第九十三話 不完全で、不安定な欠陥『感情』
地球とフェアリヘイム、カジンの戦力を結集し、決戦に備えて牙を研いでいる最中も、ソルグランドの所属自体は変わらず独立遊撃部隊であるワイルドハントだ。
所属メンバーはソルブレイズ、ザンアキュート、アワバリィプールとソルグランドと合わせて四名のまま。
実は彼女らに加えてソルグランドの監視下に置かれる形で、魔物少女四名も所属しているがどちらかというと備品扱いに近い。ワールドトップランカー上位八名と同等以上の超戦力部隊である
魔物少女達はソルグランドの餌付けを兼ねた肉体改造とヒノカミヒメによる鉄拳教育、創造主からの廃棄通告、ラグナラクへの反抗といくつも出来事が重なった結果、ソルグランドの監視下でならある程度の自由が認められているわけだ。
一応、知性と人格のある魔物少女達だが、これまでの戦いで人類側に死者を出していないとはいえ、ワールドランカーと同等以上の戦闘能力の主であり、無条件にこちらの言う事を聞くわけでもない為、今も要警戒対象である。
現在も人権を認められず、備品扱いされているのもそういった事情からだ。
宇宙空間での戦闘訓練に魔法少女とマジカルドール達が精を出す中、魔物少女達はソルブレイズらの苦労と努力を嘲笑うように、あっさりと順応して自由自在に動いてみせた。
ワイルドハントの面々と共に誤射と同士討ちを防ぐ為、最低限の連携を取れるように共同訓練を行っている間も、魔物少女達の動きはひと際滑らかで、星の海をイルカのように優雅に泳ぎ、宇宙というソラを猛禽のように雄大に飛ぶ。
「魔法少女とマジカルドールも案外、不便なものだな」
特に嘲るでもなく、単なる感想を口にしたのはフォビドゥンだ。あっちへふらふら、こっちへふらふらとしている、遠方の魔法少女達を見ての一言だ。
フォビドゥン自身は宇宙空間への適応を済ませて、何をするでもなく宇宙に浮かんでいる。同じように浮かんでいるばかりのスタッバーが、フォビドゥンの独り言に反応した。
いつも一緒に居るシェイプレスはまるで興味のない素振りで、スタッバーを背後から抱きしめて目を閉じている。創造主へ望まぬ反抗をしてしまったシェイプレスにとって、今は姉の存在だけが拠り所なのだ。
「問題は外よりも中身の方だろう。地球人類は宇宙で生きるように出来てはいない。それを一足飛びで出来るようにしているのだから、無理と無茶がある」
「それもそうか。個々の才能の差もあるだろうが、あれらの面倒を見るのは私達の仕事ではない」
「ああ。幸いワイルドハントの連中は上澄みのようだったな」
ちらっとスタッバーの視線が向いた先には、ザンアキュートの指導によって徐々に動きを良くしているソルブレイズと発生させたプラーナのナルトに乗って、自由に宇宙を飛ぶアワバリィプールの姿があった。
単純な戦闘能力ではワイルドハントでは最下位、魔法少女全体で見てもあまり強い方ではないアワバリィプールだが、プラーナの放出や形成、操作などには優れた才能を見せていた。
宇宙に満ちる目には見えない放射線や人類には未知のエネルギーを無意識に感知し、熟練のサーファーのように、ナルトをサーフボード代わりにして乗りこなす特異な才覚があったのだ。
そんなアワバリィプールに対し、暇を持て余したディザスターが凶悪な笑みを浮かべて、追いかけ始める。鼠を見つけた猫さながらの様子で、アワバリィプールの顔には慌てた色が浮かび、ナルトに最大速度を命じてこれまでにない速さを叩き出す。
本当にアワバリィプールに危険が及ぶようなら、ソルグランドが光の速さで止めに入るだろうし、ディザスター自身もそこまで本気でアワバリィプールに危害を加えるつもりがないのは、フォビドゥン達の目からは明らかだった。
