第九十五話 姿なき対峙
カジンの製作した星図に従い、宇宙を進むザンエイの中、魔法少女達に宛がわれた居住ブロックの一つに、ソルグランドの姿があった。
予定された航海中の訓練は予定通りに終わり、開戦を前に休養と自由時間が魔法少女達に宛がわれている。
地球の八割ほどに設定された人工重力によって、不自由なく過ごせる環境の中、広々としたレクリエーションルームには、リラックスした様子の魔法少女達の姿がいくつもある。
出身国や顔見知りなど思い思いのグループを作っている中に、真上燦ことソルブレイズの姿もある。彼女の周りにはザンアキュート、アワバリィプールの姿もあり、それぞれがタブレット端末を手に、半円形のソファに腰かけている。
背筋をピンと伸ばしているザンアキュートに対して、アワバリィプールは難しい顔をしてタブレット端末を覗き込み、ソルブレイズは背もたれによりかかって、タブレット端末とにらめっこ中だ。
ソルグランド派の魔法少女達から熱い視線を向けられる中、手を振り返したり、見つめ返すなど最低限のファンサービスを忘れない。
彼自身はファンサービスの必要性に疑問を抱いているのだが、ザンアキュートから応えてあげて欲しいと強く頼まれていた為、それくらいならと軽い気持ちで引き受けている。
「三者三様で反応が違うが、全員、同じことに取り組んでいるのか? それとも別々かい?」
見た目は大きな変化はないが、祖父と孫娘ほども年の離れているソルグランドは、孫世代に対して甘いおじいちゃんである。だから魔法少女達に声をかける時は、優しさと甘さが半分ずつ込められる。
声も性別も何もかも違うのに、ソルブレイズはソルグランドに声をかけられる度に、親しい誰かに声を掛けられたような強い安心感を覚えているのだが、そんな理由があるなどと孫娘も祖父も知らずにいる。
「いやあ、アハハハ。学校の宿題ですぅ」
情けない声を出したのはアワバリィプールである。
彼女の成績は決して悪いわけではないのだが、ワイルドハントに加入した忙しさもあって勉学が疎かになっており、その処理に追われているらしい。
魔法少女となった少女達には行政からの手厚い支援があるのだが、それに甘えて勉学を疎かにしない性分なのは、褒めてあげたいところである。
「ここのところ、忙しくしていたからな。宿題をする暇なんてあるわけもないか。それか戦いに勝って帰ってきたらまとめて片づけるって、験担ぎ代わりにしたらどうだい?」
ソルグランドの言葉はアワバリィプールの心を大きく揺さぶり、頭を抱えてウンウン唸り始めたが、やがて諦めてタブレット端末に目線を戻した。
「いやいや、ここでやっつけちゃいますよ。上手くいったら、いや、上手くいくに決まっているんですけど、これからもずっと、後でまとめて片づければいいやって考えが頭の中に残っちゃいますからね。それは、ほら、よくないですよね? ね?」
「ははは、そりゃそうだ。今片づけられるのなら、片づけた方が自分の為になる。君はその方が良いタイプだな。ザンアキュートとソルブレイズも似たようなものか?」
いかにも優等生然としたザンアキュートはお手本にしたいくらい、凛とした姿勢のままたおやかに笑う。
ソルグランド派創始者として、多くの同志の見ている前で、彼女は手本となり規範とならなければならなかった。要らない苦労のような気がしないでもない。
「ええ。魔法少女として務めを果たしている限り、大きな配慮をいただいておりますが、きちんと身に付ける為には日々の積み重ねが肝要ですから。それにこの戦いはいつか終わるものでしょう? 魔法少女としての役目が終わったなら、日常に帰るんです。その時の為に後悔しないように出来ることはしないと」
「ザンアキュートさん、お母さんみたいなことを言うんだね」
くすくすと小さく笑うソルブレイズに、ザンアキュートは特に怒るわけでもなく澄ました顔のままこう続けた。
「少し違うわ。親は子供の為に言うけれど、私は私の為に言ったの。でも、戦いが終わった後については、誰だって考えた経験があるのではないかしら? 魔物との戦いに終わりが見えなくって、世界中が漠然と絶望していたのに、ソルグランド様のお陰で一気に変わったわ。負けるかもしれないっていう空気が、勝てるかもしれない、勝てるっていう空気に」
いつのまにか部屋の中は静まり返って、誰もがザンアキュートの言葉に耳を傾けている。それほど彼女の語る言葉は正鵠を射ていた。
