第九十八話 牢獄
ソルブレイズやザンアキュートは、一瞬で周囲の景色がナラカ・コーラルの表面へと切り替わったその時には、自分達が転移させられたのだと理解した。
そして人類最大の切り札、最後の希望、最強の魔法少女たるソルグランドがこの場に居ない悪夢のような事実も。
魔物側が罠を張って待ち構えていると想定はしていたが、罠の対象が人類側の戦力全体ではなく、よもやソルグランドただ一人だったとは、許されざる誤算である。
「コクウさん! ソルグランド様は!!」
悲鳴のような叫びを放ったザンアキュートに、コクウ=夜羽音はデフォルメされた烏の顔でもはっきりと分かるくらい、苦渋の色を浮かべていた。
この事態を想定して、魔物の出現方法を研究して構築した、転移阻害の結界を組んでいたのだ。
しかし、それでもなおソルグランド以外の全員を跳ばされている。単純な出力の違いか、それともこれまでの魔物とは異なる転移方法なのか?
「不覚、ソルグランドさんを孤立させられたか」
「っ! それならもう一度、突入すれば」
夜羽音が真っ先に打開策を口にしなかった時点で、ザンアキュートは事態が予想通りに悪いものだと認識し、焦りのあまりに短絡的な手段を口にする。咄嗟のことでは、それくらいしか思い浮かばなかったのだ。
ザンアキュートが愛刀と六本の刀剣を身近に引き寄せて、侵入できそうなハッチを探して視線を巡らせるが、それを許すほどボイドリアは詰めの甘い相手ではなかった。
マムールやアマンタの出撃していたハッチは全て固く閉ざされ、そればかりかナラカ・コーラルそのものが大きく揺れて、動き始めていた。
突然の異変にザンアキュートばかりでなく、ソルブレイズや魔物少女達も動き始めた足元に意識を奪われる。真っ先に異変の正体を察したのは夜羽音であった。
「全員、急ぎナラカ・コーラルより離脱。ソルグランドさんを救出する前に、こちらが壊滅しかねません!」
ソルグランド救出を諦めるか、少なくとも救出が遅れるのは間違いない指示を耳にして、ザンアキュートの眼差しは火を噴かんばかりに熱を帯びたが、それも自分達に巨大な物体の影がかかることで収まる。
ボイドリアとソルグランドが一対一で対峙した瞬間から、ナラカ・コーラルそのものが動き始め、四方へ器官を伸ばしたサンゴ礁めいた外見から、球体に近い形状へと自ら丸まり始めていたのだ。
このままではナラカ・コーラルの変形に巻き込まれて押し潰される、と否応なく理解させられて、ザンアキュートは唇を噛み破り、零れた血でその唇を濡らしながらその場を離れざるを得なかった。
ナラカ・コーラルの突然の異変には戦闘を継続していたザンエイ側にも、当然確認されていて、事態が人類側にとって望ましくない方向へ動いているのは明白だった。
変わらずマムールやアマンタとの戦闘を継続しながら、ザンエイのブリッジではガルダマンがソルブレイズからの報告を受け取り、にわかには信じがたい魔物側の狙いを察する。
「ソルグランドを孤立させた上で救援を阻む為だけに、ナラカ・コーラルを捨て石にするつもりか!?」
思わず手すりを握る手に渾身の力を込めるガルダマンの傍らで、マルザーダはあくまで冷徹に状況を受け止めていた。
「人類とフェアリヘイムよりも、ソルグランド単独の方が脅威と判断されたか。情けないがそれも致し方なしだな。カジン殿、ソルグランドの位置は追えますか?」
『妖精コクウからの情報共有は受けている。彼女は現在、ナラカ・コーラル中心部へと向けて高速で移動中だ。プラーナ反応からして、交戦しながら移動している。いや、させられている』
「ありがとうございます。全部隊に通達。魔物との戦闘は継続、ただし変形中の敵要塞内部へ突入する為の部隊編成の準備に取り掛かる。オペレーター諸君、敵要塞のプラーナ反応を入念に確認せよ。少しでも脆弱な箇所、あるいは異常な反応を示す箇所を見つけ出すのだ」
マルザーダが指示を飛ばしている間にガルダマンも冷静さを取り戻し、声を潜めてマルザーダと言葉を交わす。
