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常夜

 ソルグランドは息を吸った。

 ナラカ・コーラル内部に大気はない。

 ソルグランドがその権能を持って作り出した大気である。

 全身を幾層にも纏うプラーナの守りに加えて、自分の為の大気を作り、少しでもこの敵地の中で自分の為の領地を広げているのだ。


 吸った大気がソルグランドの体内で反応し、風が生まれ、更に水と火と土が生まれる。

 世界を構成する四つの元素の発生と循環により、プラーナと神通力はより純度を高め、豊潤なものとなる。

 数多の神話で語られる国造り権能を応用し、ソルグランドの肉体そのものを一つの国として定義し、その強度と出力を高めているのだ。


「ソルグランド内部のプラーナ反応の変動、並びに質量増大を確認。天体の疑似的創造を観測。類似例なし。アンテンラならびにエゼキド監査軍記録庫へ転送開始」


 ボイドリアは、目の前でソルグランドの起こす未知の現象の優先度を高く設定し、次に何をするのかをつぶさに見つめている。

 ソルグランドを倒した後、その特異な能力を模した新たな生体兵器を作り出し、アンテンラとエゼキド監査軍に更なる勝利を齎す為に、ソルグランドの詳細なデータはいくらあっても足りないくらいなのだから。


 ソルグランドの足元で稲光が生じ、雷となった魔法祖父は両手に莫大なプラーナを渦巻かせて、最後の魔物少女へと挑みかかった。

 外宇宙での戦争を知るエゼキドに開発されたボイドリアにとって、宇宙空間での戦闘において雷の速度は決して速いとは言えないものだ。


 それはソルグランドに権能を与えた数多の武神達の権能からしても、推測済みのことであった。速度で翻弄できないのならば、技術で対応する。ディザスター戦において、実践してみせた経験が、ソルグランドを突き動かした。

 予備動作の一切存在しない察知不能な無拍子、更には自在に形を変える水や風の如く緩急自在にして無形の足運び、殺気はのみならあらゆる動作から意識を消し去る無意の境地。


 ソルグランドは舞い踊るようにボイドリアへと接近し、とん、と軽く床を蹴った次の瞬間にはまるでコマ落としのように体を沈めて、ボイドリアの足を刈り取る重く鋭い右の回し蹴りを放っていた。

 右の回し蹴りは勢いをそのままにボイドリアの左足に命中し、伝播した衝撃が床を通じてナラカ・コーラルの内部を揺らす。揺らしたのはナラカ・コーラルだけだった。微動だにせず、表情も変えないボイドリアの瞳とソルグランドの瞳が交錯する。

 ボイドリアの瞳は、次はなにをするのか? と催促しているかのようだった。


(今の一撃で相殺されたプラーナの量を考えると、もう少し層を重ねないと本体には届かないか)


 そして改めてボイドリアを相手に意識の死角を突く、などの対人戦闘技術は役に立たないのを認めざるを得なかった。

 ボイドリアの目鼻や耳、皮膚などはほとんど見せかけに過ぎず、人間や魔物少女のような感覚器官とは異なっている。


 ボイドリアは全身を構成する細胞そのものがレーダーやソナーそのものであり、あらゆる意味で死角が存在していないのだ。

 フォビドゥンやディザスターのようにはっきりとした感情と自我があれば、意識の死角を突くこともできただが、ボイドリアにはそれが通じない。


 戦いながら手探りするか、と腹を括ったソルグランドが更に加速して、ボイドリアの周囲で雷光が舞い踊る龍のように煌めく。

 人型をしているボイドリア相手にまずは定石と、ソルグランドは狙いを目や鼻、耳の穴の他、手足の指先、耳といった末端部分に定めて手数を重ねて行く。

 ボイドリアは目や耳といった人間ならば脆い箇所への攻撃に対しても、無頓着だった。

 空手における一本拳をボイドリアに右目に叩き込んだが、両者のプラーナの守りが衝突し合い、ソルグランドの握り拳から突き出た中指は目玉に触れる寸前で止められている。


(瞬き一つしないか。それに恐怖の色もない)


 新しい情報が得られたと前向きにとらえて、ソルグランドの攻撃は止まるところを知らず、上位の魔法少女でも到底立ち入れない神速の攻防が繰り返される。

 いや、攻撃を繰り出しているのはソルグランドばかりで、ボイドリアは攻撃が通じないのをよいことにひたすらに攻撃を受け続けるばかり。

 ソルグランドがプラーナを増幅させた原理と神通力の詳細を解析する為には、こうして一方的に攻撃を受けるのが効率的と判断していたのである。


「顔色を変えるところから始めようか!」


 ボイドリアのまるでこちらを無視するかのような反応を前に、ソルグランドに怒りはなかったが、日本神話群の結晶であるこの肉体を侮られるのは許容し難かった。


(俺が舐められるのはともかく、日本の神様方を舐められるのはな、ちょいと許せねえわな!)