そうだ。強化フォームという切り札の開発にこそ成功していたが、それでも魔物の脅威は変わらず強大で、地球もフェアリヘイムもいつかは負けてしまうのではと、恐ろしい恐怖を抱いていたのは紛れもない事実。
それを覆したソルグランドは存在そのものが希望だった。ザンアキュートばかりでなく、この場に居るほとんどの魔法少女の視線に熱がこもるのも当然と言えた。
「希望が見えてこそ明日を考えられる。そうでしょう? だから私は明日を考えます。だってこんなにも希望に満ち溢れているんですもの」
「ああ、そっか。そうだね。ザンアキュートさんの言う通りだ。今の私達ってこんなにも希望が溢れているもんね」
ソルブレイズの向ける眼差しにソルグランドは照れ隠しに笑う他なかった。惜しむらくは、ただの祖父と孫娘時代にも向けられた覚えのないくらい、尊敬と憧れの混ざった眼差しであったことか。
こればかりは仕方ない。いかんせん、ソルグランドは魔法少女だけでなく地球とフェアリヘイム、カジン、そして今も魔物──エゼキドの脅威に晒されている人々にとっては大いなる希望なのだから。
*
青黒い血管の浮かぶおぞましいサンゴ礁。
それがナラカ・コーラルを見た地球人類の思い浮かべる外見に最も近い。ただし最大幅五十キロメートルにも達する、災厄を生み出す恐怖のサンゴ礁である。
どこが正面なのかも分からないナラカ・コーラルだが、仮にN、S、E、Wの四エリアを割り当てて、攻略に挑む手筈となっている。
攻略作戦の第一段階はザンエイの出港に先んじて発射された、隕石群による襲撃だ。
ナザン周辺から運び込んだスペースデブリや隕石に推進器を取りつけ、予め座標を入力して発射したもので、簡単に作れるお手頃な品である。
マジカルドールに導入されているプラーナ技術が利用されていない為、単なる高速の大質量弾となる。
プラーナによる干渉がない場合、魔物相手にはほとんど効果の出ない代物ではあるが、ナラカ・コーラルという構造物も同じなのか、魔物側のリアクションはどうなるのか、それを犠牲無しで調べるのにはうってつけだった。
ザンエイに先んじて発射されたデブリミサイルは、長い旅路の最中、スペースデブリとの衝突や推進器の故障、プログラムの不具合により数をいくらか減らしたが、四つのエリアに分散してナラカ・コーラルへ激突するには十分な数を残すことに成功する。
プログラム通りに向かったものもあれば、不具合でタイミングのズレたデブリミサイルもあり、結果的にランダムに冒涜的なサンゴ礁へ襲い掛かることとなった。
これに対するナラカ・コーラルの反応は、要塞そのものから発射される紫色のビームの雨だった。
ナラカ・コーラルの表面が蠢いて大小無数の穴が開き、そこから軟体類の触覚めいた器官が伸びると、先端から次々とビームが発射されて、デブリミサイルを次々と削り取っていったのである。
数日前から継続して行われているデブリミサイルとナラカ・コーラルの攻防を、所定の位置に着いたザンエイの艦内で、作戦参加者達はモニター越しに見ていた。
「ふむ、バリアとかシールドとか結界とかそういう類で防ぐ、内部から魔物が出てきてデブリを迎撃する、そして今見ている通りにナラカ・コーラル要塞そのものがデブリを破壊する、と予想していたわけですが、最後の予想が当たりましたね」
腰に手を当ててモニターを眺めているのはソルグランドだ。
モニターの中ではデブリミサイルに続き、ザンエイから発艦したドローンが雲霞の如くナラカ・コーラルへと向かっていた。
地球各国が汗水垂らして製造した航空機めいたものもあれば、フェアリヘイムで製造されたファンシーな鳥や蝙蝠、魚類のような見た目に、カジンによる円盤めいた外見のものまでが、数千単位で用意されている。
それらすべてが悪夢の産物のようなサンゴ礁を砕かんと、宇宙の闇に光の尾を引いている。
科学・プラーナ技術・固有魔法を重ね合わせたステルスで身を隠すザンエイから飛び立ったドローンに対して、ナラカ・コーラルの反応はデブリミサイルよりもワンテンポ遅れた。
これまで一方的に侵略する側でしかなかった為に、防衛行動に関する経験値がないかと思わせる動きに、マルザーダとガルダマンは都合の良い推測をしてしまいそうになる自分達を戒めなければならなかった。
事前に用意したデブリミサイルが残り四分の一以下となり、ナラカ・コーラルの周囲には破片によるデブリベルトが新しく出来上がっている。
デブリミサイルの一部にはプラーナ探知を妨害する魔法の術式がナノレベルで刻み込まれ、ナラカ・コーラルのセンサー類を困惑させている筈だった。
