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一話 異世島にはドラゴンが飛んでる



 空を駆ける羽の生えた大きなトカゲ。日本では一生お目にかかれないような雄大なその姿を持つファンタジー生物を見上げ、俺はこんな状況だというのに思わず感嘆の声を上げてしまった。


 修学旅行の集団行動中なので、周囲にいる俺と同い年の少年少女達や先生方は大慌てだ。大勢でごった返しの大騒ぎ。みんながこの場から逃げようとしている。


 その喧騒から少し離れて、俺はドラゴンをずっと見上げていた。かっこいいからだ。修学旅行で『異世島いせしま』に来て、まさかこんなものが見られるなんて思いもしなかった。

 ドラゴンが降りてくる。近くにあったビルを破壊して、その破片は俺の近くに派手な音を立てながら大量に落下してきた。なんとかそれらを避けるが、一片でも掠ればタダでは済まないだろう。


 ドラゴンが地面に降り立って周囲を見渡したそのとき、どこからともなく現れた何人もの人間達が手に何かを持ってドラゴンに襲いかかった。あるいは剣、あるいは斧、あるいは槍。遠くから弓や銃で攻撃を加える者もいた。


「あれが、簒奪者ハンター……」


 ハンター。異世島特有の職業である。色々な意味で『外』でも有名だった。彼らはその手に持った魔法の杖(マジカルデバイス)で、およそ地球には存在しなかった法則である『魔法』を操り、ドラゴンを狩りにきたのだ。


 まるで、アニメや漫画の世界だ。それらが今現実で目の前にあるのだ! テレビでたまに見ることのできた『異世島』の様子。まるで合成映像にしか思えないような超常現象の数々。

 それを生身で見れるなんて……そんなの、かっこいいに決まってる。



 と、思いながらふんすふんすと興奮していたら気付いた時には眼前に大きな瞳があった。縦長の瞳孔、爬虫類を思わせるそれは、先程まで俺が見上げていたドラゴンのものだ。

 ヒュッと、自分の息が詰まる音がした。もはや鼻息だけで、殺されそうだ。ああ、今日が俺の命日か。このドラゴンがわずがに首を傾けるだけで、俺なんか一瞬で命を刈り取られると思う。


「オラーっ!」


 だが俺の命が刈り取られる前に、ドラゴンの顔が吹き飛んだ。文字通り、だ。人間でいうところの頬あたりを殴りつけられ、そこを大きく凹ませながら巨体が地面を滑っていく。凄まじい力だ。


 吹き飛ばしたのは、俺よりも一回りくらいは小さい人影。肩あたりまで伸びた桃色の髪に、少し吊り目気味の強気そうな桃色の瞳。銀色に輝く野球のバットのようなものを肩に担いで、少女は俺に振り返った。


 美少女だった。その顔の造形は、なかなかお目にかかることが出来ないくらい整っている。大きな瞳に小さな鼻や口が端正に整えられて配置されているのだ。

 頂点から前髪にかけて、一房緑色の髪の毛が混じっていいるのはものすごく特徴的で、そもそも髪の色も目の色も……日本では確実に見ることのできない色合いだ。


「ん!? え!? もしかして、外の人間!? なんでこんなとこにいんの!?」


 俺の頭から足先までをジロジロと見て、外見的特徴や服装を見て判断したのか大きく開けた口を大きく開いた手で隠しながら彼女は大いに驚いた。

 その背後から、先程彼女に殴りつけられたドラゴンが怒りを露わに顎を開く。喉の向こうに、揺らめく光が見えた。



 炎だ。



 ドラゴンといえば、火を吐くだろう。


 気付けば俺は、少女の前に身を乗り出して両手を広げていた。後ろから少女の驚く声が聞こえる。

 そして俺の予想通り、ドラゴンの口からは炎が湧き出してきた。そして、すぐその先にある俺の身体を焼いていく。痛いとか、熱いとかそういうものが一瞬で俺の人生の『痛み』ランキングを総なめしていき、もはや一周回ってよく分かんなくなってきた。


 ぼんやりと、我ながらまだまだ短い人生ではあるが最後に身を呈して美少女を守れたなら……格好はついたかな。なんて考える。


 ふと、後ろから声が聞こえた。


「あつっ! ちょっ、バカ! あ、熱っ! 邪魔だって!」



 …………これは、無駄死にかな?





 *




「はい、と言うわけであんたにはこれから私の部下としてしっかり働いてもらいまーす」


 あれから一週間後。

 俺はあの時炎から庇った桃髪の美少女に見下ろされながらそんなことを言われていた。


 チラリと横を見れば、偶然そこに置かれた姿見に『今の』俺の姿がはっきりと写っている。それは、まるで文字通り鏡写しの如く……俺の目の前で腕を組む美少女と全く同じ容姿をした姿がある。

