表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

中:諦めなければ、いけないのに

「春月、お前・・・此奴は鬼だぞ!?」


「あぁ、綺麗な角だろ。でもこんなボロボロの衣服に細い体して、弱った状態でいたら流石に見過ごせねぇよ」


志木神社にほど近い場所にある、志木家の屋敷。春月はここに住んでいるようで、現神主の孫だと分かった。現在、綿雪を屋敷に上げて貰うため、春月が祖父に説得している状況だ。綿雪は何も言えず、震えながら春月に抱えられている。


「犬や猫ならまだしも、まさか鬼の子を拾ってくるとは。春月、お主は相変わらずの変わり者だな。誰に似たんだか」


「ハハッ、褒め言葉として受け取っておくよ」


「そもそも鬼なんぞ、伝承の存在だと思ってたわい。・・・まぁ、弱っていた者を救おうとする志は認めよう」


断固拒否される覚悟だったが、祖父はあっさり認めてくれた(若干、諦めているようにも見えたが)。すぐさま綿雪は温かい風呂に入れられ、温かい衣服を貰う。


「俺の古い服で悪いな」


「わぁ、温かい・・・!ありがとうございます、春月さん。これで寒さにも耐えられそうです」


じゃあ僕はこれで、と言いかけた綿雪から、ぐぅぅ~と盛大に腹の音が鳴った。恥ずかしさで慌てて逃げようとする彼の腕を、春月は笑顔で掴む。「なにか食べてけ」と、温かい食事も与えられたのだ。申し訳なさがいっぱいだが、それでも空腹が勝ってしまう。


(温かくて、誰かと一緒のご飯・・・)


過去の楽しい日々を思い出してしまい、泣きながら食べる綿雪。「よっぽど腹が減ってたんだな」と、春月は笑いつつも涙を拭く。もう遅いから休めと寝床も用意されれば、春月から「しばらくここで暮らせ」と勧められてしまった。


「で、でも・・・僕は鬼です。里に鬼がいることが気付かれたら、匿った春月さんも危険な目に遭うかもしれません」


「綿雪、俺はお前を放っておきたくないんだよ。里で盗みをして食い繋ぐくらいなら、この屋敷にいろ。生活の仕方、色々教えるから」


どうしてそこまで、と喉まで出かかって口をつぐんだ。断りたくない、甘えたいという自分の願望が、不安と慎重さを打ち消したから。こんなに優しい人を初めて知った。嘘でも良いから、もっと優しくされたい。そんな欲望を抱えつつ、綿雪は志木家に居候させてもらうことに。頭には手ぬぐいを巻き付け、なるべく自然に角を隠して。


表向きには使用人となった綿雪。そのため春月は根気よく、彼に生活全般の知識を教えていく。掃除に洗濯や料理といった家事から、文字の読み書きに挨拶の仕方、そしてお金の使い方まで。春月は綿雪を虐げることなく、大切に育ててくれた。綿雪もすっかり使用人として動けるようになり、彼の優しさと温もりに懐いている。


一方で春月は、今年の祭りで笛の奏者。そのため、毎日のように境内で練習をしているのだ。百合子という娘と1週間に1回、舞と笛を合わせる約束だったらしいが・・・あの日以来、彼女は顔を見せていない。


「体調不良とか言ってるけど、絶対言い訳だよなぁ。この前なんか、練習に来ないで何処かへ行ってた噂があるし。本当に本番、大丈夫かよ・・・」


ため息をつきながら、春月は適当に笛を吹き鳴らしている。丁度境内の掃除をしていた綿雪は、沈んだ何か出来ることがないか、必死に考えていた。舞と一緒に笛を奏でたいと言っていた・・・それならば。


「あの・・・僕が踊りましょうか?」


「え、綿雪が?」


驚く春月に、綿雪はそれなりに踊れることを話した。昔から祭り自体は見ていて、舞は見よう見まねで踊っている。大体の動きは頭に入っている。だから笛と合わせるなら、自分でも役割を果たせるのではないか・・・と。


「そいつは良いな!じゃあ、ちょっとやってみるか」


「は、はい・・・その、お手柔らかに」


踊りやすいように身軽な服装に着替えれば、健康体になってきた肌がチラリと見える。これも春月のお陰・・・そうしている間に音楽は始まり、綿雪は舞い始めた。人に見せるのは初めてなので緊張しているが、彼と共演できていると思えば、喜びで満たされていく。