「ソルグランドを拘束する為に、急遽、要塞に手を加えたとなると構造のどこかしらに無理を強いているか、脆い箇所があるはずとは思いますが……。あの巨体が守りを固められると、例え一点に火力を集中させても、突破は困難でしょうな」
「しかし、なにもしないでただ眺めているわけにも行かんよ。要塞から出撃した魔物達の数も多い。迎撃しながら要塞突入の手立てを考えねばならんのは厄介だが、ソルグランドには多大な恩がある。彼女をむざむざと魔物の毒牙にかけて堪るものかよ」
「ごもっともです。ソルグランドが自力で脱出してくる可能性も十分にありますが、我々が手をこまねいてよい理由にはなりません」
それまでナラカ・コーラル周辺を旋回するような機動で飛び回り、魔物達の耳目を集めていたザンエイだが、目的の変更に伴って変更し、ソルグランド救出を妨害する魔物達を積極的に撃滅するべく、魔物の群れから逃げるのではなく正面から突撃してゆく。
ソルグランドの窮地を察したネイバー所属のマジカルドール達も、ここまで人類を追い込んだ魔物側が思い通りになるはずもない、と眦を鋭くしていた。
「おいおいおい、こいつはやべえんじゃないのかい? あの爺様、ずいぶんと肝が座っていたが、流石に魔物の罠に嵌められたとあっちゃ、肝っ玉が縮こまっているかもしれねえや」
複数の分身体達と共にマムールを貝殻ごと叩き割っていたトウセンショウは、目の前で丸まってゆくナラカ・コーラルを見て、おおよその事態を察した。
ソルグランドを爺様と呼んだのは、その中身を知っているからで、周囲で聞く者も彼と同じネイバーばかりだったからである。
トウセンショウの不味い事態に陥ったと言わんばかりの顔に、空飛ぶ腕輪と火を噴く槍で暴れ回っていた中華風のネイバーが近づき、腕輪の操作を継続しながら話しかけてくる。
「どうするね、孫。いや、トウセンショウ。我らがこのまま戦い続けた場合、外の魔物は片づけられるが、今のままではサンゴ礁モドキの破壊は難しい。少し無理をするか? それならば変形した敵の要塞も破壊もしやすくなるだろう」
新しいネイバーはトウセンショウやサンダーハンマーと同じく、外見は美しい少女だったが声は落ち着き払った青年のものだった。
その声にも雰囲気にも戦闘の最中にあって、微塵も動揺がなく恐怖もない。このレベルの戦場を数えきれないほど経験している猛者なのである。
無理をする、とは今使っている義体の崩壊と引き換えに、更に神としての力、権能を引き出す、という意味だ。特注の義体を用意するのにはまた時間がかかるだろうが、ソルグランドの安否に変えられるものではない。
「それも視野に入れなければなりますまい。ですが、まだ人間達が諦めておりません。我々がこれ以上のでしゃばりをするのは、彼らが諦めてからで」
「取り返しのつかないことにならなければいいが、日本神話群の結晶体ならばそう易々と討ち取られるはずもないか。うむ、貴公の意見を汲むとしよう」
トウセンショウから敬意の滲む答えを返されて、中華風ネイバーは、一度は納得した様子で、靴の下で回転している車輪から勢いよく火と風を放出すると、あっという間に残る魔物へと飛び去って行く。
その姿を見送ってから、トウセンショウはじぃっと形を変えるナラカ・コーラルを見る。その中心部に囚われつつあるソルグランドの姿を見透かすように。
「ソルグランドのことだからこっちの予想を覆して、臆せず戦っていてもおかしかないか。案外、けろっとした顔で内部から要塞を破壊して飛び出てくる気もするが、さてさて、どうなるかね?」
事態の変化にナラカ・コーラル外部の者達が焦燥と共に対応する中で、ボイドリアと対峙するソルグランドはカジンが口にした通り、交戦しながら要塞中枢へと誘引されていた。
ソルブレイズ達が外へ転移させられたのと同時に、通路もまた変形して中枢部へと向けて一直線につながる大穴へと変わっていたのだ。
更に中枢部へと向けて猛烈な重力が発生し、抵抗しなければそのまま引き寄せられる環境へと変化していた。
その中でボイドリアは戦闘態勢を取るソルグランドを見つめたまま、自ら仕掛ける素振りはなく、戦端を開いたのはソルグランドからであった。
「初めましてお嬢さん、知っているだろうが、俺はソルグランドだ!」