 当然同じ容姿というからには顔の造形はもちろん、身長も体型も同じである。では何故、同じ身長で互いに立っているのに先程俺は見下ろされていると表現したか。

 それは俺が座っているとか、彼女がどこか高いところに立っているとかでは無く、彼女がバカ高い厚底ヒールサンダルを履いているからである。


 それはさておき、散々同じ容姿だと言って申し訳ないが一つだけ彼女と俺には差異がある。


 それは髪色と瞳の色だ。彼女が桃色なのに対して、俺は緑色だった。そして髪の毛だが彼女には一房だけ緑色になっている部分があるのに対し、俺は一房だけ桃色の部分がある。


 髪と目の色だけ変化しているのだ。それ以外は全て一緒である。『既に確かめたから』だ。まるで俺は彼女に対しての、テレビゲームの2Pカラーのようだ。


「メメリュ……でも俺、家に帰りたいよ」

「はぁ〜? そんなの無理だってもう教えたじゃん! このお馬鹿! それにその服代くらい稼げ!」


 今俺が着込んでいるのは、少し大きめのパーカー(何故か至る所にパッチ当てがされている)にハーフパンツ。ちなみに目の前の彼女……メメリュも似たような服装だ。


「てか貸してあげるのそれだけだからね、下着なんて新品なんだぞ! 自分で買え! 面倒見てやるだけ有難いと思え!」

「俺だって好きでこんな姿になってるわけじゃないのに!」

「こんな姿ぁ〜!? 私の美少女ボディに文句あるわけェ!?」


 そう言ってメメリュは手に持ったバットみたいな『魔法の杖(マジカルデバイス)』を振り回してくる。

 それを必死に避けながら、俺は悲鳴を上げた。

 ふと思い出す。ドラゴンに燃やされた後、何故かメメリュそっくりの体に生まれ変わった俺を見つけた彼女は今と同じようにすぐ殴りかかってきた。短気すぎる。


 まぁその後なんやかんやあってメメリュには殺されずに済み、かつあのドラゴンは色んな人達の協力で討伐された。そこで思い出した。


「てか、ドラゴン倒した分け前もらってたろ! 俺も貢献してたんだから、俺にもなんかあるだろ!」

「その件については、お前の存在を許すこと、ここに住まわせてやることでチャラだ! チャラ! それに賠償金精算でもう無いし」


 俺の存在は、かなり特殊な事例だ。説明はまた後でするとして、メメリュからすれば殺しておいた方が安牌だった……とは、また別の人から聞いている。

 それに加えて、今俺たちのいる古臭い小さなビル……メメリュが根城としているここに住まわしてくれるというのだ。まぁ確かに、十分彼女なりに譲歩してくれているのかもしれない。

 メメリュからすれば、俺なんて得体の知れない外の人間なのだから。


 この『異世島』は日本と違って倫理観も常識も全然違う。まだ分からない事だらけだが、とりあえずなんとなくわかっていることとして、メメリュはかなり配慮してくれているのだろう。彼女を説得してくれた人の話を聞く限りそんな印象を受けたので、素直にそう思っておく。

 とはいえ、家に帰りたいのだがそれは無理との一点張りだ。その理由は俺自身も既に聞き及んでいるところではあるが、方法がないわけではない。時間がかかりそうだが。


「てか、賠償金って何」

「この前、飯屋でムカついたやつボコったんだけど、そん時に結構店壊しちゃったんだよネ」

「何それ!?」


 メメリュの身長は150くらいだろう。そこに10センチくらいの厚底……決して高くない身長に、全体的に細い身体付き。どう見てもか弱い女の子なのだが、『異世島』に日本での常識は通じない。見た目に反してこの女は馬鹿みたいな怪力と凶暴性を兼ね備えている。


「というわけで早速小遣い稼ぎに行くぞ!」

「お、俺も? ど、どこにぃ?」


 腕を掴まれ、強引に連れていかれる。その時に出たメメリュとそっくりな声……だけど、発声の仕方が僅かに異なるのか自分の体を通して聞いているからなのか、我ながらメメリュ本人よりも自分の方があざとい声色をしている。少し恥ずかしい。



「あんたがそうなった、異域アウターゾーンだよ。調べてみたら、あのドラゴンぶっ倒したのにまだあそこは消えてないらしい。てことで、なんか売れるもんないか探しに行くぞ!」

「またあそこに行くのぉ!?」


 日本人の男子中学生だったかつての俺は、一度死んだと言っていいだろう。異域アウターゾーンと呼ばれたそこは、まさしく俺が死んだ場所でもあるのだ。


 日本……いや、地球とは実質的に別世界と言える『異世島』に、更に別世界の《理》が接続したことによって生まれる歪み。


 地球とも異世島とも異なる世界と繋がり、それぞれ異なる法則に支配されるそこは資源の宝庫でもあるのだ。


 手に入れた資源は、異世島でも……そして今では地球の世界各国(主に日本)とも取引される。簡単に言えばつまり金になる。



 その資源を回収することを生業にする者達がこの異世島にはいる。


 簒奪者ハンター


 メメリュもまた、そのハンターの一人だ。

 そして俺も、その仲間入りをしたらしい。


「あ、『ミィロ』! マジカルデバイス忘れるなよ!」


 メメリュに言われて慌てて俺は置いてあった板状のデバイス……見た目はスマートホンそっくりの、俺のマジカルデバイスを手に取ってメメリュを追いかける。



 まぁこんなふうに、事故のようなものでメメリュという少女にそっくりな姿で生きることになった、鏡音カガミネイロことミィロの異世島生活が始まるのだった。



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