 闘津禍剣七本分のプラーナを右拳に注ぎ込んだ上で複雑に編み込み、更に渦潮の如く高速回転させることで、殴ると同時に抉り取る特性を持たせた。

 これまでと異なる一撃はボイドリアによって、ほとんどのプラーナを無効化されながらも、魔物少女を守るバリアを貫通し、わずかにソルグランドの拳がボイドリアの腹部、人間なら横隔膜のある位置に届く。


(軽く押し込んだ程度か。拳を通してプラーナを叩き込むのも無理とは、徹底して無効化してくるな)


 身体の正面が硬い相手に対し、体内に衝撃を通す打撃の類はこれまでソルグランド自身、何度も使用した実績のある技だ。プラーナを利用しない単なる衝撃であれば、ボイドリアにも効果はあるはずだった。

 しかし、ここでソルグランドの悪い方の予想が的中してしまった。

 拳の手応えからボイドリアの体内の構造が人間とは異なると分かったのだ。骨格はある。臓器もある。しかし、その形状と数が人間とは異なる。


 ボイドリアの体内には液体化させたプラーナが血液の代わりに循環しており、衝撃を通しても液化プラーナが即座に反応して無効化するようだ。

 全力の打撃がほぼ通じない強度に、浸透系の打撃が通じない体内と戦えば戦うほど厄介な情報ばかり集まってくる。それでもまだやりようがあるのが、ソルグランドの強みであった。


 ボイドリアのバリアを突破するのに必要なプラーナの量は分かった。

 ソルグランドをしてもかなりの負担となる消費量だが、インパクトの瞬間に合わせて叩き込むことで、抑えられる。

 腹への一撃に続いて、ボイドリアの喉、胸部、下腹部、更に全身のあらゆる個所を狙い、これまで以上のプラーナを纏ったソルグランドの四肢が襲い掛かる。


「ちぇりあ!!」


 シェイプレスのように肉体を変形させる機能が備わっているなら、その機能を応用した再生能力も相当に高い筈。一撃ごとのダメージは極小であろうから、まさに塵を積もらせて山にするかのような作業を、これから成功させなければならない。

