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下:共に舞い続けて

それでも春月といることに幸せなのは変わりない。使用人として色々学ぶ関係も変わらないし、何度も練習の代役を務めていた。その度に、自覚してしまった片想いを押し殺すのに必死だったが。


そうしてあっという間に数ヶ月が経ち、祭りまで数日を切った。相変わらずふあぁと大欠伸して呑気そうな春月だが、その表情には不安が浮かぶ。


「百合子の奴、あれから1日も練習に来ないな。自主練やってるって聞いてるけど、本当かどうか怪しいし・・・あぁ、胃痛が」


急にお腹を押さえる仕草をした春月に、綿雪は慌てて駆け寄った。薬を持ってこようか、もっと温かい羽織り物が必要か色々尋ねる。だが春月はコロッと笑顔になり、心配してくれてありがとうと、頭を撫でてくれた。無意識の人誑しだと、相変わらず綿雪は戸惑ってばかり。そんなことをして過ごしていると、青ざめた顔をした男が神社にやって来た。


「あ、あぁ・・・春月様!」


ドタバタと近付いてきたので、慌てて角を隠すべく、手ぬぐいをグッと巻いた綿雪。そんな彼に目もくれず、男は春月の足元で跪いた。何だ何だと、神主も駆け寄ってくる。


「失敬、そなたは・・・?」


「突然の来訪お許しください。私は、百合子お嬢様にお仕えする者です」


あぁ、百合子に何か合ったのかと、春月は一瞬にして全てを悟ったようだ。仕方ないという顔をして、従者からの言葉を待つ。



「お嬢様が・・・駆け落ちしたのです!!」



曰く、百合子は春月との政略結婚に猛反発していた。そんな中、彼女は二枚目の舞台役者と出会い、呆気なく恋に落ちる。練習そっちのけで舞台に通うようになり、最近では逢瀬を重ねている噂も出てしまった。昨夜、百合子の父がそのことを強く叱責したところ、その晩の内に彼女は行方を眩ませたのだ。【あの人と生きていく】という、書き置きを残して。


「現在血眼でお嬢様の行方を捜しているところですが・・・この度はお嬢様がとんだご無礼を働き、申し訳ございません。慰謝料や謝罪については・・・」


従者は頭を下げ続けた従者の言葉に、何故か綿雪は心をギュッと握りつぶされる。大切な人を裏切った、彼女への怒りを湧かせながら。だが同時に、妙に心に新鮮な空気が入り込んでいるのだ。それは、大切な人を独占できる幸福が・・・。


「・・・もう良い、慰謝料も謝罪もいらない。だから今後一切、志木家に関わらないでくれ」


春月はそう吐き捨てて、従者の横をすり抜けて外へと走っていった。後の話はやるから連れ戻してくれ、と神主に頼まれた綿雪。すぐに我に返り、春月の後を追う。何を考えていたんだ、なんて失敬で侮辱するような考えなんかを・・・!綿雪は知っている限りの範囲で外を探し回り・・・最初に出会った小川で、沈んだ顔をして座り込む春月を見つけた。目元が少し赤いので、先程まで泣いていたのだろう。


「春月さん・・・」


「あぁ、綿雪か。大丈夫だよ・・・ちょっと、参っただけ。アイツが逃げた以上、舞もどうしようもないな。あーあ、せっかくの初舞台だったってのに」


無理に笑う姿が痛々しい。いつも明るい彼とは思えない声に、綿雪はたまらず彼に抱きついた。


「・・・綿雪?」


「ごめんなさい、一瞬でも喜んでしまって。婚約者がいなくなって、少しでも結ばれると思い込んで・・・。だというのに貴方を救えない。僕は本当に、汚れた鬼です」


ごめんなさい、ごめんなさいと綿雪は繰り返す。そんな彼を春月は優しく抱き締め、何も言わずに頭を撫でる。


「綿雪・・・そんなことないだろ。お前に出来ること、いや、お前にしか出来ないことがある」


え、と再び間抜けな声が出た。自分にしか、出来ないこと・・・?


