第九十七話 完全上位互換
宇宙鳥船がナラカ・コーラルへ強行着陸を敢行し、船底にソルグランドの権能によって生み出された海水が大量に生じ、着陸の衝撃を緩和して目的のハッチへと水流が伸びる。
宇宙空間でも水が凍らずに流れ、風が吹いて、火が燃えるのは魔法ならではの神秘的な現象だ。水流に乗った天鳥船が超高速で突き進むその先に、二種の魔物達が血に飢えた肉食魚の如く襲い掛かってくる。
「ピラニアならぬ巻貝とエイだけどな」
ソルグランドは自身を鼓舞する意味も含めて好戦的な笑みを浮かべ、躊躇なく左右の闘津禍剣を、前方の魔物の群れへと勢いよく投げつける。
星の海を斬り裂いて進む流星の如く闘津禍剣は魔物達を次々と貫き、その最中に刀身を形作るプラーナが内側から弾け飛び、周囲数百メートルを吹き飛ばす巨大な光の爆発を巻き起こす。
「ラグナラクとの戦いは多くの知見を与えてくれたよ。お礼にお前さん達相手にたっぷりと実践させてもらおう」
ソルグランドは神の手によってのみ形作れる美しき鼻をへっと鳴らし、炸裂用に調整を施した闘津禍剣を再び両手に鍛造する。
これまで闘津禍剣は剣として使用するべく鍛造してきたが、ラグナラクの強固な表皮を突破する為に編み出したこの技術を、ソルグランドは数々のバトル漫画やアニメを参考にしつつ、使いこなすレベルに達していた。
「お前達が俺と戦った時には特級まで用意していたのに、数だけ揃えたところで足止めにもなるもんかね。なあ?」
にこやかに振り返るソルグランドに、かつての戦いを思い出したフォビドゥンはあからさまに拗ねた顔になる。
かつての戦いでは、ナラカ・コーラルから出撃した魔物と比べれば数では劣るが、質でいえばフォビドゥン達の用意した魔物の方が上だった。
ソルグランドからすればフォビドゥン達の判断の方が正しかった、と褒めたつもりだが、敗者であるフォビドゥンからすればなんの喜びもありはしない。
「私の知ったことではない。それよりも同族がやられる前に早く内部へ突入するんだな」
「それもそうだ。皆、特にネイバーの方々が凄まじい戦いぶりを見せてくださっているが、撤退するとなったら一苦労で済まないのはこっちなんだからな」
ソルグランドが一瞬向けた視線の先では、トウセンショウが息を吹きかけた毛束が、次々と小さなトウセンショウへと変化して、魔物の群れを四方八方から叩き潰す光景が広がっていた。
軍人達が中身を務めるマジカルドールによる規律だった銃火器による支援の下、神々の器たるネイバーと魔法少女達が思う存分、力を発揮してマムールとアマンタを次々とプラーナの粒子に還している。
ザンエイにも目立った損傷は見られない。
もう数時間は沈む心配はないと判断し、ソルグランドは闘津禍剣の三本目、四本目を投擲し、勢い良く回転しながら飛んで行った二振りの神剣は、遠方から狙いを定めていた触手砲台を基盤からまとめて吹き飛ばす。
「へ、これだけの大きさの要塞なら少しくらいの自損自傷も辞さないってわけか。ここで俺達を片付けられたら、地球とフェアリヘイムは詰んだも同然だ。最悪、ナラカ・コーラルそのものを自爆させる可能性もある。そう推測されていたが……」
ソルグランドの思い描く最悪のシナリオが、魔法少女達を巻き込んでのナラカ・コーラルの自爆だ。人類側の認識としては、ナラカ・コーラルは魔物の数ある拠点の内の一つに過ぎず、失ったとしてもこの星系における橋頭堡を失う程度だろう、と見積もっている。
魔物側からすれば鬱陶しい人類側の戦力をほぼ壊滅させて、地球とフェアリヘイムをナザンと同じように死に果てるまでプラーナを搾り取れれば、充分に元を取れると推測しているのだ。
実際のところ、ナラカ・コーラル規模の要塞を失うのは、魔物側つまりエゼキドにとってもかなりの痛手であり、失わずに済ませられるのならばそれに越したことはないのが実情なのだが……
「情報が足りていないと、どうしたって出たところ勝負になるのが辛いやね」
ソルグランドとしては命を拾った自分が巻き添えになる程度なら諦めもつくのだが、ソルブレイズこと孫娘の燦を始め、他の魔法少女達までも犠牲になるとあっては、最悪のシナリオをなんとしても防がなければと、自身を犠牲にする選択肢も考慮していた。