天覇魔鬼力を右蜻蛉に構え、虚空を蹴って観察を続けるボイドリアへまずは小手調べの袈裟懸けの一閃。天から地に落ちる雷すら斬り捨てる一撃に対し、ボイドリアはわずかに体を滑るように後退させて避けた。
斬撃の乱したプラーナによって前髪が揺らされる中、ボイドリアは黒目の中の黄金の瞳にわずかな感情の揺らぎを宿して、短く答える。
「本機はボイドリア。最新にして最後、完成にして最終の魔物少女」
「答えてくれるとは意外だが、そちらさんの文化でも挨拶は大事ってことか、ね!」
下方に掛かる強烈な重力に逆らい、ソルグランドは天津甕星の権能を持って人型の流星となり、ボイドリアへ果敢に斬りかかり続けた。
天覇魔鬼力を握る手の位置を絶妙にずらし、一撃ごとに間合いを変えて幻惑し、速度の緩急と三次元の動き、虚実を含ませて技巧の粋を凝らした連続斬撃は、舞踏の神が神に奉ずる剣舞の如く。
「特異存在ソルグランド。創造主アンテンラ並びにエゼキド監査軍の想定をことごとく覆してきた存在。貴機が齎した災禍が巡り巡って本機は製造された」
天覇魔鬼力の斬撃を避け続けるボイドリアが聞き逃せぬ情報を口にしたのに、ソルグランドは正直に言って、驚きを隠せなかった。
それでも斬撃を繰り出す手を止めなかったのは、戦闘中であるのを忘れていなかったからである。
「欺瞞情報か本物の情報か知らんが、それは俺に聞かせてよかったのかい?」
これまでフォビドゥンやディザスターからも聞き出せなかった、敵対勢力の正式名称と首魁について、こうも簡単に聞き出せるとは。
(まあ、外との連絡を完全に遮断しているのと俺をここで始末する算段がついているからなんだろうがよ)
二人とも落下しながら会話している状況に、ソルグランドはなんだか愉快な気持ちにさえなっていたが、冥途の土産のつもりで口を滑らせてくれるのなら、これは望外の幸運、思わぬ儲け話というもの。
「本機の目的と存在意義は貴機の完全なる破壊。同時に特異な存在として認定された貴機の情報収集を最後の時まで行うこと。魔法少女の性能は精神活動によって変化が生じる。未知の情報を同族に伝えなければならないと判断した場合の、貴機の性能の変化を本機へ開示せよ」
「へん。今後は魔物を魔物少女に切り替えるつもりなのかい? 強力な魔物少女を開発する為に、俺にもっと有益なデータを寄こせって話か。つくづく俺達を生命ではなく、有用な資源として見ていやがる。腸が煮えくり返るってのは、こういう気分を言うんだろうな」
「腸が煮えくり返る……どのような状態か?」
すっとぼけているようで、無垢なボイドリアの問いかけにソルグランドは戦意が欠片ほど削られるのを感じながら、周囲に展開した破断の鏡の反射を利用した光速移動を開始する。
「俺の腸を引きずり出して、確かめてみな!」
ボイドリアの背後や上下左右へ移動し続ける破断の鏡にソルグランドの姿が映った瞬間、ソルグランドは光と化して、最後の魔物少女の全身に見る間に斬撃が刻まれてゆく。
斬撃の嵐が絶えずボイドリアの身体を襲い続け、それは露出している肌も星の輝きを閉じ込めた紫の長髪も、腰に巻かれたリボンも平等に襲い掛かったが、ボイドリアに苦痛の色はなかった。
(硬いことは硬いが、手応えがどうにも妙だな。バリアに阻まれているのは確かだが、当たった瞬間に違和感がある。どうやら俺を倒す為だけに作り出された魔物少女のようだから、俺対策になにか仕込んであるんだろうが)
いくらなんでもそればかりは正直に話してはくれないだろう。戦いながら探るしかないと、ソルグランドは攻撃の手を止めずに光速の斬撃を継続する。
「……指向性重力、出力並びに影響範囲を調整。墜落せよ、ソルグランド」
効かないとはいえ絶え間ない斬撃に苛立ちが募ったのか、ボイドリアはナラカ・コーラルに命令を発し、光の速さで動くソルグランドを捕捉する為、自身の周囲、半径五メートルに対して重力を数千倍に高めて、重力の鎖にソルグランドを絡めとる。
「っちぃ!?」
急激な負荷にもソルグランドの頑健な肉体は耐えたが、光をも捕らえる重力の鎖を振りほどくことは敵わず、そのまま一気に下方へと引きずり込まれて、体勢を立て直す頃には広々とした空間へと叩きつけられていた。