無数の触手砲台がターゲットを見失う動きを見せた瞬間に、ドローンは一斉に速度を上げて接近を試みる。
ジャミングが効果を発している間にナラカ・コーラルに取り付けなければ、ドローンなどはあっという間に叩き潰されて、デブリの仲間入りだ。
デブリミサイルの隙間を縫って迫るドローンが、次々とミサイルやプラーナの光弾、砲撃を放ち始め、ナラカ・コーラルの表面に大小無数の爆発が生じ始める。
なにしろザンエイを上回る巨大さだからかすり傷にもならないが、確かに人類側の攻撃が届いた瞬間には違いない。
人類側にとってナラカ・コーラル攻略の難点は、その大質量だ。外部からの攻撃による破壊は困難とされ、内部に侵入しての破壊を目指している。
カジンによる長年の偵察活動により、普段は隠れているが魔物が出入りする為の入り口の存在が確認されている。魔物の出撃と合わせて内部へ突入しなければならない。
内部構造は不明だが魔法と神々による計算並びに透視により、動力炉あるいは心臓と呼ぶべき箇所は判明しており、そこを破壊すればこの奇妙な要塞の活動を停止させられる算段だ。
不確定な情報を頼みにした作戦を中心に据えなければならない点が、例え攻勢に出たとしても人類が追い詰められている側であるのを、暗に示していた。
そしてナラカ・コーラルの内部に創造主アンテンラから指揮を委ねられたボイドリアが居ることを、人類側は知る由もない。
ナラカ・コーラルの内部は白く発光する血管を張り巡らせた臓器のようであった。
暗闇とは縁遠い明るさだが、浮かび上がる臓物や骨のような部位からは生物の体内を思わせるグロテスクさばかりが目立つ。
そしてその印象は決して間違いではない。ナラカ・コーラルは巨大な要塞であると同時に、魔物でもあるからだ。要塞型の超大型魔物なのである。
通常の魔物達はナラカ・コーラルに寄生する形で休眠し、必要に応じて覚醒と出撃、廃棄などを行う。
吸い尽くした星々の命の輝きを纏う長髪を揺らし、ボイドリアは空中に浮かび上がる立体映像に黄金の瞳を向ける。
盾に割れた瞳孔に統一感の無いドローンの群れを映すが、そこに感情はない。ただ視覚情報を得る、それだけの行為だった。
ナラカ・コーラルの心臓たる、九つの角を持つ巨大な水晶体が鎮座する広々とした空間に、ボイドリアの姿はあった。
最後にして最高の魔物少女は求める標的の姿がないのを認めつつ、ソルグランドがこの戦場に姿を見せないわけがない、と答えを出している。
ソルグランド抜きでこちらを攻略できるわけがないと、人類側も知悉しているはずだからだ。
「魔物少女第一号から第四号まで本戦闘宙域に反応なし。依然として惑星ナザンに反応を確認。ソルグランドによる欺瞞行為の可能性大。潜伏中の敵母艦による攻撃パターンの変化に対し、防衛パターン修正……」
ボイドリアによって重要なのはナラカ・コーラルの防衛ではなく、ソルグランドの撃破にある。ソルグランドを倒す為ならばナラカ・コーラルを失ったとしても、なにも問題はないと判断する。
彼女の存在そのものもそうだが、そうまでしてソルグランドの撃破に固執していることを人類側が知らないのは、大きな危険を孕んでいた。
ボイドリアからの指示が行き渡るのと同時に、ナラカ・コーラルの表面がところどころめくりあがり、その内部から数えきれないほどの魔物達が姿を見せる。
これまで空間転移による奇襲を前提としていた魔物達も、攻められる側となれば話は変わってくる。
プラーナ兵器を搭載していないドローンは魔物の特性と機動力を前に、見る見るうちに撃墜されて、数を減らしてゆく。
戦況の変化はザンエイ側にも刻々と伝わり、ソルグランドもまた局面の変化を敏感に感じ取っていた。
「ここまでは想定通りか。そろそろ俺達も準備をするか。人間もやられてばっかりじゃないって、派手に思い知らせてやろうじゃないか」
モニターから視線を離し、ソルグランドは背後の仲間達を振り返る。
ワイルドハントのメンバーであるソルブレイズ、ザンアキュート、アワバリィプール、そして備品扱いを受けている魔物少女四名である。
「上手く内部に侵入できればいいが、何事も予定通りにはいかないと覚悟して、その上で勝とうぜ。なあに、俺達なら楽勝は無理でも、絶対に勝てるさ」
そうしてにかっと笑うソルグランドに、ソルブレイズ達は満幅の信頼を込めて頷き返した。魔物少女達ばかりは反応が違ったのは、まあ、ご愛敬としておこう。