宇宙に浮かぶ要塞の表面を水しぶきを立てながら進む宇宙鳥船の上で、既に天の羽衣を纏ったザンアキュートが、腰溜めに構えた姿勢から渾身のプラーナを乗せた斬撃を振り抜いた。
ただの一振りが視界に入る全ての魔物へ距離を無視して襲い掛かる。およそ遮蔽物の無いこの環境において、ザンアキュートの固有魔法は極めて凶悪であった。
「死して骸も残さず命へと還れ!」
宇宙の闇にも斬撃の音が響き渡りそうな鋭い断面を晒し、数え切れない魔物達が見事に真っ二つ。手にする刀剣の如く鋭い眼差しで、ザンアキュートは次から次へと姿を見せる魔物達を睨む。
「有象無象の宇宙害獣共め。このサンゴ礁もろとも宇宙の塵に変えてくれる。ソルグランド様がな!」
ザンアキュートの熱量たっぷりの言葉が聞こえてきて、夜羽音は呆れと頼もしさを半分ずつ混ぜた声色でソルグランドに話しかける。
「今も彼女の篤い信仰心が流れ込んできているのでは? 戦いが終わった後も貴方への信仰は止まらないかもしれません」
「麻疹みたいなもんですよ。思春期の熱はいつか冷めます。それまで彼女を生かすのが、俺の役目の一つだと勝手に思っています」
「思春期の熱で済めばよいのですが。いえ、戦いの最中にする話ではありませんでしたね」
「そろそろ中に入りますか。今度は何が待っているや……ら!」
船首に立つソルグランドの足を通して神通力が迸り、ハッチへ到達していた水流が一瞬で凍り付く。そそり立つ氷柱の中に複数の魔物を閉じ込めたが、本命はそれではない。
『諏訪湖の御神渡り』を応用した権能だ。凍り付いた範疇はすべて神の通った道筋となり、転じてソルグランドは凍った範囲内に一瞬で移動できる。
一キロメートル近い距離がゼロとなり、ソルグランドだけでなく宇宙鳥船ごとまとめてハッチの内側へと転移していた。転移直後の光景を目にして、夜羽音が残念そうに呟く。
「流石にこのまま最深部へ行かせてはくれませんか」
ハッチの内側百メートルほどまで水流は達していたが、直径百メートルはある通路の先に赤色に輝く光の隔壁が降ろされており、そこで止められていた。
宇宙鳥船は勢いをそのままに光の隔壁へと突っ込んでゆき、闘津禍剣の交差するような斬撃によって、光の隔壁はあっさりと斬り裂かれた。
そして
「来るぞ、全員、散開!」
光の隔壁の向こう側で待ち受けていた魔物達の群れが、一斉に光線や衝撃波、生体ミサイルに雷とバリエーションに富んだ攻撃が殺到してくる。
ソルグランドは魔物少女と魔法少女達に回避を命じながら、自身は宇宙鳥船の船首を蹴って飛び出し、破断の鏡を用いた鏡面結界を通路の半分ほどを埋める大きさで展開。
数キロメートル単位で破壊を齎す攻撃を、完璧にシャットダウンして魔物側の攻撃を受け止め続ける。
「ええい! 一撃必焼!!」
結界の隙間を縫って飛び出したソルブレイズが燃える拳を、三つ首の水牛めいた魔物へと叩きつけて、全高十メートル超の魔物を瞬時に灰に変える。
ザンアキュートは状況を瞬時に把握し、棘状の鱗を生やした大蛇の群れが迫るのを認めて、周囲に浮かべた六振りの刀剣と共に飛び込み、見る間にぶつ切りにしてのける。
ザンアキュートの作った大蛇のぶつ切りを踏み潰し、ディザスターが百足の下半身と獅子の上半身を備えた魔物の噛みつきを受け止めて、そのまま首と頭部に手を回して抱き潰した。
「ああ、くそ、まただ。ラグナラクだけじゃない。この要塞も、あたしのプラーナが壊せって叫んでいる! 熱い、熱い、熱い!!」
ギザギザの歯をむき出しにして、ディザスターは憤怒の眼差しを迎撃の魔物だけでなく、周囲の通路へと向ける。彼女の言葉を信じるのなら、ラグナラクが搾り上げたプラーナが、このナラカ・コーラルにも大量に用いられているのだろう。
ディザスターが憤怒に顔色を染めている中、フォビドゥンは尻尾を振り回して小型犬と昆虫の混ざったような小型の魔物を叩き潰しながら、周囲を探る為に感覚を研ぎ澄ませている。
「魔物の質が低い? 守る気がないのか? 創造主様が直接、指揮を執っておられるのか、それとも私達の後継機か」
ソルブレイズら四名が瞬く間に魔物達を撃滅するのを待って、ソルグランドは鏡面結界を解除し、宇宙鳥船もいったんプラーナへと還元して、自身の体内へと収納する。
