情をこの場の皆が浮かべている。
と、言いたいところだが───白衣の一人が短気な奴だった。俺達がウザ絡みして即座に、自分の近くに立つやけに肩幅がデカい男に手で指示を出した。
「ガァァァァ!」
ドォォォン! と、腹の底まで響く音。やけに肩幅がデカい男の筋肉が膨らみ、俺に向かって拳を振り下ろしたのだ!
それを俺が腕を交差して受け止めたのが先程の音の正体である。俺は砂浜に首まで埋まった。デバイスの駆動音が聞こえなかったが、素の身体能力でこれか?
「なにっ! 生きているだと!」
砂の外に出ているのは首と腕だけである。首から下がほとんど埋まったせいで普通に動けなくなったのでわしゃわしゃと外に出ている腕と首を適当に動かしていると、肩幅デカ男に俺をぶん殴れと指示を出した白衣野郎がめっちゃ驚いていた。
「はー、『同化式』かよ。動物虐待だろそれはさぁ」
そんな油断をしているせいで、肩幅デカ男の眼前でバットを振りかぶるメメリュに反応が遅れてしまっている。どうやら肩幅デカ男は指示無く動くのが苦手なようで、跳躍したメメリュがまさに目の前にいるのに反応が鈍かった。
「『同化式』って何?」
バゴォ! 顔面をバットで思い切り叩かれて、肩幅デカ男の身体は回転しながら吹っ飛んでいく。
「駆動音、聞き取りづらかったろ? デバイスを身体に埋め込むんだよ。んで大体、拒否反応起きて死ぬらしい」
「えー、やば」
軽々と自分の二倍は体積がありそうな男を吹き飛ばしておいて、涼しい顔をしたメメリュが余裕の表情で俺の質問に答える。
よいしょっ、と。砂から脱出した俺はパンパンと砂を払い、一発あのデカいのぶん殴ってこようかなとアイツが飛んでいった方を見るが、遠いのでやめる。立ち上がってこないし。
「な、なんなんだ貴様らは!?」
「あーん? 通りすがりだけどぉ?」
「ちょ、何? 急にデカい声出さないでよ、びっくりするじゃん」
焦った顔で俺達を叱責してくる白衣にメメリュは耳をほじりながら、俺はわざとらしく自身の体を抱いて怖がった。
「ミィロ、上」
「あん?」
突然メメリュが上を指差す。その先を見ると、何やらこちらに向かって飛来するものがある。とりあえず『盾』を発動してみた。
直後にバァァン! と半透明の『盾』に何かがぶつかってコウモリみたいに張り付いた。
「きっしょ……」
メメリュの呟き通り、少しキモい物体だった。
たぶん、人間の男だ。上半身裸で、肋骨と恥骨がはっきりと浮き出た異様な痩せ具合だ。顔面には人相が分からない妙なマスクを付けている為に、“多分“人間だという表現になった。
背中には、機械で出来た翼のようなものが生えている。というよりは推進器というべきか。先端から火を噴いて推進力を生み出していたらしい。
「ギギ……『右腕』……」
痩せ男の背中から解けるように機械の翼が消えて、代わりに右腕が『換装』した。大砲のような機械が右腕に代わって現れて、その銃口が『盾』を破壊せんと光を蓄え始める。
「ミィロ初めて見るんじゃない? あれが『機界』傾向の人間が使う『換装』だよ」
メメリュがご機嫌に解説してくれるが、上の大砲マンのチャージは今にも完了しそうだ。
「やばいの? それって」
「さぁ? 魔法もそうだけど、そいつ次第でしょ」
「ふぅん」
パッと『盾』を消すと、わずかに大砲マンの体勢が崩れた。しかしすでにチャージは完了している。今にもその銃口は火を噴くだろう。
もちろん俺はその銃口目掛け地面を強く蹴って跳躍し拳を突き出した。『身体強化』全開である。響き渡るデバイスの駆動音はやはり俺のものだけ、この大砲マンも『同化式』とかいうデバイスを使っているのだろう。
まぁそれがなんなのかよく分かんないのだが。
大砲から放たれた光弾を俺の拳は突き破り、そのまま機械の右腕をかちあげた。跳ねたその腕は大砲マン自身の顔面に直撃し、顔面の何処かから血を溢れさせる。そのまま大砲マンはぐらりと力を失って、重力に引かれて砂浜に叩きつけられた。
僅かに遅れて着地する俺。周りを見渡すと、ポケッとしているメメリュ以外の面々は俺達を強張った顔付きで警戒している。
「さ、三号と四号が……続け様に……」
「五号と六号も出てきそうな展開じゃん」
確かあの女の子のことを七号って呼んでたよね? まだあと二体も出てくるのか? 一号と二号は失敗でもして死んだるのかな?
「はい! もういいでしょ! ほら、あんたらも一旦こっち来る!」
パンパンとメメリュが手を叩きながら場を締めに入った。キョトンとする一行を一切気にせず、メメリュは黒木と七号の背中を押して俺の方へ来る。
「よし、なんか研究者っぽいあんたらは一旦出直してこい、な? 早くその二つの粗大ゴミ回収しないとダメでしょ?」
ニコリと三号と四号を指差してメメリュが言うと、あからさまに侮辱されたと感じた白衣の人間達が眉を顰めながら、しかしこちらを警戒して一歩後退る。
「っち。貴様ら、もしや……あの研究所の……ここは一旦退いておこう」
白衣の人間達(ちなみに四人くらい居る)でコソコソと何事かを話し合って、どうやら退散することに決めたらしい。
「七号、とりあえず好きにしているといい。だが貴様自身がよくわかっているだろう。すぐ、帰ってくることになる」
七号と呼ばれる少女は、白衣の連中から捨て台詞のように吐かれたその台詞に顔を曇らせ、僅かにうつむいた。黒木は唇を噛んで彼女を庇うように白衣の連中からの視線を遮る。
その様子を見届けて、白衣の奴らは「ふん」と鼻を鳴らして去っていった。アイツらはあんまり鍛えてなさそうな身体付きなので、多分運ぶ事ができないのか三号と四号はそのまま放置である。
「……ズィー、あいつらはたぶん三号と四号を回収しにここに帰ってくる。今のうちに離れよう」
「でも、どこに?」
「よっしゃ、ミィロ帰ろっか」
「お前こんだけ場を荒らしておいて責任取るとかないの?」
というわけで、黒木と七号は俺達の家に来ることになった。