「こなくそ!」
くるりと猫のように空中で姿勢を正したソルグランドが足から着地した時、金属質の素材で造られた床──あるいはナラカ・コーラルの内側の肉は大きく陥没し、重力の影響がどれだけ強いのかを暗に物語たった。
床へ向けて天覇魔鬼力を突き立て、刺さった箇所を通して神通力で生み出した神罰の雷とプラーナを混ぜて一気に注ぎ込む。ナラカ・コーラルの巨体と保有する膨大なプラーナの為に、即死させられなかったが周囲の床や壁が蠢動した後、眠ったように静かになる。
(しばらくは麻痺させられたか? お目当てのお嬢さんは……)
天覇魔鬼力を引き抜き、立ち上がった時、ボイドリアはソルグランドの正面に降り立っていた。指向性重力による干渉がなくなり、再び自由を取り戻したソルグランドは、ボイドリアの頭上に動かしていた破断の鏡から、最大出力の太陽の光を放った。
「日光大崩!!」
「プラーナによる集束した太陽光。既に解析済みだ」
降り注ぐ極大の陽光の柱の只中で、ボイドリアは何の苦痛も熱も感じさせない声音を出し、ナラカ・コーラルの体内を貫く陽光の柱から悠々と進み出る。
ならばと天覇魔鬼力に変わり、ソルグランドの右手にケルト神話に伝わる赤薔薇の槍を模した彼岸花の槍、左手に金剛杵すなわち雷神インドラの権能たる雷を示すヴァジュラの模造品が握られる。
どちらも真作とは異なる模造品ではあるが、日本神話群の結晶たるソルグランドの肉体が操る限りにおいて、絶大な威力を発揮する。
ソルグランドの見惚れるような投擲姿勢から黄金ではなく、コピーであるが為に白銀のヴァジュラが投擲される。先ほどまでのソルグランドが光速ならば、こちらは文字通りの雷速であった。
これにボイドリアは遅れることなく反応し、紫色のプラーナを纏う左手の一閃が白銀のヴァジュラを弾き飛ばし、遠方の壁に命中して次々と貫通してゆく。だが、これはソルグランドも織り込み済みだった。
白銀の雷を纏うヴァジュラが弾かれた瞬間を狙いすまし、床を粉砕する踏み込みで跳躍したソルグランドは真作を模した彼岸花の槍を右手一本で操り、容赦なくボイドリアの右目を狙いに行った。
この槍はケルト神話におけるフィン物語群で語られる英雄ディアルミド・ウア・ドゥヴネの保有するゲイ・ジャルグ、または死者の詩という魔法を無効化する力を持つ代物を原点とする。
魔物の用いる力は地球由来の魔法ではないが、プラーナを触媒として使用していることから、穂先の触れた対象のプラーナの結束を緩め、物質化していた場合には霧散させるなどの効果を持たせた贋作である。
これならばボイドリアの纏うバリアを突破するか、弱体化させられるのではと期待しての選択だったが、果たして彼岸花の槍の穂先はボイドリアの黒い眼球に届く寸前で震えながら停止していた。
「バリアだけじゃないとは思っていたがっ」
全力で突き込む彼岸花の槍の穂先がゆっくりと震え、分解を始めるのを見てソルグランドはボイドリアが備える、対ソルグランド用の能力におおよそ察する。単純にこれまでの魔物少女達の上位互換というだけではない。このボイドリアは……
「“俺のプラーナ”を無効化する能力か!」
「貴機の全ての性能を見せよ。創造主アンテンラの被った損失を補う為に、貴機の全てを解析し、学習し、模倣し、簒奪する。貴機を無価値なモノへと貶めて、本機の目的は完遂される」
「そうかい。そいつはちょいと叶えてはやれんな。そっちが全面降伏して宇宙の片隅に引っ込むってんなら、交渉の余地はあるけどなぁ!」
「エゼキド監査軍は遍く銀河の星々にエゼキドの支配を行き届かせる為の指先。エゼキドに敗北はない。交渉もない。ただ勝利と支配がある」
神通力によって生み出した神器はコピーも含めて、ソルグランドの権能で生み出した神鉄などをベースに、プラーナでその大部分を形作っている。その根幹部分を無効化されるとなると、手札の大部分が封殺されたに等しい。
これで無効化されたプラーナを吸収するのなら、プラーナに由来しない毒を含ませる手もあったろうが、ボイドリアに吸収する様子はない。学習した結果、警戒していると見るべきか。