ソルグランドの背後でいざという時のバックアップに備えていたアワバリィプールは、強化アイテムである巨大ナルトに乗ったまま、ほええ、と気の抜ける声を出した。
シェイプレスとスタッバーがナルトに同乗しているが、アワバリィプールは慣れたのか慌てた様子もない。
「おおお、ついに要塞の中に入っちゃった。本当に攻め込んでいるだねえ」
キョロキョロと周囲をおっかなびっくりしながら見回すアワバリィプールだが、ソルグランドのお陰で大きな恐怖を抱いているわけではなさそうだ。
シェイプレスはスカーフのような形になって、スタッバーに巻き付き沈黙を維持している。スタッバーは半ば瞑目しているような様子で、これからの激闘に備えて少しでも力を蓄えようとしているかのよう。
「要塞の心臓部目掛けてここからありったけの火力を叩きこむってのも魅力的だが、下手に誘爆させてしまったら、大戦犯もいいところだ。地道に内部を攻略していくかね」
ソルグランドが突入組を見回しながら、改めて方針を確認した後、通路の奥へと視線を向ける。今回、夜羽音が同行しているのは、導きの神である八咫烏の権能に期待してのことだ。
妖精に擬態した夜羽音は何を恐れるでもなく、悠々と低重力の働いている通路に浮かび上がる。人間の常識に当てはめて考えるべきではないが、隔壁が降ろされるなり、区画ごと切り離されない限り、通路の繋がる先を飛び回ればいつかは心臓部に到達するだろう。
もちろんそんな悠長な真似をしていては、外で戦っている魔法少女達が消耗しきり、数え切れない魔物達を相手に大きな被害を受ける可能性が高い。
「それでは皆さん、参りましょう。プラーナの流れ、運命の流れ、意思の流れ、それらは全て一点に集束しています。そこへと私が導きます」
ワイルドハントのメンバーでソルグランド以外は夜羽音が八咫烏であると知らなくても、ソルグランドが全幅の信頼を寄せているのと妖精女王からの太鼓判もあり、夜羽音の導きが有用であると信じての突入作戦だった。
「よろしくお願いします。勝手に押し入ってきた側ではありますが。もし要塞の主が居るのなら挨拶をせずに帰るわけにはいかんでしょう。きちんと顔を見せないとね」
言葉こそまだ穏やかなものだったが、ソルグランドの本音としては人類と妖精の天敵である魔物に対して、いい加減、主が居るのなら面ぐらいは拝んでおきたい、可能なれば叩き潰しておきたいという獰猛な怒りがあった。
ソルグランドばかりでなくその怒りは夜羽音にも理解できるものだった。魔物相手に怒りを抱いていない人類と妖精、そして神もいないだろう。
「そろそろ魔物側のどなたかと挨拶したいとは私も思いますよ。フォビドゥン達を生み出したことから、ソルグランドさんをかなり危険視している筈ですから」
ゆるりと夜羽音が翼を打ち、見る間に加速する。ソルグランド達も夜羽音の羽音に導かれるように続いて、ボイドリアの待つ心臓部へと向かう。
その様子を当然、ボイドリアはつぶさに観察してソルグランドの情報を常に更新し続けていた。既にナラカ・コーラルにまとわりつく人類への対処は、ナラカ・コーラルの自我に委ねており、指揮をほとんど放り捨てている。
「ソルグランドとの戦闘区域を設定。分断、誘導、隔離の後に排除を開始」
ボイドリアにとって要塞内部に配置した迎撃用の魔物達も外で戦っている魔物達も、全て使い潰して構わない捨て駒だ。
彼女にとっては外の魔物達はこれ以上、ソルグランドの援軍を内部へ引き込ませない為の足止め役であり、内部の魔物達もまたソルグランドの情報収集と少しでも消耗させる為の捨て駒だ。
そしてなによりボイドリア自身もまたソルグランド討伐の為の捨て駒に他ならないと、そう自覚していた。
ボイドリアに観察される中、ソルグランド達は立ちはだかる魔物も道を閉ざす隔壁も、その全てを圧倒的な速度で蹴散らして内部を突き進んでいた。
外の触手砲台と同じものや小型の魔物達が雲霞の如く涌いて出るが、そのどれもがソルグランド達の前では瞬時に蹴散らされる紙屑のようだった。
戦闘に次ぐ戦闘のわずかな時間に、消耗の激しさを自覚していたアワバリィプールはキャンディを一つ口の中に放り込み、ボリボリと景気のいい音を立てて噛み砕く。