 絶え間ない打撃に晒されるボイドリアは、ロールアウトから初めて体験する損傷のデータ収集とこちらの守りを突破した方法の解析が終わるのと同時に、初めて攻撃に転じた。

 良いように殴られ続ける状況に対して、熾火のように小さな苛立ちと怒りの火が生まれていたのに、ボイドリア自身は気づいていなかった。


「データ収取行動を変更。目標に対する破壊行動を開始する」


「やっとやる気になったかい。やる気を出すのが遅いんじゃないか?」


 ソルグランドの踵落とし──巨大なクレーターを形作る威力のソレを、ボイドリアは右手一本で易々と受け止めて、決して逃がさないようにと潰す勢いで足首を握り締める。

 骨のきしむ激痛に、ソルグランドの顔がわずかに曇り、すぐさま挑発的な笑みが浮かび上がる。ボイドリアが攻勢に転じたという事は、こちらの攻撃が少なからず通じたからだ。


「蠅でもたかられたら鬱陶しいもんだ。ましてや毒針持ちの蜂なら、怖くもなるわな」


「恐怖。本機がまだ理解していない現象である」


「それなら良い機会だ。命を脅かされる恐怖ってもんを、理解しておくといいぜ」


 ソルグランドは左の踵を掴まれたままの姿勢から、右足を鞭のようにしならせて高層ビル群を真っ二つにする回し蹴りをボイドリアの左側頭部へ容赦なく放った。

 空中で左脚を掴まれた不安定な姿勢から、この上なく美しい円運動を描く蹴りがボイドリアの掲げた左腕に受け止められる。

 ボイドリアによってプラーナの全てが無効化されるよりも速く、ソルグランドの蹴りがボイドリアの腕に触れる。ミシリと音を立てて両者の肉体が押し合う。


「コツは掴んだ。これからは野蛮に行こうぜ、侵略者の尖兵さん!」


 そのまま右足による連続蹴りがボイドリアに襲い掛かり、たまらずボイドリアはソルグランドの左足を解放し、彼に向けて突き出した右手から指向性の重力波を放出した。

 空間が歪むほどの重力に飲まれたソルグランドが吹き飛ばされたのは、わずかに五メートルほど。重力に振り回されるのにはもう慣れて、天津甕星の権能により重力の奔流から迅速に脱出した。


 ソルグランドに追撃を仕掛けるべく、重力操作で迫っていたボイドリアに向けて突撃。

 その両手首の周囲に、破殺禍仁勾玉が回転しながらブレスレットのように集まる。破殺禍仁勾玉が回転する度に両手に纏うプラーナが撹拌され、一撃の威力を高める。

 ボイドリアの服ごとまとめて両肩に、腹に、背中に綺麗な歯並びの口が開き、そこから毒々しい紫色の光弾が次々と放たれる。外で戦っているマムールやアマンタなど、一撃で粉砕する威力の光弾は、一瞬で百を超えた。


 ソルグランドは目の前に広がる無数の光弾にも怯まず、ボイドリアへ向けて最短経路を最高速度で突っ込む。

 ボイドリアの放った光弾は不規則な軌道を描きながら襲い掛かったが、それを機動砲台として飛び立っていた破断の鏡から発射された光線が阻む。ボイドリア本体には通じなくとも、ボイドリアの放った光弾や周囲のナラカ・コーラルそのものへは有効ななのだ。

 破断の鏡の鏡面から発射された光線は、ソルグランドに命中する光弾だけを穿ち、その場で大小無数のプラーナの炸裂を生んだ。


 プラーナの炸裂と共に無数の光が生じ、暗い光に照らされる中で、ソルグランドとボイドリアが再び激突する。

 ボイドリアはこれまでの地球における戦闘データと、外宇宙で行われているエゼキドの侵略戦争から得られた有用なデータが記録され、更には備えられた極めて高い演算能力により常に最適化と技術の新規開発が行われている。

 ソルグランドとの肉弾戦において、ボイドリアはその技術を惜しみなく開放していた。


 ソルグランドが変幻自在の相手でもおそらく頭部へのダメージが有効と仮定してボイドリアへの攻撃パターンを組むのに対して、ボイドリアは場所を問わずソルグランドへダメージを与えて、機能停止に追い込もうとしていた。

 彼女の任務に時間制限はない。ソルグランドの耐久力と回復能力を確認するのも、ボイドリアにとっては重要な任務の一つなのである。


 ソルグランドにバリアを突破されたボイドリアの対応は迅速だった。自身を守るバリアの出力を強化すれば、たったそれだけで再びソルグランドの手足は届かなくなる。

 これに対してソルグランドの対応も迅速であった。あちらがバリアの出力を上げるのなら、こちらも出力を上げて押し破る。

 清々しいまでの力押しだ。ただし、問題点としてソルグランドの消耗が激しく、ボイドリアも消耗は増えたがそれでも余裕がある点だ。


 ボイドリアの振るった右腕が横薙ぎに振るわれ、身を反らして避けるソルグランドだったが、振り抜かれたボイドリアの右肘が人体では有り得ぬ方向へと曲がり、ソルグランドの首を掴んだ。

 がひゅ、とソルグランドの口から音を立てて息が漏れるが、ソルグランドの両手はボイドリアの右手を掴んだ。


 ボイドリアの右手が触れた箇所からプラーナの無効化が襲い掛かり、ソルグランドの体表と体内のプラーナが急激に消えて行く。

 それでも激しい苦痛を伴う脱力感に見舞われるソルグランドの瞳には、猛々しい戦意の炎がまだ燃えていた。


(プラーナが駄目ならよう、神通力の直撃ちならどうだい!)