「俺は、お前を信じてるから。お前となら、何でも出来るから」


「春月さん・・・」


優しく撫でてくれる彼に涙ぐみながら、綿雪は何度も頷いた。春月の温もりに身を任せて、ただ静かに時を過ごすのだった。




数日後、祭り当日。百合子の駆け落ちが広まった会場は、今年の舞がどうなるか不安に包まれていた。空席になっている泉水家の来賓席が、余計にざわめきを増やす。神主の元には埋め合わせをどうするのか、何人もの有力者が集まっていた。


「やります、既に彼らの準備は済んでおりますので」


神主がそう言い切ったので、全員が顔を見合わせる。刹那、笛の奏者である春月がスタスタと舞台に現れた。その後に続いて・・・スッと、見知らぬ踊り子が姿を現す。



真白な髪、綺麗な肌と衣服、そして・・・真っ赤な角を持つ鬼の少年だ。



鬼の登場に、会場は今まで以上に騒ぎ出した。中には怒号も聞こえてきたので、鬼の少年こと綿雪は、一瞬足を止めてしまう。だが笛の音が一瞬にして、会場を静寂にさせた。やはりいつ見ても、笛を奏でる春月の姿は美しい・・・。目配せで安心するよう伝えられたような気がして、少し落ち着いた。大きく息を吸い、綿雪はゆっくりと舞い始めた。


(指の先からつま先まで集中させ、滑らかに動かす。


自らの体で自然を表すために・・・!)


何度も耳に入れて、自然に覚えていた言葉。何度もこっそり踊って、自然と覚えていた舞。美しく舞う鬼の姿に、人々はいつしか静まり返って夢中になっていた。動く指は咲き誇る花、滑らかに動く腕は流水。舞う度に揺れる白髪は風をはらみ、しっかり立つ足は大地を踏みしめた。誰かが呟いた「綺麗・・・」という声も、笛の音にそっと寄り添う。


おおよそ5分間、全てをやりきった2人には、割れるような拍手が響き渡った。綿雪はしばらく、その轟音に驚いてばかり。


「綿雪!よくやったな」


春月が優しく肩を叩いたことで、ようやくハッと現実に帰ったようだ。いつも通りの笑顔で、それでいて瞳に薄ら涙を浮かべている彼。そっと頬を撫でられ、綿雪も次第に瞳に涙が浮かんでしまう。


「・・・っ、あ、すみませ・・・ん」


「良いって、俺も・・・さ。本当・・・お前で、良かった・・・」


泣きじゃくる彼らは、しばらく2人にさせた方が良いだろう。すぐさま彼らに駆け寄ろうとした人影を、神主はずいっと止めた。「やりきった世界に浸させてくれ」と言って、それでも近付こうとする輩には・・・まぁ、祭りらしく舞台に上げて無茶降りさせて。自分たちの番が終わった2人は、慌てて静かな小川に駆け込んでいた。そろそろ年明けの時間だろうか。それでもここはぼんやりと月が浮かぶ、静かな夜更けが流れるだけ。


・・・このまま消えてしまおう。最後はいつでも、楽しいまま終わりたいから。綿雪は小川の水を掬って飲むと、フワリと優しく微笑む。


「・・・ここで春月さんと出会ったのが、ずっと前に感じます。色んなことを教えてもらって、楽しい思い出も出来て、舞も一緒に出来て・・・貴方と出会えて良かったです」


「おいおい、なに別れの挨拶みたいに言ってんだよ」


「僕は本当に幸せでした。でも鬼と知られた以上、もう、ここには・・・」


その言葉を打ち消すように、春月はグッと綿雪の腕を掴んで引き寄せ・・・胸に抱きしめた。今までより強く、彼の熱と鼓動を感じた。そうして春月は、綿雪の耳元に口を寄せ囁く。


「・・・俺と一緒にいよう、綿雪」


ボン!と綿雪の頬は、一瞬にして真っ赤になった。好きな声で思いもしない言葉を告げられ、混乱してばかりだ。


「で、で、でも・・・僕は鬼で」


「関係ない、俺はお前といたい。好きな奴と一緒にいて、何が悪いんだよ」


「それに、僕、迷惑掛けてばっかりで・・・」


「そんなに言われると・・・不安になる。俺のこと、嫌いなのか?」


「そ、そんなこと・・・ありません!僕は春月さんのこと、大好きです・・・!」


ギュッと抱きついて答える綿雪に、春月も嬉しそうに笑っていた。その笑顔は月の光に照らされて、とても美しく輝いて見える。


「だったらもう、離れる理由なんてないだろ」


優しく頭を撫でられれば、綿雪はもう何も言えなかった。静かに頷いて、ただただ彼の胸の中で泣いた。その間にも、世は新しい日を迎えるのだった。



その後・・・里では新たな神主の笛の音に乗せて、美しい「白鬼の踊り子」が、幸せそうに舞う姿が年越しの名物になったという。



fin.

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。


そろそろ更新が止まってる長編に取り組もうかな・・・(予定は変更する可能性があります)。

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