「ふいい、桃のエキスが体に沁みるぅ~」
アワバリィプールに限らず、まだプラーナに余裕はあるが消耗自体はしているソルブレイズとザンアキュートも、周囲への警戒を行いながら、アワバリィプールと同じキャンディをどこからともなく取り出して、味わっていた。
「そういう風に喜んでもらえるなら、俺も精魂込めて作った甲斐があるってものだな」
子供達の顔がほころぶ様子に、ソルグランドもまた口元をほころばせる。四方に通路が伸びるホールでの一幕である。
キャンディの正体はソルグランドが真神身神社の境内で育てている、あの桃を加工して作り出したプラーナ補充用の特性アイテムだ。
由来が由来だけに摂取した魔法少女への影響が出ないように、ソルグランドばかりでなくヒノカミヒメと夜羽音も慎重に加工しなければならなかった。
製造工程には多くの手間を掛けただけはあり、このキャンディ一粒でほとんど魔法少女はプラーナが半分以上回復するのだから、引く手数多の品だった。
「皆が桃にアレルギーがなくてよかったよ」
(魔法少女の身体にアレルギーも何もありはしませんが、今言っても仕方ありませんね)
ほっと安堵の顔を浮かべるソルグランドに、無粋はすまいと夜羽音は視線を戻して通路を一つずつ見る。このどこをとってもいずれは心臓部へ辿り着くが、導くべきは最短経路。
自分の両肩に八咫烏の名誉と誇り、そして魔法少女達の命運が掛かっているのだと、夜羽音は強く自覚しながら自らの権能を強く意識し、そして導く先が『この場所』へと変わっていることに気付いた。
「来ます!」
ソルグランドが耳にした事のない切羽詰まった夜羽音の警告に、全員が即座に対応して戦闘態勢を取る。
キャンディの甘さにとろけていたアワバリィプールが一瞬遅れたものの、それでも叱責されるような遅さではない。誰よりも強く反応したのは魔物少女四人だった。これまで沈黙を維持していたシェイプレスもスカーフの端に頭を生やして、虚空に目を奪われる。
シェイプレスの視線の先で、空間の一部が長方形の扉のように黒く染まり、そこからにじみ出るようにしてボイドリアが姿を見せたのだ。
ふわりと柔らかく廊下に降り立ったボイドリアの視線は、闘津禍剣を両手で構えるソルグランドへと固定されている。
「私達のデータから作り出した新しい機体か」
フォビドゥンが見る見るうちに鋭い眼差しとなり、嫌悪を乗せた言葉を吐くが、ボイドリアの耳には届かなかった。
魔物少女達の持つ感覚器の全てが、目の前の最新鋭機が自分達をはるかに上回る強力な個体であると、残酷な現実を告げている。
シェイプレスは改めて自分達が用済みであると認識して絶望を深め、スタッバーは目の前の怪物から妹を守れるか自問し続け、そしてディザスターはソルグランドと戦った時を超える敗北の予感を抱きながら、一歩も下がらずにいた。
「お嬢さんがこの要塞の主かい? 俺達は勝手にナラカ・コーラルなんて呼んじゃあいるが、正式な呼び名を教えてくれたらこれからはそう呼ぶよ」
出現と同時に一撃を叩き込むのではなく、あえて情報収集の為の言葉を口にするソルグランドに、ボイドリアは口を開いたが、それはソルグランドの質問に対する回答ではなかった。
「対象を確認。異物の排除を実行」
ボイドリアが言い終えた直後、ソルグランドを除く全員の周囲に紫色の光が発生し、反応する間もなく彼女達をナラカ・コーラルの外部へと転移させた。万が一、攻撃性に反応し、阻害されないように確実に要塞外部へと転移させるだけのものだった。
ソルブレイズとフォビドゥンばかりでなく夜羽音もナラカ・コーラル表面へと強制的に転移させられ、一斉に表面のハッチが固く閉じて隔壁を降ろすだけでなく意図的な崩落が実行されて、物理的に通路が塞がれる。
「穏やかじゃねえな、お嬢さん!」
プラーナの反応からソルブレイズ達の無事は明白だった。故にソルグランドは最後の魔の少女へ躊躇なく襲い掛かる判断を下した。ボイドリアの首の左右に闘津禍剣の刃が叩きつけられ、表皮に浮かぶモヤのような光がそれを押し留める。
(バリア持ちか。つまりはバリア無しなら闘津禍剣が通るってこった!)