ソルグランドが彼岸花の槍を引き戻し、徒手空拳での戦闘に切り替えようとした瞬間、ボイドリアが機先を制するように攻勢に転じた。
彼女の全身を髪の毛と同じように煌めく紫色のプラーナが覆うと、弾丸のようにソルグランドを目掛けて襲い掛かる。かろうじてソルグランドが反応できる速さであった。
「ちぃっ!」
ボイドリアの振るう四肢に纏わりつく紫色の光、これもまたソルグランドのプラーナを分解し、無効化する力を秘めていた。
ソルグランドの瞳はこの紫色の光がプラーナと微細な機械と細菌型魔物の混合物であることを、見抜いていた。
「触れられるだけでもヤバそうだな。俺に特化しすぎて他の魔法少女のプラーナを無効化は出来ないんだろう? 随分と尖った性能にしちまってよ!」
他の魔法少女のプラーナを無効化出来ない云々は口から出まかせだったが、おそらく間違っていない。中途半端にではなく、とことんまで自分に合わせて特化させているはずだ、とソルグランドは読んでいた。
「貴機に対するアンテンラの評価は極めて高い。これまで遭遇した文明の用いた兵器の中でも、そのサイズで多様な機能、高い出力、堅牢性、判断能力を併せ持った個体は例がない。またプラーナ以外に用いられている未知のエネルギーも要研究対象である」
(神通力のことか? ナザンもそうだったが他の星でも出会わなかったのか? エゼキドとかいう連中は、地球で言う神々と接触した経験がないと)
ボイドリアが全身に無効化の紫の光を纏うように、ソルグランドは織物のように複雑に編み込んだプラーナの光を何層にも渡って、全身に羽織った。
即興で打ち立てた対策が、何重にもプラーナの層を設けることで無効化を少しでも遅らせて自分へのダメージを減らし、攻める場合にはボイドリアの守りをわずかでも相殺する、狙いはこれだった。
この手の無効化の能力を持つ相手に対しては、無効化されない力で戦うか、相手の能力の仕組みを解き明かして解除する、などが定番だ。
純粋な神通力のみでダメージを与えるか、無効化されるよりも速くダメージを通してボイドリアを倒す、この二パターンが現実的とソルグランドは判断した。
苦殺那祇剣ならナラカ・コーラルごとまとめて燃やし尽くせる可能性は高いが、発動するまでの隙を見逃してくれる相手ではなく、その隙を作り出すのも至難を極めよう。
(この肉体に預けられた戦いの神々と知恵の神々、それに俺のこれまでの経験を信じて全力でぶつかるしかない)
基本的な身体能力ではあちらが上。対ソルグランドを想定して開発したなら、格闘技術も相応に叩き込んであるだろう。
またフォビドゥンやシェイプレスのような変身能力を持っているのなら、人型の外見に惑わされてはいけない。骨格や臓器などあって無いようなものだ。おそらく締め技や関節技は通じまい。
「出たとこ勝負をするには随分と危険だが、初めて魔物と戦った時以来か、この緊張感と不安」
だからこそソルグランドは笑った。
目の前の魔物少女は短い攻防で、ラグナラクとは別の意味で最強の敵だと痛感させられている。これまで多少の余裕を持って戦えて来た魔物少女達とは、確かにものが違う。
それでも負けてよい理由はひとつもなく。また勝てないと決まったわけでもない。なによりここで自分が勝って、無事な姿を見せないとソルブレイズが、孫娘の燦が心配してしまう。
「俺の負けられない理由ばっかりは、お前らには理解できないだろうな」
ソルグランドの浮かべる笑みを、ボイドリアは黒い眼球に浮かぶ黄金の瞳で、じいっと見ている。
アンテンラがボイドリアにはあえて希薄なものとしてしか与えなかった“感情”。それを彼女はソルグランドから学習しようとしているのか、それとも真価を見定めようとしているのか。
いずれにせよボイドリアのすることに変わりはなかったが。
メタメタにソルグランド対策を組んだ結果、プラーナを無効化するという結論に至った上に、それを抜きにしても基本スペックはボイドリアの方が上。ディザスターは特殊能力を失くした分を肉体に上乗せしましたが、ボイドリアは能力を保持したまま、肉体性能も上ですね。