 無効化によって氷を水蒸気へ変えるようにプラーナの結合が解除され、甚大な影響を受けるソルグランドだが、この状況を好機と判断し、即座に神通力の行使を選択した。

 プラーナはボイドリアのバリアの突破に回して右手を拘束し、直に触れた彼女の肌を通して神通力による神の奇跡を、神を知らぬ文明の申し子に教示する。

 黄泉の国にて生まれた八柱の雷神の権能、図らずも神殺しを成した加具土命の権能、更に日本神話に由来する各種の猛毒に呪毒、これらを手加減一切なしの全力でボイドリアの内部へと送り込む。

 もしこれが外に漏出すれば日本一国くらいなら、一日で壊滅に陥る規模の神罰の数々である。


「! 接触部位からの内部浸食。プラーナと異なる、未解明のエネルギー」


「お前さんが知りたがっていた力だ。壊れる前に解析できるか、試してみな!」


 ソルグランドの首を絞めるボイドリアの拘束が緩み、そのまま掴んだ右手を起点にソルグランドの身体が半回転し、下方から凄まじい勢いでソルグランドの右足がボイドリアの顎を撃ち抜いた。

 そのまま連撃を仕掛けようとするソルグランドの腹を、異様に伸びたボイドリアの左足が前蹴りの要領で痛烈に叩き、くの字に折れたソルグランドの口から、苦痛の声が吐き出される。


「が!?」


 ソルグランドになってから数えるほどしか経験していない激痛に、ソルグランドの背が丸まった瞬間には、手首から先が太く鋭い杭に変形したボイドリアの左手が迫っていた。

 杭はかろうじて首を傾けたソルグランドの右頸部を掠めて、いくばくかの皮膚と巫女服の襟、それに髪の毛を持っていった。ソルグランドの血しぶきが舞い散る中、双方共に距離を取るでもなく至近距離での戦闘を再開する。


 ソルグランドの左手はまるで最初からそうだったかのように、ボイドリアの右手を握りしめて離さず、あらゆる権能による神罰を与え続け、ボイドリアは自身の損傷に対する無自覚の苛立ちを募らせていた。

 互いに接触しているだけでも大きなダメージを受けるが、この状態が長引けば地力で勝るボイドリアの方が優位に立つのは火を見るよりも明らかだ。


(無効化されたプラーナを吸収されたりしないだけ、まだマシだと思ったが、自前のエンジンだけでこの出力か、このお嬢ちゃん? 信仰によるエネルギーを得ている俺の相手をして、息切れ一つしないか)


 例えばボイドリアがラグナラク並みの動力源を搭載しているのなら、ここまでソルグランドと戦い続けて大して消耗した様子を見せないのも納得が行くが、それならラグナラクほどではないにせよ、優れた動力源をこれまでの魔物少女達に搭載させていただろう。

 最後にシェイプレスやスタッバーを撃退してからの短期間で、そこまで性能の違う動力源を開発したとは信じがたい。


「そろそろ辛くなってきたかい? 痛みなんて初体験だろう」


 自分自身も血反吐をまき散らし、額からも血を流しながら猛々しく笑うソルグランドに傍目にはダメージを負った様子の無いボイドリアはすぐには答えず、代わりにソルグランドの右わき腹に杭を叩き込んだのだ。

 そのまま貫かれるのをかろうじてソルグランドの右手が杭を掴み止めて防ぐが、完全には止められずに杭の先端、五センチほどが巫女装束ごとソルグランドの肉体に刺さった。


「言語によるコミュニケーションの連続。他文明でも見られた敵対対象の行動を誘引する為の行動。本機との戦闘においても有用と判断しているのか、ソルグランド?」


「俺のお喋りに付き合ってくれている間は、攻撃の手も緩むだろう? お嬢ちゃんはフォビドゥンやディザスターを相手にするよりも随分とキツイからな。休憩を挟みながらでないと、やってやられんのよ」


「このまま敗北すればその“キツイ”から解放される」


「はは、そりゃねえや。このまま敗北するほうが戦い続けるよりも“キツイ”のさ」


「情報を更新。現在の状況のまま戦闘を継続すれば本機の目的は問題なく達成される」


「自分の勝ちは決まったってか? 判断が早すぎるな。そら、神罰の追加だ!」


 自分の体内にまで突き刺さった杭をしっかりと握り締め、口の端から血の筋を流しながらソルグランドが吠えた。女神の肉体と神々の権能に対する理解の深まった今だから、意識して行えるようになった神罰の本格的行使。