(指の先からつま先まで集中させ、滑らかに動かす。自らの体で自然を表すために・・・)


その言葉を何度も繰り返して、舞を続けた。ふと見れば、笛を真剣に奏でる春月の姿。先程まで明るくどこかおちゃらけていた彼の顔は、奏者の時は一変する。しばらく閉じていた青紫の瞳は、開けば真っ直ぐと綿雪に注がれていく。彼が奏でる一音一音は、優しく心地良く綿雪の心を包み込む。見惚れていて遅れかけた体勢を立て直せば、ふっと彼は目を細める。その表情に、思わずまた動きが遅れかけた綿雪。


(あぁ、やっぱり僕・・・春月さんが、好きなんだなぁ)


助けてくれた命の恩人、色々教えてくれた大切な人。だがそれ以上に、この疼くような切ない思いは、完全に恋をしているのだ。幼い頃に見た恋物語を読んでも分からなかった感情が、突如として溢れつつあった。恐怖の対象であった人間に助けられ、恋に落ちた汚い鬼とは・・・なんとも滑稽な話だろうか。


「へぇー、上手いな綿雪!お前に頼んで良かったよ」


そんな綿雪の思いなど露知らず。春月は演奏を終えた途端に、いつもの朗らかな雰囲気に戻った。そして「百合子よりも出来るじゃねぇか」と笑いながら、優しく撫でてくれた。真剣に奏でる彼も、こうして親しく触れる彼も好き・・・こうした何気ないことでも、綿雪は呆気なく惚れてしまう。嬉しい、もっと撫でて欲しい。こうされていれば、胸の奥が温かくなっていくから。



「おい春月、今回踊る“自分の婚約者”を押し下げる必要は無いだろうが」


「いや、事実だし。綿雪の方がずっと上手いぞ?」



なんてことのない神主と春月の会話に、綿雪は思わず「えっ」と間抜けな声が出てしまう。春月は、婚約している・・・?おそるおそる聞くと、春月は何ともないように、笑いながら話してくれた。


「政略結婚ってヤツだよ。爺ちゃんが泉水(いずみ)家っていう実業家から頼まれたらしくて、結婚したら神社の支援をしてるくれるんだと。悪くないから良いって返事したんだ。演舞した後に、正式に婚約発表する予定でさ」


話している間も、春月はいつも通りの呑気さと笑顔だ。だが綿雪は、ズキッと胸が痛み出す。人間は結婚により、繋がりを得ることが出来ると知っている。春月には自分以外にも、人間関係があって当然だ。むしろ神社のためになるのなら、そちらの方が彼にとって大切だ。


だが・・・今まで1人ぼっちの綿雪にとっては、春月しかいない。


ワガママと言われて良い。彼の隣には、自分が・・・!


「・・・綿雪?どうした、さっきから喋らないけど」


「い、いえ!僕・・・喉が渇いたので、お水飲んできますね」


このまま春月の近くに居れば、泣いてしまう。自分の欲望が溢れてしまうから。綿雪は嘘をつき、駆け足でその場から離れた。走っている間にも涙が1つ、また1つ落ちていく。ようやく辿り着いた小川にて、涙を誤魔化すために必死で顔を洗う。それでも先程から涙が止まらず、顔は冷たい水と生温かい涙で濡れていた。


相手がいるのならもう叶わない。いや、そもそも鬼が人間に恋をすることがおかしいのだ。そうか、おかしいのは自分だ。今までろくに社会を知らず、何も知らずに育ったから。どんどん自虐的な考えに至っていくのは、そう考えるのが自然だから。勝手に恋をして、勝手に失恋しただけ。



「春月さんを・・・好きになっちゃいけなかったんだ」



ポツリと呟いた言葉は、綿雪の心を静かに抉る。それはじわじわと広がり、やがて大きな悲しみへと変わっていく。どうして好きになったんだろう?その答えを出すことすら、今の綿雪には辛い。もう何も無かったことにしようと、胸に封じ込めることにした。


「冬を越したら、ここを出なきゃ・・・もう2度と、人に会わないようにしよう。僕は鬼だから、人を好きになっちゃダメだから」


そう呟けば、濁った色の瞳からまた、涙が落ちるのだった。

読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただければ幸いです。

「下」は明日夜に投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