上:鬼の少年の初恋
趣味は創作小説投稿、さんっちです。ジャンルには広く浅く触れることが多いです。
和風の踊りって綺麗ですよね。実際には見たことないので、1度は現地で見たいものです。
「あっ、やられた!」
少し目を離した隙に商品の魚を盗まれ、魚屋の女将は悔しそうに頭を抱える。地団駄を踏む様子を、八百屋の女将は気の毒そうに見ていた。
「おやおや、また泥棒かい」
「本当にね、おそらくどっかの野良猫だろうけど・・・。今度会ったら、この箒でとっちめてやる!」
「いやぁ、お互い泥棒がいて大変だぁね。ウチも先週、大根を1本盗まれたんだよ。どこかの猿の仕業だとは思うけどねぇ」
そんな会話など露知らず、現場から必死に離れていき、魚を抱えて山奥に逃げていく小さな影。薄汚れた衣服にボロボロの草履。白髪に痩せこけた体、そして・・・小さな赤い角を持つ、鬼の少年だ。罪悪感と恐怖に震えつつも、ようやく得られた1日ぶりの食べ物にかぶり付いていた。
真白でふわふわした髪から「綿雪」と名付けられた彼は、人ならざる鬼の血を引いている。人々は鬼に対して強い嫌悪感を持つ。捕まったら殺されてしまうから、絶対に人に見つかってはいけない・・・。そんなことを言い聞かせられ、両親と隠れて暮らしていた。今にも崩れそうなあばら屋に住み、採集や狩りで飢えを凌ぐ。貧しい生活ではあったが、家族に愛され、穏やかで幸せな日々だった。
だが数ヶ月前・・・山火事により家は焼け、両親は火事に巻き込まれて命を落とす。綿雪は独りで生きなくてはならなくなった。だが火事があった山に、食料など全く無い。だから時々人里へ忍び込んでは、食べられそうなモノを盗んで生き延びていた。
(うぅ、ごめんなさい・・・。僕、父上と母上のいる天国に行けないよ)
それでも空腹には耐えられない。涙をボロボロ流しながら盗んだ魚を貪れば、余計に空しさが増えてくる。その思いをも飲み込むように、骨もヒレも全て平らげた。手や口元を随分汚したため、洗い流そうと水辺へと急ぐ。その途中、紅葉の綺麗な「志木神社」から、笛の音が聞こえてきた。
「・・・あ、そろそろお祭りなんだ。舞のお稽古してる」
この里では大晦日から元旦にかけて、夜通しの祭りが行われる。無礼講歓迎のどんちゃん騒ぎで、綿雪にとってはお零れで美味しいモノが食べられる日でもある。中でも最も大切とされているのが、選ばれた娘達が行う“彩りの舞”。里の平穏や五穀豊穣などを土地神様にお願いするのだと、母が教えてくれた。
幼い頃にこっそり見た綿雪は、舞の美しさに目を奪われた。いつしかあんな風に、綺麗な姿になることに憧れたのもあるが。汚れた鬼から、綺麗な衣服を身につけた踊り子のように美しくなりたい。そんな夢を見始めて、いつしか見よう見まねをするように。今日も茂みに隠れて、こっそり踊ってみる。
指の先からつま先まで集中させ、滑らかに動かす。自らの体で自然を表すために。だが今回踊るであろう娘は、色々注意されて不機嫌になったのか、「今日はこの辺にするわ」とやめてしまった。練習しないと踊れないのに、と綿雪は苦笑い。
「ったく、百合子の奴・・・まぁ、笛だけでやるよ」
ふと見れば、笛の奏者である若い男性も、綿雪と同じように呆れていた。青紫の髪と瞳を持つ整った横顔。綺麗な彼が奏でる笛の音は、いつもの音よりどこか心地良い。綿雪は思わず、笛を奏でる彼の姿に見惚れてしまう。
「わぁ・・・あの人、凄く格好いい・・・」
踊るのを忘れて、しばらく彼を見つめ続けた綿雪。すると突然、笛の音がピタリと止み・・・若い男性は、綿雪が隠れている茂みに視線をやったではないか。綿雪はびくっと震えつつ、必死に気配を消そうとする。見つけないでと、何度も祈るばかり。
