第九十一話 ボイドリア
ソルグランドを筆頭とする魔法少女と妖精、神々のマジカルドールによる惑星ナザンの解放は、魔物側にとっても大きな影響を及ぼしていたのを、当のソルグランド達は知らない。
これは知る術がないから当然の話ではあったが、再起動したラグナラクが撃破される寸前まで、創造主に収集データを送り続けたことによって、ソルグランド達をより深刻な脅威であると認識した為だ。
魔物側にとって一つの例外を除けば最強の兵器であるラグナラクの撃破は、非常に大きな問題である。
ラグナラクの量産は不可能ではないが、それにかかる莫大なコストと製造時間の長さは、近年、劇的に進歩している地球とフェアリヘイムを相手にするには、致命的な時間のロスとなる危険性を孕んでいた。
既に稼働状態にあるラグナラクは他にも存在するが、多くの世界と交戦状態にある魔物側にとって、おいそれと所在を変えられるものではなかった。
それよりも魔法少女という非常に興味深い敵兵器に対するアプローチを進め、これまで製造した四体の魔物少女よりも強力で、完全な魔物少女の完成系の開発と製造に、彼らのリソースは注がれていたのである。
魔物や魔物少女達の生産施設である肉の樹木とは異なり、SF作品の宇宙船内部を思わせる空間の中央に、巨大な円柱に埋め込まれたカプセルがあった。
天井と床を繋ぐ、高さ百メートルはある柱の中心部に半透明のガラスを思わせるカプセルが埋め込まれ、壁や天井、床には発光するラインがいくつも走っており、それらはカプセルへと集束している。
この部屋の外から供給される膨大なエネルギーの全てが、カプセルの内部へと注がれて、魔物少女の完成系に究極体が生み出されようとしていた。
ひと際強くラインが輝きを発し、それらがカプセルに到達すると一斉に光を失い、その代わりにカプセルの表面が消え去り、中から人影がゆっくりと進み出てくる。
長身の美女に見えるソレが、魔物側の用意した決戦兵器、その最新モデルであった。
すらりと伸びる鼻梁の線、太すぎず細すぎず美しい線を描く眉、閉ざされた唇は形を変える度に見る者を魅了するだろう。
百八十センチほどの身体は人体の理想形の一つと言えるほど整い、動く芸術品そのものだった。
美しすぎてとても血が通っているとは思えず、内臓ですら宝石にも勝る輝きを放っているとしても、誰も疑うまい。
ソルグランドとこの魔物少女を並べて、道行く人にどちらが美しいと問えば、答えを出せずに生涯悩み続けるだろう。
腰の裏まで届く紫色の髪は無数の輝きを纏い、これまで魔物達が食いつきしてきた星々の嘆きが輝きとなっているのかもしれない。
カプセルを出た段階で、体にフィットする白いボディスーツに加えて、襟や袖に黒いフリルをあしらった白いジャケットとフレアスカート、足元はひざ丈の赤いブーツ。
頭と腰に大きな赤いリボンが巻かれていて、鮮やかに映えている。
黒い目玉の中で縦に割れた黄金の瞳がどこを見るともなしに、虚空を見上げた。
最後の魔物少女の誕生と同時に、空間に声が響き渡る。
熱のない声は機械音声を想起させた。
『最終号機の完成を確認。……起動に成功』
しわがれた老爺の声が淡々と告げる。なぜ魔物の創造主が人間的な年齢や性別を感じさせる声なのか、人類や妖精が知れば新たな謎が増えたところだ。
『対ソルグランド用プラーナ兵器、魔物少女最終号機、個体名称“ボイドリア”として登録』
次に声を発したのは妙齢の淑女を思わせる声だったが、声色は氷でも温かいと感じる冷たさだ。あるいは宇宙の闇の方が近いかもしれない。
『搭載機構確認……異常なし。即時実戦投入可能と判断』
最後に老若男女の入り混じる、男かも女かも分からず、老いているのか若いのか幼いのかも判別できない声が、最後の魔物少女が正常な状態であるのを告げた。
三種の奇怪な音声が確認し合うように言葉を交わした後、ボイドリアと命名された魔物少女最終号機“ボイドリア”は一歩、二歩と進み出てから、周囲に響き渡る声の主、創造主へと話しかけた。
ラグナラク戦におけるフォビドゥン、ディザスター、スタッバー、シェイプレスらの離反に伴い、感情を発露する為のシステムに大きな制限が掛けられたボイドリアは淡々と、あるいは冷淡な調子で声を発する。
創造主の熱の無い声と同じ機械音声と言われても、その天上音楽の如き美しい響きさえなければ、素直に信じてしまいそうだ。
「創造主アンテンラに照会を要請。本機の最優先目標は“魔法少女ソルグランドの撃破”、目標達成を妨害するあらゆる障害の排除。相違はありやいなや」
アンテンラ──それが三種の声全てを指す創造主の名前なのか、あるいはどれか一つを指すのか? 答えを語る者は居ない。ボイドリアに一番に応じたのは女の声だ。
『回答、相違はない。現地名称、地球ならびにフェアリヘイムに対する資源採取、兵器開発行為に対する最大の障害として、ソルグランドを認定している』
そして厳粛に、あるいは感情の響きなく命じたのは老爺の声だった。
『魔物少女第一号から第四号は敗北後、我々エゼキド監査軍より離反。ラグナラク七号機の妨害行動を行っている。ソルグランドとの戦闘時、同様に妨害行動を行ってきた場合、破壊せよ』
「命令を受託。本機ボイドリアの最優先命令として記録。ソルグランド撃破に向けた作戦は既に立案済みか? 本機による立案か?」
更なる問いを重ねるボイドリアに混沌とした声が応えた。魔物達の正式名称エゼキド監査軍を統括する、創造主と呼ばれるアンテンラの意思は既に固まっている。
『ソルグランド討伐を主目的とする作戦は立案済みである。ボイドリアは作戦内容を確認後、速やかに実行せよ』
「了解。エゼキド監察軍統括意思アンテンラの命令に従い、ソルグランド討伐に向けて全機能を行使する」
元来、魔物少女は魔法少女達の感情によって大きく増幅するプラーナと戦闘能力に着目し、感情を与えた不安定な兵器だった。
これまでの四体の魔物少女の敗北と離反をもって、魔物症状に搭載された感情を発露させるシステムは見直され、ボイドリアの感情は大きく抑制されているが、完全に抹消されたわけではない。
ラグナラクがクリエイターあるいは創造主と呼んだアンテンラからの命令に対し、黄金の瞳の奥には自分の生まれた意味を果たそうという、確固たる意志が輝いていたのである。