ちょっとアワバリィプールを脅かしてやろう、それくらいの幼い悪戯心が発端の行為である。
暇な奴だと呆れた気持ちで追いかけっこを見ていたフォビドゥンの表情が、ピクリと動いたのは、いつまで経ってもディザスターがアワバリィプールに追いつかないから、いや、追いつけないからだった。
ディザスターは特異な能力を与えずに基本性能にリソースを割いた個体だ。例えば足を止めての殴り合い、蹴り合いならソルグランドを超える性能を誇る。
「ふうん、ワイルドハントに所属しているのは伊達ではないのか、あの渦巻きは」
「速度ならディザスターが一回りも二回りも上だけれど、動きの巧さはアワバリィプールの方が上だ。大気圏内でもそうだったが、宇宙ではさらに顕著になっている。飛ぶのと波に乗るのと泳ぐ、これらを組み合わせた動きだ」
フォビドゥンはスタッバーの饒舌さに少しばかり驚きながら、新たな環境で眠れる才能を開花させるアワバリィプールに対し、評価を上げておいた。
こうなってくると、いつまで経ってもアワバリィプールを捕まえられないディザスターが癇癪を起さないかが心配だったが、むしろ簡単にはいかない状況を楽しんでいるようでギザギザの牙が並ぶ口を笑みの形にして追いかけっこを楽しんでいる。
「アレなら放っておいて大丈夫か。アワバリィプールの表情にもまだ余裕がある」
「……人間の顔色が分かるようになったな」
スタッバーからの何気ない指摘を受けて、フォビドゥンは驚くよりもその通りだなと苦い笑いを浮かべるだけだった。薄々、気付いてはいたらしい。
「ラグナラクが我々の内部に異常な反応を多数検知していると言ったが、ソルグランドとヒノカミヒメに着々と作り替えられて、もう手遅れになってしまったのだろう」
今も創造主への変わらぬ敬意と忠誠はある。だが、それ以上に生存への欲求と存在を認めて欲しいという切実な思いがある。それが認められないのなら、敬意と忠誠を踏みにじってでも創造主に逆らうほどに。
これはラグナラクからの指摘を踏まえれば、自分達を散々に打ち負かしたソルグランド達の所為だ。
今もあの美しいと、感じられるようになってしまった──すなわち人間的な感性が芽生えて証拠だ──ソルグランドとヒノカミヒメの顔に、拳をぶち込んでやりたい気持ちはあるが、悔しいことに生命線を握られてしまったまま。
「お前は私達をどうしたいのだ、ソルグランド?」
フォビドゥンはいつの間にか近くに居たソルグランドを振り返り、敵意ではなく哀切な光の浮かぶ瞳で見つめ、問いかける。
「どうしたいか、か。不良少女の更生みたいなもんかね。幸い、お前さん達は人間も妖精も手にかけていない。人間じゃなくて魔物ではあるが、弁明の余地は十分にある。それにナザンとは縁の深い存在でもあるし、魔物との戦いが終わったら用済みなんてことにならないよう、お前さんらにも自分達の意思で生きる権利が認められるようにしてやりたい、する、そう思っているよ」
これまでのソルグランドの地球とフェアリヘイムへの貢献を考えれば、かなりの要求が認められるだろう。
魔物少女達の戦後の扱いについても、ソルグランドは時折夜羽音と相談しており、魔物側からだけでなく人間からも廃棄処分を命じられるのは、フォビドゥン達があまりに哀れだった。ソルグランド──真上大我の長所でもあり、短所でもあるだろうか。
「ふ、所詮、我々は敗者だ。失敗した兵器だ。鹵獲したお前達が好きなように扱う権利があるのは認めよう。ただし、扱いに対して従順に従う義理が、我々にはないのも忘れないでおくことだ」
同時にフォビドゥンがソルグランドとヒノカミヒメに力では逆らえないと、渋々認めているのをスタッバーも、無言で会話を耳にしているシェイプレスも理解していた。