「・・・春月?どうした、演奏を止めて」
「いや、どうしても上手く吹けない場所があって」
「ふむ、どこの部分だ?」
笛の師匠であろう神主との会話に夢中の今だ。物音1つ立てぬよう、綿雪は距離を取っていく。怖かったと思いつつ、格好良かったなと少し顔を赤らめながら。やがていつもの小川に着けば、衣服や草履を茂みに隠して、水浴びを始めた。体に付いた血や臭いを、丁寧に洗い流していく。
(ここは本当に良い場所だなぁ。誰も来ないし、水がとっても綺麗だし。段々寒くなったら、お日様が高い時じゃないと辛いけど)
色々考え事をしつつ、水浴びを終えた綿雪。寒いので早く衣服を着ようとしたが・・・隠したはずの茂みに見当たらないことに気付く。
「え!?嘘、なんで・・・?」
人型の鬼である以上、衣服が無いと色々マズい。これからどんどん寒くなっちゃうのに・・・!慌てて周囲を見渡すと「探し物はコレか?」と、誰かの声が耳に入る。おそるおそる見上げれば、見覚えのある人間の姿があった。
「・・・え、あ」
「魚臭いと思えば、こっちを盗み見る奴がいるし。なーんか怪しい奴だと思って、後を追ったけど・・・まさか鬼とはな」
間違いない、笛を奏でていた若い男性だ。確か春月と呼ばれていたはず。綿雪の薄汚れた衣服とボロボロの草履を抱えて、物珍しい顔で見ているではないか。人に見つかれば、待っているのは・・・。綿雪は顔を青ざめながら、必死に懇願した。
「お、お願いです!もう2度と人里には降りません。だから・・・その服と草履を返してください!それがないと僕・・・凍え死んでしまいます!!」
「いや、多分あっても凍え死ぬぞ」
「ぼ、僕のことも見逃してください!もう悪いことはしません・・・。どんなにお腹が空いても、盗みなんてしませんから・・・!!」
余計なことまで白状しているが、綿雪は必死だった。何も身につけず、細く弱った全身を晒しても。えぐえぐと嗚咽を出して、両目から大粒の涙を流して、顔を崩していても。見逃して欲しいと、懇願し続けた。
「・・・・・・」
春月はしばらく呆気にとられていたが、やがて1歩綿雪に近付くと・・・ガシッと彼の腕を掴んだではないか。ひぃっと声を上げた彼が必死に離そうとするが、全く歯がたたない。またボロボロと、涙を流すしかないのだ。
「嫌、ヤダァ!離してください・・・殺さないで・・・」
「安心しろ、怖い目に遭わせる気なんて無い」
「ひゃぅう!?」
春月は身につけていた羽織り物で綿雪を包めば、そのまま彼を抱えて一気に駆け出した。「お前、軽すぎだろ」「服も靴もボロボロじゃねぇか」と色々文句をつけられてるが・・・こんなに汚れている彼を、優しく抱きしめていたのだ。人間は怖い存在、そう教えられてきた綿雪には信じられない状態だ。
(・・・人間って、こんなに温かいんだ)
おそるおそる胸に顔を寄せれば、久しぶりの誰かの体温に心臓の鼓動を感じる。温かく安心する感覚に、今までの涙がようやく落ち着いてきた。もっと寄りかかりたい・・・そう思ってもっと近付けたところ、赤い角が丁度首に突っかかり、「ぐえっ」と春月の痛そうな声が漏れる。
「あっ、すみません・・・」
「いや良いよ、綺麗な角だし。・・・そうだ、お前の名前は?」
「え、あ・・・わ、綿雪です」
「綿雪・・・そうか、素敵な名前だな」
角を綺麗だと、名前を素敵だと言ってくれたからだろうか。優しく微笑んでくれたからだろうか。綿雪の胸の中で、何かがドクンと動いたのだった。
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「中」は明日夜に投稿します。