 仮にも八百万の神々が協力して作り上げたこのヒノカミヒメの肉体を傷つけたのだ。大いなる女神の肉体を傷つけた罪には、大いなる罰を持って贖わなければならない。


 ただし神罰が下ったのは、ボイドリア本体ではなかった。二人の交戦地点よりも遠方に存在するモノに八百万の神罰は降りかかった。

 それはこのナラカ・コーラルという巨大すぎる程に巨大な魔物の心臓だった。今はボイドリアの命令に従って、ソルグランドを拘束する牢獄となり処刑場となっていた魔物の心臓は、誰も見るもののないまま腐れ落ちていた。


 そしてナラカ・コーラルの心臓が神罰によって腐り落ちた数瞬後、ソルグランドはボイドリアへと流れ込んでいた膨大なプラーナが途絶えたのを知覚する。

 ソルグランドが信仰から力を得ているように、ボイドリアもまたナラカ・コーラルからバックアップを受けていたのだ。


「ここからはこのサンゴ礁モドキの手助け無しの勝負だ」


 ソルグランドの懸念はナラカ・コーラルを自爆さえてまで自分を倒そうとするかどうか、だ。図らずも神罰によってナラカ・コーラルの心臓を潰せたお陰で、自爆の危険性は大きく減じた。

 安心してボイドリアとの戦いに専念できると、笑うソルグランドにボイドリアの瞳がわずかに細められた。雰囲気の変化をソルグランドが感じた時、ボイドリアの両手がソルグランドに掴まれている箇所から切り離され、拘束から解放される。


「蜥蜴の尻尾きりかよ!」


 切り離されたボイドリアの両手首を彼方へ放り投げるのと同時に、ソルグランドは距離を取るべく後方へと跳んだ。日本神話や民間伝承に基づく妙薬を生み出し、右の脇腹に穴を埋めるようにして塗り込んでおく。

 傷の塞がって行く音を聞きながら、ソルグランドの目は油断なくボイドリアの次の行動を注視していた。


「……ナラカ・コーラル動力の機能停止を確認。本機への生体エネルギー供給停止。ソルグランドの脅威度を修正。本機単独による目標達成の為、アンチ・ソルグランド・ウェポンを起動」


 ずるりと音を立てて、青黒い刀剣の柄がボイドリアの左の掌から突き出る。ボイドリアは自分の肉を割って出てきた柄を手に取り、一息に引き抜く。

 あまりに分かりやすい名前からして、ソルグランドを倒す為に開発されたボイドリアに与えられたソルグランドを倒す為の武器であるのは間違いない。

 刀剣と呼ぶのは正確ではなかった。

 ボイドリアの右手に握られたソレは、柄から切っ先に至るまでが一体化した、刃の無い長方形の代物だった。実際の戦闘に使う実戦的な武器というよりも、祭事に使う神器や祭具のよう。


「情報収集はもう止めて、これからは本気で俺を壊しに来るっていう決意表明か。プラーナの無効化能力を極限まで高めた武器ってところかい? 触れるだけでも体が分解されそうだ」


「貴機の名称が恒星に由来することから、本兵装の名称は決定した。明けない夜、永遠の闇、すなわち“常夜(とこよ)”である」


「常夜? それはまた随分と俺に寄り添った名前にしてもらったもので。ところで、地球には“明けない夜はない”と言葉が古くから伝わっているんだが、そっくりそのままお前さんに言っておくよ」


 減らず口の絶えないソルグランドではあるが、常夜と呼ばれた剣を目にして、これはいくらプラーナを厚く重ねても、防げそうにないと肉体に付与された神々の権能が警告を発している。

 素手での殴り合いなら大ダメージで済んだが、あの剣と言い難い剣は即死しかねない危険性を秘めていると、神託を下されたようなものだ。


(さて、俺の方に決定打がないのが問題か。さっきまでの神罰によるダメージはあるが、押し切れるほどではないな。肉弾戦で押し切ろうかと思っていたが、あの剣に対する警戒感が凄いな。こっちもどうにか苦殺那祇剣で勝負に出るか)


 問題はどうやってその隙を作り出すか、だ。ソルグランドは否応なく意識してしまう刃なき常夜へ目を向けながら、ここが踏ん張りどころだと自らを鼓舞した。今も信仰を糧に流れ込む人々の想いに、大きく励まされながら。

ソルグランド特効武器の登場です。一難去ってまた一難!

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