魔法少女を蹂躙するはずだった自分達を蹂躙する、魔物側にとっての魔物というべき美しい怪物が奇妙なくらいに自分達を思いやる姿勢に、フォビドゥン達は言語化できない感情を少しずつ覚えていた。
なにかくすぐったいような、落ち着かなくなるその感情がなんなのか、今の彼女達に知る術はない。
魔物少女達の心中は知らず、ソルグランドはというと、コツを掴んで動きの良くなったソルブレイズを──孫娘を祖父の眼差しで見守っていた。
瞬時に摂氏数十万度超の高熱を生み出し、自在に操るソルブレイズは宇宙空間での移動に際して、プラーナを炎のように放出し、燃える流星のように宇宙を飛び回っている。
よほど訓練に集中しているのか、ソルグランドに気付いた様子はない。一足早く宇宙空間に順応したザンアキュートと熱心に話し合い、にこやかな笑みを浮かべたかと思うと向かい合ったまま距離を取り始める。
「気が早いな。もう模擬戦か?」
お互いに魔法なし、ソルブレイズは格闘、ザンアキュートは剣術のみでの模擬戦だ。
互いに百メートルほどの距離を置いた二人は、何を合図にしたのか凪のようにプラーナが静まった次の刹那、太陽が弾けるようにプラーナを爆発させてソルブレイズが突っ込み、ザンアキュートは星の光さえ断つかの如く、愛刀を鞘走らせる。
今や世界トップクラスの魔法少女となった二人の模擬戦は、宇宙素人とは信じがたい速さで攻防が繰り広げられて、要塞攻略戦において大きな戦力になると確信できるものだった。
「二人ともいい動きをする。これなら頼りにできるな」
嬉しそうに語るソルグランドの声色か、それとも顔色が気に入らなかったのか、フォビドゥンは不意にその場から動き出し、ソルブレイズとザンアキュートの方向へと近づいてゆく。
「お前達との最低限の連携が必要なのだろう? ならば私もあの二人の宇宙での戦い方を知らねばならんし、私についても教える必要がある。違うか?」
ソルグランドの制止を先んじるように口にするフォビドゥンに、当のソルグランドはふっと力を抜くような笑みを浮かべた。
フォビドゥンがやる気を出した理由は分からないが、魔物少女達が感情を見せるのは、よい傾向に違いないからだ。
「違いない。ガス欠にならない程度にやってきな。スタッバーとシェイプレスはどうする?」
「私達か? そうだな、そろそろ、ディザスターとアワバリィプールの追いかけっこを止める頃合いだろう。逃げ足も必要だが、攻め方も訓練を重ねる必要がある」
「スタッバーはこっちが戸惑うくらいに協力的だな」
「かえって疑わしいか? なんのことはない。お前達を模して搭載された“感情”という不完全で、不安定で、厄介な欠陥が私をおかしくしたのだ。お前達の持つ感情が魔物少女という兵器に勝ったのだと思え。それなら納得しやすいだろう」
「ははは、口も達者だ。だが、そういう風に言われるとつい納得したくなる。お前達を構成するナザンのプラーナが、ラグナラクへの反逆を促したように、思わぬところで結果を出していたと、そう解釈するのが正解なのかな。さて、俺も訓練に参加しよう。いつまでも見てばかりでは、流石に鈍る」
ぐるぐると肩を回してやる気を見せるソルグランドに、変わらずスタッバーに抱き着いていたシェイプレスが嫌そうに溜息を吐いた。
自分達がこのような境遇に陥ったのは、力が足りなかった所為もあるがソルグランドが最大の理由である。だが同時にこうして今も存在を継続していられるのも、ソルグランドあればこそ。
最も憎たらしい相手と、最も恩のある相手が同一である事実は、いまだ創造主への反抗に割り切れないシェイプレスからすれば、恨みの籠った視線を向けるのには十分すぎる理由だった。
これがテイダ星系五番惑星キセイに存在する、魔物の拠点、仮称『ナラカ・コーラル』攻略作戦発動前の、穏やかな一幕だった。