ボイドリアの胸にソルグランドの渾身の蹴りが叩き込まれ、その反動で飛び退くソルグランドの両手に闘津禍剣はない。そしてボイドリアもまたその場から一ミリも動いてはいなかった。
ボイドリアの首に叩きつけられたままの闘津禍剣は、刀身を形成するプラーナを炸裂させ、ホールを埋め尽くす光の大爆発が最後の魔物少女を飲み込んだ。
「プラーナの吸収能力くらいはあるだろうがっ」
ソルグランドは純粋なプラーナによる砲撃が通じる可能性は低い、とこれまでの魔物少女との戦闘経験から手慣れた調子で天覇魔鬼力を鍛造して両手に握り、切っ先を右下段に流す。
前傾姿勢を取り、呼吸と気脈を整え、神通力とプラーナを意識して天覇魔鬼力の切っ先に至るまでが、ソルグランドの肉体の延長と等しくなる。
炸裂した闘津禍剣のプラーナは敵対者に対しては視覚、聴覚、嗅覚、触覚をかく乱する煙幕として機能するが、ソルグランドにとっては逆に敵対者の動きを鮮明に伝えるセンサーとなる。
(無傷なのはともかくとして、五感に支障が生じている様子もなし。視線もしっかりと俺を捕捉している。闘津禍剣のプラーナを吸収する様子はない。フォビドゥンの時から、偽装した毒を散々流し込んで来たからな。抗体が間に合わなかったか?)
だったら付け込む隙もあるが、そう甘い話ではないだろうとソルグランドは眦を鋭く細め、まずは一度ぶつかってみるかと、雷光の速度で斬りかかる!
「しゃっ!」
比喩ではなく雷の速度で最高の切れ味を誇る神剣を振り抜いたソルグランドの目に、バリアを纏っているとはいえ素手で天覇魔鬼力を受け止めるボイドリアの姿が映る。
舌打ちをする暇もなく、ボイドリアの右手が握り締められて、そのまま天覇魔鬼力を握り潰す。小気味よい音を立てて砕ける神剣を手放すソルグランドの顔に、緊張の色が浮かび上がる。
(ディザスター以上の硬さと剛力か。魔物少女四人の完全上位互換となると、流石の俺でも骨が折れるぜ)
握り潰された天覇魔鬼力はそのままプラーナの粒子へと戻し、ソルグランド自身へと還元する。どん欲に吸収してくれれば、改良を重ねた毒を仕込めたのに。
ならばと思考のみの祝詞を上げて、黄泉の国から八柱の雷神を呼び出し、ボイドリアの全身を激しく打ちのめす。
複数の雷神からの神罰の直撃を受けて、ボイドリアの表情に変化はなかった。雷神自身からの神罰に比べれば威力は落ちるが、それでもソルグランドのプラーナを乗せた雷撃が通じない事実は、ソルグランドにじわりと焦りを抱かせた。
「これも吸収はなし、と。打ち据え、砕け、破殺禍仁勾玉!」
雷が途絶えるのと同時に破殺禍仁勾玉を飛ばし、ソルグランド自身も無手のまま突っ込んでゆく。
下手に格闘戦を挑めば、フォビドゥンのように全身に口を開いて、噛みつかれる危険性があるが、それなら体内にプラーナを叩き込む好機だと、被弾覚悟での突撃であった。
しかし、よもや破殺禍仁勾玉がどれだけ命中しようとびくともせず、ソルグランドを上回る速さでボイドリアもまた踏み出し、振り上げられた左脚に顎を蹴り抜かれるとは!
「っっってえ。単純なスペックはディザスター以上と来たか。殴り合いじゃ勝てねえな」
吹き飛ばされた勢いのまま、数百メートルを吹き飛ばされてから、かろうじて床に着地して、口の端から流れる血をなめとり、ソルグランドは悠然とこちらを振り向くボイドリアを見る。
「となるとシェイプレス以上の変身能力、スタッバー以上の一撃必殺の攻撃性能持ちか? 全てを兼ね備えるが欠点ありとかならいいんだがね」
このわずかな攻防の間に、ソルグランドはボイドリアの撃破に苦殺那祇剣の使用がほぼ不可欠だと理解させられていた。問題はラグナラクを撃破した切り札の使用を、相手が悠長に見逃すか、という点だった。
これは思った以上に厳しいな、とソルグランドは誰にも聞かせられない弱音を心の中で吐き出した。




